第789話、タロウが居ない間の行軍事情ですか?

『シガル、ただいまー!』

「おかえりハク、早かったね」

『急いで帰って来た!』


タロウさんを遺跡に届けたハクは、その日の内に帰って来た。

多分現地に着いた後は彼との会話も禄に無く、本当に大急ぎで帰って来たんだろうなぁ。


「暫くはタロウさんと離れ離れか・・・また離れて仕事になっちゃったね・・・」


タロウさんが遺跡へ向かっている間、当然だけれど私達は王女回復の報告待ちになる。

ただその連絡は思ったより早く、王女確保から数日程度の事だった。

王妃殿下の腕輪にアロネス様から連絡が入り、王女の協力も取り付けたと告げられる。


『こちらアロネスだ。今から王女に要請されて周辺国に貸し出していたウムルの兵をかき集めて王城奪還、って体で王都へ進行させる。ただ王女が万全になった訳じゃないから、実際には王女を組み込まない。こっちで回復に努めさせ、合流後に様子を見て転移で送る』


どうも王女は助かった事で気が抜けたのか、体調を更に崩してしまったらしい。

素早い行動が必要なのは確かけど、だからと言って無理をさせるのも難しい程度に。

ただ王女本人が現状を軽く見ておらず、体調を崩しながらも動きたいと言って来たとか。


なので影武者を立てて進める事で折衷案としたらしい。

これで王女の願いも休ませたいアロネス様の願いも叶う形になる。

因みに公式の場なのでネーレス様と読んだら「アロネスで良いって言ったろ」と返された。


様付けも邪魔だから要らないと言われ、タロウとイナイの嫁なんだから気にするなとまで。

以前も似た様な事を言われたけど、それは仲間だけが集まる場の時だ。

ポルブルさんや配下の人達も傍に居るから余り適当な態度は良くないと思う。


ただリィスさんは完全に無視して『アロネス様』と呼ぶので、私もそれに倣っておいた。

それにしてもイナイお姉ちゃんの嫁か。その響きは素敵だ。胸の奥がむずむずする。


イナイお姉ちゃん元気かな。体調崩してないと良いけど。

心配だなぁ。お父さんが構い過ぎてないかが凄く心配。

まあお母さんが適度な所で叩いてると思うけど。


『本人は何時かの為に体を鈍らせない様にしてたんだろうが・・・実際はそんな図太い神経をしている訳じゃなかったみたいでな。精神がすり減ってまともに休めてなかったんだろう。思い切り衰弱してる訳じゃないのが幸いだが・・・ギリギリまで休ませてやってくれ』


