第766話、兵士の実力は確かな様です!

ニコニコ笑顔で歩くリンさんを誘導する使用人。ただ彼女からはもう焦りは消えていた。

凄いな。俺なら絶対困惑した気持ちを引きずると思う。

そういえば彼女の手には鎖があるのに、移動の際にじゃらじゃら鳴らないんだよな。


そういう所も含めてやっぱり『使用人』として完成されている気がする。

なんて思いながら彼女に付いて行くと、兵士達の鍛練場に着いた。

領主館のすぐそばに兵士の宿舎があるらしく、訓練場も当然そのすぐ傍に有る。


ただしその鍛練場には、殆ど人がいなかった。

全く居ない訳では無いが、数人の兵士が居るだけでとても静かだ。

その数少ない兵士も、俺達が来た事に気が付き端に避けて直立不動になっている。


どういう事だろう。何故鍛練場に兵士が居ないのか。

そもそも兵士の数が少ない。その事を不思議に思ったのはリンさんも同じらしい。

小首を傾げて周囲を見回し、使用人に向けて口を開いた。


「・・・鍛練をされてる方がいませんね?」

「領主様の命により、暫くの間鍛練場を使用禁止にしており、鍛錬は別の場で行っております」

「何故ですか?」

「鍛練場と領主館は非常に近い位置にございます。王妃殿下の耳障りになるといけませんので」

「成程。気を遣わせてしまったようですね。領主様にはお気になさらずとお伝え下さい」

「はい。後でご報告させて頂きます」


社交辞令と受け取ってそうだなと思いつつ、一応余計な事は言わずに黙っておく。

すると彼女は端に寄った兵士へと近づき、彼等の隣立った所でくるりと向き直った。


「彼らが殿下の外出の際に護衛につけさせて頂く事になっていた者達です。我が領地ではそれなりの腕利きでございますので、護衛には適した人間だと思われます」


使用人の紹介を受けた兵士達は、その間も一切動かずに立っている。

規律ある兵士達って感じだ。本当に何から何まで前回とは違うな。

この人達、ちゃんと鍛えてる。彼女の言う通り結構強いぞ。


多分強化使わないと勝てない。素の状態じゃ勝てない。そんな気配がある。

そこでふと思ったけれど、俺って相手の強い気配は感じられるんだよな。

でも自分の強さは理解されないって、本当に色々ちぐはぐだよなぁ。今更だけど。


「確かに。優秀な兵士ですね。良い顔です」


リンさんは当然ソレに気が付き、ニコォっとさっきよりいい笑顔だ。

凛とした表情が若干崩れ、嬉しそうに笑っている。

多分本当に嬉しいし、本気で褒めているんだろう。伝わってるかは怪しいけど。


「では・・・その実力を私に見せて頂きましょう」


リンさん目的と手段が変わったりしてませんよね。大丈夫ですよね。

そう言いたくなる程にニコニコしながら、リンさんはスゥっと剣を抜いた。

使用人さんはそれに一瞬眉を寄せ、けれどすぐに表情を戻す。


「お戯れはお止め下さい。王妃殿下に万が一があってはいけないからこその護衛でござます」


多分使用人の女性には解らないのだろう。目の前に居る人がどれだけ強いのか。

けれど彼女の隣に居る兵士達は表情が変わった。目の前に居るのが強者だと感じ取った。

やっぱりこの人達強い。ちゃんと鍛練を積んでる。少なくともリンさんの強さが解る程度には。


「彼女はこう言ってるけれど・・・貴方は私に勝てる気がする?」

「・・・我が身の未熟を恥じるばかりです」

「っ!?」


リンさんがギラッっとした目を見せると、兵士さんは言葉通り申し訳なさそうに腰を折った。

その事実に使用人が驚いた表情で、ジャラッと鎖の音をさせながら振り返る。

これまで鳴らさなかった事を考えると、今のは本気で驚いたのだと思う。

ただその音でハッとした顔になり、一瞬鎖に視線を落としてから姿勢を戻した。


「そう、では私は好きにさせて頂いて宜しい、という事ね?」

「お、お待ちください。どうか、どうかお待ちになって下さい・・・!」

「でも、私は言いましたよ。私の目にかなう護衛であれば付けましょう。でなければ・・・つける意味は有りませんよね?」

「そ、それは・・・!」


使用人の女性は兵士達に助けを求める様に目を向け、それを受けた兵士は一瞬目を瞑った。

そして目を開けた瞬間覚悟を決めたのか、傍に有った槍を手に取る。


「王妃殿下。未熟な身ではございますが、お手合わせ願います」

「あら、構いませんよ。むしろ最近余り動いていないので、良い運動になります」


嘘つけ。よく俺をボコボコにしておきながら何言ってんだこの人。

