第764話、交渉を真面目にやるのですか?

「お、これは美味しい。ウムルでは中々無い味ですね。ああ、これも良い。お、こちらは先日私が気に入ったと言った物ですね。嬉しいですね、こういう気遣いは」


ニッコニコしながら食事を口にして、食べる度に賛辞を口にする。

目の間の男はそんな俺の言葉を聞き、同じ様な笑顔で口を開く。


「ウムルの英雄、あの高名な錬金術師であらせられるネーレス殿がお相手です。我が国が出来る限りの歓待をさせて頂きませんと。喜んで頂ければそれが何よりでございます」

「いやぁ、本当にありがたいですよ。他国に行って何が嬉しいかと言えば、やはり地元では味わえない食事類ですから。申し訳ないと思う程の贅沢です」


お互いにニコニコと、明らかに本心は隠した笑顔で、表面上は穏やかに語り合う。

この国に交渉役として訪問してから、毎日豪華な歓待を受け続けている。

流石に女は面倒なので理由を付けて断ったが、酒も食事も受けるだけ受けている状態だ。


「それでネーレス殿、そろそろ条件を飲んで頂けませんか?」

「いやぁ、私としてもこれだけの歓待を受けておきながら心苦しいのですが、頷く訳にはいかないのですよ。せめて国王陛下へ御目通り願えませんか?」

「申し訳ありませんが、我が君のお姿は見せられないのです。私どもとしても貴方がわざわざ来て下さったのに申し訳ないとは思っておりますが、どうかご納得頂きたい」

「困りましたねぇ。どうにかなりませんか?」

「・・・申し訳ございません。どうか、ご納得を」


申し訳なさそうな顔をしながら、深々と頭を下げて来る。

この国ではかなり上役のはずだが、そんな人間が頭を下げているのだ。

それで納得しろという事なのだろうが、こちらは聞き届ける訳にはいかない。

賄賂で融通の利く国だと思われる訳にはいかんのでね。ま、場合によるけどな。


「押し問答ですねぇ・・・困りました。私もこれではウムルに帰れません」

「私どもとしては、ただただ平に容赦を願うだけでございます。答えはどうしても変える事が出来ません。代わりに滞在の間、出来る限りの歓待をさせて頂きますので」

「それはありがたい事なのですが・・・うーん」


俺が悩む様子を見せると、コンコンとノックの音が響いた。

男が入る様に促すと、臣下らしい物の一人が男の横に跪く。

そして耳元に口を寄せ、小声で何事かを報告し始めた。


「ネーレス殿、申し訳ありません。急用が出来ましたので、これにて失礼を致します」

「ああ、お忙しい中こちらこそ申し訳ない。どうぞお気になさらず」

「いえ、本当に申し訳ない」


男は兎に角腰を低くして、俺に謝りながら部屋を去って行く。

ただし外に出たらどうせ俺を睨むのだろう。申し訳ないなどと思っている訳が無い。

先程の報告も空報告で、適当な所で部屋から去る為のもでしかないだろう。


「はっ、解っちゃいたが、平行線だな。俺としては楽でありがたいが・・・」


肉にかぶりつきながら、俺も扉の向こうの人物と同じ様に悪態をつく。

当然防音の結界を張っているから、その呟きが外に漏れる事はない。

聞き耳立ててるのは解ってるからな。聞かせてやるもんかよ。


まっ、聞き耳たててるのは、俺の失言待ちじゃねーだろうけど。


バクバクと食事を平らげる。最近『薬』の量が増え始めている料理を。

自白剤の類。それも麻薬に近い奴だ。今回はかなりの量が入ってる。

初日こそ普通の食事だったが、二日目から薬を混入させる様になった。


「クソだな、全く」


下っ端使者じゃなく、国の中枢にいる人間を、麻薬で潰そうとするか。

やってくれるじゃねえか。来たのが俺じゃなかったらテメーら死んでるぞ。

まあ来たのが俺だからこそ、全部中和しちまってる訳だが。


「つーか馬鹿じゃねえのか。普通なら廃人になってる量だぞ。やけくそすぎるだろ」