実際無理をして倒れられても困るだけなので、この方向性で進める事に決まった。

本来王女殿下を共わなわいで他国での行軍は大問題だけど、そんな事は言っていられない。

王女殿下は行軍に混ざっていると、それが事実で真実なのだと言い張って行動するだけだ。


道中の襲撃で気が付かれる可能性も問われたけど、バレる時は全滅した時だと言われた。

その場合王女を本当に送っていたら殺される可能性があるし、尚の事送らない方が良い。

王女まで殺されて全て台無しになるのなら、ウムルが多少の損を被る方がマシだと。


『まあ、王女が回復してたら俺が連れてくから、そんな事にはならねえけどな』


さらっと言ったアロネス様の発言は、そうだろうなとしか思えない。

ただ彼の実力を理解しきれていないポルブルさんは、王妃殿下に確認をとった。

本当に任せて大丈夫なのかと。彼は本当に信頼できるのかと。


多分王妃殿下が彼に怒ってた事も在るから、そこも含めてだろうなぁ。


「彼はウムルの英雄が一人。私は彼の判断を信じます。アロネス、任せましたよ」

『おおせのままに、リファイン王妃殿下』


まるで臣下を心から信用する王妃と、それに応える忠実な臣下の様な応答。

流石にその様子を見たポルブルさんも納得し、彼の案で王女を送る事に決まった。

その後はすでに準備を整えていた兵士を動かし、王都への進軍を開始する。


他の領主との足並みを揃える必要はあるけど、その辺りは織り込み済みで動く。

ウムルの兵士達の進軍ルート、ポルブルさんの進軍ルート、そして他の領主達。

それらの動きは完全に王都を包囲する方向で進められていた。


『タロウに連絡入れといたー』


タロウさんへは動きが有った事を伝える様にハクにお願いし、彼はまた待機となる。

むしろ出来る限り待機の方が良いだろう。彼が動く時は、多分大惨事の時だ。

魔人を街には行かせられないから、それは絶対に防ぐ必要がある。


けれど兵士達を助ける義理は無い。彼らは今の王城に巣食う者達の兵なのだから。


「・・・タロウさんの事だから、割り切れてないだろうな」


私も正直に言えば、見殺しはどうなんだろうと思わなくはない。

けれど彼らはウムルに敵対する兵士で、なら戦う事になれば殺す事になる。

そう考えれば結局同じ事なんだろうけど・・・少しもやっとするなぁ。


『タロウさん、安全第一です。敵兵をおとりにしてでも、貴方は無事である様に』


ただリィスさんも利害だけじゃなく、タロウさんの無事を考えてそう言ったんだろう。

色々な理由から先手をとれない以上は、利用できるものはすべて利用して生き残る。

その為ならどれだけ敵兵に犠牲が出ようと、味方が生き残っていれば良い。


私も一番はタロウさんの無事だから・・・結局人の事は言えないだろうな。


そんなこんなで特に問題も無く、影武者を立てた王女御一行とも無事合流。

当然王女はそこに居ないのだけど、王女に扮した人形を目印に王女が転移させられた。


「お初にお目にかかります、ウムル王妃殿下とお見受けいたします。わたくしはこの国の王女、名をツツィーリネ・スム・ツヌィーリア と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。こちらは武骨な鎧姿で失礼を致します。リファイン・ボウドル・ウィネス・ウムルと申します。以後お見知りおきを、ツツィーリネ王女殿下」


王女は事前にウムル王妃の容姿を聞いていたのか、鎧姿でも特に驚く様子はなかった。

赤鎧を着た王妃相手に淑女の礼をとり、王妃殿下も鎧姿のまま礼をとった。


「早速なのですが、指揮権限は王妃殿下がお持ちと考えて宜しいでしょうか」

「いえ、わたくしは指揮官に向いておりません。前線に出て剣を振るうのが私の本領。とはいえ今回の件では余り目立ってはいけないでしょうし、危ない所の補助程度のつもりですが」

「ではどなたが・・・貴方ですか?」


二人が話している所で、すっとポルブルさんが前に出た。

王女はそれで指揮官が誰か判断し、彼もその問いに頷いて応える。

あくまで今回の総指揮はこの国の人間が取る。たとえそれが仮初でもそういう事だ。


「名を聞いても宜しいでしょうか」

「ポルブル・ジャユヅハクと申します」

「ではポルブル、指揮権限を私に譲渡して頂けますか?」

「勿論でございます、王女殿下」


本当に王女が指揮をするわけじゃない。この軍団は王女の指揮下になったという意味だ。

これで完全に大手を振って城を攻められる。とはいえ王都は完全に籠城戦の構えだけど。


「王都を落とすのにどれだけかかりますか」

「こちらにはウムルの協力があります。落とすだけなら数日もかかりません」

「だけ、ですか・・・その意味は?」

「兵士以外の者を盾にしております」

「・・・本当に禄でもない」


王都はがっちりと外壁がもうけられており、そして門は全て閉じられている。

外壁の上には兵士達が構えているが、そこに奴隷達も並べられていた。


それはある意味で正しい事なんだろう。少なくともこの国にとっては。

人扱いしないで良い戦力。死んでも構わない奴隷という肉の盾。

けど私達にとっては、少なくとも王女以外にとっては面倒この上ない。


奴隷の被害を無視して戦闘を開始すれば、私達は何の為に来たのか解らなくなる。

勿論犯罪を犯した奴隷も居るだろうけど、そうじゃない人間も多く居るはず。

ウムルとポルブルさん達が何をされたら嫌なのか、良く解ってる行動に腹が立つ。


最悪の場合、嫌がらせに奴隷を全員殺す、なんて事までやりかねない。


「私の存在を知らせてもどうにもなりませんか」

「こちらが掲げるのは偽物の王女。ウムルの傀儡。通せば我らの命はない。我らのこれまでの生活は無い。どんな手を使ってでもウムルを止めろ。そんな命令が通っているでしょうな。それが真実が嘘かは兵士達には解らない。貴女の顔は・・・余り知られておりませんから」

「随分な話ですね・・・この身がまるで役に立たないとは思いませんでした」

「殿下の仕事は全てが終わってからです。今暫くの我慢を」


実際の話をすると、ウムル「だけ」で突っ込んで良いなら簡単に終わらせられる。

人質? 奴隷の盾? 遠距離攻撃が出来ない?

