第765話、リンさんが自分で行動を始めます!

「それで、これからどうするんですか?」


少々長かった説教が終わり、すんすんと泣いたふりをするリンさんを放置して訊ねる。

当然彼女を放置しているので、訊ねている相手はリィスさんだ。

今後ろから睨まれた気がする。無視すんなよという気配をひしひしと感じる。


「そうですね・・・数日は領主様に会談の場を設けて頂く様にお願いして、受けて頂けるようになれば本題に、受けて頂けないのであれば、受けて頂けるように策を練る必要があります」

「ええと・・・つまり、数日はただのんびり待つ、って事ですか?」

「そうなります」


だよね。話の場を設けて下さいってお願いして、相手が受けてくれるのを待つだけだし。

とはいえ出迎え時のあの様子を鑑みるに、領主さんが受けてくれるのかは怪しい。

最終的には場を設ける為に、何かしら策を巡らせる結果になるのでは。


「タロウさんの考える事はもっともです。とはいえ最初から無理を通しては、余計に信用を無くすだけでしょう。向こうは予防線を張りつつ、本音を探っている。時間をあげなければ」

「あー・・・そっか」


どうするべきか。悩んでいるのは領主さんも同じ、って事なのか。

このまま塩対応のまま帰すか、何かしらのアクションを起こすつもりなのか。

時間稼ぎしてるのはアロネスさんだし、焦る必要は無いよな。


「ま、出来る限りの歓待はする、って言質は頂いてるんだし、言葉通り歓待を受けちゃおう」


そこで構って貰えないと思ったのか、落ち込むふりを止めたリンさんが口を開いた。

確かに領主はそう言っていた。けれどそれは相手が王妃だし、当然の事なのでは。


「リィス、着替えるよ」

「・・・王妃殿下、それは」

「命令。服、出して」

「・・・はい、畏まりました」


リィスさんは最後に一瞬何かを言おうとしたけれど、ぐっと口を閉じて荷物を取り出す。

そしてリンさんの普段着を大事に持ち、リンさんの横へと置いた。

ぼーっとその様子を眺めていると、ニヤッとした笑いのリンさんが口を開く。


「タロウ、私の着替え見たいの?」

「あ、す、すみません、出ます!」


今着替えるとは思っていなかった。クスクスと笑う声を背に、慌てて部屋を出る。

すると当然使用人部屋にはハクとニノリさんが居て、二人とも不思議そうな顔を向けて来た。

ただし領主につけられた使用人の奴隷さんは、表情を動かす事なくじっとしている。


『どうしたタロウ。慌てて』

「な、なにか、あったのですか?」

「あ、い、いえ、その、王妃殿下が着替えられるので、慌てて出て来ただけです、はい」


慌てているせいで、ニノリさんに何時もの調子で返してしまった。

言った瞬間失敗したと思いつつ、やっぱり色々慣れないなと思ってしまう。

ハクみたいに最初が殴り合いみたいな関係なら、割と最初から気楽なんだけど。


「うん、ごめん。慌て過ぎた。取り敢えず王妃殿下が出て来られるのを待っていよう」

『タロウが出て来たなら、私は中に入っても良いのか?』

「あー・・・いや、今着替えてる途中かもしれないから待って」

『えー・・・わかったー・・・』


ハクは唇を尖らせえながらも了承し、立ち上がりかけていた腰を下ろす。

今の俺なら一段階上の探知で着替えているかは解るが、多分それやるとリンさんにもバレる。

一応位置が分かる程度には使ってるけど、詳しく調べた時の反応が面倒なのでやらない。


「そういえば俺達はこの部屋で寝る事になると思うけど、ニノリさんは一緒で平気?」

「は、はい。問題ありません。何なら床でも大丈夫です」

「いやそれは俺とシガルが困るから止めて」

「す、すみません・・・」


うーん。ニノリさんの反応の方が、あの使用人よりよっぽど奴隷みたいだ。

ふと動かない使用人の方へ目を向けると、彼女も俺の動きに気が付き目を合わせた。


「何か御用でしょうか。お気軽にご命じ下さい」

「あ、いえ、その、立ちっぱなしは辛くありませんか?」

「いえ。問題ありません。お気遣いありがとうございます」

「そ、そう、ですか・・・」


優雅にペコリと腰を折る様は、やっぱり奴隷には全く見えない。

むしろエセ貴族的な俺よりも、彼女の方が貴族に思えるほどだ。

なんて思いながら、少し気まずい気持ちで暫く待った。


そして左程の時間も経たず、ぎぃっと扉が開かれる。

出て来たのは見慣れた姿のリンさん。王妃様ではない剣士のリンさんだ。

腰には普段使いの剣を佩いていて、ただし雰囲気に普段の緩さは無い。


それは王妃様の様子という訳では無く、どちらかと言うと騎士をしている時の気配。

ピシっと背を伸ばし、凛とした雰囲気の騎士。鎧こそ来ていないがそう見える。


「貴女、少し確認をさせて頂いて宜しいですか?」

「っ、はい、何でございましょう」


そんな彼女の雰囲気に呑まれていたのか、使用人の女性は一瞬反応が送れた。

けれどすぐに腰を折って応え、そんな彼女にリンさんは優しい笑みを向ける。

勿論それも王妃様のそれじゃない。完全に騎士の顔だ。


「領主殿には出来る限りの歓待すると言って頂きました。それに相違はありませんね?」

「はい、そう仰せつかっております」

「そう。ではこの街の農地を見に行きたいので、少々出かけて来ます」

「では護衛をお付けいたしますので、少々お待ちください」

「いえ、要りません。護衛が居ると少々息苦しいので、私と部下だけで向かわせて頂きます」

「申し訳ありませんが、それは私の一存ではお返事致しかねます。領主様にご相談――――」

「なら私が我が儘を通した事にして構いません。貴方は止めた。それで構いませんよ」


今のは俺でも解る。許可を求めている訳じゃない。行って来るという報告だ

勿論リンさんなら彼女の言う通り、自分の我が儘だと領主に絶対告げる。

ただそれは、俺がリファインという人を知っているから解る話でしかない。


むしろこれで何かしらの問題を起こして、彼女のせいにしようとすら思えるだろう。

彼女は急に雰囲気を変えて来たリンさんに、どう答えて良いものか悩んでいる。

けれどリンさんは返事を待たなかった。使用人が答える前に動き出した。


「では、申し訳ないけれど勝手に出かけさせて頂きます」

「お、お待ち下さい! いけません!!」


扉の向かい始めたリンさんに、そこで初めてあからさまに慌てた使用人の声が響く。

リンさんはその声を無視せずに立ち止まり、ドアノブから手を放して振り向いた。

その表情は不可解と言わんばかりで、なぜ呼び止められたのかと不思議そうに首を傾げる。


「何故かしら?」

「お、王妃殿下に万が一が在れば、国際問題になります!」

「万が一が無ければ良いのですね」

「・・・え?」

「この領主館の警護をしている兵を、訓練中の者達だけで良いので呼んで下さい」

「そ、それは構いませんが、一体何をされるおつもりなのでしょうか・・・」


いやもう、正直何やるのかすぐ解った。いや、ここの使用人には解る訳が無いけど。

リンさんは王妃様としてここに来た。なら彼女をか弱い女性だと思っているだろう。

けれど彼女の目の前に居る人は、英雄騎士リファインだ。


「護衛に付く者は手の空いている方々でしょう? ならその実力を見せて頂こうかと。私の目にかなうのであれば、大人しく護衛を付けて参りましょう。でなければ・・・」


リンさんはそこで言葉を止めて、ニコッと笑顔を向ける。

続きに『弱いなら必要無いよね』って声が聞こえた気がした。

・・・見せて貰う、で済まないだろうなぁ。兵士さん達、成仏して下さい。

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