第802話、タロウがいない間の顛末ですか?
王妃殿下・・・いや、今だけはあえて彼女の事を、リファイン殿と呼ばせて貰おう。
リファイン殿が私と王女殿下に作戦変更を告げた後、すぐに出撃準備が整えられた。
そもそも元から準備は整っていた様なもので、後は合図を待つだけの状態だったが。
故に今すぐ動くと言われたとしても、何の問題も無く動く事が出来る。
・・・そう、思っていた。あの一撃をまざまざと見せつけられるまでは。
「・・・吹き、飛んだ」
誰がそう口にしたのか解らないが、少なくとも皆似た様な気持ちだったのだろう。
呆けた呟きを咎める事もせず、一瞬時が止まったかの様に皆が一点を見つめる。
たった今リファイン殿の一撃によって粉砕された王都の門を。
街を守る門というものは、普通殴って壊れる様には出来ていない。
今回あちら側が行っている様に、敵を通さない為に閉じる守りなのだから。
それに魔物から身を守る為であり、となれば尚の事頑丈でなければならない。
それが一撃で吹き飛んだ。それも大きな門が完全にだ。
殴った一部が粉砕した訳でも、かんぬきが壊れて扉が開いた訳でもない。
純粋に門が吹き飛んだ。先ず殴った所を中心に、大きく円を描く範囲が砕け散った。
その上砕けていない所も耐えられなかったのか、打ち込まれた大釘ごと飛んで行った。
あの大きな門が吹き飛んだんだ。その背後に構えていた兵士達は阿鼻叫喚だろう。
むしろ何が起きたのかも解らずに破片に打ち抜かれて死んだ者も居るかもしれない。
攻め時だ。門は開き、敵は理解出来ずに呆けている。間違いなく攻め時だ。
「門は破られました! 今が攻め時です!!」
だがその号令を出したのは本来指揮するべき私ではなく、戦場に響く王女殿下の声だった。
そこでようやく正気を取り戻した兵達が雄たけびを上げ、がら空きの門へと走って行く。
ただしそれは敵も同じ事で、多少正気を取り戻して弓を構え始めた。
けれど攻める好機を得たこちらと、門を破壊されて焦るあちら。
どちらがまともに機能するかと言えば、当然ながらこちらの方だ。
最初こそ呆けてしまったが、ここからは汚名返上と行かせて貰おう。
「盾を構えて走れ! 連中は元々奴隷を壁にするつもりの雑兵どもだ! 狙って当てる事など出来はしない! 当てて来たとしても盾を貫通できるような矢など放てるものか!」
そんな訳はない。この状況で弓を構えているのだから、それなりに腕は有るはずだ。
盾を貫通しない保証はなく、むしろ隙間を塗って撃って来る可能性も有る。
だがそれは消耗戦以外では意味をなさない技術だ。今の様に腹ががら空きではな。
こちらは連中の消耗戦に付き合う気が無い。一気に押し入って一気に終わらせる。
最初から短期決戦で臨んでいるのだ。最初から噛み合う戦いになりはしない。
そうして兵士達が街中に乗り込めば、街を守る壁が有ろうと何の意味も無くなる。
内部に入り込まれれば弓で戦うのは難しく、剣や槍を持っての戦闘になるだろう。
最初からそのつもりのこちらと、傷つくつもりの無かったあちら。
士気の違い過ぎる戦闘は蹂躙と化すのが必然。
それどころか各所で降伏する者も出てくる始末だ。
とはいえ指揮官レベルの者達は、保身の為に兵士を殺そうとしていたが。
恐らく捕まれば処刑は免れない覚えがある者達という事だろう。
まさしく王都の人間に相応しい指揮官達、と言った所か。
当然その様な者達だけではなく、部下の助命を願う指揮官もいはしたが。
ともあれ問題なく門を制圧して、助けた奴隷達はリファイン殿とウムルの騎士に任せた。
「では、彼らをお願い致します、リファイン殿」
「・・・ん、任された。ポルブル殿、ご武運を」
私が王妃殿下と呼ばなかった事を、彼女は不敬などと言う事は無かった。
むしろ嬉しそうな顔で頷き、私を同士と言わんばかりの声音で見送ってくれる。
万が一があっても彼女が後ろに居る。この事実のなんと心強い事か。
それでも我々は彼女に頼ってばかりではいられない。ただでさえ大部分を頼ってしまったのだ。
門破りとはそれだけの大仕事。ならばここからは我々だけで事をなす気概で行かねば。
「このまま城を攻めるぞ! 住民達には攻撃されない限りけして手を出すな! 我々は蛮族ではない! 王女殿下率いる正規軍だという誇りを胸に突き進め!!」
街の中はとても静かで、恐らく戦争の連絡と避難指示はされていたのだろう。
歩き回るものは滅多におらず、居たとしても逃げるか隠れる者が殆どだ。
中には子供の飛び出し、なんて事も有ったが概ね問題無く城門へ辿り着く。
そして辿り着いた先で我々が見た物は、崩れ落ちて守りも何もない城壁だった。
「これは、また、随分と・・・」
一応話には聞いていた。アロネス・ネーレス殿が城を破壊したと。
だがここまでの破壊っぷりとは思っておらず、これでは城として殆ど機能しない。
本来弓兵が立つべき場所は何処にも無く、戦う場所を誘導する為の道も無い。
城を持つ側が有利になる要素、という物を悉く潰されている。
これではただ大きな建物なだけだ。城の様な何かが在るだけだ。
狙ってやったのだとすれば、ネーレス殿とは絶対に事を構えたくはないな。
「「「「「「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」」」」」」
