第751話、一人での夜間警備です!

「何だかなー」


深夜の闇の中、一人寂しく呟く。一人なので当然応えてくれる人なんて誰も居ない。

屋敷の壁に背を預けながら空を眺めると、曇っていて夜が尚の事深く感じる。

下手をすれば雨が降りそうな天気だ。なぜこんな天気の中外に居なきゃいけないのかしら。


「本格的に寝ずの番になるとは・・・はぁ」


夜襲を受けた際、俺達は察知していても事前に動く事はしなかった。

結果として屋敷中の人間は昏睡しており、今屋敷の警備を出来る人間が居ない。

という訳で俺が一人で屋敷の警備をする事になった訳だ。

思わず深いため息が漏れるが、仕事だと言われれば致し方ない。そして辛い。寂しい。


探知が使えるから本当は屋敷の中に居て良いんだけど、領主へのポーズだってさ。

襲撃者を抵抗する暇もなく捕縛した、っていう点で俺を優秀な兵士として再度紹介された。

んでまあ、屋敷の警備なんだから兵が目覚めるまで外に、って話なった訳です。


「仮眠も出来ないのは辛いなぁ・・・ふあぁ」


昏睡した者達を起こす事も提案したけど、薬が回りきってからの解毒魔術は少し難しい。

下手をすれば効果は消えても何らかの後遺症が残り、それでは今後を考えると困る。

と言う領主の懇願を受け、その要望を聞く形になった。


ぶっちゃけ思い切り吸ったから薬の効果とか解ってるし、後遺症なく解毒も出来るんだけどな。

何なら解毒薬作っても良いんだけど、という話をしようとしたら止められてしまった。

態々そこまで出来る事を教えてやる必要も無いってさ。


『タロウさんを一介の護衛としか見ていない。その程度の相手に貴方の真の価値を教える必要などないでしょう。貴方はあくまで『高い戦闘能力』で知られているのですから』


という事だそうです。要は薬師と魔術師としての本当の技量は教えなくて良いってさ。

俺の価値とかよく解らないけど、出来れば室内で寝たかったです。はい。

とか考えちゃうから、結局俺は下っ端の方が似合ってるよなぁ。

行動のその先に何の意味が在るのかとか、ほっとんど解んねーし。


「英雄、ねぇ・・・」


暇過ぎて色々考えて時間を潰すしかない訳だけど、そうなるとどうしてもこの思考に行きつく。

なる気は無いし、なれる気もしない、っていうのが結論ではあるんだけどさ。

結論が出ていても、彼女のあの目を思い出すと、少し悩むんだよな。


彼女は真剣で、本当に心から国を想っている。

いや、正確にはリンさん達を崇拝し、彼女達の為を想っているんだろう。

でも行き着く所が同じな以上、彼女の行動は何処までも国の為。


その真剣な想いが見えたからこそ、俺も適当じゃない返事をしたつもりだ。

ただ多分、彼女は納得していないと思う。基本的に鈍い俺だけど、何となくそんな気がする。


「けど何度考えても、俺に英雄なんて似合わない、よなぁ・・・」


世界が力を求めてる、なーんて訳でもないし、むしろ俺なんて居なくても構わない。

この世界は物語で良くある「倒すべき敵」なんて存在しない世界だ。


勿論クロトや魔人が在る以上、昔はそういうおとぎ話の世界だったんだろう。

