第780話、耐え忍ぶものですか?
目を瞑った暗闇の中、意識が浮上して目を開けるも暗闇なのは変わらない。
もうどれだけこの暗闇の中に居るのか、今が昼なのか朝なのかすら解らない。
解るのはこの身がいざという時の生贄として生かされているという事。
「はっ」
解っていても自ら命を絶つ度胸は無く、唯々この暗闇に押し込められている。
そんな自分が余りに情けなく滑稽で、自分の事なのに鼻で笑ってしまった。
体を起こした所でキィっと音が鳴り、風が中に吹き込むのを感じる。
少しして小さな明かりが灯り、暗闇の中に小さな蠟燭の光が差し込む。
「お食事をお持ちしました」
格子をあける事なく中に食事を差し込み、それだけ言うと入って来た人物はそのまま出ていく。
最初こそ対話を試みた事はあったが、何度何を言おうが反応が返ってくる事は無い。
そういう風に『教育』されているのだろう。忌々しい話だ。アレは負の遺産だ。
「・・・腹立たしい」
目の前に置かれた食事は一見豪華な物だ。いや、この国では王侯貴族が食する物に違いない。
それでも生き永らえさせる為だけに出される食事は、家畜への餌と何が違うというのか。
心から悔しく腹立たしいが、それでもこの体は空腹を訴える。
「諦めてなるものかよ」
惨めさを噛み殺しながら呻くように呟き、食事に手を出してしっかりと食べる。
毒が入っている事も気にした事はあったが、最早そんな時期はとうに過ぎた。
もしこの身を殺す日が来るとすれば、おそらくは毒殺以外になるだろう。
物理的に殺す為に痺れ薬の類は仕込みはするだろうが、国内の物なら問題ない。
死に至る量でなければ動ける。幼い頃から少しずつ耐性を付けている。
「・・・そんな間抜けな事をしでかしてくれたら良いんだがな」
何もかもが希望的観測だ。自ら命を絶たない事も、この牢獄の中で鍛え続けている事も。
この身を嵌めた連中の喉元に一撃入れる為に、そう思わなければ狂ってしまう。
いや、最早狂っているのかもしれないな。でなければこの暗闇は耐えられなかった。
教育された連中が従順になるのも良く解る。人間は暗闇の中で生きる様にできていない。
こんな狂ってしまいそうな空間と、狂ってしまう薬で『教育』されたらおかしくもなる。
もしかすると今の自分の思考も、そういう風に誘導されているのでは。
「っ・・・!」
恐ろしさから吐き気を感じ、けれど堪えてぐっと飲みこむ。
大事な食事だ。大事な栄養だ。体を保つには必要な物だ。
吐いて台無しにする訳にはいかない。喉が焼ける感覚に涙しながら我慢する。
「・・・はは、惨めだ」
小さな蝋燭が照らす視界の中に、自らの顔を確認できる物が無くてよかった。
コップに張った程度の水では、この暗闇の中で顔の確認など出来はしない。
もし見てしまったら、きっと心が折れてしまうだろう。なんて情けない顔をと。
こんなことを考えてしまっている時点で、既にもう折れているのだろうか。
折れていないと意地を張って、ただ心を守っているだけなのでは。
そう思うと涙が溢れ―――――そうになったのを力を入れて堪えた。
それだけは、涙だけは、泣いてしまったらもう耐えられない。
「―――――」
ギリッと歯を食いしばって暫く耐え、涙の気配がしなくなった所で息を吐く。
何とか堪えられた。呼吸が少々怪しいが、少し深呼吸したらきっと整う。
ああ、問題ない。何時もの事だ。何時もの日常だ。早く食べてしまえ。
自分を言い聞かせて食事を再開し、全て食べ終わった所で明かりが消えた。
色々と葛藤していたせいか、思っていたより時間が経っていたらしい。
食事時間が終わればすぐ暗闇だ。こうやって精神を疲弊させていくのだろう。
「水・・・」
暗闇の中手探りで水差しに残った水をコップに移し、ゆっくりと喉を潤していく。
そして全部は飲まずに置いておき、日課の鍛錬を始める。
とはいっても我流の自己鍛錬だ。大した知識も技術も存在しない。
それでも何もしないよりはマシだろうと、囚われてからずっと続けている。
そうして汗をかいて喉の渇きを感じた所で止め、残った水で水分を補給した。
水差しの中身は余り多くない。この水分で済ませられる運動量しか出来ない。
「それも計算のうちか?」
流石にそこまでこの身を恐れているとは思えないが、けれどあり得ない事ではない。
世界には『天才』が居る。たった一人で全てを蹂躙出来るような天才が。
この身がもしそんな存在であれば今頃こんな所に居ない。
「・・・出ていくだけでは済ませんがな」
取りたい訳ではないが、父の仇がまず最初か。次にあの負の遺産を操っている者達。
いや、その前にあの可哀そうな連中を皆殺しにしてやるのが先か。
取り返しがつくなら生きながらさえられるが、進んで毒を飲むような連中は無理だろう。
「奇遇だね、俺も似た様な事を考えてた所なんだよ」
「っ、誰だ!?」
突然暗闇の中に声が響き、声の聞こえた方へ顔を向ける。
扉の開いた音はしなかった。ならずっとそこに居たのだろうか。
いや、そんなはずはない。入って来たのは一人で、確実に外に出て行った。
なら一体今の声は何なんだ。まさかとうとう狂って幻聴が聞こえ始めたのか。
そんな恐怖を抱き始めていると、突然暗闇の中を光が蹂躙した。
「初めましてお姫様。俺の名前はアロネス・ネーレス。ケチな薬師だよ。とりあえず手始めにこの城半分ぐらい吹き飛ばそっか。爆薬の準備はもうできてるぜ! 派手に行こうかぁ!」
「・・・は?」
何か光る物と、光の中に佇む暗闇を従えた男は、気軽にそんな事を告げた。
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