第771話、リンさんの真剣な誘いです!
「・・・貴女は、いや、ウムルは、一体どこまで、何時から私を探っていた」
領主は一度深く息を吐いて心を落ち着けると、鋭い表情でリンさんに訊ねた。
心なしか背後の護衛達の緊張感も、かなり高まっている様に見える。
いざとなればこの場での戦闘もやむなし。そんな風に。
「残念ながら表面上解る事しか、貴方の事は調べられていないよ。この国の領主にしては珍しく奴隷の扱いが良く、けれどけして国に逆らう様な扱いはしない、上手い領主だってさ」
ただリンさんはそんな彼らの緊張感を一切気にせず、何時もの調子で語り出す。
本当に何時もの調子だ。ゆるーいリンさんが居て、領主は余計に困惑の表情だ。
「・・・ならば、私はただ保身の上手い領主、というだけの事でしょう」
「そうだね。保身が上手い。自分の立場を守るのが上手い。自分の守るべき民を、奴隷を、守るのが上手い領主だなっていうのが、ブルベや他の者達の判断だったよ」
「・・・上手く使えば自領の利益になる。無駄に使い潰す方がどうかしているでしょう」
「んー、まあ、うん、そうだね。貴方の言う通りなんだろうね。うーん」
反論が来ると構えていたのだろう、領主はリンさんが肯定を口にした事に一瞬眉をひそめた。
また何を考えているのか、みたいな表情だけど、多分今この人何も考えてないですよ。
言われた事を聞いて、確かにその通りだ、って本音で答えただけだと思います。
「まあ、うん、色々理由は有るんだけどさ、皆も色々言ってたし。けどまあ、そういう他の人の言葉じゃ無くて、私にも解る事があるんだ。ここにきて、皆を見てさ」
にっと人懐っこい笑顔を見せリンさんの言葉を、領主は黙って続きを促す。
「理屈じゃなくてさ、解るんだよ。兵達の忠誠がさ。命を懸ける気な目が見えるんだ。多分誰も彼も別に言葉として聞いた訳じゃない。明確に指示された訳じゃない。けどいざという時に貴方の為に命を使おう。そう思っている兵達しか、あの場には居なかった」
「・・・それが、一体、どうしたのですか」
「奴隷の兵士も同じ目をしていた。普通は無理だよ。だって奴隷だよ。なりたくてなった訳じゃない人間だって居るはずだよ。それが他の兵士と同じ目をしている」
よく見てなかったけど、奴隷兵も居たのか。全然気が付いてなかった。
前の方は特に枷の類は付けてなかった気がするけど、後ろの方に居たのかな。
「・・・そんな事が、貴女に解るというのですか」
「解るよ。私も、同じだから」
同じ。リンさんと彼らが? 俺もちょっと良く解らず、思わず彼女に目を向ける。
「私はウムルの剣。戦う理由はウムルの為。いや、もっと正確に言えば、ウムルに居る兄弟達の為かな。それが最初に決めた戦う理由で、今も同じ気持ちでずっと戦っている」
ドリエネズ孤児院。リンさんの闘う理由は、あの孤児院の子供達。
あの孤児院の子達の為に、彼女は王妃様という仕事で戦っているという事か。
「けどね、そんな事、もう私が死んだって何とかなるんだ。ウムルがウムルである限り、私の故郷は潰えない。なら私は、命を預けるべき君主の為に、その命を使い続ける。あの人が戦えと言うなら、私は最前線で剣を振るおう。死んでくれというなら、一切構わず死にに逝こう」
それは王妃リファインではなく、きっと聖騎士としての彼女の言葉。
命を預けるべき主君を得た、騎士としての決意。王妃ではなく、騎士としての生き様。
「あの人ならきっと、私を上手く使ってくれる。そう信じてるから。そしてもし私が死んだとしても、私の未来を繋いでくれるから。そう信じられる主君を持つって、運が良いんだよ?」
「・・・それが、兵士達にとっての私だと?」
「そだね。私にはそう見えた。そして貴方がこの国在り方を良しと思っていたら、あんな兵達は生まれない。だからこそ、無駄死にはさせたくなかった。兵達も、貴方も」
そこで二人はお互いに口を閉じ、お互いの目を真っ直ぐに見つめ合う。
どれぐらいそうしていただろうか。唐突にフッと領主が笑みを見せた。
「解りませんね、貴女は。何も解らない。余りにも理解不能で恐ろしい。噂で聞いた王妃様とは大違いですよ。戦争の成果を理由にお飾り王妃にしたなどと、まるで当てにならなさ過ぎる」
「あ、それ合ってる。私、割と、精いっぱい。王妃様、辛い」
「・・・ふっ、本当に変な人ですね、貴女は」
「えぇ? 正直に言っただけなのにぃ・・・」
リンさんは不服そうに漏らすも、領主は苦笑を漏らすだけで終わらせた。
「貴女が私をどう見ているかは解りました。ですが貴女はまだ肝心の事を話していません」
