第772話、遺跡の話を信じて貰います!

「魔人・・・にわかには・・・信じがたい話、ですね」


領主は小さく呻くように呟いた。結局リンさんは遺跡の事を話してしまった。

細かい対処法とか、俺の事とかは話していないけど、遺跡に何があるのかを。

そして放置しておけば、最悪の場合遺跡から出て来る魔人に国が滅ぼされると。


「まあ、そうだと思うよ。私も自分が直接かかわってなかったら、おとぎ話か何かかと思うもん。けどさ、おかしいと思った事無い? 突然遺跡がいっぱい見つかるなんてさ」

「・・・近年になって同じ形の遺跡が各国で良く見つかる、という点は異様だとは思いますね」

「うん、アロネスも同じ事を言ってた。んで以前行った覚えのある所に、以前は無かった遺跡が突然現れた様に感じたとも」

「遺跡が転移している、という事ですか?」

「ううん、本当にそこにあったけど、気が付けない様になってるんじゃないか、っていうのが今の所の判断かな。遺跡に近付けない様にな力が働いてるんじゃないかって」

「では何故、今になって見つかる様に・・・」

「多分仕事を終えようとしてるから、ってアロネスは言ってたね」

「仕事を?」

「うん、これは本当に最近解った事だけど、あの遺跡の一番の目的は、魔王を復活させる為らしいんだよね。だからその準備が整った、もしくは魔王が復活しかけてる、って感じみたい」


実際は三人ほど復活しております。全員中途半端ですけど。

でもクロトに会ったのが俺じゃなかったら、完全復活してたのかな。

その点を考えると、あの場に現れたのが俺で本当に良かった。

クロトっていういい息子が出来た事も含めて。出来が良すぎて父の立場が無いけど。


「魔人ときて、更に魔王と来ましたか・・・それはアレですか、国によって話が微妙に変わる、神話の魔王様の事で間違っておりませんか?」

「そう、その魔王様」

「は、はは・・・話が余りにも理解の範疇外過ぎますね。話しているのがウムルの王妃殿下でなければ、何を馬鹿な事を、揶揄っているのか、と怒鳴りつける所です」


領主はその発言通り、頭を抱えて溜め息を吐いた。本気で困ってるっぽい。

仕方ないか。実際こんな事を突然言われても、一体何を言ってるんだって感じだろう。

現代で魔王が復活するとか言われたら、俺も確実に残念な目を向ける自信があるし。


とはいえ魔法が有って魔物が居る世界で、魔王復活を信じられないってのも少し不思議だが。

いや、今までずっと居なかった御伽噺の存在だから、信じられないのが当たり前か?


「この場でその話をしたという事は、殿下の後ろの者達も関係者、という事ですね?」

「ん、そうだよ。でないと話せないしね」

「私の護衛も聞いていますが、宜しいので?」

「信用できる人間しか、この場に居ないでしょ?」

「・・・敵いませんな、貴女には」


リンさんは「何を当たり前の事を」と言わんばかりの様子だ。

領主はもう何度目になるか解らない溜息を吐き、疲れた様に天井を見上げる。

けれど相対するリンさんは対照的に、ニッコニコしながらその様子を見ていた。


「つまり、このままウムルの要望を跳ね除ける為に画策していれば、ウムルは延々時間稼ぎをするだけして、痺れを切らした上層部が遺跡に手を出して国が亡ぶ可能性もあるという事ですね」

