第752話、俺はただ寝たいだけです!
「あっはっは、ひっどい顔!」
仮眠も出来ずに徹夜で警備を終えた翌朝、われらが王妃様の第一声がこれである。
「・・・よし解りました。帰ったらイナイに言いつけます」
「あ、それは狡い! やるならタロウが自分で仕返ししてよ!」
「出来ないから言いつけるんですよ!」
大体俺が自力で仕返しするとして、リンさん絶対俺の攻撃当たる気ないじゃん。
清々しいぐらい格好悪いのは自覚しているが、これぐらいの仕返しは許されるだろう。
つーか割と真面目に腹立ったし。こっちは眠たくて色々我慢がきかないぞ。
「待って待って、イナイに怒られるのはやだぁ~~」
「なんで怒られるって解ってるのにやるんですか・・・」
そういえばリンさん、イナイのげんこつは基本避けなかったっけ。
アロネスさんもほぼ避けずに受ける事多いし、セルエスさんですら甘んじてたな。
まあセルエスさんは他の人と違って、コツンと可愛くだったけど。
そうなるとお怒りの一撃は流石に避けたいんだろう。かなり痛いし。
因みに綺麗なリバーブローを入れられるのは俺とアロネスさんだけだぜ! めっちゃ痛い!
拳がさ、ほんと小さいんだよ。力が一点に集約されてる感じがすっごくいてえの。
「いやー・・・タロウだし?」
「よし、絶対言いつけます」
「ごめん、ごめんって!」
俺だからってなんだよ。もういい、俺は流石に寝かせて貰いますよ。
因みにシガルは昨夜落ち着いた後室内に戻り、仮眠しつつ野盗達を見張っている。
とはいえ連中も薬でぐっすりだったし、見張りなんてさして要らなかったんだけどね。
王妃様の警備はハクさんです。ええ、警備ですよ。
ベッドの上で丸まってる子竜はきっと気のせいですよ。
さぼって寝てるなんてそんな、眠いせいで幻覚が見えてるんだ。うん。そっち見ない。
あ、因みに部屋は別の部屋です。だって壁ぶち抜いちゃったし。
「タロウさん、お疲れ様でした。アレの事は放置しておいて良いので今日はお休み下さい」
「・・・ねえリィス、アレは酷くない?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてアレは放置します」
「ちょっと!? タロウまでアレ呼びはなくない!?」
リンさんの不満そうな顔を見て、リィスさんと俺の口の端が上がっている。
俺のこの人達相手だと怒りが続かねえなぁ。もうこれですっきりしてる。単純だ。
「むぅぅ・・・まあ冗談はこのぐらいにしておきますか。お疲れ様、タロウ。話は纏まったけど急いで出発とかはしないから、ゆっくり休んでちょーだいな」
「最初からそう言ってくださいよ」
「ぶーぶー、あたしだって色々あって疲れてたんだもーん。ちょーっとぐらいふざけたって良いじゃーん。堅苦しいのつまんなーい」
「はぁ・・・本当に、リンさんはリンさんだなぁ」
まあ実際俺とは違う苦労をしてたんだろうし、その言葉は嘘じゃないんだろうけどさ。
その点を考えると、あんまりリンさんを責めるのも良くないのかね。
王妃様には王妃様の苦労がございましょうや。全然そんな風に見えないのが困るけど。
「お、褒めてる?」
「全く褒めてませんよ」
そうは言いつつも、笑っている自分を自覚する。
全く叶わないな、この人には。気が付いたら笑顔にされてる気がする。
言う事やる事色々雑で空気読まない事も多いけど、肝心な所は抑えるんだもんなぁ。
「あー、一応確認しておきたいんですけど、出発しない理由って、アレも原因ですか?」
当然夜通し動向を探っていた連中の報告は既に済ませている。
朝になれば動くかと思っていたけど、街が動き出した今もまだ動く気配がない。
動いて欲しいと言っていたし、なら動くまで待つんじゃないだろうか。
「それだけ、という訳ではありませんが、理由の一つではあります。出来れば昨日の内に動いて欲しかったのですが、中々慎重ですね。とりあえずタロウさんのおかげで一切の苦労無く補足出来ましたし、後は他の者に任せてゆっくり休んで下さい」
「他の者って言うと・・・」
多分ウムルの諜報員の事だろう。
日の出前のまだ暗い早朝に、俺に接触して来た人が居たし。
丁度その人が来るタイミングに、リィスさんもやって来たから助かったんだよな。
だってほら、俺じゃ本物か偽物か解んないし、それっぽい事言われて騙されそうだもん。
多分偶然じゃなくて、事前連絡が有っての予定通りだったんだろうなぁ。
その際に位置も人数も報告済みで、今は彼の仲間が見はっている様だ。
まーこっちは流石というか何というか、ぶっちゃけ何処にいるのか解んない。
近距離、せめて目の届く距離なら兎も角、流石に距離があると発見は厳しいみたいだ。
実際昨日も近づいて来るまで気が付けなかったし、割と本気で暗殺部隊作れるレベルだよな。
勿論俺がそこまで本気で彼らを探してない、っていうのも無い訳じゃないけど。
「ご想像の通りかと」
「成程、じゃあ何も気にせず寝させてもらいます」
彼らに任せておけば、そうそう問題は起こらないだろう。何せ専門職な訳だし。
