第782話、薬師の誇りですか?

「・・・ん・・・ここ、は・・・?」


目を開く前から眩しい光を感じ、何故暗闇の中ではないのかと疑問に思う。

眩しさに眉を顰めつつ、まだ少し寝ぼけた気がする頭で周囲を見回す。


「どこだ、ここは・・・」


周囲を見回すも見覚えのある場所では、幾日も過ごした牢獄ではない。

だからと言ってそこに入れられる前の、自分が過ごしていたような部屋でもない。


「天幕・・・ああ、そうか、思い出した・・・アレは、夢では、無かったか」


今自分の居る場所を思い出し、頭を振って心と体を覚醒させる。

そうして自分の居る場所を、ウムルの騎士達が張った陣に居る事を自覚した。

未だその事に現実感は無いが、無くとも現実だと言い聞かせる為に。


「すまない、誰か!」


先ずは現状の確認をしようとして声を上げると、天幕の外に居る者達が動く。

閉じられた天幕が開かれると光は更に差し込み、同時に女性騎士が中に入ってくる。


「お呼びですか」

「私はあれからどれだけ寝ていた。今どうなっているのかも教えて欲しい」

「殿下は丸一日お眠りでした。今は翌朝で、状況は昨日と変わりありません」

「そうか」


アロネス・ネーレスと名乗った男の手助けを受け、あの忌々しい牢獄からの脱出が叶った。

その際に城の各所から凄まじい轟音が鳴り響き、城内は混乱の渦に叩き込まれている。


『使用人の死者や怪我人の心配はしなくても良いぜ。連中が隠したい物以外の被害はねーさ』


等と気楽に言いながら、彼は私を片腕で軽く抱えて逃げ切った。

いや、逃げ切ったというのもおかしな話だろうな。


何せどこに潜ませていたのか知らないが、脱出の際大量の人員が子供を抱えていたのだ。

あれだけの戦力が在ったのであれば、城を内部から落とす方が簡単だったはず。

皆ローブを纏い仮面をしていた怪しげな集団だったが、兵士達は相手になっていなかった。


だが彼はそれをしなかった。国落としよりも彼には優先すべき事があったのだ。

むしろ下手に武力で国を落とす事よりも、もっと苦しむ落ち方をさせたかったのか。


「・・・彼は、ネーレス殿は?」

「アロネス様であれば、昨日からずっと治療をしております」

「・・・そうか」


治療。そう告げられ、思わず顔を顰める。天幕に来た時に見た光景を思い出して。


「見に行っても良いか?」

「殿下が宜しいのでしたら」

「構わない。私は現実を見なければならない」

「仰せのままに」

「・・・ありがとう」


女騎士の気遣いに礼を言い、彼女の案内に従って一番大きい天幕の中へと入る。

勘違いした王侯貴族であれば、自分が寝泊まりする天幕より大きいなど何事だというだろう。

だがその中の状況を見て同じ事が言えるのであれば、その人物は国に必要ないと言える。


「あー、苦いなー、そうだなー。でも我慢して飲もうなー?」

「あー・・・うー、あー・・・」

「おい、早く調合しろよ、遅いぞ」

「うるせえ! アロネスと一緒にすんな!」

「あー---! あー---!」

「馬鹿叫ぶな。泣いちゃったじゃねえか。可哀そうに」

「えぇ・・・お前らがせかすからだろぉ・・・」

「・・・・・・あぐ」

「おーい、腕を噛むな腕を。俺の腕は食事じゃないから。痛い痛い痛い」


そこは発言だけを聞けば、医者と薬師と子供がいる様な光景だ。

いや、実際にそこには子供がいる。だがその子供の目は明らかに異常だ。

涎を垂らし、虚空を見つめ、あるいはずっと怯え、とにかくに何かに噛みつく者も居る。


まるで赤子だ。何も知識も経験も無い赤子が、そのまま大きくなったような子供達。

天幕に詰める者達はそんな子供達をあやしつつ、調合した薬を与えていた。


「っ・・・!」


寝る前にも一度見た光景だ。だというのにやはり目を向けるには辛い物が有る。

この子供達を作ったのが我が国だと、彼らはその失敗作だと教えられていた。

我が国が誇る暗部を作る過程で失敗した者が、ここに居る壊れた子供達だと。


「おや、姫様おはようございます。ゆっくり寝れましたか?」


腕に抱いた子供をあやしながら、アロネス・ネーレスか近づいて来る。