もしくはもうちょっと前。ウムルが戦争に参加する前に来ていたら違ったのかもしれない。

でもそうなったら多分リンさん達に余裕が無かっただろうし、鍛えて貰えてないと思うんだ。


何よりイナイとシガルに会えない。これが一番肝心だ。うん、ここ肝心。

である以上俺が望むのは、俺の手の届く範囲の人が平穏であれる程度だ。

俺は救えない人まで救わない。救えない。救える訳が無い。それを、思い知っている。


本当はお前が救うべきだった。そんな事を言われたら、俺はきっと、真面に受け止められない。

俺は既に大量の人間を見捨てている。俺はその程度だと思わないと耐えられないよ。

こんな情けない逃げ腰の奴が英雄なんて、鼻で笑える。


「そう思わない?」

「―――――っ」


呟きを聞いていたであろう、隠匿魔術を使って接近していた人物に声をかける。

俺に触れる寸前の手がビクッと止まり、動きが完全に停止した。

それを探知で確認してからゆっくりと目を向ける。


「何か隠れての指示でもあったの? シガル」


態々部屋を出る所から魔術使って来てたし、領主には知られたくない事なのかもしれない。

そう思っての発言だったんだけど、彼女は何故か頬を膨らませていた。

おかしい。今回は割と真面な考察してた自信あるんだけど。


「・・・本気で隠れて来たのに」


あ、そっち。気が付かれた事に拗ねてるのね。


「あー、ごめん、今日は全力で魔術使ってるから、竜の魔術で成長したシガルじゃないと隠しきれないと思うよ。後なんか、若干また精度が上がってる感じがするんだよね、最近」

「えぇー・・・やっと追いつき始めてると思ってるのに、困る。あ、別に隠れてこないといけなかった訳じゃないよ。ちょっとタロウさん驚かせたかっただけで。むー、部屋に魔力も残して来たのになぁ。悔しい」


あ、特に重要な理由とかなく、驚かせたかっただけだったんですね。

困るって言われても俺も困る。俺だって簡単に追いつかれたら困るもん。

後探知の精度は多分魔術とは別の部分で上がってるっぽいし。


多分一切意図してないんだろうけど、リンさんの指示での探知無し訓練が功を奏している。

魔術で感知した物を以前より鋭敏に感じ取れるのは、多分アレのおかげな気がするんだ。


ずっと探知を使いっぱなしだったから、暫く切ってからの感覚の違いは驚きだった。

勿論ただ切ってただけじゃなくて、その上での訓練をしていたおかげだと思う。

久しぶりにリンさんの理不尽攻撃に耐えた甲斐が有ったかも。


「で、英雄が似合う似合わないって話なら、タロウさんの実力なら十分だと思うけど」

「えぇ・・・無茶をおっしゃる」

「そうかなぁ?」


そうですよ。何でそんなに不思議そうに首を傾げるのですか。どう考えても無理でしょ。

というかシガルとイナイには全力で否定して欲しいのですが。


「んで、シガルは俺を驚かせる為だけに来たの?」

「むー、タロウさんのいじわる。ちょっと情報共有をしに来たの。襲撃のおかげで領主は上手く落とせそうだってさ。それで今回一番の功労者はタロウさんだ、ってリィスさんが褒めてたよ。タロウさんが生かして捕らえてくれて本当に助かったって」

