第798話、これは王妃様の仕事ですか?
「王妃殿下」
「んえ?」
ウムルの騎士達と最後の打ち合わせをしていると、シガルちゃんに声をかけられた。
まだ休憩してて良いのに、と思いながら振り返ると、彼女の表情で何かあったのを感じる。
やけに真剣な表情は、多分ただ単に早く戻ってきた訳じゃないと思う。
「シガルちゃん、どうしたの?」
「タロウさんの方で問題が発生したみたいです」
「タロウに? ハクちゃん、どういう事?」
タロウの下にはハクちゃんの分体を付けている。下手な通信系の道具よりも安全な連絡方法だ。
魔術が使えない私には解らないけど、腕輪の通信は盗み聞く事が出来るらしい。
勿論すっごく難しいんだけど、出来ない訳じゃないそうだ。
だから今みたいな時は緊急時以外は腕輪を使わないし、使わなくても良い分体は凄く助かる。
『解らない。突然分体が消えて連絡が取れなくなった。多分、消された』
けど彼女からの返事は、現状タロウとは連絡が取れない、というものだった。
「リィス、どう思う?」
「何かしらの問題が発生した事は確実でしょうし、至急応援を送った方が良いとは思われます」
「やっぱりそうだよねぇ」
完全に想定外の出来事だし、となると普通の魔人が出て来た訳じゃないのかも。
それこそクロト君の様な相手が出て来たなら、タロウには荷が重いかもしれない。
あの黒い力は私とミルカ以外は、現状対処出来る人間が居ないみたいだから。
ただ平時なら私が向かって良いんだけど、今はここを離れる訳にもいかないんだよね。
あと対抗できるのは・・・目の前に居る白竜のハクちゃんぐらいだ。
「ハクちゃん、悪いんだけどタロウの様子見に行ってあげてくれるかな」
『分体をもう一回送れば良いのか?』
「ううん、出来れば応援に行ってあげて欲しいかな。もし戦闘で苦戦してるなら不味いし」
『タロウなら大丈夫だと思うけどなぁ・・・それにシガルと離れるのもやだし・・・もし危ないのが出て来たなら、それこそシガルの傍についてた方が良い』
あからさまに嫌そうな顔を見せるハクちゃん。本当に基準がシガルちゃんだなぁ。
でも確かにミルカに技術を叩き込まれたタロウなら、何とかしそうな感じもしなくはない。
とはいえこのまま放置ってのもちょっと怖いし、出来れば応援に行って欲しいんだけどなぁ。
「ハク、お願い。タロウさんの様子を見て来て。何も無ければすぐに帰って来て良いから。ここには今ウムルの騎士が沢山居るし、それに王妃殿下だって居るから、私は大丈夫だよ」
『むー・・・あ、じゃあシガルも一緒に行ったらどうかな』
「駄目だよ。こっちにも戦力は有った方が良いし、本当に緊急事態なら私が傍に居る方が・・・足手纏いになるかもしれない。私はハクの足もタロウさんの足も引っ張りたくない」
拳をぎゅっと握りながら告げるシガルちゃんの表情は、悔しくて堪らないって感じだ。
ここから離れられない事よりも、本当の異常事態の場合居ない方が良い事が悔しいんだろう。
「それにハクが行ってくれるなら安心できるから・・・駄目かな?」
『・・・解った。シガルがそう言うなら,行ってくる』
「ありがとう、ハク」
『ん!』
シガルちゃんが説得すると、あっさり自分の言動を覆した。
ぎゅっと抱きしめられながら礼を言われ、満足そうに頷いている。
『リン、シガルを任せた』
「おまかせ!」
ただこれはきっと、ハクちゃんの私に対する信頼だ。
私が居るから彼女を置いて行けると思ったんだ。となればそれを裏切れないね。
ドンと胸を叩いて応えると、彼女も私にニッっと笑顔を向けた。
『じゃあ行って――――』
「お待ち下さい」
そうして話が纏まり、ハクちゃんが飛び立とうとした所でリィスが口を挟んだ。
『何?』
「ハク様、その姿のまま行かれるのですか?」
『ううん。竜になるよ。この姿のままだと遅いし』
「そうですか・・・誰か、王女殿下に連絡を。至急だと伝えて下さい。後ウムルの騎士達にもすぐ動ける様に連絡を。初動は我々で行う可能性が高いので」
リィスは思案した後で騎士に指示を出してから、ハクちゃんの方に向き直る。
「おそらくハク様が竜になって飛び立てば、王都の者達は大混乱するでしょう。それは十分に付け入る隙になりえます。本来はそこまでやる予定はありませんでしたが、こうなったのであれば全て利用致しましょう。予定を繰り上げて行動します」
「そうは言っても、アロネスの方から準備終わったって連絡がまだ無いよ?」
