第774話、頑張ったご褒美をもらいました!
「そこまでー!」
リンさんの声が耳に届き、踏み込みかけた足を無理やり止める。
つんのめってこけそうになったけれど、何とかこらえ切った。
「ふぅ・・・」
軽く息を吐いて調子を整えつつ、技工剣から魔力を切って停止させる。
ゆっくりと杭の形に戻る剣を見届けてから、視線を前に戻して腰を折った。
「ありがとうございました」
顔を上げて見渡すその先には、死屍累々という言葉がふさわしい状態だ。
一応立っている人も居るけれど、大半は倒れ伏している。
自分がこれをやったのかと思うと、随分強くなったものだと今更ながらに思う。
基本的に格上相手が多かったからなぁ。こういうのはちょっと新鮮だ。
とはいえ技工剣を使った事で、大分消費を抑えてはいるけれど。
多分完全に素の状態でやってたら、流石に息が切れていたかもしれないな。
まあその代わり魔力がぎりっぎりなんすけどね。今割と根性で立ってる。
ホント俺、持久戦向かないわ。まあ最悪精霊石使うつもりだったけども。
「・・・け、怪我人の報告を!」
最後まで立っていた一人である指揮官の一人が指示を出し、意識のある者で確認を始める。
一応みんな加減はしておいたが、骨は軽く折れているかもしれない。
「ターロー、こっちおいでー!」
俺も治療に参加した方が良いだろうかと悩んでいると、リンさんが手招きをしていた。
どうでも良いけれど、タロだと犬みたいだ。ウまでちゃんと言って欲しい。
なんて本当にどうでも良い事を考えながら、強化をかけて彼女達の所まで走る。
あ、やべ、今くらっと来た。
「ほい、お帰りタロウ。お疲れさまー」
「あんな感じで問題無いですか?」
「上等上等。大きな怪我もさせてないし、その上で力も見せた。むしろその点では私より優秀なんじゃない? 私だとうっかり大怪我させかねないからさー」
「・・・そっすね」
何度も大怪我したので良く知ってますよ。それこそ骨身に染みて。
思わず半眼で見つめて返すも、リンさんに気にした様子は全くない。
ただ彼女は俺の事をじっと見つめ、何か考える様子を見せる。
「どうかしましたか?」
「んー、いや、今は良いや。また後で」
「はい?」
何だか良く解らないままに話を打ち切られ、けれどそれも仕方ないかと口を噤む。
今は領主さんと話を付ける方が優先だ。その為に俺はあんな事をしたんだから。
「それで、納得してくれた?」
「・・・先の光景を見て理解出来ないのであれば、その者は頭がどうかしているでしょう」
「じゃあこっちの指示通り、遺跡には手を出さないのも約束してくれる?」
「・・・我々の為の言葉と思い、受け入れましょう。彼らも力不足を痛感しているでしょうし」
「ん、良かった」
リンさんは一切の嫌味なく、心底良かったと思って笑顔で応えている。
それでも人によっては悪い方に取りそうだけど、領主さんは苦笑するだけで終わらせてくれた。
「それにしても・・・我が兵達の実力は高いと思っていたのだが、閉じた世界で生きていると視界が狭くなるものですね。まさかここまでウムルと差が有るとは思っていなかった」
「ん、ここの兵士は練度高いよ? ウムルと比べてもそこまで酷い差は無いと思う」
「え?」
「タロウ相手だからこんな事になったけど、ウムルで見てもここの兵士達は練度高いし、士気も高くて良い兵士だよ。さっきだって止めるまで心折れてなかったし。強いよ、彼等は」
「そうなの、ですか?」
リンさんの言葉だけでは信じられないのか、彼は俺達にも目を向ける。
当然リィスさんは頷くし、シガルも俺も頷いて返した。
ハクは一瞬考えてから『まあまあじゃないか?』と返していたけど。
彼女のまあまあは、普通で考えればかなりのものだ。少なくとも一般人じゃない。
