第762話、前回とは大分違うようです!

アロネスさんが本命。リンさんの・・・というか、リィスさんの言ってた話だ。

国王にはリンさんは目暗ましというか、余り本気で動いていると思われていない。

そう思われるのは作戦通りだけど、他の貴族にまでそう思われているのは困るのでは。


だって本命はこっちなんだから。アロネスさんはそもそも交渉する気が無い。

交渉材料が交渉材料になっていないのが現状で、まともな交渉になる訳が無いんだし。

ただリンさんに淡々と言い放ったこの人は、その辺りを勘違いしていそうだ。


いや、普通は彼の考え方の方が正しいのかも。だってウムルは喧嘩を売られた訳だし。

話し合いという名の穏便な報復。表面上は何も無い嫌がらせ。

怒ってる国ならそんな事を仕掛けて来てもおかしくないと、そう思うのは普通なのかね?


「・・・成程。目と耳が良いようですね、貴方は」

「恐縮です」


ニコリと笑みを見せて告げるリンさんに、男性は相変らずの様子で返す。

そこに『恐縮』なんて言葉通りの感情がある様には見えない。

むしろ何を考えているのか解らない。わざとそう見せているのかな。


「ですが―――――」

「お、リファイン王妃殿下! 今の話は誠ですか!? わ、私は、私はどうなるのですか!?」


ただリンさんが彼に何かを返そうとした瞬間、着いて来た貴族が叫んだ。

そしてリンさんに近付いてきたので、一応スッっとその間に入る。

縋りつくというか、掴みかかりそうな勢いだったから、一応ね。


彼はそんな俺の動きが見えていなかったのか、突然視界に入った俺にビクッと後ずさる。

そんなに驚かせる動きじゃなかったと思うんだけど。普通に割って入っただけだし。

けど彼は思ったよりも怯えて・・・あ、解った。背後だわこれ原因。リィスさんが睨んでる。


「落ち着き下さい。王妃殿下に掴みかかる無礼は、流石に見逃せませんよ」

「も、申し訳ない・・・」


そしてその睨みのまま冷たい声で忠告すると、彼は怯えた様にまた少し下がった。

多分自分の身の危うさに我を忘れたけど、恐怖で俺達の戦力を思い出したんだろう。

このままではどう足掻いても自分の身は死に向かう。そう思えば慌てるのも当然か。


だからといって、ここでリンさんの機嫌を損ねたら完全に終わりだ。

どうしようもなく詰んでいると感じているんだろうな。

少々可哀そうかと思ったけど、いやそんな事無いなとも思い直す。


だってコイツ最後まで俺利用しようと、ニノリさんあてがおうとしたんだぞ。

そもそも奴隷売買に関しても普通に関わってるし、同情する必要一切ねえわ。

勿論約束破棄して見捨てる気は無いけど、少なくとも今彼を慰める必要は無い。


「申し訳ありません。お騒がせした事を申し訳なく思いますわ」

「殿下が謝る事ではござません。我が国の貴族の失態、こちらこそ謝罪致します」

「いいえ。彼の事は面倒を見ると約束しておりますもの。貴方に落ち度はございませんわ」


優しげに笑うリンさんの言葉に、焦っていた貴族はホッと息を吐いていた。

見捨てられていないという事実に安心したらしい。

ただし目の前の男性は正反対に、冷たい目を貴族に向けていたけれど。


「無駄に希望を持たせるのは感心しませんが・・・私には関係のない事ですな。この男の結末は決まっております。この男に関してだけは、好きにやれば宜しいでしょう」

「無駄に、とはどういう事でしょう」

「言葉通りの意味ですよ、殿下。それがお解りにならない方ではないでしょう」


あ、流石に今のは俺でも解る。嫌味というか、罵倒というか、そんな感じだ。

嫌がらせすんな、って意味が解らないほど馬鹿か? って言ってるんだと思う。

流石にそこまで口汚い意味ではないと思うけど、大体そんな感じだろう。


「―――――――ふっ、あはははっ」

「っ!?」


ただそこで、初めて男性の表情が崩れた。楽しげに笑うリンさんの様子を見て驚いている。

嫌味を言われた、馬鹿にされた言葉を聞いて、それでも楽しげに笑う王妃様。

