第797話、俺はこのまま待機です!
「貴様、今すぐに我々を開放しろ!!」
元気よく叫ぶ指揮官に、俺は呆れた目を向けつつちょっと感心してしまう。
「・・・俺、段々貴方の事凄いなって思い始めてますよ」
だって隣に巨大な白竜が居て、その白竜の作った檻の中に入れられてるんだぜ。
この人良くそんな強気で物言えるよな。普通なら無理だと思うんですけど。
勿論この人がハクより強いって言うなら別の話だけどさ。
でもそれは絶対にありえない。だって俺が魔人と戦ってた時腰引けてたし。
叫んでる指揮官の気功が狂ってるならまだ解るんだけど、この人正気なんだよなぁ。
俺が魔力開放状態の時はビビって引いてたのに、何でここまで強気なんだろうか。
「とりあえず、暫くこの檻の中で大人しくしていてくれませんか」
「ふざけるな! こんな不当な拘束が許されると思っているのか!!」
「まあ、それは、反論が難しい所ではありますけども」
実際この拘束が正当かと言えば、これっぽっちも正当性なんか無いからなぁ。
王都の方は王女を大頭させてるから兎も角として、こっちはただ俺の我が儘だし。
俺が勝手に人の管理の地に手を出して、警備してる兵士の邪魔している形だ。
事実だけ並べると俺最低だな。反省する気も後悔する気も無いけど。
とはいえどうするか。いや別に煩い事以外に害は無いよな。放置で良い気がして来た。
出した所で面倒なだけだもんなぁ。何言っても聞く様子が無さそうだし。
いやマジで何でこんなに強気なんだろう。本当にそこだけが解らない。
『じゃあ開放してやろうか?』
「なに!?」
『解放してやろうかと言った』
指揮官の対応にうーんと頭を悩ませていると、ハクがさらっとそんな事を言い出した。
それに驚いてハクを見たのは指揮官だけでなく、俺も同じ様にハクを見上げる。
ハクが何を考えているのか解らん。邪魔だから拘束したんじゃないのか。
「ならば早く――――」
『それは私に挑む勇気を見せるという事で良いんだよな?』
「――――っ!?」
相手を遮る様にハクが告げた言葉、というか低く唸る鳴き声に息を呑む指揮官。
歯をむき出しにして唸るハクに怯え、数歩下がってよろけた所を部下に支えられる。
その部下達も大きな白竜が唸る迫力で若干青ざめていた。
おそらく兵士達にはハクが怒りから唸っている様に見えてるだろう。
けどハクを見慣れている俺には、暴れる機会を楽しんでいる様に見える。
『私は怯えるお前達を相手に戦うのは面白いと思えない。だから檻に閉じ込めるだけで終わらせたけど、お前達が望むなら檻から出して相手をしてやっても良い。本当に戦う意思が在るなら尊重するぞ。それが真竜である私の在り方だ。心ゆくまで相手をしてやろう』
あー、成程? 彼らが本気で戦う意思を見せるなら、真竜として迎え撃ってやろうと。
何時か山で俺がやった時の様に、竜に挑む力を見せてみろと。
とても優しい様で凄まじく厳しい言葉だ。いや常人にはむしろ厳しさの方が大きい。
そもそも今のハクの言い方から察するに、怯えが見えたから拘束したって言ってる訳だし。
その怯えを克服出来るなら楽しい戦いになるだろうという、あの山の竜特有の思考だな。
戦うのが楽しい。怖いのが楽しい。怖さに挑むのが楽しいっていう。
因みに最初は何を言われているのか解らなかった兵士も居た様だ。
けど少しの間をおいてハクの言葉を理解し、最早真っ青な表情を俺に向けて来る。
いや何で俺なんすかね。別に俺が指示した訳じゃないし。ハクさんの独断ですし。
「き、貴様! 貴様がこの竜の飼い主だろう! 馬鹿げた事を止める様に指示せんか!!」
すると指揮官が若干震えた声で、けどそれを隠す様に大声でそんな事を言う。
あー・・・なんかちょっと解ったかも。指揮官がやけに強気な理由。
多分俺の事だから、指揮官の正当性のある発言に対する気持ちは顔に出ている。
そんな俺の表情を見た指揮官は、上手く行けばごり押せると思ったんじゃないかな。
何となくそんな気がする。というかそれ以外思いつかないとも言う。
後は俺がハクの制御を握っていると思っているのもある気がする。
さっきもハクとは普通に話していたし、ハクも雑に暴れる様子が無いし。
