第777話、偉い人の企みを理解します!
領主さんが手紙を書いている間に、リンさんは王妃様の格好に戻る為着替えに向かった。
リンさんとしてはそのままの方が楽だったろうけど、リィスさんが許すはずもない。
この地の領主の懐柔が終わったのだから、きちんとした服に着替えるべきであると。
そんな訳で俺はまた使用人部屋で、ニノリさんと一緒に待っている。
リンさんには護衛にシガルとハクが付いていて、今は彼女と二人っきりだ。
いや、この屋敷の使用人が居るから、二人っきりではなかったか。
まあ何人居ようがどっちみち会話が無いので、わたくしとても息苦しいのですが。
奴隷の使用人さんは雰囲気こそ柔らかくなったけど、相変わらず仕事人って感じだし。
ニノリさんはニノリさんで、使用人であろうという緊張感がなんかあるし。
そして二人の雰囲気につられて、喋っちゃいけない気分になっている。
辛い。この空気ちょっと辛い。誰でもいいから早く帰って来て。
なんて祈りも空しく、部屋から人が出てきたのは大分経ってからであった。
扉がゆっくりと開かれ、完全に王妃様に戻ったリンさんが優雅に部屋を出て来る。
その後ろをリィスさんとシガルとハクが・・・何でシガルの腕に抱きついてんだあいつ。
まあ良いか。あの状態でも下手な奴に後れは取らないだろうし。
「タロウ、あれから誰か来ましたか?」
「いえ、誰も」
そういえば着替えに大分時間がかかったけど、ポルブルさんからの連絡は何もないな。
「そうですか。ではそこの方、領主様にお会いしたいとお伝え願えますか。ああ、私共が参りますので、こちらに来る必要は無いともお願いしますね」
「はい、承知致しました」
リンさんが使用人の女性に声をかけると、彼女は深々と腰を折って応える。
ただそこには今までの様な義務的な様子以上に、しっかりとした対応を感じた。
そこまであからさまな物ではないけれど、やっぱり何だか違う気がする。
そして顔を上げると部屋の扉を開け、その向こうに居る別の使用人に声をかけた。
二言三言話すと彼女は部屋に戻り、もう一人は屋敷の奥へと向かっていく。
「すぐに領主様の返事が有ると思いますので、申し訳ありませんが少々お待ち下さい」
「ええ、ありがとう」
リンさんは笑顔で応えて少し待ち、けれど本当にすぐに返事が届いた。
執務室で待っているとの事なので、使用人に先導されて皆で向かう。
ただ込み入った話になるので、ニノリさんは扉の前で待機になる。
彼女に遺跡の話とか聞かせられないから仕方ない。前回もそうだったし。
「失礼します、ポルブル様」
「いえ、こちらこそ気が回らず申し訳ありません、王妃殿下。どうぞこちらに」
ポルブルさんは最初から立って出迎え、リンさんをソファに誘導する。
前回の会談とは大違いな対応だなと思いながら、俺は前回と同じく背後に立つ。
まあ俺だけじゃなくて、護衛と使用人一同はみんな立ってるけど。
「先ずこちらをどうぞ」
リンさんが席に着くと、ポルブルさんは封筒を幾つかテーブルに差し出した。
どの手紙にも家の印の様な物が入っていて、既に封をされている。
おそらくだけど、他の貴族への紹介状的な物ではないだろうか。
「これで全て、という認識で宜しいですか?」
「はい。その内この三つは、書状を送るだけで信用してくれるかと」
幾つかあるうちの三つを分けてから、スッとリンさんの前に滑らせる。
つまりこの三つは信用できる相手、という事なのだろうか。
それとも単純に、この国を裏切る気が満々の人という事だろうか。
俺がそんな風に悩んでいると、リンさんは封筒を手に取るとリィスさんに手渡した。
「リィス、お願いしますね」
「承知致しました」
多分また諜報員の人とかにでも渡すんじゃないかな。
どうもちょくちょく情報交換してるっぽいし。
ポルブルさんは特に気にする様子は無く、残を前に差し出す。
ただこちらは先の三つとは違い、少し分厚い気がする。
「こちらは直接会いに向かった際に、交渉材料になるかと」
「何かしらの脅しのネタ、という事ですか」
「ええ。勿論写しですので、信じるかどうかは向こう次第でもありますが。中の事を王妃殿下はご存じないという体で書いております。ウムルの諜報であればご存じかもしれませんが」
「承知しました。ありがとうございます」
リンさんはにっこり笑い、これも受け取ったらリィスさんへと手渡す。
こっちは持っていくのかな。それともこれも先に渡すのかな。
まあどちらにせよ、これで事は順調に進みそうだ。
この調子なら帰還は予定より早くなるのかな。いやでも遺跡の件があるか。
そっちを片付けてからじゃないと、俺がウムルに帰る事は出来ないかな。
「私はここで貴女の帰りをお待ちしております。どうかご無事で・・・等と言う言葉は不要でしたな。殿下にも、殿下の護衛方にも」
「ふふっ、貴方も生きていなければいけませんよ?」
「承知しております。事が済むまではこの命、絶対に死守して見せましょう」
「ああ、その事なら問題はありませんよ。ねえ、リィス」
リンさんが笑顔を向けて声をかけると、彼女は一度ペコリと頭を下げてから口を開く。
「王妃殿下がこの度お忍びで参りましたが、度重なる危険を鑑みて、領主様のご協力の下ウムルの騎士を呼ぶことになっております。あと数日もすれば、この国にたどり着くかと」
「・・・くくっ、成程、確かに王妃殿下の守りは必要だ。色々ありましたからな。くくっ」
「ええ、王妃殿下にもしもがれば、恐ろしいですものね?」
「ああ、その通りだ。恐ろしくて堪らない。くははっ」
ポルブルさんは堪え切れないとばかりに、心底愉快そうに笑い声をあげる。
俺には一体なぜ笑っているのか解らず、そもそもこの話自体初耳だ。
ただ俺以外の護衛達も、そんな彼に少し困惑の目を向けている。
「解らんか? 簡単な話だぞ。私がウムルと組んで軍を引き入れて守りを固めている。反逆の準備は既に済んでいる。そうはっきりと王家に告げる為の行為という事だ。ただ対外的には王妃殿下の守りを厚くする為に私が願ったと、何の問題も無いという建前の上だがな」
あー、成程そういう事か。いやでもそれ通るの? 通るのか。そうか。
もしかしてその為に、国境に一番近い貴族も懐柔したって事なのかな。
あれを味方に引き込む利点って、王妃に対して起こした無礼の証拠の為だと思ってたんだけど。
って事はあの領主、自分の知らない所で勝手に反逆者にされてるのでは。
同情の気持ちはちっともわかないけど、何とも言えない気分になるなぁ。
ニノリさんが帰る事が無い様にしたのも、この予定だったからって事なのかな。
「そしてその後も私共がポルブル様に合同訓練でも願えば、兵たちが滞在する理由になります。王家の意向を無視する形にはなりますが、ウムルの兵が居る限り手は出せないでしょう。強引な手を使っているという事は否めませんが・・・先に強引な手を使ったのはあちらですしね」
「ええ、良い意趣返しになるでしょう。くくっ」
わーい、笑顔なのに怖いんですけどこの人たち!
ー------------------------------------------
新作の宣伝をこっちにも。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859680275233
老人→女児→熊耳女児、時々子熊
能天気女児になった元老人が頑張る話です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます