第790話、出て来た存在への対処です!

不味い。これは不味い。一人でやるとかこっそりとか言ってる場合じゃないぞ。

出てくる奴がクロトやヴァールちゃんみたいだったら問題はない。

話し合いが出来る相手だろうし、戦闘にならなくて済む。けどそうじゃなかったら。


確実に俺一人では手に負えないし、被害を抑える事も出来ないかもしれない。


「ハク――――――ああクソマジかよ!!」


ポケットに手を入れてハクを取り出そうとしたけど、取り出すとほぼ同時に感触が無くなった。

ハクの体を形成していた魔力が遺跡に吸われ、あっという間に消え去っていく。


「くそっ、俺一人でやるしかないのか・・・!」


いや落ち着け。ハクは呼べば解ると言っていた。なら分体が消えた事も解るはずだ。

それを異変と感じ取って、応援に来てくれる事を祈ろう。

異常事態と判断出来たならリンさんも来てくれるはずだ。多分。


「落ち着け・・・落ち着け・・・ふぅー・・・」


俺のやる事は、死なずに遺跡から出て来る奴を抑える事だ。

死にたくないってのは当然だけど、俺が死んだらもっと人が死ぬ。

ああそうだ殺す。間違いなく殺し続ける。この胸の殺意は消える事は無い。


「―――――つぅ」


ガツンと思い切り頬を殴った。口の中が切れて痛い。めっちゃ痛い。

でも今一瞬意識が飛びそうになってた。自分じゃなくなる感じがした。

そして何故か抑えるのにこれが一番手っ取り早い気がしたんだよ。何でか解んないけど。


何かぶん殴られて、すげー痛くて苦しかった様な、そんな覚えのない記憶がある。

その記憶に従うと意識する前に体が動いた。結果は良かったみたいだけどすげー痛い。

何でだろう。今はそれ所じゃないのにイナイに凄く会いたくなる。訳が解らない。


「いてて・・・あー、でも今のは自分でもやばいと解った・・・」


胸の奥から、魂の奥底から、何か自分じゃない物が這い上がって来る感触。

いや、それもちょっと違ったな。あくまで俺は俺自身で、けど俺じゃなくなる様な。

吐き気がする程世界を嫌いになりそうで、けど何よりも自分自身を一番に滅ぼしたいと。


理由なんか何も無い。ただただ滅ぼしたい。殺したい。消し去りたい。


「・・・こんな気持ちを抱えてたのか、あの二人は・・・こりゃ怖いなー・・・」


軽口でも叩いてないとやってられない。自分の想いの無い殺意なんて気持ち悪過ぎる。

気を抜けば一瞬で意識を持って行かれそうな程に、理由の無い殺意と破壊衝動だった。

そうか、あの時の俺は意識が無かったから、これにそのまま吞まれたのかもしれない。


記憶が無いから完全に伝聞でしかなかったし、実感も無かったけど今凄く実感した。

これはダメだ。これに呑まれるのは禄でもない結果しか感じない。


「遺跡が原因、なんだろうなぁ・・・うわぁ、俺また新しい問題抱えんのかよ・・・」


もう落ち着いたつもりだけど、本当に落ち着いたのかちょっと自信が無い。

一応さっきの訳解らん殺意はもう無いけど、何の拍子で同じ事になるやら。

帰ったらまたクロトに診てもらお。また心配で泣かれそうだなぁ。


「まーだ吸い込みやがる・・・精霊石の魔力は吸われてないな。良かった」


遺跡が吸い込む魔力にも何か条件があるんだろうな。

ハクの魔術は吸われたのに、魔力の塊の精霊石に変化はない。

まあ変化あったらすげー困るんですけどね。俺が大ピンチになる。


「・・・兵士達も異変は感じているみたいだけど、入っては行かないか」


魔力の流れがおかしい事は、魔法を多少でも使えればすぐに気が付くだろう。

実際気が付いた兵士が慌てて声をかけ、異常事態を知らせている様に見える。

逃げるか、中に行くか、中に入った者達を待つか・・・まあ待機だろうな。


ただ念の為という感じで、遺跡の入口周りに兵士を多く集めている。

そうして兵士達の配置が終わるとほぼ同時に、魔力の吸い込みが無くなった。

周囲には一切の魔力を感じない。完全に遺跡の中の何かに吸われきっている状態だ。


ここで探知を使うともろバレなので、俺は既に一切の魔術を切っている。

流石に初撃ぐらいは不意打ちで入れたい。元々そのつもりだったけど今は状況が違う。

嫌々渋々の判断なんてて何処にも無い。俺が生き残る為に犠牲を出してでも不意を衝く。


「――――っ」


遺跡から何かが出て来る。入って行った兵士じゃない。長髪の・・・女だ。

真っ裸で長髪の女が遺跡から出て来て、兵士の「止まれ!」の言葉も聞かずに歩く。


「ひゃはは・・・」

「構わん、撃て! 殺せ!」


狂気を感じさせる笑顔で歩を進める女に、指揮官が魔術師へ指示を出した。

事前に準備していた魔術をもって、怪しげな女を全力で排除しようと試みる。

発動前の状態で留めていたからか、魔力を吸われる様な事が無かったようだ。


魔術師達はたった一人に対し一斉に魔術を放ち――――――。


「な・・・!」


けれど女が笑顔のまま手をかざすと、魔術は霧散して魔力が女に吸われていく。

魔力を吸った。吸い込んだ。魔術から魔力を無理やり奪い取って霧散させた。

もしかしてさっきまでの魔力の吸収は、魔神の発生じゃなくてアイツの力なだけか?


