第769話、剣としての言葉です!

「・・・手を止める、か。まあそれがこの国のやり方だろうもんね」


移動する車の窓から外を眺めるリンさんが、その視線の先の光景にポソリと呟く。

俺も反対側の窓に目を向けると、農作業の手を止めて頭を下げている人間達が見えた。

殆どの人間は枷の類を付けていて、おそらく奴隷の立場なのだろう事は解る。


手も服も土にまみれていて、先程まで仕事をしていたのだろう。

ただその中に枷をしておらず、衣服も汚れていない者達も混ざっていた。

奴隷達に指示をする役目の者達、という所なのだろうか。


「この車は見るからに貴族の車ですからね。それに王妃殿下が通ると先ぶれも出していたのでしょう。無礼を働く者が出ない様に、この国の在り方のままに」

「ま、だよねー」


リィスさんの説明に、リンさんは小さな声で返す。

その表情は静かで何を考えているのか解らない。

ただ何となく、機嫌が悪い訳ではなさそうに見えた。


「普段の姿が見たかったんだけどねー。やっぱり兵士連れて出るとこうなるよねぇ」


リンさんは溜息を吐いて、またダラーっとした感じで座りこむ。


「リンさん、もしかしてその為に護衛無しで出て行こうとしてたんですか?」

「ん、そだよ? そうなったら監視も撒く気だったけど」

「・・・それ、俺達も撒かれる事になりません?」

「タロウなら付いて来れる。大丈夫」


ニッと笑って俺に親指を突き出すが、監視を撒く気で動くなら無理な気がした。

絶対この人撒き終わった後に、俺が付いて来れてないの気が付く感じだと思う。

更に「ま、いっか」つって自由に動く所まで想像出来た。


「リィスさんが戸惑った理由、何となく解りました」

「お解り頂けて幸いです」


そりゃ止めようと思うわ。でもリンさんはそれでも我を通そうとした。

やると決めた彼女を止められないと判断し、何よりも命令を下された以上は従うしかない。

リィスさんの立場としてはそんな感じだったんだろう。お疲れ様です。


そんな風に話している間も車は進み、農地を通り過ぎると何も無い平原へと出た。

もうかなりの距離を移動していているけど、まだ鍛練場は遠いのだろうか。

なんて、探知魔術が使えなければ思っていただろう。何せ余りにも静かだったから。


「着いたみたい、ですね」


少し困惑しつつ、探知にかかっている大量の兵士達を確認しつつ呟く。

外に人が並んでいるのは解っているけれど、余りに静かで少々不気味だ。

本当に鍛練場に来たのかと、そう疑ってしまうぐらいに。


「やっぱり、良い兵士だね」

「はい」


ただリンさんは俺とは正反対な様子で、リィスさんも同意している。

それに少し困惑していると、小さなノックの後に使用人の手で扉が開かれた。

扉を開き終わるとすっと下がって、背後に居た護衛と変わる


「到着致しました、王妃殿下」

「ええ、ありがとう」


護衛の差し出す手を取ったリンさんは、優雅に車から降りた。

その後リィスさんと俺も続き、兵士達の居る方向へと目を向ける。

兵士全員が整列して膝を突いており、静かだった理由が良く解る光景だった。


「私は兵達の鍛練を邪魔してしまったようですね」

「その様な事はけしてありません。国賓に対する礼儀として当然の事でございます」

「そうですか・・・皆様にご挨拶をしても宜しいですか?」

「是非に。皆にとって誉となるでしょう」


リンさんは王女様モードのまま整列する兵士に近付き、軽く全体を見回した。


「皆様、顔を上げて頂けますか」


その言葉が鍛練場を通ると、兵士達は一糸乱れぬ様子で一斉に顔を上げた。

リンさんはそんな彼らにニコリと笑顔を向け、ゆったりとした口調で続ける。


「初めまして皆様。ご存じかと思われますが、ウムルで王妃を務める者です。この度は皆様の鍛錬を見学したいと思い、無理を言って連れて来て頂きました。それが皆様の鍛錬を止める事態になった事を、深くお詫び申し上げます」


