第770話、やっと望んだ会談です!
「ウムル王妃殿下をお連れ致しました」
コンコンと軽いノックの後、そう告げた使用人は返答を待たずに扉を開けた。
それは大丈夫なのかと思ったけれども、誰も咎める様子はない。
杓子定規に返事を待つだけではないのだなと、今更ながらに少し学んだ。
恐らく最初から、こういう風に連れてこい、という指示なのだろう。多分。
そうして開かれた扉の向こうは、おそらく応接室なのだろう。
ただ気になるのは、貴族の家の応接室にしては、かなり地味な事だろうか。
今までが今までだったから、正反対の質素さが少し目立つ。
その奥に領主が立っており、周囲に数人の護衛も居る様だ。
武器は持たず使用人服ではあるけど、明らかに立ち方が素人じゃない。
領主は表情が伺えない。というよりも、無表情に近いだろうか。
「失礼致しますわ、ジャユヅハク様」
「どうぞ、王妃殿下、おかけ下さい」
「ええ、ありがとう」
リンさんは礼を告げてから席に着き、ただ格好と動きの差に少し違和感を覚える。
いや、今日ずっと違和感バリバリなんですけどね。あの格好で王妃様やってるから。
騎士やってる時ならまだ違和感薄いんだけど、どうしても普段のリンさんが頭にちらつく。
「どうやらお話を聞いて頂ける気になった様で、大変嬉しく思います」
「・・・あの様な脅しをされては、聞かぬ訳にはいかぬでしょう」
「脅したつもりは無いのですよ」
領主は表情には出さない物の、良く言うこの女、とか思ってそうだな。
俺だって真相知らなかったらそう思うよ。あれ完全にただのおどしだったじゃん。
真実は俺達が頭を抱える程に、欠片もそんな事考えてなかった訳だけど。
「ただ、私は彼等を死なせたくなかった。貴方を死なせたくなかった。ただそれだけで、そして貴方は私の思った通りの方でした」
「脅しに屈し、前言を翻す、惰弱な貴族という事でしょうか」
「いいえ。兵の忠言を聞く方だと、そう信じておりました」
「損失を避けたい。ただそれだけの事です」
「民にとっては大事な事でしょう。損失を見極められない領主など、害でしかありません」
ニコニコと機嫌の良い笑顔で応えるリンさんに、領主は何を思っているのだろう。
多分彼は彼で頭をフル回転させているんだと思うけど、全部意味が無いのが悲しい。
だってこれ全部本音だもん。特に裏とかないもんこの人。
「我々ではウムルの兵にはどう足掻いても敵わない。それが現実です。ですがウムルとて簡単に戦争を始める訳にはいかないでしょう。もしそのつもりなら、既に潰されているはず」
「ええ、そうでしょうね。潰すつもりであれば、既にこの国は無いでしょう」
「――――――っ」
リンさんがさらっと怖い事を口にすると、領主は流石に喉が詰まった。
まさか素直に答えるとは思ってなかったのだろう。だってさっき脅されたんだし。
戦争をするつもりなら死ぬぞと言われ、けれど戦争を仕掛ける気はないと言われている。
正直俺が彼の立場だったら、全く何言われてるか解らないし、ふざけるなと思っているだろう。
でもリンさんは全部事実しか言っていない。それが余計にたちが悪い。
だって裏なんて無いから、読もうとしても何にも読めないもん。
「ウムルが遺跡の探索を、アロネス・ネーレス殿の要望を最大限に聞いている事は、私共も存じております。故に我が国で遺跡が発見された以上、もう貴女の仕事は終わっているでしょう」
遺跡の探索は、ウムルが誇る錬金術師の我が儘、という事に表向きはなっている。
その為に各地の遺跡を確保して、時間が出来た時に彼が探索に行く。
ウムルから度々彼が行方をくらます事もあり、その噂はかなり信憑性を増しているだろう。
友好国の場合は、彼が勝手に国に入り込んで遺跡を見つけ、調査させてと後報告とかもある。
実際は内情を知る人間は承知の上だけど、真相を知られない為にそういう事になっていた。
だから今回もアロネスさんが直接来た事で、ウムルは彼の我が儘を優先すると思われる。
それが一般的な常識で、ウムルの唯一の欠点で、けれど蔑ろには出来ない事。
何せウムルが大国として形を保っているのは、彼の力がとても大きいのだから。
イナイとアロネスさん。この二人はウムルにとって、絶対に無くしてはいけない柱だと。
まあ実際は皆幼馴染なせいで、そういう腹の探り合い的な事あんまりないんだけど。
むしろアロネスさんはやり過ぎるとイナイに殴られる、ってのを恐れている気配があるし。
けどそんな事は他国には解らないだろうし、知る由も無いのが実情だろう。
