第759話、使用人との付き合い方です!

ニノリさんの件は、結局落ち着くしかないところに落ち着いた。

この旅の道中では俺付きの使用人として扱われ、ウムルに帰ったらまた扱いを改めて考える。

なにせイナイに話を通していない以上、彼女を雇うかどうかの相談の必要が有るしね。

その事に関してはニノリさんも説明を受けているらしく、全て了承の上の様だ。


ただ俺は正直軽く見ていた部分だが、彼女にはもう後が無いとリィスさんが言っていた。

国元の貴族に逆らう形の決断をした事で、今の彼女の立ち位置はとても危ういそうだ。


本来は上手く使うつもりだった人間に反逆された。

この国の貴族はそう考えるし、ならばどんな事を彼女にするか解らない。

今の状況を作り上げたリンさんにではなく、ニノリさんへ悪意が向くのがこの国だと。


だからこの国に居る間だけは、きちんと使用人として使ってやって欲しい。

そう、リィスさんに頼まれてしまった。


「彼女は自分の行動の危うさを理解しておらず、考えの足りない行動だったのは確かです。ですが、あの時の彼女には、ああするしかなかった。それも事実なのです。どうか、お願いします」


ニノリさんの居ない所で、リィスさんはそう深々と頭を下げて頼んで来た。

縁も所縁もない彼女に対し、リィスさんが何を思って頭を下げたのかは解らない。

けれどそうする事でニノリさんの事を守れると言うなら、慣れないけど我慢しよう。


俺としても別に彼女を責めたい訳でも無し、この国に居る間だけなら何とかなると思うし。

そもそもアレだ。ウムルに来る事になった時点で、変な事はしなくていいんだからさ。

普通に雑務をやって貰えば、多分それで良いよね。

って言うか、そうじゃないとシガルが怖いし。


そんな感じに決定した後は、虎車に乗る人員の配置が替えられた。

あちらの車にはリンさん、リィスさん、ハクが乗っている。

こっちにはシガルと俺とニノリさん、という形だ。


どうやら元々シガルと俺は一緒の予定だったらしい。

ただ出発時にああなった事で、一旦リィスさんに彼女を任せた感じだったと。

正直に言うと、てっきり一人寂しく車に揺られるのかと思っていた。


「ごめんねー。少しぐらい二人っきりにしてあげようと思ったんだけどさー。ま、我慢してね」


リンさんはそんな風に言っていた。何を我慢しろと言う話だろうか。

多分それは俺よりも、シガルに言った方が良いと思いますよ。

彼女多分かなり我慢してるから。俺より彼女の方が絶対我慢してるから。

まあ俺も我慢していないと言えば大ウソになる訳ですが。


因みに今更な話だが、リンさんの乗る虎車には少々細工をしてある。

何せ普通にハクを乗せると虎が逃げるから、出発前に虎の意識を魔術で弄っていた。

可哀想ではあるけども、体に害が無い様にはしているので我慢してもらいたい。

まあ魔術を解いたら『長い夢を見ていた』みたいな感覚だし、虎も怖がらなくて済むし。


「じゃあ行くよ、タロウさん」

「ん、いつでも」


そして車の中では外から見えない様にカーテンを閉め、訓練をする俺とシガル。

いや、正確には俺の訓練にシガルが付き合ってくれている、って感じかな。

俺が分体を作り出し、シガルは威力を極限まで抑えた魔術を分体に放つ。

それを分体で受け止めて弾き、適度に本体に向けても攻撃が放たれる。


「あだぁ!」

「はい、25回目ー。同じ軌道だと流石にタロウさんも慣れて来るけど、そこからいきなり軌道を変えると、やっぱり対処出来てないね」

「いつつ・・・本体に来るか分体に来るか、って微妙なラインだと咄嗟に動けないんだよなぁ」


こんな感じで移動の間はずっと訓練を続けている。

分体の操作に集中すれば案外動けるけど、本体に攻撃が飛ぶと咄嗟に動けない。

勿論本気で危ない攻撃の場合は操作を諦めるけど、今は訓練なのだからそれじゃ意味が無い。

あくまで分体の操作は諦めず、その上での対処が出来なければいけないのだから。


「はい、タロウさん、次行くよー」

「ごめん、ちょっと休憩させて。頭痛い」

「あれ、そんなに強く当てたつもりなかったんだけど」

「いやごめん、単純に頭が疲れた。この魔術本当に疲れる」


自分の体と分体を同時に動かすのは、やっぱり中々うまく行かない。

そして上手く行かないと言う事は、常に集中して動く必要が有る訳だ。

自然な反射に任せられないというのは、かなり頭が疲れて来る。


浸透仙術も反射では使い切れない所がある、と思っていたけど違うんだよなぁ。

自分の体を動かす事だけに焦点を置けばいいし、今まで鍛えた体を動かすのは難しくない。

勿論気功仙術を学んで、体に流れる力の操作を反射で出来る域になってたからだけど。

あー、これ本当に、王都に着くまでに使える様になるのかなぁ。


「じゃあちょっと休憩にしようか。焦ったって仕方ないしね。ニノリさん、お水お願いします」

「はい、奥様」


シガルの指示を聞き、静に応えて水を用意するニノリさん。

分体の訓練を彼女に見せて良いのか悩んだが、リィスさんが構わないと言っていた。

むしろ後戻りが出来ない意識を深める為にも、隠している事を多少見せた方が良いと。


彼女はあの時半ば勢いで俺に仕える事を決めた。

それは後で冷静になれば、とてつもない不安が襲って来るはず。

だからこそリィスさんは先にその不安材料を突き付け、その後即座に俺に付けた。

こちら側の人間になったと認めなければ、見せない物を見せる事で安心させる為に。


彼女が判断を間違えれば、それは彼女自身の身を亡ぼす。

そうなれば確かに自業自得だろう。けれど立場の弱い彼女を責められるだろうか。

きっとリィスさんは俺がそう考える事はお見通しで、彼女の事を頼んで来たんだろうな。


勿論リスクはある。絶対に彼女が裏切らない保証はない。

だからこそリィスさんは先に危機感を突き付け、自分が崖に居る認識をさせたんだろう。

下手に下がれば落ちる。けれど前に進むにも道は細く、選択肢は少ない。


とは言え最終的には本人の判断に任せるしかない。俺に人心掌握なんて無理だ。

できれば、彼女が判断を間違えない事を、祈りたい。


「どうぞ、タロウ様、奥様」

「ありがとうございます」

「タロウさん」


何時もの調子で礼を言って受け取ると、シガルに注意を込めた声で飛ばれてしまった。

しまった、そうだった。少し時間が経つとうっかり忘れてしまう。


「あ、えーと、ありがとう、ニノリ」

「この程度で礼など、もったいないお言葉です」


静かに頭を下げる彼女を複雑な気持ちで見ながら、差し出された水を受け取る。

やっぱり慣れない。慣れないといけないのは解ってるけど、どうしても普段の言葉が出る。


彼女の事は使用人として扱うと決めた。

で有る以上、丁寧過ぎる扱いを彼女にする訳にはいかない。

ある程度主従がはっきり見える態度、という物が周りから見えないといけないらしい。

そんな訳でリィスさんの指示の元、最低限敬語や丁寧語は使わない様にしている。


「タロウは・・・えっと・・・ね。ほら、ぱっと見は普通だから」


そう、リンさんから気を遣う様に言われたのは、何だかちょっと悔しい。

でもあの人王妃様モードの時凄いんだよなぁ。あれ見てると文句が言えない。

敬語でも丁寧語でも、リンさんには有無を言わせないオーラみたいな物が在る。


その一番の例がセルエスさんだろう。あの人何時もニコニコしてるけど侮れないもん。

笑顔を崩さないままの威圧感と言うか、言い知れぬ危機感を感じるというか。

ああいう事が俺には出来ない以上、こうやって形だけでも主従を作るしかない。


「はぁ・・・」


色々なれない事だらけで、思わずため息が漏れる。

分体以外の新しい技の訓練もしたいんだけど、やる余裕あるかなぁ。

流石に思いついてのぶっつけ本番は怖い。けど先ずは分体を使いこなさないと。

今までの思い付きを考えたら、比較的安全で成功率高いとは思うんだけどね。


使えたら魔人を倒すのが、大分簡単になると思う。一番は体の負担が凄まじく軽くなる。

毎回毎回戦う度にボロ雑巾になるの、いい加減どうにかしたいんだよ、俺だって。

魔人がそれで倒せる相手なら、ってのと、初見殺しの一発技、って問題も有るけど。


ま、いざとなったらぶっつけでやるしかないか。

多分成功するだろ。やる事自体は今までの訓練の延長みたいな技だし。



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