なんて思いながら見つめている間に、二人は少し移動して向き合った。


『いいなー。私もちょっと遊びたいなー』

「ハク、後で相手してあげるから。今は我慢してね」

『はーい』


ハクさんは最近暴れていないから欲求不満のようです。

シガルが居なければ、本当に暴れていたのではないだろうか。

取り敢えず大人しい事にホッとしつつ、相対する二人へと視線を戻す。


リンさんは何時もの気軽な構えだ。剣を片手で持ち、ぶらぶらさせている。

対する兵士は決死の表情で、汗が噴き出している様に見えた。

やっぱあの人強い。それでも心が折れないのも含めて。


「来ないの? なら、こっちから行くよ?」

「っ!」


王妃様の皮被りを忘れたのか、リンさんは何時もの調子で口にして踏み込んだ。

ただしそれは踏み込みも何時もの調子で、相変わらず動いた認識がし辛い。

傍で見ている俺がそうなんだ。目の前にいる兵士にはもっと分かり難いだろう。


けれど彼は反応した。リンさんの切り上げにちゃんと反応して槍で弾こうとした。

本来ならちゃんと弾いていたのだろう。ちゃんと踏み込んでいたし、力も籠っていた。

だが相手はあのリンさんだ。理不尽の塊だ。ならばどうなるか。



結論は、兵士は槍ごと吹き飛ばされる、だ。力づくで吹き飛ばされた。



しかも斜め下から切り上げていたから、兵士の体は完全に宙を舞っている。

槍を斬り飛ばさなかった辺り手加減はしていたんだろうけど、これは酷い。

兵士は驚愕の表情で地上を見つめ、けれどすぐに落ちて行く体に力を籠める。


「・・・ん、反応良し。良いね」


なんて呟きが聞こえたけれど、その間に兵士は地面に盛大な音を立てて落ちた。

ただ痛みで蹲る様子を見せず、即座に立ち上がってまた槍を構える。

それは「まだ終わっていない」と、そう告げるかのようだった。


「・・・良いでしょう。貴方に護衛を任せます」

「っ!?」


するとリンさんは剣を鞘に収め、先程とは真逆の事を告げた。

自分より弱いのであれば要らないと言っていたのに。

彼女の意図が解らず困惑していると、ニコッとした笑みを兵士に向ける。


「私は確かにウムルで王妃をさせて頂いております。ですがその前に・・・私はウムルの騎士だ。王を守る騎士だ。故に騎士として貴殿を認めよう。貴殿は素晴らしい兵士だ。貴殿の誇りに敬意を払い、貴殿の仕事を全うさせたいと思う。宜しいか」

「はっ、光栄でございます」


威圧感。そう呼ぶに相応しい威圧を放ちながら、彼女は兵士に告げる。

そして告げられた兵士は一瞬怯んだものの、即座に膝を突いて頭を垂れた。


「貴殿が信用する兵を選ぶと良い。私は貴殿を信用しよう」

「はっ!」


彼はリンさんの言葉に答えると、即座に動き出した。

この場に居た兵士に声をかけて走らせ、車の準備をさせ始める。

ただ使用人は流れにいまいち付いて行けてないのか、少しポカンとしていた。


「では、護衛は付けるので、出かけさせて頂きますね?」

「は、はい・・・あ、い、いえ、私も付いて行かせて頂きます・・・!」


危うく見送りかけていた使用人は、正気に戻ったのか付いて来ると告げる。

リンさんはそれを断るかと思ったが、ん-っと悩む様子を見せた。


「んー・・・リィス、良いですよね?」

「王妃殿下のお心のままに」


今の絶対判断できなくて投げたな。でも許可するなら、リンさんは何がしたかったんだろう。

確かに彼は護衛としては優秀だと思う。真面目なリンさんの前に立てる時点で間違い無い。

でも最初は自由で動きたくて、それであんな事言いだしたんだと思ってたんだけど。


なので使用人達が外出準備中に、リンさんへこそっと訊ねた。


「リンさん、良いんですか?」

「ん? 何か駄目な事あった?」

「いや、リンさん自由に動きたいから、護衛を付けないって言い出したのだとばっかり」

「まあ、そうなんだけどねー・・・まあ良いかなって」


えぇー。何その雑な感じ。リィスさん、本当にリンさんに自由にさせて大丈夫?


「本当は農地とか見に行くつもりだったんだけど、先ずは鍛練中の兵士達を見に行こうかな。本当はここで見たかったんだけど、居ないなら見に行くしかないしねー」


楽し気に呟くリンさんは、何を考えているのかいまいち読めなかった。

もしかしたら本当に何も考えてないのか。いや、まさか、流石に無いよな?

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