「あら、それは前後が逆ですわ。私の行動が先。遺跡の発見は後。でしたら私の仕事がアロネスと繋がっていると考えるのは、少々早計ではありません事?」
「貴女の行動に、彼の都合は関係無い、という事ですか」
「はい」
ニッコリと笑って答えるリンさんを、無表情でじっと見つめる領主様。
きっと表情や態度、声音から何かを読み取ろうとしているんだろう。
普通なら多分何かが見えるんだと思う。普通なら。でもこの人普通じゃないんですよ。
「それであれば尚の事、貴女の発言は迂闊でしょう、王妃殿下」
「あら、何かいけませんでしたか?」
「私との会談を望む為だけに虚言をした。その事実はウムルの品位と信用を下げる事になる。何よりも国内で統制が取れていないと発言するに等しい。アロネス・ネーレスは、ウムルが扱いきれていない爆弾だと、そう告げているに等しい行為ではありませんか」
「虚言? 私は嘘など、何もついておりませんよ?」
そこで初めて領主の顔が一瞬歪み、けれどすぐに無表情に戻った。
解るよその気持ち。言ってる事無茶苦茶に聞こえるもんね。でも事実なんすよ。
統制は取れている。情報共有も出来ている。目的も同じなんだ。
だからリンさんは徹頭徹尾真実を話しているし、嘘の類を言ったつもりは一切無い。
けど表面上だけを見れば、ニコニコ笑顔で信用できない女、ってなってる気がする。
少なくとも俺はそう思うし、彼の背後の護衛も少し気配が怖い。
「ウムルはこの国を本気で潰すつもりという事ですか」
「潰すつもりは無いと、先程告げたはずですが」
「であれば貴女の行動は矛盾している。この国を乱す行為を平然とする貴女の行為は」
「私の行動程度で乱れるのであれば、それは所詮その程度、という事ではありませんか?」
キョトンとした顔で惚ける様に告げるリンさんは、多分本音で答えたつもりだろう。
だってウムルなら揺るがない。ブルベさんと八英雄が居る限り、揺るぐはずがない。
反乱を企てた人間が居たとしても、瞬く間に鎮圧されるだろう。
何よりも、そんな大規模な反乱がおこる様な事、ブルベさんがさせるはずがない。
民が反乱を起こす様な治世を、あの王様がするはずがないと断言出来る。
けれど言われた側はどう思うか。どう考えても挑発の類と受け取ると思う。
「・・・最終的には手を汚さずに、国内で潰し合わせる為。そういう事ですか」
彼の結論は、かなり正解に近い。実際それに近い事をしようとしている。
ただしウムルも、そしてリンさん自身も、誘った人間を無責任に放置などしない。
「成程、会談を望んだのは、私を脅すネタが作れないと判断しての事でしたか。他の貴族達は脇が甘い。上手く脅してウムルが訴える形を取れる・・・対価は、ウムルからの支援ですか?」
だからそんな事を言い出したのも、きっと仕方の無い事なんだろう。
彼の目と声音が少し冷たいのは、多分気のせいじゃないだろうな。
するとリンさんは一瞬思考する様子を見せて目を瞑り、開くと同時に口も開いた。
「うん、ちょっと面倒になって来た。駄目だこれ。よし、王妃様止めよう!」
「―――――」
パンと手を叩いて雰囲気を変えたリンさんに、その場の誰もが動揺した。
目の前の領主は困惑の目を見せているし、後ろの護衛も驚きを隠しきれていない。
そりゃそうだろう。今まで完璧に王妃様してた人が、ボスッと背もたれに体を預けたんだから。
まあリィスさんは予想していた様で、溜め息でも吐きたそうな目を向けている。
あとハクは早々にあくびをして暇そうで、特に気にした様子も無い。
「ねえ、ポルブルさん。ちょっとちゃんと話そう。腹の探り合いとか面倒だし意味が無いよ。それに私には、貴方が備えている様にしか見えないし、良い機会にもなると思うんだ」
「なにを、ですかな」
平静を取り戻そうとしてるけど、声音からまだ少し引きずっているのが解る。
「だって貴方、反乱の機会窺ってるでしょ?」
「――――――っ」
けどリンさんの爆弾発言に、領主は今度こそ本気で驚いた顔を見せた。
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少々宣伝です。
次元の裂け目のコミカライズ単行本がとうとう出ました。
https://fwcomics.jp/books/about_jigencomic1/
シガルもチラッと出てくる上に、可愛らしいです。
この頃の面影は今どこに。
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