第783話、怒りで震えます!

「リファイン様、どうどう」


怒りに震えるリンさんに対し、暴れる動物をなだめる様に声をかけるリィスさん。

いや、声だけじゃなくて身振りも完全に野生動物に対するそれだ。

若干の警戒をするように真顔でジリジリ動くのにちょっと吹き出しかけた。


この人普段物静かで忘れそうになるけど、結構ふざけるの好きだよな。


「あたし野生動物じゃないんだけど!?」

「今は似た様な物じゃないですか。貴女が本気で怒ると怖いんですよ。少なくとも慣れていないポルブル様にはお辛いかと」

「うっ」


言われてリンさんは気まずそうな顔を見せ、ポルブルさんに目を向ける。

彼はリンさんの威圧感に当てられて顔が青いものの、それだけで済んではいる。

この辺りやっぱり流石は領主様、って感じなんだろう。恐れで動けないって感じじゃない。


「い、いえ、お気になさらず、王妃殿下。我が身の未熟でしかございませんので」

「・・・ううん、ごめんなさい」


ただ声をかけられた彼自身は、慌てて気にしないで欲しいと告げる。

でもそう言われても明らかに具合悪いし、リンさんも申し訳ないと思ったんだろう。

一瞬で威圧が消えて、しょぼんとした顔で頭を下げた。ただ彼はそれにもっと慌てだす。


「謝罪は不要です。頭をお上げ下さい。貴女の頭は軽々しく下げてはいけません」


さっきの青い顔も吹き飛んだ様子で告げる彼は、本気でそう思っている様に見えた。

リンさんに頭を下げて欲しくないと。貴女は下げてはいけないのだと。

多分だけど、王妃様が簡単に頭下げるな、って言う部下からの進言に近い感じで。


けれどそんな彼を見たリンさんは頭を上げてから、フルフルと首を横に振った。


「ううん。公の場なら仕方ないけど、ここには信用できる人間しかいない。だから謝らせて」

「それは・・・畏まりました。殿下の謝罪、しかと受け取りました」

「ありがとう」


ポルブルさんはそれ以上は何も言わず、唯々素直に謝罪を受け入れた。

そんな彼にリンさんは少し申し訳ない様な、けれど嬉しそうな笑顔で礼を口にした。

普段と王妃様の中間みたいな笑顔でちょっと見惚れてしまう。悔しい。リンさんなのに。


「さてリファイン様、そろそろ建設的な話に入りたいと思うのですが、宜しいですか?」

「はいはいごめんなさいね、私のせいで建設的な話に入れなくて」

「全くです。怒りはアロネス様だけに向けて欲しいものです。ただの八つ当たりでした」

「・・・解ってるから謝ったんだし、追い打ちかけなくてもいーじゃん」

「では先程のアロネス様の話ですが、もう少し詳しい話をさせて頂きます。先程は事実を先に伝える為に、情報を簡略化させましたので」


リンさんはぷくーっと頬を膨らませ、お腹の辺りで指をいじいじしながら拗ねだす。

けどリィスさんはそれを気にした様子無く話を進める気で、ポルブルさんが少し驚いている。


「先ずアロネス様が行動を起こされた理由に関してなのですが、前日に王女殿下へ毒を盛る話が上がっていたそうです。そこで毒を盛られる前に救出、という形をとりました。そのついでに城内に居た幾人かの子供達を救出した、という事ですね」

「・・・あれ、て事は」


危機にあった王女様の救出、って事になるのかな? 多分そういう事だよね。

そう思っていると心を読まれたのか、全部言う前にコクリと頷かれた。


「タロウ様のご想像通りかと。アロネス様は毒を盛る命を出した現場の映像と音声を記録した上で、王女殿下を救出しております。それでも言い逃れする可能性はあるでしょうが、映像が彼の手元にある限り義はウムル側にある、と言い張る事が出来るでしょう。これは王女の救出だと」


成程。アロネスさんの事だから絶対対策してると思ったけど、きっちりしてるな。

気になるのはその映像記録の道具を何時どうやって仕込んだかなんだけど。

絶対に周囲監視だらけのはずだし、下手に動けないだろうに。


いやまあ、あの人ならどこでどうやって仕込んでも不思議はないけどさ。

なんて思っていると、リンさんが拗ねた顔のままボソッと呟いた。


「絶対建前だけどね、アイツ」

「ええ、そうでしょうね。勿論王女殿下の救出が必要だったのは間違いないでしょうが、アロネス様にとっては事を起こすに都合の良い理由になった、といった所でしょう」


ん、どういう事だろう。王女様救出が建前?


