第760話、移動時間が長いです!

移動を始めて数日。人数が多いせいか移動速度が遅い。

徒歩の護衛までつけているから当然と言えば当然だろう。

俺としては訓練の時間が延びるから良いけど、リンさん達は良いのだろうか。

王都への道のりは予定通りで良いと言っていたけど、今の調子だと予定より遅い様な。


単純に王都へと向かう事が目的でない以上、ある程度急いだ方が良い気がする。

そう思い素直にリィスさんに質問をしてみたが、返事は特に変わらなかった。

時間稼ぎはアロネスさんに任せておけば良いと言われ、変わらない日々を過ごしている。


「っぶね。ふう、ラスト一発なのに当たる所だった。よーしよし、大分良い感じだ」


とはいえ毎日毎日車の中に籠って訓練していれば、流石に多少の成長は見えて来た。

フェイントを織り交ぜた攻撃にも反応出来る様になって来たし、分体もきっちり維持出来てる。

段々最初に決めた攻撃数を、一発も貰わず終われる様になって来た。


「じゃあ、タロウさん、次は速度上げていくよー」

「よ、よしこい・・・!」


加減して貰ってだから、速度上げられるとまたボッコボコなんだけどね。

それでも最初よりは反応出来る様になって来た、と思う。

速度を上げた攻撃をボコボコ食らってはいるけど、そこそこ反応出来てるし。


まあ実戦だったらとっくに死んでるだろうけど。

シガルさんってば、容赦なく急所狙うんだもんなぁ。

ガードが間に合わなかった時は目茶苦茶痛い。


「ギ、ギブ・・・ちょ、ちょっと休憩させて・・・」

「はいはい、どうぞ~」


だいぶボコられて休憩をお願いすると、ご機嫌な様子で応えるシガル。

ここ数日彼女の機嫌が良い。理由は考えるまでも無いだろう。

何せ移動の間ずっと訓練している。つまりずっと一緒の車内に居られるからだ。


と思うのは流石に自惚れ過ぎかな。でも多分合ってると思うんだ。

まあニノリさんも一緒だから、二人っきりの時みたいな事はしてないけど。

流石にねぇ。いくら使用人扱いと言っても、目の前でそんな事出来ないよねぇ。


「タロウ様は凄いですね」


完全にくたばって転がっていると、ニノリさんが水を用意しながらそんな事を言って来た。

数日一緒だったおかげか、彼女の緊張は大分解れている。

流石に使用人と雇い主の線引きはしっかりしてるけど、よそよそしい空気は大分なくなった。


何かこういうのって、心理学的な物とかありそうだよな。

密室で長時間一緒だから、気安くなって来るみたいな。

まあ浅学な俺にはそんな知識は一切無いけども。


「凄いって何が?」

「淡々とその様な訓練を続けられる事がです。お辛くはありませんか?」

「あー・・・痛いのは勿論辛いけど、俺はそうしないといけないから」


彼女は明らかに戦闘能力は無い。そんな彼女からすれば凄い訓練に見えるんだろう。

確かに訓練は痛いし辛いし苦しいし、出来ればそんあ目には合いたくない。

うん、合いたくはない。俺は基本そういう目には合いたくないんだよ。


「辛い目に遭いたくないから、俺はこうやって訓練するんだ。きっとそれが、俺が生きていく為に必要な事だから。家族の為にも、俺はそう在るべきだと思ってる」


俺は弱い。勿論自分が今では強者の自覚はある。

けどそう言うのは措いておいて、やっぱり俺自身の体は弱いんだよ。

不意打ちを受けない訓練はしているけど、絶対に受けないとは限らない。

自分の体の貧弱さを自覚している以上、少しでも強くなれるならやる価値はある。


それに彼女には言えないけど、魔人関連の事も有る。俺はあいつらと戦わなきゃいけない。

特に今はその為に分体の訓練してる様なものだし、出来ないなんて弱音は吐いていられない。

そもそも俺は必ず生きて帰る必要が有る。なら俺にとって訓練は必要な日常だ。


「それに、強くならなきゃいけないんだ、俺は。そう、約束した人が居るから」


ミルカさんとの約束を、俺は果たさなきゃいけない。

あの人はまだ諦めていない。まだ戦う自分に戻る気でいる。

なら俺は何時かあの人に勝てる様に、勝つ為の技術を磨かなきゃいけない。


「・・・強いのですね、タロウ様は」


この場合の強いは、単純な強さを言ってる訳じゃないだろうな。

けど彼女は勘違いしている。俺は強くなんかない。むしろクソ程弱い。


「残念ながら君が使える主人は、強い人間じゃないよ。むしろ弱すぎて話にならないぐらいだ。俺は自分の抱えている物の何が欠けても、自分を保っていられる自信が無い」

「タロウ様が抱えておられる物、ですか?」