「そっか、ありがとう」


あれからどんな拷も・・・尋問が行われたのだろうか。いや、怖いので考えるのは止めよう。


「・・・一応言っておくけど、酷い拷問とかはしてないからね?」

「あ、そうなの?」

「そ-なの・・・まあ、あたしもちょっと意外だったけど」


やっぱりシガルも同じ気持ちだったんじゃん。

あの怖い笑顔見たらそりゃそう思うよね。でも本当に意外だな。

野盗達にはあれだけ容赦が無かったのに、彼ら相手には違うのか。


「後は経過はどうかな、っていう確認もしに来たの」

「ああ、今の所動きは無し。下手すると朝までこのままかも」


何の事かと言えば、屋敷からそこそこ離れた位置でじっと動かない連中の事だ。

流石に実働部隊がアレで全員とは思えないし、失敗した時の報告も要るだろう。

なのでどこかで様子を見ている連中が居るはずだ、とリィスさんに言われた。


探知範囲を広げて街を暫く探ってみると大正解。

家にも入らず宿も取らず、物陰で動かない集団を発見。

とはいえ探知魔術対策はしてたんだけど・・・それが逆に決め手になっちゃった訳だ。


結構高めの技量の魔術師が居るみたいだけど、隠す事に集中し過ぎな感じと言えば良いのか。

物すっごくそこだけ「見えない」状態だったんだよ。

勿論意識がそこに向かない様に調整はされていたけど、俺にはとても不自然に感じた。


結果として全力でその中を探ろうとして、怪しげな連中の発見に至ったと。

こう考えるとウムルの諜報員は凄いな。探知普通に使っただけじゃ違和感無いもん。

ただ彼らは見逃す予定であり、リィスさんは出来れば早めに逃げて欲しいと言っていた。


「じゃあ明るくなって人の動きが出てから、人波に紛れて逃げる気かな。彼らにしてみたらそうそう失敗する作戦だとは思ってないだろうし、情報が漏れたと思っているのかもしれないね」

「情報が洩れてるって思うなら、早々に逃げたほうが良いんじゃない?」

「どこまで誰と情報共有にしていたか、によると思うよ。襲撃その物や襲撃の時間帯が漏れていたとしても、集合場所は漏れる要素が無いのかもしれないし。勿論違うかもしれないけどね」


ああ、成程。現場の人間しか知らない事なら漏れない、って事かな。

なら下手に動いて身をさらすより、人が増えてから紛れて逃げる方が安全だ。

闇夜に人気のない所を急いで動けば、万が一の遭遇も有りえるだろう。


「とはいえ実際動かないし、集合場所は本人達しか知らないと思うよ。それなら襲撃が失敗しても、全員死ねば気が付かれはしない。全員毒は用意してたし、自殺を疑ってないと思う。彼らが恐れているのは全滅。だから今は絶対に見つからない方を選んでいる、って感じかな」

「かなぁ・・・ったく、怖い連中だ」


襲撃者達は全員口の中に毒を仕込んでいた。

強くかむ事で壊れる入れ物に、致死量を軽く超えた毒を。

幸い口を普通に動かすだけじゃ噛めない位置に有ったので、俺がとらえた二人は飲めていない。

リィスさんに引き渡して早々に、彼女の手によって取り除かれた。


「死ぬの、怖くないのかね、連中は。俺には理解できないよ」

「そうだねぇ・・・あたしは少しだけ解るかも」

「っ!?」


予想外な返答に思わず狼狽え、彼女をの顔を凝視する。

すると彼女はふっと笑い、俺の両頬を引っ張った。痛い。


「安心して。別に失敗したら命を絶つ、とか言う話じゃないよ。ただあの人達には自分にとって盲目的に信じられるものが有った。その為なら命など使い潰せる。そういう人達だったんだよ」

「・・・シガル?」


シガルの言いたい事が若干解らない。言ってる事は解るんだけど、意図が解らない。

いや、解りたくない、かな。彼らがそうだとしても、彼女に命を使い潰してほしくないと。


「尋問した二人は大した情報を吐かなかった。ただあたし達を悪党だと言ったの。あれは心からの言葉だった。でもそれは結局何を信じているかの違いで、彼らには正義が在ったんだろうね」