『主戦力の居る方以外は終わってんぞ―』
そこで唐突に腕輪から声が聞こえた。アロネスの声だ。何で。
「・・・傍受されるから極力使わない、って話じゃなかったっけ?」
『俺がそんなヘマする訳ね―じゃん。魔術も禄に使えない王女殿下の能天気な会話を聞かれると不味いから、そういう風にしてるだけだっての』
「・・・よし、二発殴る」
『それは理不尽だろ』
煩い。私は好きで魔術が使えないんじゃないやい。
私がぷーっと膨れていると、リィスが腕輪に顔を向ける。
「ずっと話を聞いていらした、という事ですか、アロネス様」
『そうなるな。その方が緊急時に動きやすいだろ?』
「色々と問題が有りますが、今回に限っては不問に致しましょう」
『話が分かるねぇリィスちゃん』
「王妃殿下、私の分も後で一発お願いします」
「解った三発だね」
『死ぬ。リンの拳三発も貰ったら俺死んじゃう。つーか気軽に名前呼んだだけで殴られるのは流石に酷くないか!?』
「何だか腹が立ちましたので」
多分名前を呼ばれた事に腹を立てたんじゃないとは思う。
そしてアロネスは解っててやってる。絶対そう。こいつはそういう奴。
『まあ良いか。とりあえずそっち以外は準備が終わってる。最悪の場合リンが何とかすれば良いかと思ったからな。だからお前が上手くやるなら、こっちはそれに合わせるだけだ』
「解った。じゃあハクちゃんが飛んで行くのを合図に開始で行こう」
『りょーかーい』
アロネスとの会話が終わった所で王女様、ツツィーリネ王女がやって来た。
隣にはポルブルさんも居るから話が早そうだ。王女も大分元気になったし。
「リファイン様、至急との事で参りました」
「お呼び立てして申し訳ありません。準備が整いましたので、すぐにでも動きたく」
「すぐに、ですか」
「はい」
完全にこっちの都合だから、急な事を言ってるのは私でも解ってる。
それでも予定を少し繰り上げただけだから、特に問題は無いはずだ。
他の場所の準備が終わってるってアロネスが言ったんだから。
アイツは凄く有能だから。私と違って本当に何でも要領よく出来る奴だから。
ならそのアロネスが準備は出来たって言う以上、ここ以外はあいつが何とかしてくれる。
後は私が上手くやれば良いだけだ。後はあいつに任せればいい。
「・・・解りました。参りましょう」
「ありがとうございます。護衛には彼女を付けますので。シガル、お願いね」
「はっ」
ハクちゃんと私を抜いたら、この中で一番強いのは彼女だ。
彼女に護衛を任せておけば問題は無いと思う。
セルからもお墨付きを貰ってるからね。セルが手放しで褒めるってホント凄いよ。
「じゃあ、行こうか。リィス、拠点での指示は任せたよ」
「はい。ご武運を」
リィスに後を任せ、王女達を伴って陣地を出て王都の門へと向かう。
勿論近づきすぎると矢が飛んで来るから、届かないであろう位置で止まった。
けど陣地から私達だけが出て来た様子は目立つはず。向こうもすぐに気が付いただろう。
警戒する様子が遠目からも感じる。そして奴隷を盾にしている様子も。
「・・・ハクちゃん、いってらっしゃい」
『行ってくる!』
それを合図に巨大な白竜が戦場に現れ、そして咆哮を上げながら飛び立つ。
突然現れた竜に見るからに動揺が見られ、視線が完全に旋回する竜に向いている。
おそらく他の場所でも同じ状態なんだろうなと思いながら剣を抜いた。
「いく、よ」
短く呟くと同時に全力で踏み込んで走る。地面が爆ぜる音を後にしながら門前へと。
その音に兵士達が狼狽えた様子を感じたけど、今はそんなの無視だ。
私の目的は兵士の撃退じゃなく、進軍を阻む最大の障害になっている門の破壊。
「ふっ!」
門前に辿り着くと同時に拳を振りかぶり、門を強めに殴りつけた。
私にとって普通の門なんて意味は無く、盛大な音をたてて吹き飛んでいく。
兵士達は敵味方共に何が起こったのか解らない、という表情をしていた。
勿論うちの騎士達は別だけど。
「門は破られました! 今が攻め時です!!」
けれどその中で王女は一切呆ける事なく、良く透き通る声が戦場に響いた。
竜の出現、門の一瞬での破壊、そしてなだれ込む兵士達。
立て続けに起こる事態に王都の兵士達は対応できていなかった。
「さて、私はさーがろっと」
私の仕事はこれで一旦終わりーっと。剣抜いたけど出番なかったや。
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