第800話、久々にとても自由に過ごします!

人数分の水と食料を運び終わり、とりあえず今日一日はこれで凌げるだろう。

とはいえ檻は人が通れる大きさじゃないから、またひと手間が必要で大変だったけど。

水の入った樽は檻の中に入れられなくて、結局俺がどうにかしなきゃいけないんですよ。


幸いは軍隊なおかげか皆水袋を持っていて、檻の隙間を余裕で通す事が出来た事か。

おかげで水は全員に行き渡りましたとも。頑張りましたとも。

その途中で誰か何か仕掛けて来るかなー、と思ったけどそんな事は無かった。


仕掛けて欲しい訳じゃないから良いんだけども。

とはいえ諦めたっぽい訳じゃない辺りが面倒くさい。


念のため離れた所で寝る予定だけど・・・彼らは魔術を使えない訳じゃない。

天幕とかで寝てたら火を放たれそうだし、そのまま寝てても攻撃されそうだ。

何かもう、檻から出られなくてもこいつは殺す、みたいな感じがあるもん。


竜は絶対に殺せないと思ったんだろうけど、俺なら殺せるように見えるんだろうな。

この辺り生まれながら超常の存在と思える竜と、威圧感の欠片も無い俺の違いかね。


「・・・俺が死んでたら後で殺される事になると思うんだけど」


殺されてやるつもりは無いけど、もし殺されたらそうなる気はする。

王女が国を治めた後どうするとしても、ウムルの人間を殺した者は放置しないと思うし。

ウムルへの敵対をしないという意思表示の為にも、多分処刑されるじゃないかね。


とはいえ俺が解ってるような事を連中が解ってないとは・・・いや、可能性は有るか。

アイツら思考能力があるのに思考能力が欠如してる、っていうおかしな状態だし。

俺を殺せば解決すると思っているか・・・もしくは死んでも殺すとまで思っているか。


後半の方が可能性は高そうだな。どっちにしろ殺されてはやらないけど。


「・・・結局応援が来るまで待つしかない、か」


正直今日すぐ応援が来るとは思ってないから、一人で寝る予定で居ないとな。

そうなると明日の食糧と水の手渡しもしないといけない、という事実が待っている訳だけど。

今は考えないようにしよう。明日の事は明日考える方がきっと心に優しい。


「気楽なのは訓練をしても良いって事ぐらいかね」


遺跡の見張りの間、俺は訓練をしないようにしていた。

体を動かす事に集中するのも不味いし、魔術も万が一気が付かれたら不味いと。

でも今の状況ならむしろ存分にやれる。やりたい放題だ。


まあ流石に使った後で倒れる様な技術の練習は不味いからやらないけど。


「久々にやりますかねー」


何だかんだ鬱憤が溜まっていたのを晴らす様に、先ずは体を動かす訓練をする。

勿論探知は使ったままなので、攻撃を仕掛けてきたらすぐに気が付く。

何より逃げるんじゃなくて仕掛けて来られた場合なら、どれだけ集中してても問題ない。


むしろ集中しているからこそ反射的に動けるし、その方が一番安全まである。

これでもアロネスさんやリンさん、時にはミルカさんの攻撃を受けて来たんだし。

今更あの程度の技量の連中に負ける気がしない、と思うのは驕りだろうか。


まあ俺は体が貧弱だから、その辺りの警戒心は絶対に解けないけど。


「ふっ・・・!」


全力で体を動かすのが楽しい。動けない数日間で自覚以上に鬱憤溜まってたんだなぁ。

旅の移動中は何だかんだリンさんと打ち合ってたり、シガルと訓練していた。

それに魔術の鍛錬は自由に出来てたし、むしろ分体の魔術の練習ずっとやってたし。

何も出来ない日々、ってのは思った以上にストレスだったっポイ。


そうだ、結局分体は中途半端なままなんだよな。そっちの練習メインが良いかなぁ。

本当は分体を作って色々誤魔化す予定だったのに、ぜーんぶ潰れちゃったから不要だけど。

いや、今後を考えれば不要な事は無いんだけどね。イナイみたいに使えれば便利だし。