「うちは人数が多いから、その中でも突出したのが何人かいて、その実力が目立つ傾向があると思うんだ。そもそも私達みたいなのがトップに居るしねー。けど全体的な能力で見てみたら、ここの兵士達もうちの兵士と・・・多分騎士達と同じぐらいの実力ある子も居るよ」
「ウムルの騎士と、同等・・・」
確かにウムルにはバルフさんとか、ゼノセスさんとか、ワグナさんとかの突出した人が居る。
けど流石に全員が全員あんな化け物じゃないし、平均的なレベルは同じぐらいだろう。
実際戦ってみて俺もそう感じたし、感じたからこそ魔力ギリギリな訳だし。
「だからこそ惜しいって思ったの。ここから未来の英雄が生まれる可能性だってあるんだよ?」
「っ、それは、夢のある話ですな」
「でしょ?」
ははっと楽し気に、そして誇らしげに兵士達を見つめる彼に、俺がホッとしてしまった。
ボッコボコにしておいてなんだけれど、彼等は間違いなく強かった。
そして彼等を従える領主さんには、彼等を弱いと思って欲しくなかったから。
魔人と戦うには足りない。化け物と戦うには確かに弱い。けど彼らは強い兵士だと。
「さって、タロウは車で休んでて良いよー。流石に疲れたでしょー?」
「あ、でも、精霊石があれば、まだ――――」
「はいはい、良いから休んでなー」
「うげぇ!?」
リンさんに首根っこを掴まれ、車の中に叩き込まれた。
いってぇ! 投げ込んだって言うか、投げつけたぞあの人!
車壊れてないから加減したんだろうけど、だったらもっとちゃんとしてくれ!
「シガルちゃんも、タロウがちゃんと休んでる様に見てて。目を離すとすーぐ鍛練しだすから」
「畏まりました、王妃殿下」
リンさんは手をヒラヒラと振って指示を出し、シガルは命令通り車に乗り込んで来た。
そして扉を閉めると外の音が小さくなり、彼女の苦笑が俺へ向く。
「ご褒美だって、タロウさん」
「みたいっすね・・・出来れば投げないでほしかったけど・・・いってぇ・・・」
「大人しく指示に従わないからです。タロウさん、さっき一瞬ふらついてたでしょ」
「あ、はい、気が付かれてたんですね、すみません」
席に座り直し、ヘコヘコと頭を下げる。何だろうこの状況。
おかしいな、頑張ったご褒美に可愛い奥さんと二人っきりにして貰ったはずなんだけど。
なぜ俺はその奥さんに睨まれて謝っているのだろうか。何時も通り過ぎる。
「ほら、お膝にどうぞ、旦那様」
「あ、はい、失礼します」
「ぷっ、なにそれ。膝枕ぐらい良くしてるじゃない。お姉ちゃんと」
「あ、はい、すみません」
今最後の発音ちょっと怖くなかった? ねえ気のせい? 気のせいかな?
恐る恐る見上げて彼女の顔を見ると、にまーッと楽しそうな笑みで見下ろしていた。
機嫌は悪くないらしい。むしろ機嫌良さそう。
「ふふっ、本当にタロウさんは変わんないよねー。あーんなにかっこ良いのに、何でそんなに弱気なのやら。そういう所も含めて好きですけどもね」
「俺は元々がヘタレなのを、一生懸命頑張ってるだけですので」
「知ってるー」
「ですよねー」
今はニノリさんも居ないせいか、完全に普段の二人に戻れていた。
ああ、確かにこれはご褒美だ。久しぶりに、完全に気を抜いてしまっている。
彼女には申し訳ないけれど、やっぱりずっと気を張ってるんだな俺。
「・・・タロウさん、眠そう。寝て良いよ?」
「もったいないんだけどな・・・でも、うん、ちょっと、休むよ」
「お休み。お疲れ様。かっこよかったよ、旦那様」
奥さんが何時もかっこいいから、偶にはね。偶にしか出来ないのが悲しいけど。
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