最初に出会った時はもう少し軽い口調だったが、今は貴人に対する言動に近い。

それでもどこか軽さは感じるが、私にそれを咎める様な権利も力も無い。


薬師などとのたまっていたが、彼が高名な錬金術師という事は知っている。


「はい、お気遣い頂き感謝します。ネーレス殿の仰った通り、我が身は自身が思っていた以上に疲れていたようです」

「そりゃそうでしょう。あんな所でずっと生活してりゃね」


あんな所。あの暗闇の牢獄ので生活。それは思っていた以上の疲労だったらしい。

気が付いたのは私ではなく、目の前の錬金術師だったが。

天幕に着くと先ず休む様にと言われ、けれど私は共に運ばれていた子供が気になった。


『壊された子供達ですよ。貴女の良く知る薬でね』


そう告げた時の彼の目は、殺意以外の何物でもなかっただろう。

思わず怯えてしまった私に気が付き、謝罪をしてから私を寝かしつけた。

横になると驚く程の眠気が襲ってきて、けれどあれは疲れだけではなかった気がする。


「薬を使いましたね?」

「あー・・・安眠できるお香の類だったんですけど、不愉快でしたか?」

「いえ、お気遣い感謝します」


実際不調は無い。おそらく本当に気を使って、ぐっすり眠れるようにしてくれたのだろう。


「睡眠不足は明るい所で見ると明らかでしたからね。先ずは寝た方が良いと思って」

「その様です」


彼に言われずとも、今の自分を顧みて良く解る。きっと自分は休めていなかったのだろう。

勿論死なない程度の睡眠はとっていた。だがきちんと眠れていたかと言えば否だ。


あの暗闇の中、不安で押しつぶされそうになりながらの睡眠。

何より陽の光を見れない時間間隔の無さが、余計に睡眠不足を引き起こしていた。

そうやって思考能力を奪い、鈍った頭で何かしらの失態をさせるつもりだったか。


「だが今は、貴方こそ眠るべきではないですか、ネーレス殿」

「あー、一応仮眠は取りましたよ。暫くしたらこの後も寝るつもりですし」

「だが・・・」

「2、3人、今目を放すとやばそうなのが居るんですよ。それが落ち着いてから寝ますよ」

「・・・そうですか」


彼はチラッと天幕の奥を見て、自分も同じ方向に目を向ける。

そこにはやはり様子のおかしい子供が居て、その中に全く身動きを取らない者が居る。

見ただけでは解らないが、放置していれば死ぬ状態なのだろう。


「・・・ウムルには優秀な魔術師が多くいると聞いています。治癒魔術師を連れてきて、貴方は少しでも休むべきではないですか。貴方が倒れる事も一大事でしょう」

「助からないんですよ。治癒魔術じゃ」

「・・・え?」

「あいつらの頭は薬で壊されて、そのせいか頭がそれを通常だと認識してしまっている。不思議な物でしてね、そうなると魔術の治癒って効かないんですよ。全くとは言いませんけどね。むしろ下手をすると悪化するんです。困った事にね」


治癒魔術が効かない? そんな、馬鹿な。そんな話私は知らない。

だって彼らは怪我をした時、治癒魔術による治療を受けていたはずだ。


「貴女が知っているのは成功した者に対する治療ですよ。失敗例は処分するしかない」

「―――――っ」


私が何を考えたのかに気が付き、彼は訂正する様に現実を告げる。

その現実に反論など出るはずもない。目の前にその現実が存在しているのだから。


「それでは、彼らは助からない、という事ですか」

「いいえ」

「え?」


看取るしかない。そう思った私の言葉は、また否定を返された。

呆けた顔で彼を見上げると、彼はニヤッっとした笑いを見せる。


「私は薬師なので、薬の被害は薬で対処します」


ただその笑みに、隠しきれない怒りを滲ませながら。


「薬の製法も兵士を作る手法も全部かっぱらってきましたからね。絶対に対処して見せますよ。父の名と誇りに懸けて、こんな物は全て叩き潰してやりましょうかね」


真っ向から我が国の在り方を否定する為にと。

気軽な様子にも聞こえる声音は、むしろ彼の怒りを表している様に見えた。

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