リンさんは軽く腰を折り、兵士達からは少し戸惑いの様な物が見て取れた。

けれどそれだけだ。大きく騒ぐ事はなく、ただ黙って話を聞いている。

彼女は一度言葉を区切って、その様子をゆっくり確認している様に見えた。


「そして今からとる行動を、重ねてお詫び致します」


そこでスラッと、リンさんが剣を抜いて構えた。たったそれだけ。

けれど彼女の動きを見ただけで、明らかに兵士の見る目が変わった。

目の前の王妃様が手折れる花ではなく、叩き上げられた鋼の剣だと。

彼女はそんな兵士達を見回すと、愉快気に口の端を上げる。


「・・・良い目です。まさしく兵士の目ですね」


そこで何となく解った。護衛の兵士は成程実力者なのだろう。

王妃の護衛に選ばれる人間だ。間違いなくこの領地で腕が立つ人間なはずだ。

ただそれは彼が特別ではなく、この地の兵士の殆どが彼と同じ水準なんだ


それはまるでウムルの新人以外の兵士達に似ていた。隊長クラス以外の兵士達に。

雑兵が居ない。少なくともリンさんの強さを見抜けるレベルの人間しかここには居ない。

俺がその事実に少し驚いていると、リンさんは抜いた剣を鞘に収めた。


「領主様は良い兵士をお持ちですね。これならば国が乱れても、この地は安泰でしょう」


リンさんの言葉に、兵士達が動揺したのが解った。何を言い出すのだという表情だ。

けれどそんな彼らの反応を意に介さず、彼女はさらに続ける。


「だからこそ、惜しいと思う。このままでは貴方達の命は失われる事になる。私はそんな事態を望まない。望みたくない。主に忠誠を誓う貴方達も、それに相応しい領主殿も」


先程でも大分動揺を見せていたのに、今度は兵士達に緊張感が走った。

だって今のはかなり危ない事を言っている。この国とウムルの関係を思えばすぐに想像が付く。

ウムルはこの国を叩き潰すつもりだと。このままではこの領地も攻め込まれると。


まさかそんなストレートに言われると思っていなかったんだろう。俺だって思ってなかった。

隣に居るリィスさんは表情こそ変わらないが、少し体が強張っている様に見える。

恐らくこれもリンさんの独断。一体彼女は何を考えているんだ。


「王妃としての言葉では、貴殿らにはきっと届かないだろう。だから騎士として、王の剣として、民を守る為の盾として、聖騎士リファインとして貴殿らに告げる」


ただ疑問も何もかも吹き飛ぶ威圧感が、その場を突然支配した。

凛とした声と共に放たれる威圧は、まるで心臓を握られたかのように苦しい。

虫や獣の声すらも消えた静寂の中、それを作り出した人間の言葉が響く。


「命を無駄にするべきではない。貴殿らは生きるべきだ。貴殿らが忠誠を誓う主と、主が守りたい民の為にも、貴殿らは生き残らねばならない。生きて戦い続けるのが貴殿らの義務だ。その為の訴えを主にする事も、貴殿らの取るべき行動の一つだ。どうか良く考えて欲しい」


それは彼等に何と伝わったのだろう。この化け物を前にしてどう感じたのだろう。

けれど彼女は威圧を解くと、彼等の答えを聞く前に踵を返して護衛に近付く。


「では、今日の所は領主館に戻りましょう。お願い出来ますか」

「――――はっ!」


護衛は一瞬反応が遅れたが、それでも早く反応して帰る準備を進めた。

行きと同じ様にリンさんを車に乗せ、また俺とリィスさんも車に乗る。

シガルとハクは申し訳ないけど帰りも後方で徒歩だ。


扉は使用人さんではなく兵士が閉めた。無理も無いだろう。

さっきのリンさんの威圧は、誰もが解る形の物だった。

戦える身ではない彼女にはきつい物だったと思う。


「リンさん、さっきの言葉、どういう意味ですか」


車に乗ったら念の為防音をかけ、リンさんの発言の真意を訪ねる。

だってさっきのは、どう聞いてもこれから何かがあると言っている様に聞こえた。

いや、むしろウムルが国を乱すと、そう言っている様にしか思えない。


「ん? このまま拗れ続けると、下手するとこの国無くなるじゃん。その時この土地の領主とか兵士とかが友好的じゃないと、ここも滅びかねないじゃん?」

「ウムルと戦って、って事ですか・・・」

「え、いや、ちがうよ?」

「は?」


リンさんは「何言ってんの」と言わんばかりのキョトンとした顔だ。

多分俺も似た様な顔してる気がする。いや待って、じゃあ何であんな事言ったの。


「いやほら、このままだと遺跡にも手が出せないし、協力してくんないと彼助ける事も出来ない可能性有るじゃん。あんだけちゃんとやってる兵士死なせるのもやだしさー。あれだけ言っておけば領主に誰か進言しないかなーって」

「・・・もしかして、魔人と戦わなくて済む様に、って事ですか?」

「そだよ? え、それ以外に有る? 詳しく話せないし、濁しちゃったけどさ」


そこでリィスさんが盛大な溜息を吐いた。もうこれ以上ないぐらいの溜息を。


「・・・リィスちゃん、どったの?」

「いいえ。王妃殿下の深慮に大変感心しておりました所です」

「絶対嘘じゃん! 今物凄い呆れた溜め息だったじゃん!」

「そんな事はございませんよ。まるでウムルが戦争を仕掛ける準備をしている、という旨の発言をしたとご理解されていない等、そんな訳が無いと信じておりますから。ええ、あまつさえ私に勝てると思うのか、なんて意味にも取れる行動だと解っておられないなんて、まさかそんな」

「・・・・・・・・・・・・・・・あ」


凄まじい間の後、リンさんが何かに気が付いた様な声を漏らした。

いやもう何に気が付いたのか丸わかりだけど。マジで何しに行ったんだこの人。


「・・・てへっ」

「その様な行為が許されるのは若い女性だけですよ」

「うぐっ・・・ま、まだ心は若いもん・・・」

「そういう方を、成長していない痛い大人と呼ぶそうですよ」

「リィスがひっどい! さっき私の心のままにって言ってたのに!」

「ええ勿論。王妃様がどんな醜態を晒そうと、この忠誠心が変わる事は有りません」

「醜態って言った!」


その後リンさんは拗ねた。三角座りになって「そこまで言わなくても良いじゃん」と拗ねた。

ただ世の中何がどう好転するか解らないものだと、領主館に帰ってから知る事になる。


「王妃殿下、領主様が会談のお時間を作って頂きたいと仰せです」


領主館に戻るや否や、そんな事を告げられたのだから。

リンさん。何その上手く行ったじゃんって顔。絶対偶然でしょうが




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