第781話、やらかしてくれたそうです!

「タロウ様、シガル様、ハク様、ウムル王妃殿下のご命令をお伝えします。至急訓練を中止して屋敷に戻る様にとの事です。車の用意はしておりますが、如何致しましょう」


ここ数日の日常となりつつある訓練中に、使用人さんからそう伝えられた。

何事だろうかと疑問に思うも、とりあえず戻るべく訓練を中止する。

兵士達は素直に俺達を見送ってくれたので、車に乗らず強化をかけて走った。


至急戻って来いと言う話であれば走った方が早いし、それはシガルとハクも同じ事だ。

数分で屋敷に到着すると使用人さんが待ち構えていて、そのまま執務室へ通される。

そこにはリンさんとリィスさんが居り、ポルブルさんとワグナさんも待っていた。


「ただいま戻りました」

「おかえり、タロウ」


雰囲気が少しおかしい。リンさんが眉間に皺を寄せて腕を組んでいる。

返答も王妃様してる雰囲気はなく、普段のリンさんのままに感じた。

なんていうか不機嫌そうで、思わずポルブルさんに目を向ける。


「ええと、何かあったんですか?」

「そうらしいが、我々もまだ何も事情は聞いていない。説明が二度手間にならない様に、全員集まってからすると告げられている。殿下の様子から余り良い話ではなさそうだが・・・」


俺の質問にポルブルさんが答え、ワグナさんに目を向けると彼も首を横に振った。

なら余計な事は言わず黙っていた方が良いかと思い、腕を組むリンさんに顔を向ける。


「それで王妃殿下。何があったのでしょうか」


俺が聞く体制に入ったのを見て、ポルブルさんが代表として訊ねてくれた。

するとリンさんは大きな溜め息を吐き、組んでいた腕を下ろして口を開く。


「アロネスが裏切った」

「なっ!? ど、どういう事ですか!? ネーレス卿が国王に付いたと!?」


リンさんの言葉にポルブルさんが狼狽え、俺は言葉も出なかった。

アロネスさんが裏切った? あの人が? 嘘だろ?


悪ふざけをすることはあっても、迷惑をかけられても、それだけは無いと思っていた。

あの人はイナイが好きで、仲間が大事で、国や子供が好きな人だ。

だからウムルの敵になる様な事なんて、この国の利になる事なんてしないはずなのに。


「王妃殿下。それでは誤解を与えてしまいます。正しくお伝えしませんと」


ただ驚く俺達と違い、リィスさんだけが静かに口を出した。

誤解ってどういう事だろう。本当は裏切ってないって事だろうか。


「裏切ったのは事実じゃん」

「期待を、とつけないと、反逆者と思われてしまうではありませんか」

「ふんだ」


期待を裏切ったって・・・ええと、それは、つまり。


「・・・何かやらかしたって事ですか、アロネスさんが」

「はい。中々にやらかして下さいました」


びっっっっくりしたぁー! そうだよな、そりゃそうだよな!

あの人が裏切るとかちょっと考えられねえもん!

つーかイナイを本気で泣かせるような事をするとは思えないし。


なんて俺がホッとしていると、ポルブルさんも少し落ち着いた様子を見せた。

ただ疑問の表情は当然とれておらず、真剣な顔をリンさんに向ける。


「殿下、どういう事でしょうか。どうか詳しくお聞かせください」

「・・・ゴメン、リィス。代わりにお願い。今私怒りで上手く話せない」

「畏まりました」


あー、うん、怒ってたんですね。いやまあ不機嫌なのは解ってましたが。

リンさんがこんな風になるなんて、アロネスさんは一体何やったんだろう。

不安で首を傾げていると、リィスさんがぺこりと頭を下げてから皆の前に出る。


「王妃殿下に代わりご説明させて頂きます。先程陛下から緊急の連絡が入り、アロネス様が独断で行動を起こした旨を伝えられました。アロネス様は持ち込んだ爆薬で城を爆破し、城壁の類も爆破済みで、王都は防衛戦が不可能な状態に陥っているそうです」


俺の記憶が確かなら、アロネスさん時間稼ぎが仕事だったはずでは。

何で爆破なんてしてるんですかね。つーかこっちの準備がまだ整ってないんですがね!