「・・・正義、ね」


信じる物の為ならば命を絶つ事も厭わない程の想い。

そこまで行けば信念とも言えるだろう。そうなれば確かに彼らにとっては一つの正義だ。

信じる正義が違うからの衝突であり、彼らにとって俺達は悪党だろう。


「あたしにだって信じている物が在る。大事にしている物が在る。だからこそ信念を通す人の気持ちは解る。だから・・・余計にこの国が嫌いになったよ」


そう思うような事をあの二人に言われたんだろうか。それはちょっとムカッとするなぁ。

なんて緩い思考は、続けて語られたその『余計』の内容でかき消えた。


「死んだ人達を色々調べたら、色々な投薬の痕跡が在ったみたい。薬での洗脳の線は消せない、ってリィスさんは言ってた」

「そう、か」


少し声音が低くなったシガルの言葉を聞き、無意識に拳を握り込んでいた。

心当たりがあるせいで、その報告に一切の疑問が沸かない。

彼らの気功は濁っているというか、淀んでいるというか、余り良い流れではなかった。


あれは既に取り返しがつかないレベルでの投薬が為されていたから、なのかもしれない。

自分自身の判断で国に仕えるのではなく、そうとしか考えられない人間を作る為に。

そこに信念は確かにあるんだろう。他者に無理やり受け付けられた信念が。


「この国の在り方は、ウムルの国の在り方を否定してるよね。けどそれはウムルだって同じだと思う。だから口を出されたくないなら、最初からウムルに関わらなければ良かったんだ。なのにウムルに手を出した。なら今の状況は当たり前の帰結だ。ぐらいにしか思ってなかったのに」

「それは・・・うん、俺もそう思う、けど」


静かに語るシガルの言葉に頷いて返す。ウムルはこの国のやり方とはまるで違う。

子供達を、人を、民を大事にしている国だ。その為に尽力している国だ。

心から国を想って働く者を欲しても、薬で洗脳して使い潰す様な事はない。


少なくともリンさん達が、国の重鎮達がそんな事を許すなんて思えない。

そんな国に奴隷を、子供の奴隷を運び入れた事が、国を想う者にとってどれだけ腹立たしいか。

今の状況は確かに当然の流れと言えるだろう。むしろ何故予想出来ないのかと思う程だ。


「勿論ギーナさん達と交流が在った身としては、奴隷に良い気持ちは無いよ。この国に対しても元々良い気分じゃなかった。けど正直今は・・・お父さんやイナイお姉ちゃんを馬鹿にされた気分で、本気で腹が立ってる。こんな国に喧嘩を売られたのかって、物凄く腹が立つ」


そしてそれは、国を想って働く家族を持つ者にとっては尚の事だろう。

親父さんを馬鹿にされているなんて思ってしまえば、この国の王を殴り飛ばしてやりたいし。


「そう思うとさ・・・この国を正面から潰してやりたい、なんて思っちゃったんだ。自分の生まれた国を否定する在り方のこの国を、徹底的に、なーんて。国全体が、国民全員同じ事をしてる訳じゃないのにねー。ちょーっと頭に血が上り過ぎてるよね。えへへ」


・・・ああ、そういう事か。自分の信ずる物が正義。その一点だけは良く解る。

その為ならば全力で相手を叩き潰そうと、そう思ってしまう程に。

相手の正義なんてどうでも良くて、こちらの正義さえ通ればそれで良いと。


それは余り良くない思考だ。危険な思考だと思う。

彼らの事が少しだけ解る、って言うのはそういう事か。

気持ちは解っても、それを行う気は無い、っていう意味だろう。

シガル自身余り良くない傾向だと思っているから、最後はふざけた調子に戻したんだ。


「という訳で、実はちょっと頭冷やしに行かせてください、とお願いして今になりまーす。今の状態だと、ここの領主様にも敵意を向けちゃいそうだったからね」

「あー、シガルって案外喧嘩っ早いというか、怒りっぽいからねぇ」

「タロウさんに言われたくないですよーだ」

「あはは、確かに」


そこまでの怒りを誤魔化すように、お互いに軽くふざけあう。

でも多分、まだ心の中には怒りが燻っているんだろう。

シガルはそれを誤魔化すように、俺の肩に寄りかかって来た。


「あたし、まだまだ子供だなぁ。駄目だね、こんなんじゃ」

「いや、シガルは頑張ってると思うよ。少なくとも俺よりは」

「うん、ありがとう。でもダメダメなんだ。あたしにとっては。だから今は肯定じゃなくて、ただ傍に居て欲しいかな。少しだけ、心の整理をつける時間を頂戴。少し、甘えさせて」

「そっか。解った」


彼女の要望通り俺はそれ以上何も言わず、彼女が離れるまで肩を貸す。

不謹慎だけど、久々の二人っきりに良い気分になってしまっている事を自覚しながら。

俺もこの程度で機嫌が良くなるんだよなぁ。やっぱ小市民がお似合いだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る