第801話、敵か味方か解りません!
翌日も応援は無かったので、昼間は訓練で費やす事になった。
とはいえ食事と水の運搬も変わらずやっているので、訓練ばかりはしていられない。
更に言えば訓練がてらに分体で料理は普通に動くよりも時間を食う事になる。
兵士達の食事を作るだけで夕方を終え、夜は朝食の仕込みをしていた。
その辺りで俺は一体何をしているんだろう、と少し思わないでもなかったけど。
因みに俺の作った料理は美味しかったらしく、兵士達は何とも言えない表情で食べていた。
不味かったらきっと文句を言っていたんだろうなぁ。まあ料理には自信がありますので。
全ての技術の中で料理が一番自信ある。勿論プロの料理人には勝てないけど。
ただここに居た料理人はそうは思わなかったのか、俺に驚愕の表情を向けていた。
ごめん、俺と貴方では条件違うんすよ。持参の調味料も使ってるからの味なんすよ。
調理場にある調味料だけで作れる味じゃないんで、自信を失わないで頂きたい。
そんな感じで一日を終えた俺は、念の為檻から離れた位置で睡眠をとっていた。
「すぅ・・・すぅ・・・っ!」
けれど寝ながら維持していた探知に引っかかる物を感じ、真夜中にガバっと跳ね起きる。
そこそこ広範囲に広げていたから、探知に入っている存在はそれなりに多い。
範囲には野生動物も当然居るし、下手したら大きめの虫も引っかかる。
「・・・野生動物の動きじゃないな」
けれど一気に冷めた頭で暫く確認して、そういった物では無い事を確信した。
明らかに周囲の様子を伺いつつ移動する人間の集団だ。
いや、様子を伺いながらというよりも・・・全力で警戒して進んでいる様に感じる。
「探知に気が付かれている、か」
なのに相手が探知を使って来る気配はない。むしろわざと使っていないのかも。
集団の中の誰が俺の探知を見破る程に強いのか、敵に気が付かせない為に。
もしくは今の俺じゃ見破れない程の魔術の技量の持ち主か、だけども。
「・・・ふぅ」
視界を『切り替え』改めて周囲を探る。けど一段階上げた視界の中でも魔術の痕跡は見えない。
この状態の俺ですら欺けるレベルとなると、俺より遥かに上の技量の持ち主という事になる。
「・・・味方かなぁ。味方だと良いなぁ」
一応状況を考えると味方の可能性の方が高い。けど敵の可能性も捨てきれない。
せめて覚えのある魔力の波長の人が一人でも居れば安心できるんだけどな。
そんな我が儘を言っていても仕方ないし、何時までもウダウダしている訳にもいかないか。
「もし敵なら・・・何して来るか解んないしな」
やらないとは思いたいけど、檻の中の兵士達を皆殺し、なんて事もあり得る気がする。
流石にそこまで先読みしてるとは思えないけど、俺が捕えた人を皆殺しにした事にする為に。
気功の乱れの無い人間しかいないから大丈夫とは思うけど、やっぱり不安は不安だ。
となれば当然出ていくしか無いし、罠だとしてもかかりに行くしか選択肢が無い。
「念を入れて完全武装で行きますかね」
一人なので消耗で倒れる訳にはいかない以上、二乗強化以外の手段で戦うしかない。
という訳で逆螺旋剣を出して、精霊石を各所に仕込み、黒ローブも取り出しておく。
良く考えたら魔人戦もこれ使えば良かったと後から思った。
とりあえず完全武装を済ませて身体強化をし、警戒しつつ集団へと近づいて行く。
当然自身にも隠匿魔術を使っての接近なので、それに気が付いた奴が当たりだろう。
とはいえそれが解った所で先制攻撃、って訳にはいかないのが辛い所だ。
だって味方だったらシャレにならないし、むしろ味方の方がしっくりくるんだよな。
これだけの技量の持ち主が居たなら、何で今更出て来たのかって感じだし。
だから正直この警戒も念の為って感じだ。それでもありえなくないのが怖いけど。
「この世界、強い人がゴロゴロ居るからな・・・」
シガルに言ったら「タロウさんが言うー?」って言われそうだけど、マジでそう思うもん。
その筆頭がバルフさんだけども。あの人怖いよ。会う度に強くなってんもん。
親父さんも同じ意味で驚かされるけど。シガルの才能って血筋なのかなって思う程に。
でもこれ多分、口にしたら絶対シガルの機嫌悪くなるのが目に見えてるんだよなぁ。
親父さんの話題を出すと大体露骨に顔を顰めるから、あんまり話せないのが悲しい。
イナイは逆に機嫌良いから話しやすいけど、普通逆ではと思ったりする。
・・・さて、どうでも良い思考はこの辺りで終わりかな。
「・・・明かりは無しか」
感づかれそうな位置で立ち止まり、ゆっくりと距離を詰めていく。
真夜中な上森の中なので、視力を強化しても暗過ぎて相手が良く見えない。
黒い人影が複数人動いている、って感じだ。とはいえ人数と動きは見えなくても解ってるけど。
問題は見えないと敵か味方か判別し難いって事だ。出来れば明かりを持ってて欲しかった。
いや、俺の探知に気が付いてたんだから、明かりの類は消して当たり前か。
向こうが俺の味方だとしても、俺の使ってる探知が敵か味方か解らない訳だし。
「・・・暗所を歩き慣れてるのは確か、かな」
となれば俺に考えられるのは二つ。敵なら暗部の類、味方なら拳闘士隊の誰かだ。
しかもですよ、あちらさん俺の接近に気が付いておられますね。
更に言えば一人二人ではなく、ほぼ全員が警戒を上げている気配がありますよ。
しかも別に指示を出してって訳じゃないみたいだから、全員が自己判断で。
勘弁して頂きたい。こっちは全力出したら不味いってのに。
「・・・ほんっっっきで敵じゃありません様に」
心の底からの祈りを込めて呟き、スゥッと息を吸う。
敵でなければ先制攻撃は出来ない。ならもう最初からそれを諦めた方が早い。
「こちらはウムル王妃の命で動いているタナカ・タロウと言います! 貴方達は何者ですか!」
出来る限りの大声で叫ぶと、集団の動きが止まった。
ただそれは警戒を強めるというよりも、警戒を緩める様な動きだ。
その証拠とでも言う様に集団の中で明かりが灯る。
「こちらは同じく王妃の命で、貴方の応援に来た拳闘士隊の者です!」
その言葉が響いた所で、深く息を吐いて腰を下ろしてしまった。
よかったぁー。イヤホント良かった。そりゃ技量が高い訳ですよ。
のたりと立ち上がって明かりの中を見ると、確かにウムルの闘士の人達だ。
顔は知らない人達ばかりだけど、全員が纏っている外套は見覚えがある。
彼らも俺が無造作に動く気配で位置を察知したのか、全員の視線がこちらに向いた。
「いや、マジで練度が高いな・・・」
素手で何処ででも戦える集団。それが拳闘士隊だと言う事は解ってる。
解ってるけど、敵かもしれないって感覚で相手をして、初めて怖さが解った。
だって良く考えて欲しい。あの人達全員魔術殆ど使えない人ばっかりなんだぜ。
なのに俺の隠匿しての接近に気が付いて、全員が警戒をしながら乱れなく暗所を進んでいた。
拳闘士隊じゃなくて、暗殺部隊って言っても差し支えないぐらい怖いっす。
正面からの手合わせだけじゃ解らない実力を肌で感じた時間だった・・・。
「ええと、すみません、皆さんとは初めまして・・・ですよね?」
「はい、こちらは一方的に貴方の事を存じては居ますが」
「・・・結婚式、ですかね」
イナイとの結婚式は国中に放送されてたはずだ。その際に俺の顔も映っている。
「いえ、城で何度か見かけていますので。それに総隊長や副長・・・おっと、ワグナ総隊長から何度か話を聞いていますから」
「本人が居ない所でもわざわざ言い直すんですね」
「それぐらいしないと、あの人何時までも自分の立場を認めませんからねぇ」
「ああー・・・解ります。ちょっと固いですもんね、ワグナさん」
「全くです」
彼はミルカさんが一線を退いている間、拳闘士隊の総隊長の立場に在る。
けど本人はミルカさんが戻るまでの『仮総隊長』と言って譲らない。
たとえ彼女が隊に戻る日が来るとしても、それは年単位で先の話だっていうのに。
幸せそうに赤子を抱えるミルカさんは、暫くは母親以外の事をやる気がある様に見えなかった。
勿論俺に宣言した以上、何時かは以前の彼女に戻って来るだろう。でもそれは『いつか』だ。
何時になるか解らない復帰の間、何時までも『仮』なんて言っていられるとは思えない。
「まあ最近は少し余裕が出て来たみたいですけどね」
「確かに以前見た時より肩の力が抜けてましたね・・・何かあったんですか?」
「バルフ騎士隊長に膝を突かせたそうですよ」
「・・・マジっすか」
「マジです」
あのバルフさん倒したんすか。もしかしてあの良く解らない一撃でだろうか。
それ以外にも何かありそうだけど・・・いや本気で凄いな。
俺の覚えている限り、失礼ながら二人には相当な実力差が有った様に思える。
それを埋めるだけの実力を得た事で、多少自信がついて余裕が出たって事かな。
確かに彼から一撃を受けた時の動きは、以前とは比べ物にならなかったけど。
・・・て事は再会した時の一撃も本気で放ったとは考え難いな。こっわ。
「部隊長」
「ああ、すまん。タロウ様、事情は軽くしか伝えられておりませんが、相当数の人員を捕えていると聞いております。そちらまで案内をお願いできますか」
雑談が過ぎると思われたのか、隊員の一人が冷たい声音を発する。
けど部隊長と呼ばれた彼は余り気にする様子無く気軽な感じだ。
「あ、すみません、こっちです。もう少し距離がありますけど、走れますか?」
「問題ありません。長距離の走り込みは我が隊では当然の訓練です。ここまでも自分の足で走って来ましたし、まだまだ走れますよ。少し休憩させて頂きましたしね」
でしょうね。探知に引っかかった辺りで極端に速度落ちましたもんね。
つーか強化無しで長距離走り続けで元気とか、本気で化け物が多過ぎる。
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