第750話、二重の策を潰すのですか?
来た。屋敷の周囲に怪しげな動きをしている人間を探知で掴んだ。
「ん、来たかな?」
のだけど、それを報告する前にリンさんが気が付いた。
タロウさんじゃないけど、この人は本当に護衛のしがいが無いなぁ。
そもそも魔術も何も使ってないはずなのに、なぜ屋敷の外の動きに気が付くんだろう。
何かしらの攻撃をして来たなら兎も角、まだ禄に動きすらしてないのに。
「シガル様、報告をお願い出来ますか」
「あ、はい、すみません」
リンさんが気が付いているならどうしたものかと悩んでいると、リィスさんに促された。
なので素直に察知した状況を語り、情報共有を手早く済ませる。
「ふむ、庭に撒いているのは薬の類、でしょうね。おそらく死に至る類の物ではないでしょう。庭の兵の救出は不要ですし、暫く待つ事にしましょうか」
「打って出ないんですか?」
「連中を取り押さえるだけでは効果が薄い。当事者の目の前で取り押さえます」
当事者とは領主の事。つまり彼らの狙いは領主の命。
襲撃者達は速やかに屋敷に侵入し、誰にも気がつかれずに領主を殺して去るつもりだ。
「それにしても、襲撃までの動きが速いですね」
「普段から裏切りが無いか、監視を付けているのでしょう。ご苦労な事です」
つまりこの国の王は、自国の領主を誰一人として信用していない。という事なんだろう。
だって実働部隊込みの監視なんて、不都合が有れば即座に殺すって言ってる様な物だもん。
少なくとも奴隷商売の許可をしている領主には、全て監視がつけられていると思うべきかな。
もっとも領主には監視している、なんて伝えられてないと思うけど。
それにしてもこの速さで襲撃って事は、元からそういう暗号組んでたんだろうなぁ。
でなきゃここから王都の連絡を、こんなに短時間で出来ると思えないし。
ウムルの技術が有れば別だけど、この国にそこまで協力する気なんて無いしね。
後は資金と材料の問題も有る。樹海の家に居ると、若干その感覚マヒしそうだけど。
イナイお姉ちゃんの仕事場って、宝の山なんだよなぁ。っと、思考がそれた。
「リィスさん、私達への襲撃は本当に無いんでしょうか」
「私達を襲う利点より、その後の面倒という難点の方が勝つかと思われます。出来る出来ないは別として、ここで私達が死ねば本国は調査をするでしょう。ただし今回の件は一応はお忍びで、公式の訪問ではない。それが逆に面倒だと思うでしょう」
お忍びの途中で消息を絶った以上、国としては関知しない、という事になる。
そもそもその場合は生死が不明になるし、公的に調査と乗り出すには少々弱いだろう。
証拠も無いのに他国を疑うのも良くないし、捜査は秘密裏に進む事になる。
「ウムルの動きが秘密裏になり、そうなると全く動きが見えないのが嫌だ、という事ですか」
「はい。普通ならば秘密裏の潜入捜査など公的な力を持ちませんが、王妃様殺害という大事件であれば別の話。完全に証拠を隠滅し、絶対にしっぽを出さない自信が有れば別ですが、世の中何で足が付くか解りません。であれば狙いは領主に絞った方が簡単で、利点も有るでしょうね」
この国の体制が気に食わない私達が泊まった館で、その主が殺される。
単純にそれだけを知れば、知った人間達はどう思うだろうか。
その上丁寧に兵を昏倒させている辺り、目撃者を出すつもりも無いんだろう。
なら一番に疑われるのは私達かな。道理を通さず領主を殺した王妃に仕立て上げる気か。
真相がどうあれ『私達が泊まった時に殺された』という事実は疑念を抱くに十分。
正面切って戦争をしているなら兎も角、平時に此方に落ち度が有るというのはよろしくない。
勿論そんな訳が無いと解っている人間は解るけど、情報なんてどこでどう捻じ曲がるか。
少なくとも目撃者ゼロで私達に被害が無い、というのは色々と外聞が悪いだろう。
特にリンさんが戦える人間だという事が、ここでは逆効果になってしまうかもしれない。
たとえリンさんが殺したと思われずとも、見殺しにしたと思われるだろうな。
