第792話、のんびり休むしかないイナイですか?

「ん~・・・良い天気だなぁ。良く乾きそうだ」

「ガフッ」


心地良い日差しの中洗濯物を干しおわり、小さく伸びをして呆けた息を吐く。

独り言を呟いたつもりだったが、グレットが同意する様に鳴いて応えた。

苦笑しながら撫でてやると、もっとと言う様に頭を擦りつけて来る。


「・・・まったりしてんなぁ」


ここ暫く簡単な家事だけのんびりやってるせいか、時間がゆっくり流れている様に感じる。

妊娠が発覚した事で、仕事場に行っても帰される様になっちまったしなぁ。

イーナで行ってもダメと来たもんだ。もう何にも出来ねぇ。


中身はあたしだと知ってる連中が、良いからもう休んでろと分体まで追い返しやがる。

まあ、それぐらいされないと休まない奴だ、って思われてるんだろう。正解だよ。


「人の心配はしておきながら自分の心配は苦手なの、タロウの事言えねぇなぁ・・・」


最近多少違和感を感じ始めた腹を撫でながら、気を遣う連中の顔を思い浮かべる。

誰も彼もが過保護と言って良い調子で、けど自分としては正直困ってんだよな。

タロウに報告した当時は体調を崩す事もあったが、今はむしろ絶好調だし。


「あたしだって流したくはねえんだが・・・なんかもう大丈夫な気がするんだよなぁ」


全く根拠はない。これっぽっちも根拠は無いが、もう大丈夫な気がする。

勿論暴れたり戦ったりはしないが、ちょっと仕事するくらいなら平気な感じが。

いや、仕事はダメだとしても、軽い趣味程度の作業なら問題ないと思う。


「それでも我慢するしかねぇかぁ・・・あたしも万が一が有ったら嫌だしな・・・」


でも趣味すらやらせて貰えないの今の状況は、流石に余りにも暇が過ぎる。

なので軽い家事ぐらいはやらせて貰っているのが現状だ。

最初はそれすらやらせて貰えなかったけどな。せめて安定期までって。


ただ正直自分の感覚では、ほぼその状態になってる感がある。

あくまで自分の感覚だから、それが正しいと言えねぇのが痒い所だ。


「安定期かぁ・・・一般的にはまだ先だよな。その頃には腹が目立ってるだろうから、いよいよ何もさせてくれない予感がするけどな。特に義父さんが」


今も洗濯物を干すと言ったら、クロトと一緒に干しに混ざって来たし。

勿論迷惑だなんて言うつもりは無いし、二人とも私を気遣ってだろう。

ただ義父さんはこう、やけに私を可愛がるようになってしまった。


時々むず痒い。あの告白からこっち、一層我が子の様に扱ってくれる事が。

勿論嬉しいけど・・・嬉しいんだけど、あたし見た目と違っておばちゃんなんだって。

いい歳したおばちゃんが、何かする度に頭を撫でられるのはちょっと恥ずかしいっての。


「イナイよ、こっちは終わったぞー」

「・・・おわったよ、お母さん」


そんな二人へ目を向けると、丁度干し終わった所でこっちに声をかけて来た。

クロトは義父さんに肩車をして貰い、高い位置に洗濯物を干していた。

義父さん一人でやった方が早いと思うけど、クロトが楽しそうだから良いんだろう。


因みにグレットがあたしの傍に居たのは、あたしに万が一が無い為らしい。

あたしが体勢を崩した時に支えになれる様に、大体あたしの背後にいる。

クロトに指示されてだけど・・・こいつも大概賢いよな。ちょっと賢過ぎないかお前。


引き取った時はハクに怯えて大人しかっただけで、普通な感じだった気がするんだけどなぁ。

何時の間にやら言葉を覚えたのかってぐらい指示を良く聞くようになった。

指示として教えていない会話を普通に聞き分けてるから、多分コイツ言葉覚えてるな。


「こっちも終わってるぜ」

「そうか、不調などは無いか?」

「これぐらいで不調にはなんねって。心配し過ぎだっての」

「し過ぎなんて無い。何か違和感を感じたらすぐに言うんだ。お腹の孫の事も心配ではあるが、可愛い娘の体の事も大事なんだ。変に我慢したら許さんぞ、イナイ」

「・・・うす」


二人に応えながら歩み寄ると、義父さんはそう言ってあたしの頭を撫でて来た。

やっぱりどうにもこっぱずかしいが、撫でている義父さんが楽しそうで何も言えない。

ただ恥ずかしいだけで嫌じゃないからこそ受け入れられる訳だけど。


シガルなら「ウザイ」って一蹴しそうだけどな。

アイツ義父さんに構われるのだけは面倒くさがるんだよな。