「さっきの言葉じゃ皆を守る為みたいに聞こえたかもしれないけど、皆は俺が守る必要が有る程弱くない。むしろ守られてるのは俺だよ。だから、余計に強くなりたいのさ」


イナイにも、シガルにも、多分クロトにも俺は守られてる。

だからその分を返したいし、心配はさせたくない。

俺は家族に依存してるし、師匠達の弟子である事にも依存してる。


帰る所が、帰れる所が在る。それが俺にとってどれだけ嬉しい事か。

俺を必要と思ってくれる人が居る。俺を愛してくれる人が居る。

俺を認めてくれた人達が居る。だから俺は立っていられる。


「俺は自分の為にここまで頑張れる人間じゃないよ。むしろただ生きる為だけなら逃げるね」

「・・・そう、ですか?」

「そうそう。基本的に痛い事も辛い事も本当は嫌いだから」


ニノリさんは俺の言葉を聞き、少し納得いかなそうではあるが反論はしなかった。

所でシガルさん、何ですかその「嘘つけコイツ」っていう視線は。

私本当に痛いのは嫌いですよ? でも訓練しないといけないから仕方ないじゃないですか。

それに本当に危険だったら逃げますって。一番大事なのは生き残る事ですし。


「まあタロウさんの戯言は措いておいて」

「戯言って酷くない?」

「私は守られなきゃ生きていけない人間である気は無いよ」

「無視しないでくれませんかシガルさん」

「煩い。いっつも無茶して心配かける人が何言ってるの」

「・・・すみません」


いやほら、それはまた、別の話でさ。

無茶しないといけないなーと、思う時だってある訳ですよ。

はい、すみません。怖いので睨まないで下さい。この通りです。


「ただ誰しもにそう在れ、なんて私は思わない。弱い事が悪いなんて、私は言いたくない。そこは誤解しないで欲しいし、勘違いもしないで欲しい。ただ私達はこうあるだけの事だから」

「・・・お気遣いありがとうございます、奥様」

「別に、タロウさんの気が回らないだけで、これぐらい普通ですよ」


気が回らなくて申し訳ありませんね。でも流石に今回は気が付いてましたよ。

彼女の緊張が解れるにつれ、何処か思いつめた表情を良く見る様になった。

訓練に集中して気が付かないと思っているのか、それとも無意識なのかは解らない。


ただおそらく彼女の中で、何か自問自重する様な事が在ったんだろう。

それこそ弱い自分を責めたくなる様な、自力で状況を打破出来ない自分を責める様な事を。

とはいえ俺達にその答えは与えられない。それは彼女が自分で決めるしかない事だ。


まあこうやって話せるようになった以上、出来る限り手を貸す気ではあるけど。

シガルもああ言ったって事は、そのつもりが有っての事だろうし。

弱い事を悪いとは言わない。弱い部分を手助けできる人間が傍に居るんだから。


「ん、速度が落ちたね」

「だねー。野営の時間には早いし、街に着いたのかな?」


さて休憩したし訓練の再開を、と思った所で車の速度が落ち始めた。

なのでこそっと窓のカーテンを捲ると、街らしき物が進行方向に見えた。

周囲にこの車の手段を避ける人達も居る辺り、どかして走らせてる感じか。


「うわぁー・・・やだなぁ、この感じ」

「まあお貴族様の車だからねぇ。みんな避けるよね、この国なら」


シガルの言葉に、それもそうかと納得してしまうのがちょっと嫌だ。

出来ればこれに俺が乗っている、と言う事を認識されたくないなぁ。

とは思う物の予定ではこの領地の領主に会いに行くはずだ。

となれば俺は護衛役だし、そうい訳にも行かないだろう。


「やっと移動も終わりか。何だかんだずっと移動って疲れるんだよなぁ」

「大人しく座ってたわけじゃないから、疲れるのは当たり前だと思うけど?」

「シガルさん、今日当たり強くない?」

「無茶を認めないどこぞの旦那様には丁度良いのではないでしょうか」

「・・・素直に謝ったじゃないですかー」

「知らないもん」


いかん、完全にご機嫌斜めだ。そんなに怒らなくても良いのに。


「今、そんなに怒らなくても、とか思ったでしょ」

「・・・ソンナコトハナイデスヨ?」

「そういうとこ! そうやって自分の体の事になると軽いから怒ってるの!! 無茶自体は諦めてるけど、心配してない訳じゃないんだからね!」

「・・・はい、すみません。本当にすみません」


それから暫く、車が完全に止まるまで説教が続いた。

うん、やっぱ俺弱いよね。立場が凄く。

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