本来なら初日か、遅くても3日程度で壊れると思ってたんだろうな。

だが何日たっても健康そのもので、美味そうに酒も食事も平気で口にしている。

受け答えに怪しい所は無く、都合よく動かせそうな気配は無い。


苛々してやがるなぁ。まともな交渉なんてする気なかったもんな、アンタら。


勿論一度壊した後に、回復させる気はあったんだろう。

完全に壊してウムルに返しちまったら、それこそ戦争になるからな。

一度壊してその間に交渉を有利に終わらせて、契約書を持ち帰らせるつもりって所か。


『アロネス、そんなに食べて、大丈夫?』


そこで部屋の端の影から声が響く。目を向けると影が伸びだし、不自然な闇が出来た。

光を吸い込むような暗闇がゆっくりと形を取り、黑い肌に黑い羽根を持つ子供が現れる。

闇の大精霊パッポだ。ここに来てからずっとコイツを呼び出している。


「問題ねえよ。俺を誰だと思ってやがる。あらゆる薬に精通する薬師様だぞ」

『でも、僕が薬を持って来たから、解ったんだよね?』

「いやまあ、現物みなきゃ正確な種類は解んねーよ」


薬を盛られたのはすぐに解ったが、念の為事前に俺も薬を飲んでいた。

腕輪の解毒もあるが、あんまりこれ頼りたくはない。

結果明らかに盛られた感覚があったから、闇精霊を呼び出して調査させた。


コイツは他のどの精霊よりもコソコソと動くのに長けている。

俺は自室でのんびりと薬入りの酒を飲みながら、色々と調べさせて貰った。

盛られた薬も手元にある。おかげで完全に対策済みって訳だ。


「それで、国王陛下殿は?」

『やっぱり、居ないよ。端から端まで捜した』

「ふーん・・・成程ねぇ」


何処にでも潜めて、何処にでも行ける闇精霊が、数日かけても国王を見つけ出せない。

勿論城に居ないだけかもしれねぇ。俺を敵として見てるならその可能性も有るだろう。

姿を隠してウムルをやり過ごし、全てが終われば表に出て来る。ああ、あり得る話だ。


まあ全部聞いちまった身としては、そんな予想なんざ全部捨てちまってるがな。

本当に脇が甘すぎる。俺の事もウムルの事も、余りにも甘く見過ぎだ。


「ったく、面倒くせえ。俺はただ嫌がらせに来ただけだってのに、余計な仕事が増える予感がするぞ、こりゃあ。あーもう飲まなきゃやってらんねーっての」

『飲んでも、解毒、してない?』

「・・・良いんだよ。これ本当に美味いから」


薬の解毒の為に、酒精も解毒している。結果一切酔えない。

くっそつまんねーが、幸いはこの酒が本当に美味い事だ。

若干薬の味がするが、まあ気にしなければ良い。


「普段安酒ばっかりのんでっからな。こういう時ぐらい役得だろ」

『人間って変。自分で体調崩したがるの、凄く不思議』


相変わらずの無表情で、声だけ不思議そうに呟く闇精霊。

良いんだよ。人間なんてそんなもんだ。大体が馬鹿なんだよ。


『あ、アロネス。また違う薬、試すつもりみたい。どうする?』

「確保宜しく」

『はーい』


楽しげな声で手を挙げて答え、闇精霊はまた闇へと変じて影に消えてゆく。

今この城の影という影にはコイツが潜んでいるから、何処にでも移動出来る。

新しい薬の相談も何もかも筒抜けだ。これ程精霊を従えてて良かったと思う事も無い。


「精霊は魔力感知にかかり難いからな・・・いやぁ、何もしないで良いのは楽だな」


俺は酒を飲みながら、悠々と報告を待つだけだ。

何時も通り適当にやらせて貰うさ。そう、何時も通りな。


「恨むなよ、ブルベ。俺を行かせたのがお前の落ち度だと思ってくれ。悪いな」


さあて、どうしてやろうかね。

イナイが来てないなら俺を止める奴は居ねーぞ。

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