第754話、少し我儘を通します!

「・・・?」


意識が目覚めるのと同時に探知魔術を広げていく。

寝起きに一気に広げると雑になる時が有るから、頭を起こすついでにゆっくりと。

ただその最中に凄まじく近距離に知らない人が居るのを感知し、少し疑問を覚えた。


「・・・えーと」


敵意の類は感じなかったので、特に警戒せず体を起こす。

そもそもそんな気配を感じていたら、こんなにのんびり寝れていないだろう。

探知無しで気配を全て感じ取るような真似は出来ないけど、流石に襲われたら解るし。


視線を向けると見覚えの有る女性がピシッと立っており、表情からは緊張が伺える。

ただ覚えはある物の誰か解らない。この人誰だっけ。


「ああ、そうか」


寝る前の事を思い出し、思わず眉間に皺を寄せ寄せそうになるのを我慢する。

この人はあくまで命令されてここに居るだけだろう。

となれば俺が不機嫌そうな様子を見せれば、きっとこの人に不利になると思うし。

悪いのはこの人じゃない。うん、我慢、我慢だ。


それにしてもこの人、さっきから全く動かない。

両手を腰の辺りで軽く組んで、背筋を伸ばす姿はとても綺麗だ。

出来の良いマネキンかと一瞬錯覚しそうになるレベルかも。

石像の真似をするパントマイム的な物を感じる。


・・・これはもしかして、俺から話しかけるべきなのかな。


「えっと、おはようございます」

「お、おはようございます」


彼女は俺が口を開くと一瞬ビクッと小さく動き、慌てて俺に挨拶を返した。

まるでそんな風に声を掛けられると思ってなかった、という雰囲気を感じる。

その真意は解らないので掘り下げず、取り敢えずベッドから降りた。


「えっと・・・今って何時ぐらいですかね」

「昼を回った頃かと」


なら寝ていたのは大体6時間ぐらいかな。

徹夜分の睡眠はある程度取れたけど、疲れがきっちり取れた感じはしない。

隣にシガルかハクが居るなら兎も角、一人だったから体が警戒していたんだろう。


正直ここはもう敵地としか思えない俺が居るんだよな。

ここの貴族は信用出来ない。少なくともここの領主は。


「寝てる間、誰か来たりしました?」

「いいえ、どなたも来られませんでした」


ならどうしようかな。誰か来るまで大人しくしておいた方が良いんだろうか。

それとも起きたなら挨拶しに行った方が良いのかな。

こういう時一人だと凄く困る。シガルさーん。隣に居てー。助けて―。


なんて情けない事を言っていても仕方ない。

まあ良いや、取り敢えずリンさんの所に顔を出しに行こう。

そう思いたった所で女性を見て、ふと気が付いた事が有った。

あれ、この人俺が寝る前から一歩も動いて無くね?


「あ、あのぉ」

「は、はい、何でしょうか」

「もしかして俺が寝てる間、ずっとそこに立ってたりします?」

「はい。お眠りの邪魔にならぬ様、一切動いておりません」


あー、成程、昨日のアレをそういう風に受け取ったのか。

別に部屋にある椅子にでも座ってのんびりしててくれて良かったんだけどなぁ。

いや無理か。あの怯え様だったわけだし、邪魔したらどうなるか解らないと思ってたかも。


「すみません、眠くて色々気が回らなくて。その、もう楽にして下さって結構ですから」

「え、い、いえ、職務ですから。どうかお気になさらず」


怯える様な内容を職務って言っちゃう辺りが、更にイラっと来るなぁ。

俺が恵まれてるとも言えるのは解ってるけどさ。俺が落ちた所がこの国だったら最悪だったな。

ウムルかリガラット以外の国では、ろくな目にあう気がしねぇ。ビャビャさん元気かなぁ。


「・・・もし俺が夜まで起きなかったら、ずっとそのままだったんですか?」

「はい」


マジかぁ。いやちょっとまて、朝からずっとこの状態だったんだよな、この人。


「あのー、食事とか、とりました?」

「いいえ。タロウ様のお世話をする様に、と命じられていますので」


なにそのクソみたいな労働環境。朝食も昼食も抜きですか。

いやまあ世の中には食事に頓着せず、一日一食の人とかも居るけどさ。


「・・・そうですか」


んー、なら仕方ない。リンさん所に行くのは後だ後。まず食事にしよう。


「厨房は何処ですか?」

「ちゅ、厨房ですか?」

「はい、案内をお願いしても構いませんか?」

「は、はい」


使用人さんの案内に後ろから付いて行き、屋敷の中を歩く。

道中何人か警備の人間と使用人達に会ったが、皆一様に目を合わせなかった。

やっぱりこれってそういう礼儀的な物なのかな。彼女も視線を合わせないし。


「こちらが厨房になります」


案内された厨房には料理人らしき男性が数人と、使用人らしき人達が数人。

皆俺の存在に気が付くと、ここまでに来た人と同じ様に目を伏せて頭を下げた。

厨房内のテーブルに食べかけの料理が有る辺り、食事休憩の邪魔をしてしまったかもしれない。

ごめんよ。でももうちょっと邪魔する事になると思う。本当にごめんよ。


「えっと、その、申し訳ないんですが、厨房を少し使わせて頂いて宜しいですか?」

「え!? タ、タロウ様にそんな事をさせては、旦那様に叱られてしまいます。食べたい物が有るのでしたら、何なりと御命令下さい」


俺の言葉に使用人さんが慌ててそう言うと、料理人さんもコクコクと慌てて頷く。

どちらも目を合わせずとうのが、何かちょっとおかしくなって来た。

いや、彼らの立場を考えれば、俺が目茶苦茶迷惑な事してるのは解ってんだけどさ。


「領主様には、俺の我儘で使わせて頂いたと伝えます。あなた方に叱責がいかない様に、リ・・・王妃様にもお伝えします。どうかお願いします」

「あ、頭をお上げ下さい! 解りました、解りましたから!」


頭を下げると男性が大慌てて了承し、心の中で再度謝りながら厨房を使わせて貰う。

厨房はウムルの様な便利な物ではなく、薪や炭を使う窯だ。

とはいえこの手の厨房もこれまで何度か使ってるし、特に問題は無い。

そもそも俺には魔術が有る。最悪魔術で火を起こせばそれで作れる。


「さって、やりますかね」


材料は屋敷にある物を分けて貰い、材料から作る物を決める。

まあ肉も野菜も魚もキノコ類も有るし、作ろうと思えば大体作れそうだけど。

問題は調味料か。あんまり良い物は置いてないな、ここ。


手持ちの調味料を使おうかと少し思ったけど、結局使う事はしなかった。

いやほら、後々を考えると面倒かなって思ってさ。

家主より良いもの食うなとか、イチャモン付けてきそうじゃん。勝手なイメージだけど。


「ん、こんなもんかな」


出来た料理の味見をしつつ、出来る限り美味しくなる様に微調整をしていく。

因みに最初こそ不安そうに見られていたけど、暫くしてその気配もなくなった。

こちとらイナイさん仕込みだぜ。みんなのお母さんの弟子として、下手な料理は出さねえよ?


「・・・んん?」

「ど、どうかされましたか?」

「あ、いえ、何でもないです」


疑問の声を上げてしまっただけで慌てる使用人さん達。

本当に迂闊な事出来ないな。俺みたいな一般人にはとても辛い。

何に疑問を持ったかといえば、こちらにリンさん達が近づいて来ているからだ。

なんで皆が厨房に? いや考えても解らん。とりあえず仕上げよう。


「うっし、出来た」


あまり時間をかけたくなかったので、簡単なスープと野菜炒めでしかないけど。

あ、パンも有るよ。焼いたわけじゃなくて元から置いてあった物です。

硬いパンだけど、スープに浸しながらなら食べられるだろう。


「タロウ、ここに居たのですね」


という所でリンさん達が厨房に現れた。全員勢ぞろいである。

使用人さん達の慌て様は、俺が現れた時の比ではない。

下手をすれば殺されると言わんばかりの緊張感だ。


「リ・・・王妃様、おはようございます」

「ええ、おはよう、タロウ。お寝坊ですね」


王女様スマイルで笑うリンさん。

なんか最近この笑顔を見ると、若干笑いそうになるのは何故だろう。本性を知ってるせいか。

後寝たのが朝方なんだから、起きたのが今頃なのはまだマシだと思う。


「それで、起きて早々にタロウは厨房で何を?」

「お世話になった彼女に食事を、と思いまして。自分でも食べますけど」


使用人の女性に目を向けて応えると、彼女は目を見開いて驚いていた。

まあ自分の為とは思ってなかっただろうねぇ。だが残念だな、絶対に食わせてやる。


「あらあらそれは。タロウの料理はとても美味しいですから、私も一緒に頂こうかしら」

「王妃様」

「・・・侍女に叱られてしまいました。残念です」


今の本気だったな。リィスさんに止められなかったら絶対席についてた。

リンさんは本気で残念がっているが、使用人さん達はホッとした空気が見て取れた。

まあ普通は王妃様と一緒に、しかも厨房でとか緊張する気はする。


「タロウ、私の分も後で作って、持って来て下さい。食事を終えてからで構いません」

「あ、はい、解りました」


用件が有るから後で来い、って事だよな。

それに多分、リンさんが俺に調理を命じた事で、俺がここに居る理由が出来たんじゃないかな。

これで使用人さん達が何か言われるような事態は無いと思う。

ただそれで礼を言うのも変だし、心の中で礼を告げておく。後でちゃんと言うけど。


『私の分もちゃんと作るんだぞー』


去って行くリンさんの後を付いて行くハクは、俺の返事無視で言いたいだけ言って行った。

お前だけは本当に何時でもどこでも平常運転だな。

シガルはニコッと笑いかけてくれた。若干怖い雰囲気が有った事は無視する。

彼女の事勘違いされてないよね。俺本当に何もしてないからね!?


「と、取り敢えず、食べましょうか。その、皆さんもどうぞ」

「え、で、ですが・・・」

「せっかく作ったんで、食べて欲しいんです。食べて下さい。そういう指示という事で」

「は、はい、解りました」


王妃様襲来の混乱から回復する前に、畳みかける様に告げて食事を食べさせた。

まあ正直俺もお腹空いてたんだよね。だからあながち我儘で間違いない。

尚料理人の方にお世辞だとは思うがお褒めの事を頂きました。やったぜ。

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