「・・・うん、違う。あいつは魔神じゃない。魔人だ。見るまでは感じなかったけど・・・今は違うって何故か解る。多分さっきの変な感覚のせいかな」


アレは魔神じゃない。クロトやヴァールちゃんとは・・・俺とは違う。

半端者だ。ただの半端者の出来損ないだ。人間から逃げたくだらない愚物だ。

いや待て。また俺の知らない意識が出て来てる。何言ってんだ俺は。


「ひゃはは・・・おはようの挨拶にしちゃ随分じゃないか・・・ゴミ共がなに――――」


俺が訳の分からない感覚にまた襲われていると、女が喋ってる途中で俺の方を見た。

隠れていたのに、かなり距離が離れているのに、魔法も使っていないのに。

隠匿の魔法すら止めて隠れていたのに、なぜこちらに気が付いたのか。


驚いていると女は少し驚いた表情で、けれど嬉しそうに大声で笑い出した。


「ひゃははははははははは!! ああ、なんて幸運なんだい! 私は外れだったけど当たりだったみたいだねぇ! ああ、良い気分だ! 凄く言い気分だ!」


馬鹿笑いを始めた女に、兵士達はどう反応すれば良いのか困っていた。

けれどその中でも正気の者も居たらしく、女に付き合わずに攻撃を仕掛ける。

兵士達の後ろから矢を放ち、女の頭へ一直線に飛んでいく。


「なんだいこれは。人が気分良くしてるのに、邪魔するんじゃないよ」


けれど女はその矢を当然の様に手で払い、次の瞬間には弓兵の前に立っていた。


「でも私は今とても気分が良い。だから、優しく殺してやるよ。ひゃははっ」


女はそう言うと弓兵を抱きしめ、そして兵士の唇を奪った。

兵士は訳の分からない状況に一瞬目を見開き、けれど次の瞬間ぐるりと白目をむく。

女を付き飛ばそうと動かしていたはずの手は中空で震え―――――だらんと落ちた。


そこで女が手を離すと、兵士は骨も砕けたかの様に崩れ落ちる。

あの兵士は見おぼえがある。何度か潜入してた時に見かけた。

帰ったら子供に顔を忘れられてないと良いが、なんて愚痴ってたのを聞いたっけ。


「・・・」


解ってる。彼らにも事情があって、生活が有って、全員が酷い人じゃない。

それでも彼らは俺からしたら敵兵で、味方をする相手じゃない。

彼が死んだ事に罪悪感を覚えるぐらいなら、最初から俺が前に出れば良かったんだ。


けど俺はそれをしなかった。自分の命を一番に優先して潜み続けている。

今もアイツが俺に気が付いているから、意識を外す瞬間が無いかと伺っていた。


「女の口付けで死ぬんだ。幸せな死だろう。ひゃはははっ。それに私の糧に慣れた事も幸せだろうさ。ゴミには特上の死だ。もったいないぐらいだね」


でも、うん。だめだ。これはもうダメだ。くそったれが!

飲み込んだ精霊石を全力で一気に魔力へ変換し、軋む体を無視して女の懐に飛び込んだ。


「っ!? ヴァル様何で!?」


ただ技工剣をぶち込むも手で止められた。まだ魔力が込め切れてないせいで通じなかったか。

女が叫んでいるけど、んな事どうでも良い。このまま剣に魔力を思い切り流し込む。


「なっ、つうっ・・・!」


回転を始めた技工剣に手を切り裂かれ、血を撒き散らしながら女は下がる。

その方向に誰も居ない事を確認して、追加で精霊石を多めに飲み込んだ。

体が軋む。悲鳴を上げている。そんな魔力は扱えないと叫んでいる。


その魔力を一気に剣に流し込むと、真価を発揮出来ると喜ぶ様に唸りを上げた。

けれど持ち主の俺はと言えば、今はかなりテンションが下がっている。


「・・・ホント馬鹿だなー、俺は」


かたき討ち、なんて言うつもりは無い。大体あの人は赤の他人だし。

なら俺にそんな権利も理由も無いし、むしろ何をでしゃばっているのか。

そもそも殺された人の事は、さっき程度の情報しか知らないだろうに。


今助けた人間も、他の兵士達も、俺には何の関係も無い人間だ。

だから別に彼らを助ける為に戦うんじゃない。割って入ったんじゃない。

これは俺の我が儘だ。ただ俺がコイツを気に食わないだけだ。


彼らを理由にはしない。これは俺の責任で、俺が我を通したいだけだ。


「だから、我が儘を通す以上・・・お前は絶対に仕留める」


絶対に逃がしはしない。確実に殺す。俺はお前の存在を許容しない。

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