言葉にすると理解不能だな。本当にアホの子なのかと思う。いや、うん、リンさんだけどさ。


「良いですね、貴方。とても良い。好きですよ、貴方みたいな方は」


ニコリとほほ笑む彼女は、人の意識を持っていく何かを持っていた。

皆が思わず引き付けられるその笑みに目を奪われ、けれど男性は顔をしかめる。

ただそこでハッとした様子を見せ、直ぐに元の表情に戻った。


「お戯れを。迂闊なお言葉は、余り宜しくない噂が立ちますぞ」

「宜しくない噂、ですか。それは大変興味がありますね。詳しくお聞きしたいものです」

「それこそお戯れを」

「あら、本気なのですけどね?」


本当に彼女はリンさんなのだろうか。もしかして何処かで影武者と変わっているのでは。

そう思ってしまう程に、何かよく解らない言葉の裏を探り合う応酬をしている。

あれがリンさんだと思うと何か悔しい。アホの子仲間だと思ってたから凄く悔しい。

いや、もしかして今の言葉って、まじで解ってなくて聞いたのかな。


「・・・何時までも殿下を庭に立たせておくわけにもいきますまい。部屋を用意しております。案内させますので、どうぞお寛ぎ下さい。おい、ご案内しろ」

「はい、畏まりました」


ただ男性はこれ以上話をする気が無いのか、会話を打ち切って使用人の女性に声をかけた。

そう思った。けど実際に出て来た人は、明らかに使用人ではなかった。

服だけを見れば使用人だ。けれどその腕に、行動を制限する鎖が繋がれていた。


「・・・奴隷ですか」

「ええ。我が家の奴隷です。何か有れば彼女に」


一瞬空気が冷えた気がした。リンさんの声音も少しだけ低い。

けれど彼は一切気にした素振りも無く、当たり前のように応えている。

完全に喧嘩を売っている。奴隷の事で来た人間に、奴隷を見せつけてるんだから。

リンさん爆発しないかなと心配していると、そんな心配とは裏腹に彼女は笑った。


「解りました。では貴女、案内をお願いしても宜しいですか?」

「は、はい。こちらに」


奴隷の女性はそんなリンさんの反応に少し戸惑い、けれどその動きは滑らかだった。

どう見ても奴隷には感じられない。そう思う程の綺麗な動き。

鎖で制限はあるけれど、それでも何の問題も無いと思える『使用人』に見える。


「良い方を付けて下さった事、感謝致しますわ」

「・・・殿下をご満足させられたのであれば何よりでございます」


気のせいだろうか、リンさんの反応を見た彼は、少し気まずそうな表情をした様な。

ただリンさんはそんな様子に気が付いていないのか、笑顔で彼の横を通り過ぎる。

当然俺達もその後ろを付いて行き、彼女は屋敷に入る手前で足を止めて後ろを振り返った。


「ああ、そうだ。これは失礼な事をしていましたわ。ねえ、領主様?」

「何でございましょう」

「お名前をお聞かせ願えないかしら」

「ただの田舎領主と覚えて頂ければ」

「私が知りたいのです。教えて頂けませんか?」

「・・・ポルブル・ジャユヅハクと申します。お忘れになって構いません」

「覚えましたわ。ではジャユヅハク様。また後で、お時間の有る時にゆっくりと」


ニコリと笑顔で返すリンさんに、ジャユヅハクと名乗った領主は無表情だ。

なので今はそれ以上の会話を諦めたのか、リンさんは止めていた足を動かす。

それに合わせた様に奴隷の女性も動き、先導する様に案内を始めた。

この人本当に奴隷だろうか。どう見ても動きが良いんだけど。


「良い領主様ですね、あの方は」

「申し訳ありません。奴隷の身ですので、領主様を評する様な発言はお許しください」

「いいえ、私こそごめんなさいね。余計な事を言って」

「い、いえ」


まさか謝られると思ってなかったのか、まだ女性は戸惑う様子を見せる。

ただ彼女を戸惑わせている本人は、何だかとてもご機嫌そうに見えた。


「良いね、あの人」


そして小声で、本当に小さな声で、そんな事を呟いていた。

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