第803話、捕らえるべき者ですか?

国盗りをする。アロネス・ネーレスが私に提案した事は結局それだ。

私が王女であり正規軍を名乗ろうとも、国を手中に収めるまでは賊軍でしかない。

負ければ全てを失い、けれど勝ってしまえさえすれば私の存在でどうとでもなる。


それは単に私が国を取り戻すという意味以外に、ウムルの干渉を受けると言う事でもある。

彼らの力を借りるのだから当然の事であり、突っぱねた所で私に出来る事など何も無い。

そんな力を持っていたのであれば無様に投獄などされるものか。


彼は私の認識を理解した上で優しく諭す様に協力を提案した。

あの暗闇の中で。城を爆破すると、笑顔で告げたあの時に。


『王女殿下、思う所はあるかもしれませんがウムルが手をお貸ししましょう。勿論断ったからといって貴女を置いて行く真似は致しません。ですが貴女は聡明な方だ。この最悪の中で最善を掴むには、何をすれば良いのか解っておられるはず・・・答えはまた後で。先ずは出ましょう』


余りに優しい笑顔で、それこそ涙が出る程優しい笑顔であの男は告げた。

今思えば、心の弱った小娘の見た憧れの様なものだったのかもしれない。

窮地に陥った姫を助ける騎士。実際は錬金術師ではあったが、そんな物語に。


恥ずかしい話だ。まだ成人していない身とは言え、それでも夢見がちな乙女が過ぎる。

とはいえそれでも冷静な頭で彼の告げる意味を理解していた。私は手を取るしか無いのだと。


『先程の答えを・・・どうかウムルの手をお貸しください、ネーレス殿』

『・・・仰せのままに、王女殿下』


そして保護された後、悩む事無く手を取った。それは先に彼の力を見ていたのも要因だろう。

城の機能を完全に破壊する工作を行い、国の機密をあざ笑うように持ち出した。

つまり、それだけ恐ろしい相手だ。それが解っていても手を取るしかなかった。


勿論助けて貰った事は感謝している。彼が居なければまだあの暗闇の中だったのだから。

何より負の遺産の事を思えば、ウムルという大国の後ろ盾が必要と言わざるを得ない。

この国は変わらなければもう生きていけない。そうだ、生きていけない様になってしまった。


全ての機密がウムルの手に在り、それらが世間に公開されない為には。

私が彼の手を取らなければ、きっとこの国は別の手段で潰される事だろう。

彼は私がそこまで理解した上での判断を下すと、そう理解している目だった。


国が無くなるのと、国を変えるのと、好きな方を選べと。


「・・・大嫌いな国、だったのにな」


何故だろうか。あれだけ嫌悪していた国が変わる。変われるというのに。

それに笑みも浮かばなければ高揚感も無い。すっきりしない想いが胸に渦巻いている。

こんな形で良かったのか。こんな形が望んだ変化なのか。


自問自答した所で答えは出ない。答えが出た所で最早どうしようもない。

何もかも手遅れで、手遅れだからこそ私は賊軍の将として立っている。

勝利の暁には官軍の将として、この国を治める王としてだ。


王族として生まれ、王族としての義務を果たす為にも、無駄な感傷は必要無い。

あと少しで国は変わる。変わらざるを得ない。そして私はお飾りの王になる。


ウムルの傀儡という、滑稽な人形の王に。


「・・・ふっ」


それでも悲壮感が無いのはウムルに彼が居るからだろうか。

アロネス・ネーレス。恐ろしい人だ。敵にはけして回したくない人だ。

人の嫌がる事を的確にして来る性格が悪い錬金術師だ。


・・・そして、どこまでも優しい薬師だ。


少し気の抜けた私が倒れている間、あの人が握ってくれた手の温かさを覚えている。

心配そうに覗き込む顔は『ネーレス』をやっている時と違ってとても優しかった。

うさん臭い笑みも、笑顔に隠した怒りも無い、何も裏のない純粋な優しさ。


「・・・乙女が、過ぎるな」


国の一大事だと言うのに、余りにも自分が夢見がち過ぎる。

それでも彼なら信じられる気がするのは、やはりあの時間のせいだろう。

勿論私に死なれては困るという事情も有ったとは思うが、それでも。


彼の子供達へ向ける優しさは、きっと本物だと思えたから。


それはつまり、自分も子供扱いだと言う事ではあるけれども。

実際成人していない以上は子供なので、子供扱いは致し方無いのだろう。

けれどそれが少し悔しいと思うのは余りに気が抜け過ぎているな。