もしくは『英雄騎士と持ち上げられようとも所詮その程度か』って思われるか
どちらにせよ、ウムルにとっては余り良くない結果になる。
それで国が揺らぐなんて事はないけど、目的を達成出来ない可能性は上がるだろう。
「とはいえあくまで予想です。相手がどこまで考えているのか、真意は解りません。なので絶対に襲撃が無いとは言えないでしょう。私達を殺すのだって、出来るのなら有効ではありますし。むしろ私としては襲撃してくれる方が色々と楽だなぁ・・・なんて思っちゃいますが」
「まあ、そうですね。こっち襲ってくれる方が話は楽ですよね」
結局の所、今回の件で大事なのは『周辺国にどう思われるか』という点だ。
ウムルは他国に友好的なつもりだけど、相手が本当に有効的だとは限らない。
なまじ力を持った国家なだけに、その力に怯えて協力してる国も当然在るからだ。
今回の件に目撃者が居て、正統性が有るとはっきり言えるなら良い。
けど少しでも疑われる条件が有れば、ウムルは力で押さえつける国だと認識されかねない。
実際力尽くでどうにかしている事もあるけど、それはやる相手と事柄を選んでいる。
奴隷商売の件をどうにかしたとしても、それで周辺国がウムルへの脅威を感じては意味が無い。
今回の件はあくまでウムルの願いではなく、周辺国の要請に応えた形だ。
所詮表面上の理由だとしても、それを全うしたと言える清廉潔白な結果が欲しい。
最終的にウムルの武力で訴えるとしても、その手順が大事な訳だ。
そう考えると、問答無用で襲って来てくれるのが一番簡単で近道だろう。
「シガル様、この薬をお飲み下さい」
「これは?」
「ネーレス様が調合為された魔術調薬です。一時的にリファイン様の持つ腕輪の解毒と同じ効果が発揮出来ます。魔術を使って防ぐよりも、こちらの方が気が付かれ難いかと」
丸薬を手渡され、言われた通り素直に飲み込む。
効果を疑う気なんて無いし、疑ってるような時間も無い。
「私の分は?」
「腕輪が有るから要らないでしょう」
「えー。ケチー。仲間外れ良くないと思うなー」
「ケチとかそういう事じゃないでしょう。この薬だって無料じゃないんですからね。ほら、良いから寝ますよ。もうすぐ入り込んでくるんですから。早くベッドに転がって下さい」
「へいへーい」
リンさんは不満そうに応えながら寝転がり、襲撃者の侵入を待つ。
暫くすると庭に動く人間が居なくなり、今度は屋敷内へと薬を撒き始めた。
当然対策をしていない者達はバタバタと倒れて行き、悠々と侵入されてしまう。
そうしてこの部屋にも薬が投げ込まれ、暫くその効果を確認されていた。
けれど私達の誰もが動かない事を確認すると、彼らは分かれた仲間たちと合流に向かう。
ただしタロウさんの所に行った二人は合流する様子は無い。そのまま野盗達に近づいている。
「シガル様、連中は何処に?」
「領主の私室に向かいました。今扉を開ける所です」
「そうですか。ではリファイン様。出番ですよ」
「やっと私の出番だね!」
リンさんはベッドから飛び出ると、即座に鎧を纏って視線を領主の部屋へと向ける。
強い踏み込み音と共に床板の割れる音な鳴り、次の瞬間壁が粉砕する音が屋敷内に鳴り響いた。
説明するまでも無いとは思うけど、リンさんが拳を振りぬき壁を壊したからだ。
結果として、領主の部屋までの直通通路が出来上がった。
当然襲撃者は突然の出来事に動きが止まり、私達の接近を許してしまう。
背後で領主を守る形になり、侵入者達の襲撃は私達を倒さねば出来なくなった。
「な、なんだ、い、いったい何が!?」
そこに状況を把握出来ていない領主が飛び起きた。どうやら薬を盛られていないらしい。
何故領主だけがと少し疑問に思っていると、侵入者達の目に冷静さが宿った様に見えた。
「領主殿! 約束が違うではないか!」
「な、何だ、何だ貴様らは、いったい何を言っている!?」
「ふざけるな、都合が悪くなればとぼける気か! 貴殿が我々に依頼したのだろう! そこな女どもの殺害を! 薬を盛っておくとの話ではなかったのか! なぜ起きている!」