そんな物が8英雄に本気で通じる訳が無い。英雄リファインを舐めている。


この人なら単純に走って門まで辿り着き、門を破壊してそのまま真っすぐ城へ向かえる。

けど今回の事はあくまで内乱で済ませたい。ウムルはただの協力者だ。

ポルブルさん達の兵を前に出さなきゃいけない訳で、けどこのままだと被害が出るだけ。


「ポルブル、何か策は有るのですか?」

「不甲斐無い事ですが、ウムルに協力を得て何とか」

「いいえ。この場一番不甲斐無いのは私でしょう。それに何よりも在ってはならないのは、このまま城に虫が巣食い続ける事。その排除が叶うのであれば、差し伸ばされる手は取るべきです」

「仰せのままに。では次の動きまで少々時間が要りますので、殿下は暫くお休みください」

「・・・そうさせて貰います」


というわけで今は領主達による王都の囲い込みが完全に終わるまで待機。

領主たちの準備の間に仕込みがされ、仕込みが終われば突撃になるだろう。

その時王城の連中は、ウムルに喧嘩を売る意味を知る事になる。


『タロウに連絡入れておいたー』

「ん、ありがとう、ハク」


この会話の間にハクには王都から放たれた、暗号らしき光の報告をお願いしておいた。

気が付いたのはウムルの諜報員で、リィスさんが報告を受けての指示だ。

嫌がらせに走ったのかもしれないと判断し、タロウさんと各所に連絡を入れる様にと。


それ以外にも礼の暗部達の動きが有るかもしれないと、各所への連絡もされている。

兵士を動かして手薄になった領地へ、損害を与える為に動かしたかもしれないと。

既にウムルの人間が入り込んでいるから、多分返り討ちになると思うけど。


特にポルブルさんの所にはあの人が、ワグナ拳闘士隊長さまがいるからね。

そんな訳でまた少し間動きが無い状況なので、私は休む様にと言われた。

王妃殿下も天幕で休んでいるので、護衛は合流したウムル兵に任せれば良いと。


そう言われてもタロウさんが居ないし、ハクとも派手に動けないしなぁ。

とはいえ別に固辞する事でもないし、言われた通り休む事にした。


「・・・うーん、退屈」

『退屈だなー』


与えられた天幕の一つで、ハクと一緒にゴロゴロと転がる。

本格的にやる事が無いので暇人になってしまっている。

これが普段ならハクとどこかで組手でもするんだけどな。


ただ私も少し疲れが溜まっていたのか、ハクを抱きかかえていると少し眠気が。

今寝たら微妙な時間になってしまうけど・・・たまにはお昼寝も良いか。


「お休み、ハク」

『ん、おやすみ!』


やけに元気な返事にスクスクと笑いながら、丸まるハクと一緒に眠りについた。







『キュルー!?』

「え、何、ハクどうしたの!?」


ハクが突然言葉にならない鳴き声を上げ、バチッと目を開いて飛び起きる。

天幕の外が赤い。まさか火でも放たれたんだろうか。

少し慌てて外に出るも、赤さはただの夕日だった。


周囲をキョロキョロと確認するも、逆に私の行動が驚かれている。


「シガル様、何かありましたか?」

「あ、いえ、すみません。寝ぼけていたようです」


少し心配そうに問いかけてきた兵士は、私の答えにほっと息を吐いた。

様呼び未だに戸惑う時が有るなぁ、なんて思いながら天幕に戻る。

するとハクは驚いたように目を見開いた状態で固まっていた。


「ハク、さっきの鳴き声は寝ぼけてたの?」

『私が消えた』

「・・・ハクはここに居るよ?」


やっぱり寝ぼけてたのかも。さっきのは寝言だったのかな。

多分変な夢でも見て思わず叫んじゃったんだろう。


『違う、タロウの所に送ってる私が消えた。消してないのに消えた!』

「・・・え」


待って、それって、タロウさんが危険な状態って事!?

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