それでも彼が優しい人だと、子供への選択は苦渋の想いなのだと解っている。

でなければ私に選択させる必要など無かった。好きな方を選べと言う必要など。


「きたか」


そんなここ数日の事を思い出しながら、暗闇から近づいて来る足音に目を向けた。

遠くに明かりが見え、男が数人の暗部の者達を連れてこちらに近づいてきている。


「お待ちを!」

「っ、どうした?」


暗部の者が私に気が付いたらしく、男を守る様に前に出た。

それと同時に明かりの技工具を付け、私は奴らの前に姿を見せる。


「お、王女、殿下・・・! なぜ、この通路を・・・!」

「アロネス・ネーレス殿を舐めない事だ」

「ちっ、あの男、どこまでも邪魔をしてくれる・・・!」


ここは城の地下にある隠し通路。ただし、王家の者も知らない通路だ。

当然だろう、目の前の男が作らせた通路なのだから。

いざという時に王家の物を囮にして、自分だけは逃げる為に。


しかしその通路は既に暴かれている。ウムルの錬金術師の手によって。


「貴様のせいで国が狂った、とは言わん。貴様が任に着くより前から暗部は在った。つまりとうにこの国は狂っていた・・・崩壊の引き金を引いたのは貴様達だがな」


薬の研究は最近の事じゃない。随分前からしていた事だ。

なら結局の所この国は最初から壊れていて、この男は崩壊を速めただけ。

王族の為に研究していた薬で、王族を操る計画を立てた研究者が。


「う、うるさい! あのバカが余計な事をしなければ順調だったんだ! 我々はウムルに喧嘩を売るつもりなんて無かった! なのにあのバカが、あのバカが余計な事を・・・!」

「・・・一体誰の事を言っている」

「貴様の父親だ! あのバカ何をとち狂ったか、これで国が亡ぶなどと笑って言いやがった!! 調整は完璧だったはずなのに!! 我々じゃない! 我々は悪くない!!!」

「お、とう、さま・・・?」


この男は薬で私を傀儡にするつもりなのだと思っていた。

その為に準備をして、調整をして、私を閉じ込めていたのだと。

けれど、まさか、父は何時から狂っていたのか。いつから、この男に。


「こんな、こんな無様に逃げる羽目になったのも、全部あのバカが突然おかしくなったせいだ! そうだ、我々は何も悪くない。失敗していない。我々の技術は他国でも迎えられる!!」


国の王を狂わせた研究者。そんな人間を受け入れるまともな組織など有りはしない。

有るとすればその通り、まともじゃない組織が使い潰す事だろう。


「いや、そうだ、まだ遅くない。そうだ遅くない。お前が居るじゃないか。そうだ・・・!」


そして叫んでいた男の目が、狂気が私に向けられる。私という人形に。

何処まで行っても傀儡なのだなと、思わず自嘲の笑みが漏れた。


「もう会話は無理そうだな・・・お願いします、シガル殿」

「畏まりました」


もうこれ以上の情報収集は無理そうだと判断し、後は捕まえてから尋問する事に決めた。

暗部の連中には期待できないだろうが、それでもこの男はウムルへの良い手土産になる。

私の判断を即座に理解した彼女がすっと前に出て双剣を構えた。


「ガキ共が・・・! お前達、王女は殺すなよ!!」


そうして戦闘に入って・・・それは一瞬の出来事だったと言うしかない。

私は戦闘においては素人で、そもそもひ弱な娘な自覚がある。

そんな私にも解った事は、シガルという人物が化け物の様に強いと言う事。



何せ数秒もかからず暗部の者達を全員昏倒させたのだから。



倒れる暗部の者達に、男は驚愕に目を開く。

何が起こったのか解らないと、そして理解して尚の事理解出来ないと。


「ふ、ふざけるな! なんだ、何なんだこのガキは! こんな馬鹿な!!」

「ふざけるなはこっちのセリフだよ。この国に来てからずっと苛々してたんだからね」


そうして最後に、叫ぶ男を殴り飛ばした。

殺さないように加減はしていたが、容赦のない一撃で。

殴られて吹き飛んで跳ねる人間という物を始めてみた。


「・・・全然すっきりしない・・・本当に、腹立つなぁ」


きっと彼女の苛立ちは、奴を殺したとしても晴れはしないのだろう。

それはきっと・・・私も同じだと思えた。

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