「なっ!? ば、馬鹿な事を! リ、リファイン王妃、全てでたらめです! 私はあなた方の殺害など企てておりませぬ! そのような事をすれば、それこそ身の破滅ではありませんか!」
「馬鹿な事だと!? 貴様一人助かる道など与えぬぞ! こうなれば道連れだ!」
成程、領主殺害を失敗した時の事も考えていたんだ。私達に領主への悪感情を与える為に。
実際こんな事されたら、真相がどうあれ普通は領主の事も疑いの目で見ちゃうと思う。
これでもしリンさんが国に訴えれば、これはこれで全ての罪を領主にかぶせて万事解決と。
勿論国への賠償だとなんだは有っても、国政に口を出されるよりはマシって判断かな。
「―――――茶番だね」
けれどそんな策の為の言い合いは、化け物の威圧を込めた一言で静かになった。
剣をまだ抜いていない、構えてもいない、仁王立ちしているだけのリファイン様の威圧で。
騎士達相手の時はまだ加減していたのだと解る、戦わずに力量を察せてしまう程の力の差。
絶 対 強 者
この方を言葉で表すとすれば、その言葉が相応しい。味方なはずなのにカタカタと体が震える。
たとえギーナさんに負けた事実が有ろうとも、この人は紛れもない化け物だ。
そんな化け物の射程距離に入った獲物は、自分が失敗した事を悟ったように見える。
奥歯を噛み締め、恐怖の混じった悔しげな顔でリファイン様を睨む。
侵入者達はあんな事を言いながら、逃げる隙を窺っていた。死ぬ気なんてサラサラなかった。
けれど無理だ。これは無理だ。私だって逃げられる気がしない。
逃げた瞬間やられる。だからといって抵抗しても勝てる訳が無い。そう感じてしまうんだ。
あの顔はそういう気持ちの表れだろう。
と思っていたら、侵入者達は突然バタバタと倒れてしまった。
倒れた彼らにリィスさんが近づき、色々と確認をしてから此方を向く。
「毒を飲んだようです。回りきって手遅れになるまで立っているとは、見上げた根性としか言いようがりませんね・・・尋問をしたかったのですが、まあ良いでしょう」
「あー・・・大人しくさせようとしたのが裏目に出たかな。ごめん、リィス」
「いいえ、リファイン様が悪い訳ではございません。考慮していなかった私の落ち度です。どうか侍女ごときに軽々しく頭を下げられませんように」
「・・・はい」
どうやら毒を口の中に仕込んでいたらしい。歯を食いしばっていたのは苦しみを耐えてたのか。
逃げる事すら叶わないと判断し、死を選んだんだ・・・。
忠義なのか、拷問を嫌がってか・・・どちらにせよこれは国王にとっては痛手だと思う。
ここまでやれる部下なんて、そうそう持てるはずが無いもん。
「リ、リファイン王妃! どうか、どうか私の私の話を聞いて頂きたい! 私は本当にこやつらの事は知らぬのです! これは私を嵌める為の罠です!!」
「領主様、落ち着いて下さい。解っておりますから」
領主は何とか生き延びようと、リンさんに必死に言い訳をしはじめた。
勿論こちらはそんな事解ってるんだけど、軽くあしらわれている様に感じたんだろう。
領主を落ち着かせるのに少し時間がかかり、落ち着いた頃にタロウさんとハクがやって来た。
その肩には気絶している人間が抱えらえている。
「うわぁ・・・解ってたけど、実際見ると無茶苦茶だなぁ・・・」
『おお、壁が無いぞ。あ、シガルー』
「わぷっ。ハクも来たの? 野盗達見張ってなくて大丈夫?」
『んー? タロウが起きないから大丈夫だってさー』
ハクの答えを聞いて視線をタロウさんに向けると、半眼でハクを見ていた。
多分私も行きたいとか、そういう事言い出したんだろうなぁ。
でもハクに報告任せるのが不安で、彼が直接ここに来たんだろう。
「タロウ様、その肩の者達は侵入者ですか?」
「はい。気絶させました」
「良い仕事です、タロウ様」
タロウさんを笑顔で労いながら、リィスさんが嬉しそうに近づく。
ただその笑みが邪悪に見えたのは、きっと私だけではなかったんじゃないかな・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます