第763話、使用人と領主への評価です!
奴隷の使用人さんに案内された部屋は、おそらくとても良い部屋なのだろう。
使用人の待機部屋があって、その奥に本室がある様な、そんな感じの部屋だ。
因みに一緒に来た貴族は別室だ。いや当たり前だけど。彼が居たら内緒話も出来ないし。
「何か不備等がございましたら、お伝え下さると幸いです」
軽く腰を折って告げる彼女の動きは、やはり奴隷とは思えない程に洗練されている。
奴隷とは一体。そう言いたくなる程に彼女は『使用人』だと思った。
リンさんは少し大げさに部屋をぐるっと見回すと、ニコッと笑顔を見せて口を開く。
「ありがとう。部屋の準備も貴女がされたのかしら?」
「はい。お気に召せば幸いです」
「良い仕事です。我が国に連れて行きたいぐらいに」
「恐縮でございます」
いや実際彼女が一人でやったのであれば、普通に有能だと思うよ。
ぱっと見埃一つないもん。王妃様が来るから念入りにやったのかな。
けど正直に言って、前回の屋敷ではここまでじゃなかったと思う。
「では、御用の際はお気軽にお呼び下さいませ。失礼致します」
彼女はそう言って再度腰を折り、音も無く扉を閉めて部屋から出て行った。
ただし使用人部屋には居る様子なので、言葉通り呼ばれたらすぐ来るのだろう。
探知で少し彼女の様子を見るも、彼女は誰も居ない使用人部屋なのに一切動かない。
誰の目も無いと思っていない。部屋に居ないだけで、人の目が有るという態度だ。
リンさんはそれを確認するかのように扉を見つめ、ふむと呟いてニノリさんに体を向けた。
「ニノリさん、申し訳ありませんが、少々内密な話を致します。ハクを付けますので、待機部屋でお待ち頂けますか。話が終われば、タロウも向かわせますので」
「は、はい、畏まりました、王妃殿下」
「ハク、すみません、お願い出来ますか?」
『ん、解ったー』
ハクは気軽に応えて、ニノリさんと一緒に部屋を出て行く。
二人は奴隷の女性と反対側の位置に座った様だ。
「私が不快な顔をするか、確かめて来たねー」
「ええ」
身内以外が部屋から居なくなった事で、リンさんが即座に王妃様を止めてベッドに腰掛ける。
そんな彼女の言葉にリィスさんが応え、シガルも「ですね」と同意していた。
やっぱりあれわざとなんだ。嫌がらせって事なのかね。
「アロネス様を本命と判断しつつも、ウムル王妃殿下が何処まで本気なのかを探り、あくまで自国の人間であるという態度を見せ、きっちりと保身も済ませている。あれこそ領主ですね」
「ねー。ウムルが奴隷を嫌う。その言葉の本質を確かめに来てた感じだったね」
リィスさんの領主への評価を聞いたリンさんが、笑顔で楽し気に応える。
だが俺はそこで愕然とした。嘘だろ。リンさんがそんな難しい応酬を本当に・・・!?
「タロウ君。その表情は何かね?」
「イエ、リンサン、何デモナイデスヨ?」
「何でもない顔じゃないでしょ-が!」
「いだっ、いだだっ、リンさん、洒落にならないぐらい痛いですって!!」
俺の驚きに気が付いたリンさんが、逃げる俺を即座に捉えてヘッドロックを極める。
多分本人は軽くやってるつもりなんだろうけど、万力で締めあげられてる気分だ。
「全く、私だって何も考え無しじゃないんだからね」
「す、すみません・・・いっつー・・・」
放して貰った頭をさすりつつ、一応軽く治癒魔法をかけておく。
因みにこれだけ騒いでも使用人が来ないのは、既に防音を張っているからだ。
でなきゃこんなに騒いでいて、リィスさんが許すはずが無い。
「所で、その、保身とかって、どういう事なんですか?」
「おやおや、私の事をオバカさん扱いしておきながら、本当に解らないのかねタロウ君」
「ぐっ・・・」
やばい。リンさんに言われるとダメージが大きい。にやにや笑いが腹立つ。
流石にちょっとムカッと来たので、答え合わせ前にちょっと考えてみる。
シガルやリィスさんはさらっと答えが出るんだろうな。俺みたいに悩まなくても。
アロネスさんを本命って部分は、まあ言葉通りだろう。そこは措いておこう。
リンさんが本気かどうかを確かめるって部分は、奴隷に対する態度って所かな。
んで保身の部分は、王妃様が来たけれど、奴隷で対処しましたって見せる為。なら。
「奴隷を扱う国の領主としての態度を国内外に示す為に奴隷をわざと選び、それに対するリンさんや俺達の反応を見て、どこまで本気なのか、ウムルって国と、王妃殿下の目的が何処まで統一されているのか、もしくは本当に王妃の自己満足なのか、測っているって所でしょうか」
「・・・せいかーい」
「何で正解したのに不満顔なんですかねリンさん」
「・・・べっつにー」
俺が正解した事が気に食わないらしい。子供かこの人。
足をぶらぶらさせて不満ですアピールだ。王妃様モードと態度が違い過ぎる。
「まあご不満でしょうね。事前に私が説明しなければ、解っていなかったでしょうから」
