第796話、白竜に問われます!
「・・・あ、遺跡、出なきゃ」
驚愕で暫く立ち尽くしてしまったけれど、ハクが待っていると思い出して気を取り直す。
ただ急いで出ていく気にはなれず、ポテポテと重い足取りで歩を進めた。
入って来る時はすぐだった遺跡がやけに長い道のりに感じる。
「うへぇ・・・」
特に意味の無い呻きが漏れる。それもこれもずっと付き纏う嫌な感覚のせいだ。
しかも何が一番嫌かって、嫌な感覚がするだけでそれ以外は据え置きって事だよ。
相変わらず力の引き出し方は解らないし、収め方もさっぱり解らない。
ただ確かに俺の中にこの気持ち悪い力は有って、でもどこに在るのか掴めない。
つまりただ気持ち悪い感覚だけを獲得しました。いえーい。
ふざけんな馬鹿野郎。それならせめて力も使える様にしろ。
気持ち悪いだけで使えないとかただのバッドステータスなんだよ。
そんな悪態を心の中で吐きながら、認識した事実で足取りは更に重くなる。
足取りと同じぐらい気分も重い。もう何て言うか何も言葉が出ない。
あーとか、うーとか、ただただ呻き声だけが口から洩れる。
そうしてやっとの思いで遺跡を出ると、一番最初に目についたのは大きな土の檻。
中には兵士達が詰め込まれていて、檻の横ではハクが寝そべっている。
ただ俺が出て来た事に気が付いたのか、ガバっと起きて顔を寄せて来た。
『やっと出て来た! 遅かったじゃないか!』
「あー・・・すまん」
そういえばすぐ出て来るって言って入ったんだっけ。そんな事も忘れていた。
でもハクが待っている事だけでも思い出せただけ、褒めて欲しいのが正直な気分だ。
まあ約束破っちゃったわけだから、褒められるような事では無いけれども。
『・・・元気無いね。中で何かあった?』
「あー、うん、ちょっとね・・・」
俺の態度が余りにおかしいと思ったのか、流石のハクも少し心配そうな様子を見せた。
そんなハクに対して微妙な返事しか返せず、けれど今一人じゃない事にホッとする。
「あ、そうだ。ハクから見て今の俺って、普段と違ったりするかな」
『うん? うーん・・・ううん、何時も通りのタロウだよ』
「そっか、何時も通りなのか・・・」
と言う事はやっぱり表面上は何にも変わって無いのか。
それが喜ばしい事なのか悪い事なのか俺には判断が難しい。
いや、良い事なのかな。あの変な力に飲み込まれてないってだけでも。
とはいえ変わって無いのに気持ち悪いから良いとも言いたくない。
『むー。どうしたのさ。中で何があったの』
「ああ、ゴメン。えっと・・・」
ハクからすれば意味の解らない質問と俺の態度に、むっとした様子で問い詰められた。
それも仕方ないだろう。ハクの質問に答える前に俺の疑問を優先したんだし。
とはいえ気になった時に聞いておかないと、俺の事だから聞き忘れかねないから許して。
「何て言えば・・・いや、難しく考える必要は無いか。遺跡に在った力を取り込んでしまったぽくてさ。それが気持ち悪くて仕方ないんだよ。いや、気持ち悪いって言うより怖い?」
『遺跡の? クロトが持ってる力みたいなのか?』
「うん、多分」
『ふーん。でも特に変わった風には見えないけど』
「それが逆に勘弁して欲しいと俺は思ってるけどな」
何にも変わって無いのに嫌な感覚だけを持ち続けている。
さっきも思ったけど本当にふざけんな馬鹿野郎。
普通こういうのは代償の代わりに力もくれるもんだろ。
「・・・なんか段々むかっ腹が立って来た。こんな要らない物押し付けやがって」
『要らないなら捨てちゃえば?』
「正直俺もそうしたいけど、捨て方が解んない」
そもそも捨てられる物なんだろうか。それに捨てて大丈夫なのかも気になる。
遺跡を壊して核を壊して、それでも残った力の欠片。
その欠片は霧散する様子もなく当たり前に俺へ入り込んできた。
ならもしクロトが居らず、俺も居ない場合はどうなったんだろうか。
その場にずっと残り続けるのか。それともその力が何か悪影響を与えるのか。
これは一度クロトに詳しく聞いてみた方が良いかもしれない。
後この手の話で頼りになるのはヴァールちゃんか。
彼女の場合はむしろ意識や記憶は本物の魔神に近いみたいだし。
クロトよりもしっかりした答えが聞けるかもしれないな。
とはいえ現状はとりあえず、この気持ち悪さを我慢するしか方法が無いんだけども。
『うーん・・・良く解んないんだけど、体は大丈夫なんだよね?』
「ああ、うん。体は特に問題ないかな。不調らしいものも感じない」
仙術で体の調子を確認するも、特に問題らしい感覚は無い。
むしろ調子は良いぐらいだ。気分以外はとても良い。
『なら良いんじゃない?』
「えぇ・・・」
コテンと首を傾げる白竜さんに、思わずそんな呻きを漏らしてしまった。
いやお前他人事とは言え雑過ぎるだろ。さっきまで心配してくれてたのに。
一瞬そう思った俺に、ハクは大きなままキュルっと可愛い鳴き声を口にした。
『タロウは何が嫌なの』
「・・・・俺が嫌な事?」
『うん。その力? を持ってて気持ち悪いって言うけど、体は大丈夫なんだよね?』
「うん、そうだな」
『ならその気持ち悪いのは、どうして気持ち悪いの? 何で気持ち悪いって思うの?』
何だかいつもと違う、優しい鳴き声と雰囲気でハクは語り掛けて来る。
お前は一体何を気持ち悪いと思うのか、どうしてそう思っているのか。
体調に変化が無いのであれば、何故気持ち悪いなどと思うのか。
「何で・・・か」
不思議とスッと入って来たその言葉で、ただ気持ち悪いと思わずに頭を回してみる。
何が気持ち悪いかと言えば、単純に先ず自分が持つには大きすぎる力だと思った。
使えば破滅してしまう様な気がする力。人が手にするに余る力。
それが怖くて恐ろしくて、そんな物が自分の身の内に在る事が気持ち悪――――。
「あ」
でも良く考えたら、俺の中に元からこの力って有ったんだよな。
単純に最近になって解っただけで、ずっと前から俺は持っていたはずなんだ。
クロトだってそう言ってたし、だからこそ俺は魔神になりかけたんだろう。
となれば怖かろうが何だろうが、結局の所ただ自覚出来る様になっただけなのか。
今までは自覚さえ出来なかった力を認識出来る様になっただけと。
「・・・あー、そうか」
結局何も変わらないのか。俺がやっと自分の体の事を理解し始めただけで。
クロトに言われてもヴァールちゃんに言われても解らなかった事を自覚しただけで。
ただそれだけの事でしか無くて、それを今更怖がってるだけなんだな。
そりゃイナイにもクロトにも怒られるわ。お前自覚しろって。
「・・・このままの方が良いのかもな。ちゃんと危ないってわかってる方が」
腕が黒くなってた時の自分がどれだけ危機感の無い考えだったのか。
今ならそれが解るし、その時の自分の思考をぶん殴りたくなる。
とはいえ、それでも使いこなせればと思う自分が居るのは確かなんだよな。
そして多分、クロトは使いこなしている。この感覚も制御しながら。
『タロウ、力はただの力だ。後はそれを振るう者の問題だ。その力がどれだけの物であろうと、タロウがタロウであり続ければ問題は無い。勿論力が恐ろしいと思う事は悪くない。むしろ恐ろしさを理解している方が良い。自分の持つ力を理解出来ていない方が愚か者だ』
「ハク・・・?」
少しだけ、ほんの少しだけ何か答えが見えた気がした所で、ハクがそんな事を言う。
それは何時もの元気で調子のいい白竜ではなく、真竜と呼ぶに相応しい何かを感じた。
俺の中にあるこの力とは真逆な、神々しいとまで思える何かが。
『タロウ。お前が恐ろしいのは自分が自分で無くなる事だろう。クロトはそれを越えて見せた。お前の為に、イナイの為に、シガルの為に。ならその父親のお前はどうするんだ?』
「・・・そんな言い方されたら、答えは一つしかないと思うんだけどな」
少なくとも、特に変化も無いのに怖がってる、なんて自分では居られない。
息子がこの恐怖を乗り越えているのに、父親が怖がっているなんて。
親父さんならそんな姿を見せるだろうか。いや、あの人なら絶対に見せない。
きっと何時だって笑って、心配をかけない様に振舞うと思う。
奥さんにはどうかは解らないけど、少なくとも娘孫にはそうする人だ。
「・・・能天気なぐらいがちょうど良いよな、俺は」
勿論警戒心や恐怖は抱えたままの方が良い。けどそれを表に出し過ぎるな。
それに制御する方法が有るのはクロトとヴァールちゃんを見てれば解る事だ。
今はさっぱり解らないけど、とりあえずむやみに怖がるのは止めておこう。
そう思うと少し気が楽になり、胸の内にあった気持ち悪さも少し薄れて来た。
『うん!』
「元気よく頷かれるとそれはそれで複雑なんだけど?」
するとハクはさっきまでの雰囲気が消え、何時ものハクの調子で頷いて来た。
余りに力強い頷きは少し不服なんですけども。特にハクに頷かれると。
『だってタロウ能天気だから、良くイナイとシガルに叱られるんだろう?』
反論できない事を言うな。ぐうの音も出ないんだよ。
「おい! 貴様! 聞いているのか!!」
所で実はさっきからずっと叫んでる兵士達どうしようかね。
気持ちがぐっちゃぐちゃで相手する気が無くて放置してたけど。
遺跡から出て来た時点で色々俺に叫んでたんだけど無視してました。
はぁ・・・少しは心に余裕出来たし、返事をしましょうかね。
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