「うん、アロネスへの嫌がらせ、って形でやって来るかなとは思ってる」

「あり得るでしょうね」

「だよね。危険が無い様に『出来るだけ完全な状態の遺跡を探索したい』っていう要望で各国にお願いしてるから、手を引かなければ遺跡を壊す、ぐらいは言いそうだよね」

「・・・成程、現状はウムルにとって、得でしかないのですね」

「まあ、うん。国としては、そういう事になるかなー」


領主の言う通り、ウムルという国にとって、今回の状況は好都合でしかない。

何せ国の目がリンさんではなく、アロネスさんへと注視されている。

一応軽い監視は有る様だけど、それでもあの暗部らしき連中の気配はない。


定期的に探って来ては帰る、みたいな感じの連中を感じる程度だ。

おそらくもうウムル王妃の相手は無駄、と判断されているんだろう。

国にとって大事な錬金術師様。そちらに意見を言わせる方が確実と考えて。


ただアロネスさんにとっても、別に彼らの要望を聞く理由が無い。

遺跡を完全な状態で探索をさせろと言うのは、あくまでその国の人間の為だ。

支払等をする場合は有るが、それも世間の目を誤魔化す為で、本気で得が有る訳じゃない。


ぶっちゃけた話、遺跡の破壊は慈善事業と変わらない。だって他国にある遺跡なんだから。

自国の遺跡は危険だから即座に対処するけど、別に他国は消えてからだって良いんだ。

そんな冷たい感情を持っていないからこそ、ブルベさんは裏で遺跡に手を回し続けている。


ただまあ、何となくだけど、イナイやアロネスさんの要望が入ってる気もするけど。

イナイは当然として、アロネスさんも案外人の命を大事にしてる人だからな。

だからこそ過激な事もやるし、わざわざ自分を悪者にしたりするけど。


遺跡の調査が彼主導という外聞も、その辺りの理由が付いている気がする。


けどそれも、国として損の無い範囲の話。ウムルが動いて問題無い範疇の話だ。

この国はウムルに喧嘩を売って来た。そしてウムルはその喧嘩を買った。

多分連中は勘違いしているけど、アロネスさんも大概にキレているはずだ。


ならウムルという国にとっては、この国は『潰れた方が良い国』という事になる。

その辺りの勘違いを正せないままだと、最悪魔人が遺跡から出て来て人が死ぬ。

それが現状の予想で、一番可能性の高い事だと、皆思っていた。


「ウムルという国家の判断としては、勝手に滅ぶのを待てば良い、ってのは確かに間違ってないんだけどさ。私も王妃としての立場を考えれば、このまま見ておけば良いんだと思うんだよ? けどさ、そうすると、いっぱい人が死ぬでしょ。死ななくても、良かった人まで」


だから、リンさんはそれが嫌で、立場抜きで話したかったんだろう。

目の前の自分が認めた人の為に、自分が認めた兵士達の為に。

死ぬ必要は無い。無駄死になんてさせたくない。生きて欲しいと。


「・・・解りました。信じましょう。貴女のお言葉を」

「お、良かった、信じてくれたんだ」

「・・・正直に言えばまだ半信半疑です。話が突飛すぎて、ウムルがこの国を責め潰す準備をしている、と言われた方がまだ素直に信じられます」

「あー・・・まあ、そりゃそっか」


領主の現実的な返答に、けれどリンさんは仕方ないかという様子で答える。

実際この辺りは仕方ない。多少でも信じてくれた時点で良いと思うしかないだろう。


「ですが具体的にどうするおつもりで?」

「取り敢えず私は、基本的には脅して回る形になるのかなー。あんまり好きじゃないけど、この国と心中するか、ウムルに付いて生き残るか。そういう脅しが聞きそうな人の所回る予定」

「間に合いますか?」

「・・・解んない、かな。間に合えば良いと思うし、間に合わなかった場合は、少なくともウムルに協力するって言ってくれた所は、私が出て守る事が出来る、かな」


一番最悪なパターンがこれだろうな。因みにウムルにとって一番いいパターンもある。

この国がウムルの要望に頷き、ウムルは制裁を止め、支払いをした上で遺跡調査。

最上はこれなんだけど、現状絶対不可能だろうとリィスさんは言っていた。


「・・・そうですか」


領主はリンさんの結論を聞き、目を瞑って暫く考える様子を見せる。

そして眼を見開いた彼からは、先程までの疲れた様子が消えていた。

代わりに強い力のこもった目が、リンさんをしっかりと射貫いている。


「感謝いたします、王妃殿下。数々の失言をお詫びいたします。貴女はまさしく大国の王妃に相応しい、寛大でありながらも現実を見ている、素晴らしい王妃です」

「へっ? い、いや、そんな事無いと思うけど。今もほら、王妃様面倒になっちゃったし」

「それがこの話を纏める最短だと判断されたからでしょう。私は言動で貴女を侮る事は致しません。現に貴女は態度を崩すまで、誰の目からも王妃でありました」

「そ、そこまで、褒められると、少し照れるな・・・ありがとう、ございます」


リンさんは本気で照れているらしく、胸元で手をモニモニしながら礼を口にした。

でも実際王妃様のガワ被ってる時は完璧なんだよなぁ。詐欺だよアレ。


「そして王妃殿下。この事実を知った以上、我々もただ静観はしていられません。共に歩むと仰って頂けるのであれば、我々の戦力もお使い下さい。大国ウムルに勝てるとは思いませんが、我が領地の兵達も強者揃いと胸を張れます。どうか―――――」

「だめ」


ただ続けた領主の提案には、ぴしゃりと強めの声音で断った。

まさか断られると思っていなかったのか、領主は驚いた表情を見せる。


「悪いけど、魔人に勝てそうな人が見た限り居ない。連れて行っても死体が増える」

「・・・そこまで、強いのですか、魔人とは」

「少なくとも、タロウと打ち合えなかったら、連れて行けないかな? ね、タロウ。そうだ、ついでにタロウの実力見せてあげたら? 遺跡に行くのはタロウなんだしさ」

「彼、が?」


そう言って彼女は背もたれから落ちそうなぐらい仰け反り、俺を見上げてニヤッと笑った。

領主は「冗談だろ?」みたいな顔ですね。ええ、解りますよ、私よわっちそうですもんね。


「何なら、試してみる? 強いよ、この子は。なんたって八英雄の弟子だもん」


心底楽しそうなリンさんの言葉に、何故かシガルが胸を張っていた。可愛い。

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