「他国では禁制になっている様な薬を使った人体改造の実験・・・いえ、既に成果の出ている様子ですので実験とは違うのかもしれませんが、そういった事が行われていたそうです。その結果がこの国の王家の暗部の者達であり・・・その失敗作の救出の為に動いたのかと」

「失敗作?」

「適当な子供を薬で壊し、洗脳し、人形にするそうです。自分達の都合の良い人形に」

「っ・・・!」


心当たりはあり過ぎた。襲撃してきた連中の事が頭に浮かぶ。

彼らには投薬の跡があった。明らかに普通じゃない気功の濁り方だった。

つまり普段からそうやって『作られた』人間が居たって事なんだろう。


当然、毎回上手く行く訳じゃない。人間だから薬の合う合わないがある。

そしてそういう人を壊す薬をつかって、その失敗作と言う事は。


「・・・壊れた子供達を、助ける為、って事ですか」

「そういう事になりますね」


無意識に拳を握り込んでいた。声が怒りに満ちているのが自分でも解る。

元々腹は立っていた。薬を使って洗脳に近い事をやっているんだろうと。

シガルだって襲撃の夜に怒っていたし、今も怒りの様子を見せている。


けれど改めて聞かされると、腸が煮えくりかえる思いだ。


「良く生かされていたな。失敗作とまで言われるのであれば、処分していてもおかしくない」


ただそこで冷静にそう告げたのはポルブルさん。処分という言葉がちょっと嫌だった。

でも彼の言う事は多分間違ってない。失敗作なら殺してしまえばいい、と考えそうだ。


「他の薬の実験にしたかったそうですね。頭が壊れていても、体は薬が馴染んでいる。なら成功作への投薬前の実験に都合が良かった。どこまでも実験動物扱いです。子供達が詰め込まれていた場所も大分酷い所で、死なない程度の処理しかされていなかったそうです」

「・・・成程。やりかねんな」


どうやらこの国の上層部はどこまでも人の命を軽く見ているらしい。

国王はもう死んでいるそうだけど、暗部がある以上国王も知っていたんだろう。

殺された事への同情すら浮かばない。死んで当然とまでは言わないけど。


「でもそれなら、リンさんも余り怒れないんじゃ・・・?」


ただそこでふと気が付いた事をぽそりと呟いた。

彼女の性格上、子供達の救出の為って事なら怒らなさそうなんだけど。

けれど言われたリンさんは、相変わらずムスっとした顔のままだ。


「城の爆破、要らない」

「あ、はい」


端的な返答ありがとうございます。そうでしたね、あの人城爆破してるんでしたね。

アロネスさんがその気になれば、絶対こっそり救出できますもんね。

派手に暴れて逃げる意味ないよね。お前らは敵だ! って言うつもりが無ければ。


ああ、そうか。敵だって言っちゃったって事か。成程、今更理解した。


こっそり王女助けて、子供達も上手くさらって、その上でアロネスさんは動かない。

そういう風にして居ればその後も上手くやれた訳で・・・いや、多分無理だな。


「・・・リンさん、アロネスさんは」

「タロウに言われなくても解ってるよそれくらい。どうにかして自分の手で直してやりたかったんでしょ。けどもっと上手くやれたのも確かだから怒ってるの。あいつは私と違って、出来るのにやらない奴なんだから。ふんだ」


ああ、そっか。そうだよな。俺より付き合いの長い彼女が解らないはずがない。

多分アロネスさんかなりマジ切れしてる。だから本来の仕事を完全に放棄したんだ。

リンさんは王妃として怒ってるけど、それでも友人としては理解を示している。


「全部終わったら一発殴るけどね。絶対逃がさない」

「・・・アロネスさんが死なない様に祈っておきます」


いや、マジで死なないと良いな。割と真面目に怒ったリンさんの拳とか絶対受けたくねぇ。


「話がそれてしまいましたね。そんな訳で義は此方に在り、と言う形で話を進める事が可能となりはします。ただ救出した王女殿下は少々衰弱している為、回復に時間が必要とも報告されております。何かしらの行動を起こすにしても、先ずは王女殿下の回復待ちになるでしょう」


そこでリィスさんが話を元に戻そうと、現状確認の続きを語りだした。

王女様衰弱してるのか。そうだよな、監禁とかされてたんだもんな。

そうなると助けたのがアロネスさんって言うのは、不幸中の幸いだな。


あの人に診て貰えば、そうそう簡単に倒れる事は無いだろう。

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