第755話本命と囮です!

食堂での食事を終え、ガラガラとワゴンを押してリンさんの居る部屋に向かう。

乗っているのは勿論俺が作った物だ。

ただし押してるのは使用人さんで、この仕事を取ったら悪そうなので任せている。

俺はその後ろをポテポテと付いて行き、今日はどうするのかなーと考えていた。


探知で探ってみた所、昨日の連中はもうこの街には居ない。

どうやら俺が寝ている間に出発して行った様だ。

シガルさんの予想が大当たりか。人ごみに紛れて出て行ったんだろうな。


という事は早ければ今日にでも王都へ向けて出発、になるのかな。

領主が落ちたという件はリィスさんから聞いているし、彼女が言う以上問題無いだろう。

となれば何時までもここに居る理由は無いもんね。特に別の理由も聞いてないし。


まあ俺が聞いていないだけで、他の理由とか有りそうではあるけどさ。

だってほら、この国の人間味方に引き込むのが今回の目的でもあった訳でしょ。

ってなると領主一人引き抜いただけで終わるのかなー? とか思うんですよ。


この領地はこの国からすれば国の端っこの方だ。

となれば王都までの道のりに、まだ幾つもの領地が存在している。

道中それらの領主達を引き入れるつもりだとすれば、道程はのんびりしたものになるだろう。


イナイに会えるのが遠のくなー、何て考えはリンさん達に失礼か。

でも実際ちょっとそう思っちゃうんだよねぇ。

シガルに長期間会えなかった時もそうだったけど、会えないと会いたくなるというか。


何て考えていると部屋の前に到着し、使用人さんがコンコンとノックをする。

扉が開かれリィスさんが応対し、俺だけ中に入る様に言われて俺も彼女も素直に従った。


「お疲れ様です、タロウさん。使用人の懐柔は上手く行った様ですね」

「えぇ、懐柔って・・・別にそんなつもりはなかったんですけど」


実際使用人さんからの警戒は、多少薄れた様な気はする。

台所での食事も最終的には何だかんだ和やかに出来たし、割と悪くない結果だったと思う。

ただ別に懐柔とか、そういうつもりはなかったんだけどなぁ。


「いえいえ、ご謙遜なさらず。確実に掌握する為に、使用人達の意識から変えていく。私共とは違い、威圧感の一切無いタロウ様だからこそ難なく出来る事でございましょう」

「・・・それ、褒めてます?」

「ええ勿論」


本当かなぁ。この人が綺麗な言葉使う時って、悪だくみしてる時の様に感じてしまう。

良く考えたら短い付き合いなのに、最初に会ってからの印象が全然違うの凄いな。

変わってないのはリンさんが大好きなんだって所だけか。


なんて事を想っていると、シガルが俺の前に腰を曲げて顔を覗き込む動きをして来た。

思わず仰け反ると、彼女はじとーっとした目を俺に向けてくる。


「・・・朝はお楽しみだった?」

「待ってシガル、誤解だ。俺寝てただけだって。何もしてないって」

「ふーん?」

「いや待ってほんとにしてないって! 俺がそんな事する訳ないじゃん!?」


誤解を解こうとワタワタする俺に対し、シガルはまだ半目で見つめる。

けれど途中でプッと吹き出し、クスクスと笑い始めた。


「ごめんごめん。そんなに焦ると思わなかった。わかってますよー。じょ-だんです」

「・・・揶揄った?」

「だって、何事も無かったとはいえ、あたしは一緒に寝れなかったのに、他の女性がタロウさんの寝てる傍にずっといたんでしょ? ちょーっと気に食わないなー、って。ごめんね?」