「ちょ、だから何でリィスはばらすの!?」
「事前情報無しで理解したタロウ様に勝ち誇っている姿が情けなく思いましたので」
「わたし王妃様! ちゃんとしなきゃ駄目なの! リィスだって何時も言ってるじゃん!」
「では今後は自力で問題無い、という事ですね」
「すみませんでした! 今後もどうかお力添えをお願い致しますリィス様!」
うん、やっぱりリンさんはリンさんだった。だからさっき不満顔だったのか。
でもなんかホッとする自分が居る。それでこそリンさんだよね。
「・・・タロウ、こっちにおいで」
「イヤデス」
「良いからおいで。正解したご褒美に良い子良い子してあげるから」
「絶対ニイヤデス」
俺の様子に気が付いたリンさんがおいでおいでするが、俺はジリジリと距離を離す。
ただしそこでパカンとシガルさんに頭を叩かれ、蹲って頭を抑える結果になったが。
あえて避けなかったんだけど、すげえ痛い。もうちょと加減して下さいシガルさん。
「話が進まないから、ふざけるのはそこまで。王妃殿下もその辺で」
「はーい。シガルちゃんにまで怒られちゃった・・・」
「す、すみません・・・」
リンさんと二人で落ち込むが、これ俺が悪いんだろうか。少し理不尽な様な。
ただシガルさんの目がちょっと怖かったので、素直に謝りました。はい。
私は奥さんに逆らわないのです。だって逆らっても絶対勝てないし。怖いし。
「まあでも、彼が良い領主だっていうのは、見たら解るよ、私でもね」
「そうなんですか?」
「さっきの奴隷の子見たでしょ。奴隷の立場なのは本当だろうけど、健康そうだった。それに技能も文句無し。アレは使用人を奴隷にしたんじゃなくて、奴隷を使用人に仕上げてる。鎖を付けた上での動きに大分慣れてたからね。まあ、後から慣れた可能性も有るけど」
確かに彼女は『奴隷』なんて言葉が似合わない人だった。鎖が無ければ普通の使用人だ。
ただあの鎖も何と言えば良いのか、少々不自然な気がするんだよな。
行動制限の為に付けているにしては、鎖が少々長かった気がする。
あれじゃ全くとは言わないけれど、余り制限らしい制限にはならないだろう。
少なくとも日常生活が苦になる様な制限ではないはずだ。あ、でも着替えどうしてるのかな。
着替えの時だけは鎖を外すのだろうか。でもそうしないとあの服着るのは無理だよな。
「それに私がウムルで雇いたいと言っても、彼女は一切動揺を見せなかった。お世辞と思ったのかもしれないけど、アレをしっかりお世辞と捉える時点で教育が届いてる。何より彼女達の態度は、領主への忠誠を見せる配下。アレは、良い領主だよ、間違い無く」
ニッと笑う彼女の言葉に、とても説得力を感じる。
オバカ様子は完全に消えて、けれど王妃様モードとも何だか違う。
ああ、そうか。今のリンさんの言葉は、多分騎士としての言葉だ。
彼女は使用人さん達を、配下側の視点で見ているんだ。
仕えるに足る主人。ウムル王を思い出しながら。だからきっと解るんだろう。
彼女の本質は王妃様ではなく、前に出て戦う誇り高い騎士なのだから。
その彼女が認めた領主。それはきっと、本当に良い領主なのだろう。
なんて感心していると、彼女は唐突に首を傾げて不思議そうな表情を見せた。
「ただ一つ解んない事あったんだけどさ、リィス」
「何ですか?」
「迂闊なお言葉は、余り宜しくない噂が立ちますぞ、って言われたの、あれどういう事?」
「まさか、本気で訊ね返していたの? 嘘でしょお姉ちゃん・・・」
やはりリンさんはリンさんだった。リィスさんは思わず頭を抱えている。
多分その、好きだって、異性に迂闊に言うのはどうか、って事だと思うんですよ。
特に権力持ってる大国の王妃様が、潰せる国の領主に言うのは不味いって思うんです。
ただリィスさん解説によると、リンさんが訊ね返した事で否定になったそうです。
何ふざけた事を仰っているのかしら? という返事になるとか。
なのでそれ以上の事は言いません、というのが領主の返事だったという事だ。
ついでに念押しの様に言った『本気』が、ちょっと怒ってるという意味にもなるらしい
当然と言って良いのか何なのか、リンさんはそれら全てを理解していなかった模様。
ホッとしちゃ駄目なんだろうけど、やっぱりこういう所見るとホッとする。
尚その後暫くリィスさんによる説教の時間となりました。
止めてリンさん、俺に助けを求めないで。無理だから。
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近況ノートにも書いたけど宣伝を。12月にコミカライズの単行本が出ます。
https://fwcomics.jp/books/about_jigencomic1/
イナイさんが可愛いです。ミルカさんも可愛いです。アロネスはアロネスです。
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