第767話、領主様の思惑ですか?

執務室にて通常業務を何時も通りこなしていると、コンコンとノックの音が響いた。


「入れ」


短く答えると即座に扉は開かれ、側近の一人が軽く腰を折ってから入って来る。

王妃殿下の動きを監視をさせていた者の一人だ。どうやら早速動きがあったらしい。


「ポルブル様、ご報告致します。ウムル王妃殿下は護衛と共に外出されました」

「・・・素直に護衛を付けたのか」

「いえ、当初は護衛を付けるつもりは無かった様です。ですが殿下ご本人が護衛に付く者の実力を確かめ、彼等の力を認めて護衛に付ける事を許可した、という形になりました」

「そうか」


護衛を任せた者達には悪い事をしたな。アレは化け物だ。

彼女の前に立った時は生きた心地がしなかっただろう。それでも職務を果たしたか。

我が領地の兵として誇りに思う。そして報告からは無事な様子にも安堵した。


「殿下は何処へ向かうと?」

「兵士達の訓練を見たいとの事です」

「・・・成程。らしい行動だ」


彼女は今でこそ王妃だが、その本質は戦士だ。今日彼女に会ってそれを確信した。

ならば彼女が見て一番判断し易い人間は誰だ。そんな者は決まっている。

兵士だ。戦う技術を磨く者達だ。そしてその人間達の信念だ。


おそらく我らが兵士達の練度と忠誠を見て、何らかを推し量ろうとしているのだろう。

彼女の目にかなう兵士であるのか。そして私が、彼女の目にかなう貴族であるのか。


「他に報告は?」

「・・・申し上げ難いのですが・・・」

「どうした。お前が口ごもるなど珍しい」


この男は報告に手間をかける事を嫌う。だが彼がこうなる理由は解っている。

けれどそれを表情には出さず、いかにも意外だという顔で問い返した。

するとどうも演技に気が付かれたらしく、彼は少し困った表情を見せる。


「揶揄われるのは承知の上でしたが、最初から解っておりましたね?」

「ははっ、すまないな。だが危険は無いだろうと判断しての事だ。許せ」

「・・・いえ、差し出がましい事を口にしました」


くっくっくと笑いながら答えると、彼は小さくため息を漏らした。

何の話かと言えば、事は単純明快。彼は監視と追跡に失敗しただけだ。

いや、失敗とはまた違うか。今回に限っては特に失敗でも何でもない。


「気にするな。お前は悪くない。それで、どうした」

「申し訳ありません。失敗致しました」

「そうか。当然だろうな」

「・・・はっ」


私の言葉に少々悔しそうな表情を見せるが、こればかりは仕方の無い話だ。

あのリファイン・ドリエネズを出し抜く事など、そうそう出来はすまい。

彼女のあの眼光を見た身としては、何時気が付かれようとも叱責する気にはなれん。


「何時頃気が付かれた」

「・・・おそらく、最初からかと。部屋に入ると同時に結界が張られました」

「そうか。だが放置しているという事は、そのまま見ていろと言う事だろう。監視は続けろ」

「はっ」


気が付いているのに排除をしないという事は、むしろ行動を見せつけたいのだろう。

ウムルという国の在り方と、ウムル王妃の目的と生き方と、そして彼女の判断を。

我が領地を見てどう思うのか。彼女であれば語らずとも気が付くのかもしれん。


「ああ、そうだ。お前から見て、彼女の護衛の者達はどう見える?」

「護衛のうち女性二人は間違い無く強者に見えました。亜人には勝てる気が致しません。もう一人は、差し違えるつもりであれば一矢報いる程度は出来るでしょう。侍女も相当な実力者ですが、彼女であれば何とか戦えるかと」

「・・・あの少年は?」

「失礼を承知で申し上げますが、ポルブル様が警戒していたとは信じられない程に、その強さを感じ取れません。何故あの中に居るのか不思議な程に。むしろ庇護対象に見えたほどです」

「やはり、お前もそう感じたか」

「ではポルブル様も?」

「ああ」


タナカ・タロウ。タロウが名らしい、この辺りでは珍しい並びの名だ。

彼の事はある程度調べさせて貰った。勿論表に出ている情報以上の事は無いが。

実力は真竜を凌駕し、ウムルの英雄の弟子として相応しい実力と聞く。


だが彼からは何の力も感じられなかった。その辺りの少年としか思えなかった。

動きだけを見れば鍛練の跡が見え、けれど気配と動きが合っていない。

事前に彼の事を調べていなければ、きっとそれすらも気が付けなかっただろう。


とはいえ彼に関しては、実力よりもその人脈こそが怖いのだが。

少し調べるだけで笑える程に情報が出て来るのだからな。

いや、これは誰かがわざと流しているのだろう。彼という人間の力を。


ウムルの八英雄の弟子にして、ウムルの次代を担う人間の一人。

あのリガラットの国王との交友を持ち、他にも王族、盟主と関わりがある。

何よりもあの『イナイ・ステル』の夫という点が、一番大きな脅威だろう。


「ただ彼は、私に気が付いてはいた様です」

「・・・やはりか」

「はっ、出発の際、車に乗り込む前に一瞬こちらを見ました」

「・・・実力を隠している、にしては迂闊だな」


いや、王妃殿下も気が付いている。その事を彼が気が付けたのだ。

ならば護衛も気が付いているぞと、解り易く見せて来ただけかもしれんな。

まあ良い。どちらにせよ気が付かれるのは承知の上だ。


「不気味な相手だな」

「ええ。実力が解らないだけに、王妃殿下よりも恐ろしい」

「悪いな、そんな化け物の相手をさせて」

「私などまだ気楽な方ですよ。殿下の傍に着けられた者達に比べれば」

「確かに、それはそうか」


彼等には事が終わった後、最大限に労ってやらねばな。

あんな化け物の隣を歩くなど、生きた心地がしない事だろう。

特に今から向かう先が兵士達の訓練の場となれば、余計にな。


「他に報告は?」

「以上でございます」

「そうか。では行け」

「はっ」


入って来た時と同じ様に小さく腰を折ると、彼は部屋を出て行った。

おそらくこの後も、王妃は監視を甘んじて受け入れるつもりなのだろう。

お互いに言葉にせずにお互いを理解して、その上でまた会談の場を設けるのだろうな


「・・・彼女には、上手くやって頂きたいものだ」


彼女がどこまで本気なのか、何処までの実権を持っているのか、そこが判断できない。

である以上腹を割って話すなど、夢のまた夢だ。このままでは探り合い以外の事は出来ん。

私から本音を引き出して見せろ、リファイン・ボウドル・ウィネス・ウムル。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る