第775話、命を預ける相手ですか?

「お、王妃殿下、彼は大丈夫なので・・・?」

「大丈夫大丈夫。むしろああでもしないと休まないかもしれないから」

「そ、そうなのですか・・・」


彼の従者、いや、弟子のタナカ・タロウが車に投げ入れられ、うめき声をあげていた。

誰もそれを心配する事無く、むしろ当然という様子で受け入れている。

彼の妻も笑顔で受け答えをし、楽し気に車へと乗り込んでいった。


いや、一人だけ心配そうな人間が、彼の従者らしき女性がオロオロとしているが。


「あ、あの、私は中に居なくて良いのでしょうか」

「うん、まあ車の傍で待ってても良いけど、中には入らない様にね」

「は、はい」


けれど王妃殿下の言葉に慌てて頷き、そそくさと車の陰に隠れる様に立つ。

どういう内情があってなのか解らないが、アレは真実彼を休ませる為の指示なのだろう。

いや、もしかすると・・・。


「もしや彼は、見た目以上に消耗されているので?」

「ご明察。あの子どっちかって言うと短期決戦型なんだ。けどそれを色々誤魔化して長期戦闘できる様にしてるから、限界超えてやっちゃう時が有るんだよね。それこそ体が壊れても」


何とも壮絶な話だ。表面上はゆるりとした様子に見えたが、そう見せているだけか。

先の戦闘は圧倒していた様に見えたが、アレもそう見せる様に戦っていたと。

勿論圧倒出来るだけの力が在ってこそだが・・・だからこそ加減で余計に消費しているのか。


「・・・それは、貴女方への、ウムルへの忠誠が故、ですか?」

「んー・・・あの子は私達に忠誠は誓ってないよ。むしろ一つ間違えたら反目すると思う」

「なっ」


何というとんでもない事をあっさりと。彼女は言っている意味が解っているのか。

折角纏まったと言える話を、フイにしかねない不安要素だろうに。

だが驚く私を見た王妃は、ニッと笑って胸を張った。不安など欠片も無さそうに。


「間違えたら、って言ったでしょ。間違えなきゃ良いの。タロウにとって一番大事な物は決まってるから、それさえ守ればあの子は絶対反目しない。だから大丈夫」

「一番大事・・・それは、一体」

「奥さん。イナイ卿とシガルちゃん。タロウにとっては、あの二人こそが絶対なんだよ。だから二人を大事にさえしてれば、あの子は滅多な事はしないよ。あ、今は子供もか」

「国の為ではなく、全ては妻と子供の為・・・それが彼という人物ですか」


妻と子の為に命を懸ける。成程、そう聞けば彼はとても分かり易い人物に思えた。

国を守る事が家族を守る事に繋がるのであれば、体が壊れる事も厭わない。

それは危うくはあるが、それだけ信念を持った人物という事なのだろう。


何よりも彼女の言葉は、絶対に彼を裏切らないと宣言したに等しい。

ウムルという国は、命を削って働く彼へ、その働きに対する誠意を見せ続けると。

何の躊躇も憂いも無く彼を信じ、そして信じられる対応をすると告げる王妃。


王妃としては何の力も無い王妃などと、ただの飾りなどと誰が言った。

彼女が上に立つ者でなくて一体何なのだ。


「さて、これで晴れて完全協力を約束してくれる、という事で良いよね?」

「それは勿論」


元々協力はする前提で、ただウムルの力を見せられただけだ。話は変わりはしない。

むしろ下手に手を出す方が邪魔になると、皆に周知出来た事で兵も納得するだろう。

悔しさは有るかも知れないが、円滑に進める為には足手纏いなのだと。


「それじゃ・・・そろそろ侍女の目が怖いので、王妃様に戻ろうかと思います」

「私は何も責めておりませんよ」

「目が怖かったじゃありませんか・・・」

「気のせいでございます」


先程までの雑な態度が嘘の様に、まるで最初からそうであったかの様に王妃に戻った。

いや、戻ったという方が間違いなのかもしれない。先程までの彼女こそが本質なのではないか。

私から信用を得る為に、時間を無駄にして被害を出さない為に、王妃を一旦止めたのだ。


勿論王妃をしている彼女が王妃足り得ないとは思わない。

我が国の王もこうであったなら、きっと私も忠誠を誓えただろうと思う。

命を預けるに足る相手。それは命を預かる覚悟の在る君主。


命を抱え、時にそれを失く覚悟を持ちながら、それでも失わない為に奔走する。

彼女は言った。命を無駄にするなと。それは戦うなとは一言も言っていない。

使い潰すべき所で命を使え。アレはそういう意味だ。


「先ずは貴方に口添えをして頂きたいのです。宜しいですか?」

「勿論です。協力を決めた時点でそのつもりでした」


この国の貴族とて、全てが全て国の在り方に従っている訳ではない。

特に国王は私兵を使って無茶を通す事がある。しかもそれが中々の手練れ。

命惜しさに我慢をしている者も居れば、命が惜しくなくとも死ねない者も居る。


彼等とて機会があればウムルに手を貸して欲しい。だが信用出来るかが解らない。

しかし私が彼女に下ったと知ったのであれば、多少は警戒も薄れるだろう。

少なくとも他国の人間を襲って売る様な阿呆が、命惜しさに下った事実よりは。


そうして説得力を持たせながら、脅して回って引き込んでいく。

従わないというのであればそれも致し方ない。その場合は死んでいけば良いと。

王妃殿下が何処まで曝け出すかは、相手次第といった所だろうが。


「ありがとうございます。やはり貴方は優秀な方ですね、ポルブル様」

「貴女には到底かないません、王妃殿下」


スッと、彼女の前で膝を突く。改めて、どちらが上かを明確にする為に。

協力関係ではあるが、同格ではないのだ。私達は守って頂く立場にある。

勿論先の通り、命を使う時は使おう。だが無駄に散る気は無い。


「この命、貴女にお預け致します。ウムル王妃殿下」


私の命一つではない。兵士の、部下の、領民の命を、彼女に預ける。

これからも生きて行く為に。たとえ他国に尻尾を振った裏切り者と言われようとも。

最悪私の首を挿げ替えてしまえば、そんな風評はどうとでもなるのだから。


どうか私を上手く使い潰して下さい。そして民をお守り下さい。

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