「はい、お休みください」
「お休みー、タロウ」
「おやすみなさい」
二人にぺこりと頭を下げて部屋を出ると、部屋の前に使用人の女性が立っていた。
目を伏せたまま少し頭を下げ、頭を上げても視線は合わせない。そういう礼儀なんだろう。
屋敷の住人達は大半が目を覚ましている。彼女もその内の一人だ。
警備の兵達もいくらかは目覚めているので、屋敷の警備を交代という感じですな。
「では、お部屋にご案内致します」
「よろしくお願いします」
リンさん達が泊まる部屋は複数人が寝れるが、俺がそこで寝る訳にはいかない。男だし。
という訳で領主の指示で使用人が一人付けられ、屋敷に居る間はこの人に世話をされる事に。
部屋の用意もこの方がやってくれたんですって。普段使ってない部屋らしいですよ。
「・・・」
ただ何かなー。気のせいかナー? 若干震えてる気がするんですよねぇ。
いやこれ気のせいじゃないだろ。絶対なんかあるだろ。体が強張り過ぎだよ。
そう思いつつも指摘して良い物か悩み、その間にあてがわれた部屋に到着。
「どうぞ」
「あ、はい、どうも」
彼女が扉を開けてまた頭を下げたので、若干気まずい気分になりながら応えて入る。
まーた貴族仕様ですわ。部屋が一人用にしてはクソ広いんだよなぁ。
良いか。今はもう眠たいし、そこまで気にならずに寝れるだろう。
そう思いふらふらとベッドに近づくと、パタンと扉が閉まった音が耳に入る。
使用人さんが閉めてくれた事は解っているけど、おかしいなと思い後ろを振り向く。
彼女は部屋の中に居て、まるで指示を待つようにじっと立っていた。
おかしい。何故彼女は室内に。まさか俺に付けたって、室内にずっと居るんだろうか。
それは若干気になると言いうか、気まずいというか・・・いや、良いか。寝よう。
周りに人が居るから寝れない、なんて繊細な神経はしてないし、何より眠い。
「えっと、じゃあ、俺は寝ようと思いますけど、良いん、ですよね?」
「っ、は、はい、ど、どうぞ」
・・・何故彼女は声が震えているのかしら。そして何故衣服に手をかけているのかしら。
待て待て待て、何で脱ごうとしてる!
「ちょ、まっ、何してるんですか!?」
「ひっ、も、申し訳ありません、わ、わたくしは何か無作法を・・・!?」
慌ててその手を止めると、めっちゃ怯えられた。ええー、何で。
ん、待って、ちょっと待てよ。
いきなり付けられた使用人の女性。かつ結構な美人さん。
そして寝るといった際にした反応と、服を脱ぐという行動。
あーはいはい。解りましたよ。ええ解りましたとも。俺でもあっさり解りましたよ。
「はぁ~~~~~~~」
「ッ・・・!」
思わずクソでかい溜息を洩らすと、彼女はまたビクッと跳ねる様な反応を見せる。
つまる所、彼女は俺へのご機嫌取りの為の女性、って事なんだろう。
多分俺個人に対する物も無い訳じゃないだろうが、イナイの縁類って点の接待だろうな。
おそらくあの中で一番ご機嫌を取り易い、とでも判断されたんだろうさ。
ぶっちゃけ逆効果なんですけどね、コレ。俺はこういうのイラっとするタイプだし。
いや女性がやる気満々なのであれば、面倒くせぇーって程度で終わるけどさ。
どう見てもこの人怖がってんじゃん。嫌がってんじゃん。そういうの止めてくれよ。
リンさん達の指示とか無しに、ぶん殴りに行きたくなるだろうが。
「も、申し訳ありません、ど、どうか、どうかお許しを・・・!」
ああ、待て待て。今は怒りを見せるな。馬鹿か俺は。目の前の人は怖がらせちゃダメだろ。
「ああいえ、えっと、すみません、怖がらせて。えっとですね、何をどう指示されているのか知りませんが、俺はただ眠りたいだけです。なんで俺の事は気にしないで下さい」
「い、いえ、そ、その・・・」
「もし部屋を出て行く事が貴女にとって不都合と言う事でしたら、居てくれて構いません。ただ俺は今とにかく寝たいだけなので。それ以上は望みません。だから落ち着いて下さい」
「・・・は、はい、わかり、ました」
使用人さんは不安そうな顔を見せつつ、けれど頷いてくれたのでそっと手を放す。
そして彼女に顔を見られない様に背を向け、ベッドにダイブしてうつ伏せのまま目を瞑った。
こういう時、俺の威圧感のなさは助かるな。顔さえ見られなけりゃ大丈夫だろうし。
リンさんは兎も角、リィスさんはこの事に気が付いてそうだなぁ。
解っちゃいたけど、結局領主も連中と同類か。人の人生を何だと思ってやがる。
てめえが取り入る為に、てめえが助かる為に他者を使い捨てるってか。ふざけんなよ。
あーあー、そりゃあ罪のない奴隷を売買しても心が痛まないだろうさ。
くそ、胸糞悪い・・・昨日のシガルの気持ちが良く解る。
寝起きの機嫌しだいでは、くそ領主に思いっきり敵意を向けそうだ。
そんなイライラのせいですぐには眠れなかったが、それでも眠気には勝てそうにない。
使用人さんが所在なさげに椅子に座るのを感じながら、俺の意識は落ちて行った。
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