第776話、一旦領主館に帰って準備です!

「タロウさん、起きて。そろそろ領主館に着くよ」

「んえ?」


耳元で囁かれた声で意識が覚醒し、ガタガタと揺れる感覚を覚える。

目をうっすら開くと可愛い奥さんの姿が見え、ニヘラと口が緩む。

すると彼女はクスクスと笑い、ちゅっと唇が降って来た。


それを素直に受け入れて抱きしめ、しばらくお互いの舌の温度を楽しむ。

暫く若干寝ぼけた頭で幸せな時間を堪能し、どちらともなく離れてから体を起こす。


「目が覚めましたか、旦那様?」

「んー、むしろ逆に頭がぼーっとしてきた」

「あははっ、最近こういうことしてなかったもんねー」

「だねぇ」


軽いキスぐらいはしてたけど、それ以上の事は殆どしていない。

そのせいか今のは何時も以上に心地よくて、頭がポワポワしてきた。

貴女本当にこういう事が年々上手くなってますよね。


「色々終わったら、いっぱいしようね」

「・・・お、お手柔らかに」


ただ唇をペロリと舐める大魔王のお言葉で、ゾクッとして一気に目が覚めたけど。

シガル大魔王様ってば旅の間ずっと我慢してるもんなー。仕事終わった後がすげぇ怖いなー。

っていうかイナイさんが居ないから、俺一人で戦わなければ駄目なのでは?


