第756話、後回しにしていた技術の訓練です!

準備運動をしながら、体の動きを確かめる。

いや、むしろきちんと動かせているか、という確認が今は本命だ。


頭のてっぺんから足の先まで、動かせる部位全てを意識して動かす。

イメージ通りに動かせている事を確認してから剣を抜き、青眼に構えて息を深く吐く。

吐ききったら今度は深く吸い、また深く吐いて呼吸の調子も確認を終える。


「準備は出来た?」

「お待たせしました、リンさん」


剣を肩に担ぎながら立つリンさんの問いに、集中したまま応える。

けれどリンさんは俺の返事を聞いても構えはせず、仁王立ちのまま動かない。


だからと言って隙が有るかといえば、打ち込める気がしないから困る。

一見隙だらけなんだけどなー。打ち込みに行きたいなーって思った瞬間怖いんだよなー。

ただまあリンさん相手の場合、それでもこちらから打ち込んだ方が良い理由があるけど。


けど今回は少々事情があり、初動は必ずリンさん側になっている。

だからそれに反応する為に、彼女の呼吸に合わせようとじっと見つめる。

一切目は離さず、集中も切らさず、けれどそれでも、彼女は余裕で上を行く。


「よっ」

「―――――!」


わざと声を出して切りかかって来るリンさんに対し、即座に反応出来なかった。

動く瞬間を見ていたはずなのに、視界に捉えていたはずなのに、初動への反応が遅れている。

彼女はこれが有るから怖い。ワグナさんとはまた種類の違う、動きの読めない攻撃。


師匠達が言うには「認識できない、認識し難い瞬間」とやらを意図して狙っているらしい。

だからわざと認識出来る攻撃と認識出来ない攻撃を混ぜ、受ける側を混乱させるんだ。

しかもリンさん本人は理屈など何にもなく、単純に感性でそれをやってのける。


これこそ、ウッブルネさんがウィネスの名を譲る、大きな理由の一つでもあるそうだ。


けれど一応加減をしてくれているおかげで、何とかギリギリ反応は出来る。

躱す事は難しそうだけど受けられると判断し、上段から振り下ろされる剣に合わせに行く。

真正面から受けたら当然潰されるので、なるべく衝撃を流す様に。


「っ!」


けれどリンさんの剣の軌道が変わり、接触する事なく剣が下に落ちていく。

フェイントに引っかかったと思った瞬間にはもう遅く、切り上げが胴に迫って来る。

不味いと思って柄尻で叩き落としを試みるも、間に合わずにあっけなく胴を両断された。


「――――――っ!?」


ぼとりと、地面に、俺の上半身が落ち、力の入らない下半身が倒れた。
















「いっつ・・・!」


そしてぶった切られた俺の体は消滅し、俺は切られた痛みに腹を抑えている。

痛い。めっちゃ痛い。マジで痛過ぎるんですけど。

あー。ぶった切られた感触が腹に残ってる。違和感あってすっげえ気持ち悪い。


「おーい、タロウ、だいじょぶかーい? まだいけるー?」

「だ、大丈夫です。い、いけます」


腹を抑えながらリンさんに応え、俺が消滅した所に目を向ける。

さっきまでリンさんと戦っていたのは俺であって俺じゃない。

あれはイナイの作るイーナと同じ物。竜の魔術で作った分体だ。


ただし俺が不器用なのか何なのか、感覚共有した物しか作れないんだよ。

なので今みたいにぶった切られると普通に痛い。めっちゃ痛い。

まあ既に何回か切られているおかげで、段々慣れては来ているんだけどさ。


「やっぱりタロウ本人より反応が鈍いね。とっさの動きに違和感がある気がする」

「あー、それは何となく自覚してます」


一応普通に動かす分にはイメージ通りに動くんだけど、戦闘となると上手く動かない。

普段なら反射で動ける所も意識してから動かしているせいか、どうしてもラグを感じる。

感覚共有してるのにラグ有るってなんでよ、って自分で突っ込んじゃったぐらいだ。

それでも魔力で作り出した存在だからなのか、何故か本体よりも性能高いんだけど。


普通の強化魔術を使っている程度、って所だろうか。

でなかったら、さっきのリンさんの初撃を受けに行く事すら無理だったと思う。

まあ結局ぶった切られたんだけど。とっさの動きが鈍いからフェイントに弱すぎるなぁ。


「どうやらタロウ様は、あの体での戦闘は難しい様ですね」

「あー、今のままだと無理そうですね・・・」


リィスさんの問いかけに応え、ふぅと息を吐いてもう一度分体を作り直す。

ただし作り慣れていないせいで、結構時間かかるんだよなぁ。

数日前までハリボテしか作れなかった事を考えれば、かなり進歩したんだけどさ。

動かそうとすると消滅しやがんの。アレは参った。


「無理に戦闘出来る必要は無いのですよ。元々タロウ様を戦闘要員として数えてはいませんし。いざという時に貴方が動ける状況が作れれば、それで良いのですから」

「まあ、それは解っているんですけどね・・・」


何故こんな事をやっているかと言えば、リィスさんの発言から察する事が出来るだろうか。

要は魔人対策だ。いざという時に俺が自由に動ける為の練習をさせられている。

先日リィスさんにそういう相談をされ、ハクとシガルの訓練の元ここまで出来る様になった。

いや、この魔術に有用性感じてなかったから、使える様になるの結構大変だったよ・・・。


因みに彼女は「イーナ」の正体を知っているらしい。

なので俺が同じ事が出来るなら、いざという時に遺跡に向かえると踏んだ訳だ。

あくまで俺が公の場に居る状態で遺跡に向かう、という事が出来ると良いらしい。


勿論こんな事が出来るとばれては元も子もない為、練習は人目のない屋内でしかやってない。

今はシガルが見張りをしてくれているから、うっかりみられるなんて事も無いだろう。

まあ一度調べに来たっぽい兵士を叩き出したから、それ以降誰も来ないけど。


あ、叩き出したのはリィスさんです。その後彼がどうなったかは知りません。

怖くて聞く気も有りません。このひと本当に怖いイメージがこびり付いてしまったよ。


「でも本当に大丈夫なんですか。いくら俺が一緒に居るとはいっても、ウムルが何かやったっていう事はばれちゃうでしょう」

「勿論その辺りは考えております。アロネス様からも連絡を頂いておりますから、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」


俺の疑問にニッコリ笑って応えるリィスさん。

まあ、あのアロネスさんに話が通っている、と言う事ならきっと大丈夫なんだろう。

その辺りは信頼している。あの人なら大丈夫だ、っていう変な安心が有る。


まあそのやり方が良い事とは思えないのがあの人なんだけど。

絶対腹の立つやり方考えてるんだろうなぁ。普通に何も問題ないやり方じゃないぞ、確実に。

まあそれでも構わない。むしろその方が俺も良い。だってムカついてるんだから。


俺がこれだけ苛立っているなら、アロネスさんが内心切れてない訳が無い。

たとえ自分が汚名を被ろうと、リガラットで子供の命を優先したあの人が。

やり方は褒められない物だったけど、あの人は誰よりも子供を優先して動いていたんだ。

そんな人が、この国に対して、優しい対応なんてする訳が無い。


「ですので、もう今の完成度でも十分なんですよ? 無理して魔術で作り出した体を戦える様にせずとも、タロウ様ご本人が戦えれば問題は有りませんし」

「あー・・・いや、実は俺、本体と分体同時に動かせないんですよ、まだ」

「・・・え?」


うん、まあ、そういう反応される気がした。だってハクとイナイは普通に動かせるもんね。

でも俺は出来ないんだよ。体を二つ同時に動かしている様な感じが凄く難しいの。


いや、まだ体を動かす分には良い。ギリギリ何とかなる。

でも会話してると絶対上手く動かせないんですよ。

糸の絡まった操り人形みたいになって、明らか異常にしか見えない。


という訳で今出来上がった分体を会話しながら動かし、その酷さを見て貰った。

いや本当に酷い。千鳥足の方がよっぽどマシなぐらいグネグネしてる。

しかも痛覚は共有してるから、変な動きした時が痛いんだよなぁ。


だからってハリボテ状態だと動かせないし、結局まだちゃんと使えているとは言い難い。

むしろ何でイナイもハクも普通に動かせるの? おかしくない? 脳どうなってんの?

イナイに限っては確か大量に作って動かしてたよね。あれ絶対おかしいって。


「・・・これは、少々、困りますね。流石に普通に動いて頂けないと」

「そうなんですよ。だから同時に動く練習もしてるんですけど、出来れば戦闘を分体に向かわせられれば、その問題も解決出来るかなと。現状どっちも怪しいですけど」

「・・・成程、解りました。王都まで辿り着くにはまだまだ時間があります。移動も今後は護衛が付くので、タロウ様は王妃様を車内で護衛、という建前で鍛錬を続けて頂きましょう」

「解りました。何とかどっちかは出来る様に頑張ります」

「いえ、もし無理だとしても、致し方ありません。出来れば喜ばしいですが、無理だったとしても気に病まれないで下さい。元々出来ればお願いしたい、という話でしたので」

「あ、はい、ありがとうございます」


優しい笑顔でフォローしてくれる彼女に、結構安心している自分を自覚する。

思ったより「出来る様にならなきゃ」と焦っていた様だ。

リィスさんは基本的には気配り上手で優しいんだよなぁ。今までもそうだったし。


とはいえやっぱり出来るに越した事は無いし、ぎりぎりまで頑張ってみよう。

しっかし使えば使う程、イナイさんの脳みそどうなってんのか不思議だ。めっちゃ混乱する。

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