そうしている間に他の者達、別の門から攻めて来た者達も城へ近づいて来た。
あちらも我々と同じく、ネーレス殿の手引きによって問題なく制圧したのだろう。
こうなれば後は消化試合でしかない。防衛機能の無い城などただのあばら家と何が違う。
「ゆくぞぉ! 王を手にかけた者達をけして許すな! 国を我が物と企んだ逆賊どもを捕え、王女殿下の前に差し出すのだ! 敵は排除しろ! だが降伏する者はけして殺すな!!」
そうして号令をかけて城へと突撃し、けれど兵士の数はそれほど多くは無かった。
当然だろう。城が城として機能していないのだから、兵士は殆ど街の壁に回されている。
そこで止められないのだとすれば、最早ここでどう足掻こうが止められるはずが無いのだ。
それこそリファイン殿の様な、人の常識を覆す様な存在でも居ない限り。
「た、助けてくれ! 死にたくない!」
「降伏する! 武器は捨てた!!」
「馬鹿者どもぉ! 何をしている! 戦え! 戦えぇ!!」
「うるせぇ! もう終わりなんだよ! 死にたきゃ勝手に死にやがれ!!」
当然ここも門を壊した時と同じように、降伏する者や抗う指揮官の怒号が響く。
中には共謀して指揮官を捕え助命を願う兵士達も居た。
それはまた後で色々と判断するとして、武器を捨てた物は捕虜として扱う。
ただその道中で、少々不可解な事と、納得のいかない事があった。
先ず私達より先に戦闘をした形跡と死体がいくつかあった事。
そして王の暗部・・・王が居ない以上呼称としては間違っているか。
リファイン殿から事情を聞いた、壊された者達らしき戦力が居ない事だ。
「・・・お膳立てが過ぎるな」
おそらくはあの死体は、事前に処理された者達なのだろう。
我々では大きな損害が出ると判断し、ウムルの者達が手を下したのだ。
もしくはあらゆる仕込みをしていたネーレス殿本人の仕業なのかもしれない。
我々としては損害が出る前提で、奴らの事も自らの力で打倒するつもりだった。
間違いなく大きな損害にはなるだろう。それでも我々は越えて行かねばならない事だ。
暗部に怯えていた我々は、自らの力で恐怖を打ち破る必要がある。
そう、思っていたのだがな。いや、下らぬ矜持か。
今は何よりもこの事態を収める。それが先決だ。
「ポルブル様! 見つけました!」
「案内せよ!」
そうして進軍する事暫くして、目的の者達を見つけた。
この国を我が物にしようとしていた大臣達と、その側近達を。
後はそ奴らを捕縛して終わりだ。やっと、やっと終われる。この国は変わる!
「ぐあっ!?」
「うげっ・・・!」
だが案内された先で見た物は、私の兵士達が吹き飛ぶ姿だった。
「何が起きている!」
「大臣を守っていた騎士が暴れて手がつけられません! 矢が刺さっても槍が刺さってもお構いなしです! しかも力が強すぎて攻撃を受け止める事も出来ません!!」
その報告を聞いた時、あの大臣達にもそこまでの臣下が居たのかと思った、
だが暴れている本人を見てすぐに判った。あの目は正気ではない。
つまり薬を使ったのだ。奴らが子供に使っていた、人を壊す薬を。
子供に使うのと違って上手く行かなかったのか、制御が余り聞いていないようだが。
「そうだ! 殺せ! 殺してしまえええええ!!」
もう逃げられないが故のやけくそか、それとも殺しきって逃げられるつもりなのか。
叫んで指示を出している大臣も、最早正気とは思えない様子だ。
「下がって弓を放て! 無理に近づいて対処しようとするな!!」
咄嗟に指示を出しはしたが、それを相手が許してくれるはずもない。
下がっても距離を潰しに来るし、その強さは化け物の如きといって良い。
我らの兵は精鋭だと思っていたが、こんな騎士を抱えていたのは予想外だ。
いや、それともタガが外れた状態になっているからこその強さなのか。
「流石に、これは任せられないか」
「がっ!?」
ただそこに、突然彼女が現れた。剣を手に持ち、赤い鎧を身に纏う聖騎士が。
彼女は騎士の男が振りかぶった剣を容易く受け止め、それどころか押し返していく。
「・・・結構強いね、あなた・・・だから、残念だよ。ちゃんと正気の技量を見たかったな」
「ぐがあっ!?」
そして我々がてこずっていた事が嘘の様に、暴れていた騎士は剣を弾きあげられた。
「ウムル王国聖騎士リファイン。それが貴方を打ち取る者の名だよ。騎士殿」
彼女がそう口にしている間に、騎士の男は弾きあげられた腕を戻していた。
そしてそのまま彼女を断ち切ろうとして、けれど剣は空を切る。
その場には既に彼女は居らず、男の背後に立っていた。
「薬でおかしくなってるなら、出来れば助けてあげたかったけど・・・貴方は無理らしいんだ。ゴメンね。本当に、ごめん」
彼女の悲し気な声に男が振り向こうとして――――――男の首がずり落ちた。
それでも落ちる前の最後の意思とでも言うように、鋭い剣撃が彼女に迫る。
けれど彼女はその一撃を躱す事無く素手で受け止め、そのまま剣を握り砕いた。
「・・・むかつく」
そう呟く彼女の殺気に、周囲に居る者達は暫く動けなかった。
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