「ん? 何か言ってなかったっけ?」
「ウムルがこの国をどうするつもりなのか。結論は出ているのですか?」
「え、最初から要望は変わんないよ。この国が違法奴隷を認めているなら、ウムルはこの国の奴隷を認めない。既にその証拠は掴んだし、証人の貴族も居る。ウムルの領地にその違法奴隷を運び込んだ以上、容赦する気も無い。こっちは喧嘩を売られたんだからね」
今一瞬怖かった。思い出し怒りしたでしょリンさん。護衛もビクッとしたよ。
ただ目の前に領主は、気が付いていないのか度胸があるのか動じていない
「王宮に向かっているアロネス・ネーレス殿は、どうされるつもりで」
「多分のらりくらり時間稼いで、何にも了承する気ないよ。だって私達、最悪この国潰すつもりだし。国王が奴隷制を廃止するなら良し。しないなら徹底的に叩き潰す。方針変わらず」
「武力で潰さず、商売のルートを潰して首を絞める、ですか」
「そ。まあ私には難しい事解んないから、イナイとアロネスにお任せって感じなんだけどね。私が出来る事は、こっちに寝返る人間を見繕って、この国の国王に罪を問う事」
「認めれば良し。認めなければそのまま死んで行け、ですか」
「そうなるね」
奴隷制度を止めるのであれば、ウムルは喧嘩を売られた事を忘れてやる。
けれどあくまで止めないというのであれば、こちらも制裁を止める気はない。
違法奴隷の存在を確認出来た以上、こちらも容赦する理由が一切無いのだから。
ただこの話には続きがある。リィスさんから教えて貰った。
「もし認めた場合、その結果どうなるかも、ご理解の上で?」
「内乱が起こるだろうって言ってたね。奴隷を解放したら、今までのようには立ち行かなくなるから。王の決断に不満を持った貴族が、どれだけ王を恐れたとしても内乱になるって」
「・・・認めずとも、いずれ内乱か、何処かの国との戦争になるでしょうね。奴隷以外無い国ですから、この国は」
「そだね。ブルベはそう言ってた。どっちにしろこの国は崩壊するって」
どっちにしろ、か。まあの人達の怒りを買った以上、ただで済むとは思っていなかった。
ただそうなった場合、貴族以外の人が苦しむと思うと、少し辛いものが有る。
「恐ろしいですね、ウムル王は。一切の容赦が無い。その上で救いの手を差し伸ばしている事が尚の事恐ろしい。我々は手を伸ばしたぞと、対外的にも語れる理由を作っている」
「この国の貴族を最低でも三家ぐらい引き込めば、問題無くやれるって言ってたねー」
領主の質問に対し、リンさんは馬鹿正直に答えていく。ごまかしも暗喩も一切無し。
匂わせる様な言動すらなく、ただただ彼の言葉に誠実に答えている様に見えた。
「そのうちの一つを、私に見定めたと」
「んだね。もったいないなと思ってさ。むしろ貴方ウムルに来ない? 楽しいよ?」
「それはこれ以上ない褒め言葉ですね。大変魅力的だ。ですが私もこの国と土地に一応愛着がありましてね。守るべきものが有る以上は、投げ捨てる気はありませんよ」
「だろうねー。で、どうする?」
リンさんはとても気軽に、ちょっと散歩に行かない、とでもいう様子で結論を訊ねた。
領主は目を瞑って考える様子を見せ、開くと同時に小さくため息を漏らす。
「・・・ウムルが本気だというのであれば、協力する以外の道は無いでしょう」
「嫌々協力、って感じ?」
「国を乱し民を苦しめる算段をする相手に、もろ手を挙げて賛同は出来ませんよ。何より私は裏切り者になる。喜ばしい事だ、等と言えるはずがないでしょう」
「そっか。そりゃそっか。ごめんね」
「・・・貴女は、本当に不思議な人ですね。言葉の全てに嫌味が無い」
「え、だって、嫌味なんて言う気無いし」
「ふっ、そういう事ではないのですけどね。失礼な事を言いました。ウムルが後ろ盾になってくれるというのであれば、私は喜んで貴女の手を握りましょう。リファイン王妃殿下」
「そっか。よかった」
領主が膝を突いて結論を述べると、リンさんはにっこりと嬉しそうに笑った。
話は上手く纏まった、という事で良いのかな。多分、良いん、だよな。
そう思いホッと息を吐いていると、リンさんがふと思い出したように口を開く。
「あ、でも、このままだと内乱前に国が無くなりかねないんだよね」
「・・・どういうことですか、王妃殿下。良ければお聞かせ願えませんか」
「んー・・・まあ良いか。えっと、あの遺跡の事なんだけどね」
あ、それ話すんだ。良いのかな、話しちゃって。
リンさんの判断で進めて、後で怒られないと良いけど。
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