一番良いのはシガルの大人化みたいに、身体を強化出来れば良いんだけど。

とはいえあれは正確に言えば身体強化じゃなくて、魔術で未来の可能性を作ってんだっけか。

だから俺が使った所で意味が無いと。だって俺の体これ以上成長しないからね。多分。


大人シガルかぁ。俺から見たら既に大人と言って良い容姿なんだよなぁ。

背は俺より高くなってるし、スタイルも大人っぽくなってるし。

変化した時との差は背の高さと・・・スタイルがもっと良くなってたかね。


まあその差がきっと大きいんだろうけど、俺からすればもう大人にしか見えない。

ていうかこの世界の女性ホント背が高いよね。俺が小さいだけかもしれないけどさ。

イナイが例外だって良く解る。まあイナイは元の世界でも例外だけど。


いやでも、周囲に俺より小さい女性って少なかったような・・・少なくとも同世代では。

やめやめ。この考え止め


「ふぅ・・・!」


可愛い奥さんの事を考えながら軽く流し、止まると同時に汗が噴き出すのを感じた。

勿論突然噴出した訳じゃないけど、集中してる時ってあんまり汗かいてる感覚無いんだよな。

汗だくで動くのに支障が出る状況なら別だけど。なんて思いながら水を飲む。


「ぷはぁ・・・美味い」


やっぱり動いた後の水って美味しいな。これが冷えた水なら最高だったんだけど。

常温で保存してるからどう足掻いてもぬるい。ただその方がお腹には優しいかもしれない。


「水も食料も結構余裕が有るんだよな・・・補充したの最近みたいだし」


ぬるい水を飲みながら、保管されている水や食料を頭に思い浮かべる。

一応そのまま食べられる食料は多い。干し肉とかパンとか、何ならドライフルーツも有った。

ただ料理を出来る人間が居る関係で・・・あれ、そう言えば料理人はどうしたんだ?


少し気になったので檻を見回し、ぐるぐると回って探してみた。

すると居ましたよ料理人。ハクさん、全員纏めてぶち込んだんすね。

まあその方が手っ取り早かったのかね。逃げられても面倒だったかもしれないし。


「・・・料理人を出す・・・いや、面倒だな」


料理人だけ出す事は出来なくはない。転移で檻の外に出せば良いだけだ。

ただそうすると他の人間も出せ、みたいな事を言い出す人が居そうだ。

あの指揮官とか、頭おかしい連中とか、何か理由をつけて交渉してきそうだもん。


それを全部突っぱねる事も出来るけど、そもそもそんな面倒な会話をしたくない。


「・・・どうせ暇だし、な」


そう判断したら俺は踵を返し、食料の保管場所へと向かってがさっと運ぶ。

向かう先は調理場で、当然誰も居らずに調理器具は投げ出されている。

比喩表現じゃなくマジで投げ捨てた感が有るなこれ。


ハクの出現で慌てたのか、それとももっと前の段階か。

とりあえず調理器具の類は拾って水洗いだ。

念の為煮沸もしてから材料の処理を始めた。


兵士達は大人数だけど、今から始めれば人数分は作れるだろう。

幸い調味料も無駄にあるし、好きなだけ使わせて貰うとしようかね。

ただし、普通にやるんじゃなくて、分体の練習を兼ねて。


「・・・くっ、思ったより難しいなこれ」


自分自身でやるならそこまで難しくない芋の皮むきすら難しい。

雑にやる分には問題無いけど、ちゃんと皮むきしようとすると力加減が。

とはいえ処理が必要な食材はまだ大量にある。幾らでも練習できるぞ。


「ふんふんふふーん」


あー、何だろうこの解放感。何かもう何やっても良い感じが凄く楽しい。

シガルが傍に居ないのは残念だけど、少しの間この解放感を満喫しておこう。

そうしてその日は兵士達の食糧を作る事で時間を費やし、分体での皮むきが上手くなった。

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