第768話、リンさんは自信が有る様です!
「王妃殿下、お待たせいたしました」
車の用意が出来たと、兵士達が膝を突いて告げる。
その後ろには虎に繋がれた貴族用の車が有り、どうやらここでも虎が主流らしい。
ただハクに怯えた様子が有るんだが、その辺りは大丈夫だろうか。
『・・・なー、私は歩いて行きたいんだが、良いかー?』
「解りました。では後ろの守りをシガルと共に任せます。ただし私は彼等の事を信用すると決めましたので、何が起きても私が指示を出すまで手出し無用でお願いしますね」
『解った!』
チラッと虎達を見たハクの提案に、リンさんは一番喜ぶであろう返答をする。
当然単純な我らが真竜様は、大喜びでシガルに抱き付いた。
ついでに俺に対しどや顔まで向けて来たんだが、どういう感情なんだそれは。
ただ微妙に悔しい気持ちになるのは何故だろう。俺も抱き付いてやろうか。
あ、シガルさん、呆れた顔で私を見ないで下さい。すみません。今仕事中ですよね。
そうこうしている間に車の扉が兵士達の手によって開かれる。
「どうぞお乗り下さい」
「ええ、ありがとう」
兵士達に促されて準備された車へ乗り込むリンさんは、王妃様モードに戻っていた。
優しく微笑んで礼を告げると、優雅な動きで兵士に手を差し出す。
すると兵士も慣れた様子でその手を取り、乗車の為の補助を務めた。
やっぱりこの領地の兵士は質が良い。無駄な事をせず、そして能力がある。
今の行動だって、ただの兵士なら反応出来ない事だと思う。
彼は貴人の扱いを知っているんだ。そしてそれは、おそらく他の兵士達も。
「タロウ、貴方はお乗りなさい」
リンさんは乗り込むと俺に指示し、言われた通り車に乗り込む。
用意された車はそこそこ大きい物で、俺達全員が乗っても余裕がある。
最後に乗ったリィスさんが腰を下ろすと、使用人が扉に手をかけた。
「では、扉をお閉め致します」
そう告げてからゆっくりと車の扉を閉められ、彼女自身は乗り込んでこなかった。
どうやら彼女も徒歩らしい。兵士達の速度に付いて行って大丈夫だろうか。
なんて思いつつとある方向に目を向け、閉まる扉に視線は遮られた。
「・・・ふむ、監視の数が一つ減ったっぽいね。報告に向かったのかなー?」
車を閉めると同時に防音の結界を張り、だらーっとした様子になるリンさん。
一応窓から覗き込まないと見えないとはいえ、気を抜くのが早くないだろうか。
この車は御者席からも中の様子が見れる小窓みたいなのも付いてるし。
ただ態度とは裏腹に、内容は至極真面目な物だ。やっぱりあれ監視だったのか。
俺達の様子をつかず離れず窺っている人間が居る事には気が付いていた。
そのうち一人が領主館に残っている。というか、位置的に多分、領主の元へ。
「タロウさん、全員探知出来ていますか?」
「・・・念の為、ちょっと集中して探知してみたので、一応全員見えていると思います」
何となくつけられている感覚は有ったから、車を待っている間に探知の質を上げた。
最早最近慣れて来た切り替え視界の探知魔術。これなら見逃す事は無いだろうとは思う。
「それにしては渋い顔ですね。懸念理由をお聞きしても?」
「俺は探知を全力で使った状態で、裏をかかれた事が有ります。この領地の兵士は俺が見て解る程に質が良いですし、確実に全て捉えられていると思うのは不味いかなと」
「そうですか・・・解りました。では解る範囲で構いませんので、引き続き監視の確認をお願い致します。今も付いて来ているのですよね?」
「ええ。今も数人」
流石に領主館で監視していた時と違い、結構な距離を取ってこちらを伺っている。
後むこうも探知使ってるみたいなんだよな。さっきから魔力を肌に感じる。
向こうは気が付かれてないつもりなんだろうけど・・・いや、わざとなんだろうか。
「リィスさん、監視の人達は俺達が気が付いてないと思っているんでしょうか」
「どうでしょうね。彼らの態度からすると、半々・・・いえ、おそらくこちらが気が付いているのを承知で付けている、といった所ではないでしょうか」
「ああ、それじゃこれはわざとなのかな?」
「わざと? タロウさん、何の話ですか?」
リィスさんには感じ取れないのか。そういえばこの人余り魔術使ってなかったっけ。
「さっきから監視らしい人達の探知の魔力を感じるんですよ。その度に位置がバレバレなので、わざとやってるのか、それとも力量的にこの程度なのか、どっちかなと」
「・・・成程。それは・・・判断の難しい所ですね。何せ私には全く解りませんし。ただ気が付かれる前提であれば・・・理由が無いとも言えません」
「それは一体?」
「車内に皆居るのかどうかの確認と、牽制でしょう。車内も調べているぞと」
「成程・・・でもそれ、魔力干渉自体を防ぐ結界か、魔力を乱してやれば良いのでは?」
探知魔術を防いでしまいさえすれば、それはどうとでもなる気がする。
けど俺の思考に気が付いたのか、リィスさんは首を横に振った。
「その時点で監視しているのが解っていると、相手にしっかり伝える事になりますし、車内に居ない事を誤魔化したいと判断される可能性もあります。今我々は・・・いえ、王妃殿下は自己満足のお遊びで来ていると思われています。王妃殿下は囮だと」
「そだねー。まあアロネスが来てると、そう言われるよねぇー」
チラッとリンさんの表情を伺うと、彼女はちょっとつまらなさそうに唇を尖らせていた。
彼女にしたら不服な事だろう。真剣な想いを持ってこの国に来たんだから。
「ええ、ですので尚の事、我々はきちんとこの場に居る、と見せておきたいんです」
「この場に、ですか」
「はい。王妃殿下に目を向けさせて、囮で裏で動いている。そんな風に思わせたい相手と、思わせたくない相手が居る。この地の領主は後者です。なのできちんと彼らの目の届く所に居る事が本来は大事な事で・・・その、はい」
段々声が小さくなっていくリィスさんは、最後チラッとリンさんを見てもごもご誤魔化した。
何となく今何を言わない事にしたのか解る。本当はきっちり環視の中動きたかったんだ。
けどリンさんがそれを良しとせず、なんなら振り切ってでも動こうとした。
その結果領主がどう判断するかという点で、リィスさん的には不満が有るんだろう。
けど今回はリンさんが王妃様として命令を出して、彼女はその指示に従った。
ならそれに不服を告げるのは、きっと彼女にとっては間違いなのだろう。
「大丈夫だよ、リィス」
ただそんな彼女に、リンさんはニっと笑って声をかけた。
思わず俺とリィスさんの視線が彼女へと向く。
「兵士達の様子を見て、そして街の様子を見たら、多分大丈夫」
「・・・根拠は有るのですか?」
「さーってねぇ。なんとなくかなー」
「・・・なんとなく、ですか」
「そ。なんとなく。何となーく、行ける気がするんだ」
なんとなく。根拠も何もあったもんじゃない答えだ。普通なら不安しかない。
けど何故だろうか。自身満々で告げる言葉に、思わず期待してしまう感覚は。
「任せてよリィス。前回みたいな領主相手はリィスの方が良いと思うけど・・・今回はきっと私の方が良いよ。そう思うからさ」
「・・・解りました、王妃殿下。貴女のお心のままに」
リィスさんは一切の反対意見を口にせず、ただ命令に従う意を示した。
俺としても特に反論はない。ただまあ、やっぱり少し不安だけど。
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