いや待って勝ち目無いし。二人がかりでも勝ち目無いのに。無理じゃん。


「状況は順調だし、もうちょっとの我慢だから・・・楽しみにしててね」

「ソ、ソッスネ・・・」


にまぁと妖艶に笑う彼女に対して、俺はただ無力に頷くしか出来なかった。

色々覚悟しておこう・・・また腰抜かされるんだろうなぁ・・・。

戦々恐々としていると、ふと一人足りない事に気が付いた。


「あれ、ニノリさんは一緒じゃないんだ」

「うん、リンさんが気を利かせてくれて、あっちの車に乗ってるよ」

「ハクも?」

「ん、護衛だからね、一応」

「なら寝てたのはもったいなかったなぁ・・・」


せっかくの完全な二人きりの時間を、俺の睡眠で使ってしまった。

ただ残念そうな俺とは逆で、シガルは満足そうな笑みを見せている。


「私は色々してたから、まあ、楽しかったかな?」

「待って、色々って何」

「タロウさん私やイナイお姉ちゃんが相手だと、中々起きないから面白いよね」

「いやだから待って。何したの。ねえ、何してたの」

「んー、大した事はしてないよ? カーわいーなー、って愛でてただけで」


教える気は無いって事っすね。うーん、本当に何されたんだろうか。

ガタガタ揺れる車の中でも起きなかったし、簡単には起きなかっただろうな。

それでもシガルの『起きて』ですぐ目覚める辺り、俺の体は色々どうかと思います。


なんて思っている内に車が停まり、コンコンと扉が軽くノックされる。


「はい、どうぞ」


俺が応えると車の扉が開かれ、小さく腰を折るニノリさんの姿があった。

その表情はどこが所在なさげで、あちらの空間が辛かったんだろうなと感じる。

まあ王女様と、ちょっと怖い侍女さんと、良く解んない護衛だもんなぁ。


ハクはニノリさんの事を嫌いではないけど、特に興味も持って無いっぽいし。

せめて彼女から話しかける事でもあれば、多少は興味を持つんだろうけど。


「領主館に到着致しました」

「うん、ありがとう」


彼女に礼を言ってから車を降りると、リンさんの乗る車は今停まる所だった。

シガルと目で合図をしてその車に近づき、王妃殿下のエスコートに向かう。

もう色々遅いと思うし、あんまり必要ない気もするけど。


「王妃殿下、お手を」

「あらタロウ、ありがとう」


扉が開くとリィスさんがスッと降りてきて、その後にハクが続く。

そして最後にリンさんが下りるところで手を伸ばし、彼女は優雅に手を取った。

どうやら王妃様に戻ったらしい。いや、戻ったって、言ってて何かおかしいな。


リンさんが車から降りると、領主さんは飛び降りるように車から降りた。

そしてパタパタと近づいて来ると、リンさんに軽く腰を折る。

ただその後何故か俺に視線を向け、まじまじと見つめてきた。


「もう大丈夫なのか?」

「あ、はい。しっかり休ませて貰いましたから。ありがとうございます」


どうやら心配されてたらしい。いやでもおかしいな。心配される覚えはない。

彼の前ではそこまで消耗した様子は・・・あ、リンさんに投げ飛ばされたか。

あれクッソ痛かったけど、すぐに治したからそこまで問題は無い。


「それは良かった。今回は君の存在が要と、詳しく効かせて貰った。よろしく頼む」

「あ、はい、こちらこそ宜しくお願いします」


領主さんから手を差し出され、おそらく握手だろうと握り返して頭を下げる。

すると俺の手を握った彼は怪訝な顔をして、少し首を傾げながら手を放す。


「・・・君は、戦っている時とは本当に別人だな」

「あ、あはは、似た様な事をよく言われます。最近は特に」


以前も言われてなかった訳じゃない。思い返せばハクと会ったぐらいの頃もそうだった。

ぱっと見は新人の冒険者みたいな、強そうには見えないって反応が多かった気がする。

構えたり仙術使ったりして、そこで初めて警戒される感じだったな。


けれど最近はあの頃より強くなったせいか、落差がもっと激しく見えるんだろうな。


「まあ今更君の力を疑う気は無い。期待している」

「ありがとうございます。出来る限りの事は頑張ります」


答えておいてなんだけど、我ながらなんとも緩い返答だ。

本当なら「任せて下さい。俺が何とかしますよ」ぐらい言うべきなのかも。

けど領主さんは俺の返答に満足したのか、ふっと笑って頷き返した。


「本来ならば君にも膝を突くべきなのだろうが、すまないな。君の立場があくまで貴人の伴侶でしかない以上、そういう訳にもいかない。だが気持ちだけでも伝えておく。ありがとう」

「え、いや、俺は特に、気にしなくても」

「我が領民の為に無理をしてくれた事は解っている。ならば感謝は伝えたい」

「あ、ど、どうも・・・」


な、なんかちょっと調子が狂う。最初がわりと冷たい感じだったから余計に。

でもこっちが本来のこの人なのかもしれない。多分そうなんだろう。

彼の護衛の人達も特に驚く様子もなく、当たり前の様な反応だし。


いや、ここの人達練度高いし、予想外の事言っても表情動かさないかな?


「私の事は今後ポルブルで良い。せめてそれぐらいは、君に許したい」

「え、あ、はい。ポルプルさん、宜しくお願いします」

「ああ、宜しく頼む」


満足そうに頷いた領主さんは、俺から視線を切ってリンさんへと振り向く。

そして彼女に小さく腰を折ると「では、すぐに準備致します」と言って去っていった。

護衛を連れて領主館に向かう彼の表情は、どこか楽し気に見えたのは気のせいだろうか。


「では私達も休ませて頂きましょうか」


彼を見送った後、リンさんの言葉で俺達もあてがわれた部屋へと向かう。

その際この屋敷の使用人も一緒だだったけれど、どこか雰囲気が変わった気がする。

相変わらず優雅というか、完璧という感じだけど、少し雰囲気が柔らかい。


いや、彼女だけじゃなく、屋敷全体でそんな感じになった気がする。

兵士も他の使用人も奴隷も、皆少し嬉しそうだ。

領主さんが嬉しそうだからかなと、何となくそんな気がした。


「・・・愛されていますね、あの方は」


ぽそりと呟いたリンさんの楽し気な言葉に、俺も小さく頷いた。

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