「はぁ・・・驚かせないでくれよ」


心臓に悪いから止めて欲しい。本気で怒ってるのかと思ったじゃん。


「タロウ、話が纏まったなら早く早く。お腹空いたー」

「・・・アレが煩いので先に食事にしましょうか」


昨日に続きリィスさんの言い方がアレ呼びになってる。

まあ今のリンさん王妃様って言うには行儀悪いしそうなるか。

部屋にあるテーブルにパンパン両手で叩いて催促する王妃様ってどうよ。


『タロウ、私の分も有るよな!』

「あるけど今日はそんなに大量に作ってないからな。皆の分残せよー」

『解った!』


嬉しそうに席に着くハクの解ったは信用できない。

シガルに目で合図して、監督をお願いしておく。


「タロウさんが作った料理であれば、毒物の心配がなくて楽ですね」


シガルがハクの隣に座ったあたりで、リィスさんのそんな呟きが耳に入った。


「ああ、リンさんが俺に頼んだのってそういう理由もあったんですね」

「いえ、王妃様はただ単に自分が食べたかっただけだと思われます」

「・・・そうすか」


何だかなぁ。そしてリンさんは既に食べてるし。

まあハクも料理を並べた時点で手を出したから別に良いけど。


「ならこの食事は、ただ食べたかっただけ、って事で良いんですかね・・・」


てっきり打ち合わせか何かの為の呼び出しだと思ってたんだけどな。

そう思って少し項垂れていると、リンさんが首を横に振った。


「いやいや、ちょっと面倒な事になっちゃって、今後の相談もしたかったのも有ったんだよ」

「面倒な事? リンさん何かやらかしたんですか?」

「してないよ! 何であたしが何かやった前提なのさ! ここまでもちゃんとしてたじゃん!」

「・・・リンさん、リィスさんに顔を向けてもう一度どうぞ」

「・・・し、してたよねー?」


一気に自信なさげになったな。

振られたリィスさんは半眼で見ていたが、ふっと笑って俺に顔を向ける。


「タロウさん、王妃様は色々と難は有りますが、仕事はこなしております。現状問題となる事は何もしておりませんよ」

「ほらー。ほらほらー。タロウ失礼だよねー? ねー、ハクちゃん」

『そうだぞ、タロウ失礼だぞ。もぐもぐ』


いや、お前絶対話聞いてなかっただろ。返事が適当過ぎる。


「まあだからと言って褒められるかといえば別の話ですが」

「リ、リィス~」


あげて落としたよこの人。

リンさんはリィスさんの肩を掴んで揺らすも、ぺしっと叩かれて手を振り払われた。

いや、今のぺしっじゃなかったな。ベシィ! って感じだった。いい音したなぁ。


「いったぁ! ねえ酷くない!? それは酷くない!?」

「すみません、ウザかったので」

「全然謝る気ないよね!?」


そうやって暫く騒ぎながら食事し、食後にリィスさんの淹れてくれたお茶を飲む。

因みに防音はかけているのでこの惨状を聞かれる事は無い。

扉の向こうに使用人さんや警備の兵士が立ってるからね。聞かせられないでしょ、こんなん。


「はぁ・・・美味しかったぁ」

「それはありがとうございます。で、さっきの話の続きは無しですか?」

「ああ、ごめんごめん。中途半端になっちゃってたね」


リンさんはお茶を飲み干してカップを置くと、それまでのふざけた様子が消えた。

その雰囲気に俺も釣られ、背筋を伸ばして言葉を待つ。


「さっき国から連絡が来てね。どうやらアロネスがこっちに向かってるらしいんだ」

「アロネスさんが、ですか」


それはそれは。何ともご愁傷さまと言わざるを得ない。

勿論アロネスさんにではなく、この国に対してだけど。

だってあのアロネスさんが来るんだぜ。絶対性格悪い事するに決まってるって。


「ならアロネスさんが来るまでここで待機、って事でしょうか」

「ううん、あいつとは別行動。あたし達は当初の予定通りゆっくり王都を目指すよ。あいつは直接王都に、最速の最短距離で向かうだろうけど」

「あ、そうなんですか」


合流しないんだ。合流した方がやり易そうなのに。

別行動に意味がある、って事なのかな。


「それもこれも、どうやらこの国で遺跡が見つかったみたいでさ。私達が来る前にある程度の調査と、ウムルの干渉を止めろ、ってお手紙が届いてたらしいんだ」

「え、遺跡って、あの遺跡の事ですよね?」

「そう、あの遺跡。ただこの国はウムルが遺跡を探しているのは知っていても、なぜ探しているかまでは知らない。だから交換条件に使える、と思ったんだろうねぇ・・・」


成程。遺跡の危険を知らず、でもウムルが遺跡に興味が有る事は知っている。

ならこの遺跡に手を出したかったら、内に関わるのは止めろと、そういう交換条件か。

でもそれって・・・。


「成立しない、ですよね、それ」

「そうだね」


ウムルが遺跡を探すのは、中に居る魔人達が危険だからだ。

出来れば先制して魔人を倒し、危険を取り払っておきたい。

ただそれは、国益を損ねてまでやる事ではない、というのがウムルのスタンスだ。


ブルベさんが一番大事なのは国民。なら他国を救う為に自国民に負担を与える気は無い。

だからこそ帝国の時だって、俺達は動ける時まで待ったのだから。


態々自ら滅ぶと宣言している国に、助けの手を差し伸べるお人好しではない。

何よりこの国はウムルに喧嘩を売った。そんな国との交渉に素直に従う意味は無いだろう。

この交渉は最初からお互いの認識に齟齬が有り、交渉の余地は一切ない、はずなんだけど。


「アロネスさんが王都に向かったのって、その交渉の対応、って事ですよね」

「正解。しかも交渉のテーブルに着くフリをしての引き延ばしだね。実際は一切聞く気は無いし、聞いてあげる義理も無い交渉だもん。でもまあ、ある意味好都合とも言えるのかな?」

「好都合ですか?」

「だって、遺跡はウムルと交渉を進めるに有利、って向こうは思ってる訳で、そこに連れ出されたのがあの錬金術師様でしょ。あたしより交渉相手としての重要度は高い、と思うだろうね。そうなったら私への目が緩む。実際は私が本命なのにね」


ああ、つまりはこのまま勘違いを正さず、リンさんは予定通りに動く。

ただしアロネスさんが目を引き付けてくれてるから、予定よりも楽になるかもしれないと。

しかし何だろう。一つ凄い違和感がある。


「まるで自分がそう考えた様な語り、流石です王妃様」

「リィスぅ、タロウには言わなきゃ解んないのに何でいうかなぁ」

「仲間内で偽りの情報は不和の原因となります。伏せる必要が無い情報であれば尚更です」

「うぅ、良いじゃん、偶には頭良さそうな事言ったって!」

「その発言が物凄く頭が悪そうなのですが」

「うっさい!」


ああ、うん、やっぱそうよね。何かおかしいと思ったんだよ。

この領地に来るまで、領主を引き入れる必要が有る、なんて事も考えてなかった人だぜ。

それがアロネスさんの動きからの自分の有利な動きまで考えてるとか、ちょっと不自然過ぎる。


「えーと、取り敢えず俺達は、やっぱり予定通りに動く、って事で良いんでしょうか」

「ええ、そうですね。ですがタロウさんには、一つ新しい仕事をお願いできればと」

「新しい仕事、ですか?」


え、何だろう。ここに来て改めて新しい仕事とか、ちょっと緊張する。

態々こう言われるって事は、多分大事な事なんだろう。

ただリィスさんが言って来るって事が不安だ。俺に出来る事だと良いなぁ・・・。

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