けどここに来て少し前提が崩れ、焦って俺に修正させようとしている感じだと思う。
「俺に言われても困りますよ。ハクは俺の注意なんて聞きませんし」
実際最近マジで聞かねえからな。シガルが言わないとホント聞かねぇ。
お前俺について来て山を降りたはずなんですけどね。いやまあ別に良いけどさ。
「っ・・・!」
俺の返事を聞いた指揮官、どころか兵士達は軒並み恐怖で息を呑む。
まさか俺が操縦出来ないとは思っていなかったらしい。
ここからの発言は迂闊に出来ない。きちんと選ばなければ竜との戦闘になるって顔だ。
それは国の兵士としての誇りが有るらしい彼としても避けたい事らしい。
普段は駆け引きなんて出来ない俺だが、今の彼の表情は俺でも解り易すぎるな。
「だから大人しくしておく事をお勧めします。俺はこいつが暴れたら逃げますよ」
「ぐっ・・・!」
ぐって言われても逃げるよ。巻き添え食いたくないし、こいつ結構雑だし。
俺が傍に居ても、それを考慮した戦闘なんて絶対してくれないもん。
また、タロウだから平気だろ、って絶対言ってくるぞコイツ。
『なんだ、やらないのか。つまんないの』
そして肝心の白竜はマジで暴れるのを楽しみにしただけだったという。
脅しとかじゃなくて本気だったんすね。俺もハクを読み違えてたわ。
ただその発言でハクの発言に信憑性が増し、流石に指揮官も黙ってしまった。
『じゃあ私のやる事もう無さそうだし、戻って良いよね?』
「あー・・・本当は居て欲しいけど、まあ良いよ。ありがとな」
出来ればこのままハクが居てくれた方が、指揮官が騒がなくて済むと思うんだよ。
城の陥落まで大人しくしててくれたら、後はウムルの誰かが来てくれると思うし。
それかポルブルさんの部下か、彼と親しい貴族の部下待ちって所かな。
残念ながらハクが許してくれないけど。
『戻ったらシガルに無事は伝えておくなー』
「うん、頼んだ」
ハクがどこまで言うかは解らないけど、とりあえず無事な事だけ伝われば良いだろう。
そう思い暴風を巻き上げながら飛び上がるハクを見送り、それから残った檻へ目を向ける。
「念の為に言っておきますが、その檻は竜が作った物なので俺には解除出来ませんからね。もし解除出来たとしても、その時点で竜が戻って来るでしょう。竜に挑む決心がついたと判断して、貴方達との戦闘を楽しみに。それが嫌なら大人しくしてて下さい」
「・・・ちっ」
すげえ。この人本当にすげえな。この状況でまだ舌打ち出来る元気が有るよ。
いや、竜の事は怖くても、俺の事は怖くないって事なのかね。
でも叫ぶ気は無いらしいのは、流石に無駄だと思ったんだろうな。
「ああ、そうだ。水でも持ってきますよ。確か――――」
水の保存場所を思い浮かべながら背を向けると、その背を狙って短剣が飛んできた。
コース的には背中というよりも首かな。それを事前準備していた魔術障壁で防ぐ。
まさかこのタイミングで攻撃して来るとは思わなかった。そんなに隙だらけに見えたかな。
俺が振り向いた時には、短剣を投げた男は既に見える範囲に居なかった。
殺せなかった時点で素直に諦めたんだろうけど、考えが甘過ぎるんだよ。
背後だから見えてないとか、人の中に隠れたら見つからないとかさ。
「―――――こっちとしては、動かない方が好都合だけどな」
俺の呟きと共に強い衝撃音が響き、同時に血の飛沫が兵士達の間から上がる。
浸透仙術の無動作遠距離攻撃だ。潜む為に身動きをとらなかったから狙いやすかった。
俺が振り向く以上の動きを見せなかったから、相手も一切動かなかったんだろう。
かなりの損傷になってると思うけど、応急処置をすれば死にはしないはずだ。
でも放置したら死ぬ程度の威力で打った。殺意はあったと思わせる為に。
「余り、甘く見るなよ。殺しにかかって来るなら容赦はしない」
ほんの少しの罪悪感を抱えながら、出来る限り精一杯の虚勢を吐いた。
これでせめて、残ってる『壊れた連中』が大人しくしているのを願って。
・・・追撃しないとばれるかな。やっぱ甘いかなぁ。
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