あれも一種の甘えだとは思うけどな。義父さんだから大丈夫って。


「・・・お爺ちゃん、下ろして」

「おお、すまないクロト君。よっと」


ただ途中でクロトが声をかけると、言われた通り肩車から下ろす義父さん。

下ろした後に特に理由もなくクロトの頭を撫で、でれっでれの顔になっている。


「私は幸せだな。こんなに可愛い娘と孫と一緒に、のんびりと昼下がりを堪能できるなんて」

「・・・僕も、幸せ」

「おー、そうかそうか、お爺ちゃんと一緒で幸せかー!」


同意して貰えた事が嬉しかったのか、クロトを抱えてクルクルと回りだすお義父さん。

クロトは微妙にご機嫌そうな表情で、されるがままになっている。


「・・・お父さんと、シガルお母さんも一緒なら。もっと良かったね」

「そうだね、シガルちゃんも一緒ならもっと良かったねぇ・・・」


義父さん、タロウを意図的に排除するな。絶対わざとだろ今の。

それこそあたしや、下手をすると実の娘のシガルより可愛がってるくせに。

本人に言っても絶対認めないだろうが、どう見ても義父さんはタロウがお気に入りだ。


事あるごとに「小僧が、小僧が」って言ってるからな。

アレで可愛がってないってのは無理がある。

そもそも義父さんが鍛えてる理由もタロウとやる為だしな。


次こそは目にもの見せてやる、って言ってる時の心底楽しそうな顔よ。

まあクロトはクロトで意図的にハクの事を言わなかったけどな。

お前らもうどう見ても仲良いくせに。こっちも言った所で認めねぇだろうけど。


そんな二人を微笑ましく眺めていると、義母さんが庭にやって来た。


「あなたー、部下の方がいらしているわよー」

「・・・私、今日は休みなんだが」

「でも急いでるらしいわよ?」

「・・・解った、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」


にこやかに告げる義母さんに見送られ、義父さんは項垂れながら歩いて行く。


「・・・お爺ちゃん、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい義父さん」


そこでクロトも手を振りって見送り、あたしも見習って手を振った。

すると一瞬ぱぁっと輝いた表情を見せたものの、悲し気な顔を見せながら去って行った。

アレは多分、見送られる事は嬉しかったけど、本当ならそこに居られたのにって顔だな。


「ふふっ、私は部屋に戻るわね」

「あ、じゃあ義母さんあたし――――」

「イナイはのんびりしてなさい。貴女はもう少し休む事を覚えた方が良いわよ」

「――――うす」

「ふふっ、じゃあクロト君、お母さんを宜しくね」

「・・・うん、任せて、お婆ちゃん」


告白してから押しが強くなったのは義母さんも同じで、完全に逆らえなくなりつつある。

そこに在るのが気づかいだと解っているが、あの人言い知れぬ圧があるんだよな。

クロトは満足気に頷いて、あたしの手を握って来た。監視が付いてしまったー。


「くくっ、しゃあねえ、昼寝でもすっかぁ。やる事ねぇし」

「・・・うん、良いと思う。のんびり、昼寝――――――」

「・・・どうした、クロト」


クロトが突然目を見開いて固まった。不思議に思って声をかけても反応がない。

心配になって膝を突いて目線を合わせに行くと、視線がこっちに向いたから意識はある。


「どうした、何か起きたのか? それともどこか調子でも悪いのか?」

「・・・お父さんが、おかしい。何で、閉じたのに、開いてる」

「父さん? タロウか、タロウに何かあったのか?」

「・・・解らない、解らないけど、多分、何か異常が起きてると、思う」

「自信はねえけど、何となく異常を感じたって事か」

「・・・うん。おかしい、多分、何かが、おかしい」


クロトは自分でも良く解らないせいで慌てているのか、発言内容が纏まってない。

それでもタロウに何からあった、と言う事は確定らしい。

つーことは、考えたくないが、あの時と同じ状態になってる可能性がある。


帝国の一件の時になった、魔神になりかけた状態とやらに。


「あいつは本当に世話の焼ける・・・!」


一旦城に報告に行って、状況次第ではまたぶん殴って目を覚まさせてやる!

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