「今なら落とせるから攻め込め、という事だろうか」

「いえ、アロネス様は爆破の混乱に乗じてとある貴人を救出。その際に数人の子供も連れ帰っております。爆破をしたのは確実に逃げ切る為の攪乱との報告です」


貴人と子供の救出。そこで何となく、攪乱だけが目的じゃない気がした。

あの人の事だ。腹いせにぶっ壊してやれ、みたいな考えもあったんじゃないかな。


「貴人? 一体誰を・・・」

「この国の王女殿下でございます。どうやら地下に監禁されていたらしく、発見後救出して城を脱出。その際に色々と役に立ちそうな物も盗・・・持ち帰ったそうです」


今盗んだって言いかけたよね。いやまあ盗んだんだとは思うけど。

とはいえこの場合の役に立つは、この国を訴えるのに役に立つ物って事かな。

それにしても姫が監禁って、国王にでも逆らったんだろうか。


「・・・姫が囚われていた?」


ただそこで、ポルブルさんが『意味が解らない』という表情で呟いた。


「どうやらご存じなかったようですね。となれば国王陛下が既にお亡くなりになっている事もご存じない、という事で宜しいですか?」

「なに!?」

「やはりご存じなかったのですね・・・」


ポルブルさんの驚きを見て、リィスさんは納得したように呟く。

ただ納得できているのは彼女だけで、俺もワグナさんも状況に追いつけないでいる。

むしろシガルまで困った表情だし、たぶん誰も何も解っていない状態だろう。


「これはアロネス様からの報告で判明した事と、アロネス様が王女殿下から聞き取りをした内容からの予測が含まれます。確定事項ではないという前提の上でお聞き下さい」


彼女はそう前振りを入れてから、アロネスさんの報告とやらを語りだした。


どうもアロネスさんがこの国に来た時点で、この国の国王は死んでいたらしい。

彼が出向く前までは生きていたらしく、彼の訪問に合わせて殺された可能性が高い。

そしてアロネスさんに薬を盛って前後不覚にさせ、国王殺しの罪を擦り付けるつもりだったと。


相手がアロネスさんだった事で毒が効かず、けれどもし毒が効いていれば。

その時はウムルはこの件から手を引かざるを得なくなる。

話し合いの使者として向かった人間が、宣戦布告も無く国王を殺したのだから。


それは国家としての信用問題となるし、そうなればアロネスさんの処分も必要になる。

周辺国の信用を無くしてもアロネスさんを生かすか、信用を取る為に彼を処刑するか。

結局そんな事態にはなりえなかった訳だが、あちらの狙いはそうだったらしい。


そしてそれらも全て上手く行かなかった時の為に、王女様が監禁されていた。

王女と王の不仲は有名な話であり、二人が争い殺しあった事にする予定だったらしい。

国王の居なくなった国をウムルが攻める事も、これもまた余り外聞が良くない形になると。


俺にはそこがちょっと良く解らなかったけど、混乱した国をかすめ取る行動になるらしい。

ウムルにその気が有ろうが無かろうが、君主の居ない国の蹂躙に取られるとか。

そもそも王家の血筋が絶えたタイミングでウムルが居る、という事が都合が良すぎると。


つまり最初から全てウムルが仕組んだ事では、という風に見せたかったという事だ。


「・・・あれ、それならアロネスさんは、何も悪くないのでは?」


そこまで説明を聞いて、どう考えてもアロネスさんの行動は上手くやったように感じる。

だって毒も防いで、王女も助けて、有耶無耶や擦り付けを完全に防いだ形だ。

ただ俺のその発言が良くなかったのか、リンさんがクワッと目を見開いた。


「あいつが腹いせで暴れてなければね! 完全にウムルから仕掛けた形になっちゃったじゃん! おかげで頑張って王妃様やったのも全部パアだよ! ここまであたしがどれだけ頑張ってたと思ってんのあいつ! 次顔合わせたらぜったいなげとばしてやる! あーもうはらたつー!!」


ど、どうどうリンさん。ちょっと落ち着いて。威圧で震えて来るから。

ほら、ポルブルさんとか顔真っ青ですから。俺も怖いからお願い落ち着いて。


「なーにが『後宜しく☆』だー! 絶対もっと上手く出来たくせにー!!」


そっか。そうだよなぁ。城爆破してるもんなぁ。問題だよなぁ。

本来なら静かに真綿で首を絞める予定で、その為に頑張ってたんだもんね・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る