第748話、胸の想いを伝えられます!

野盗達が完全に大人しくなると、リィスさんの絶対零度の目が俺へと向けられる。

その眼の冷たさに思わずビクッとしてしまい、けれど次の瞬間には苦笑されてしまった。


「本当に貴方は・・・私なんて怖くも何ともないでしょうに」

「い、いやぁ、そんな事は無いかと・・・」


怖いですって。普通に考えてあんな冷たい目で睨まれたら怖いよ。

そもそも彼女が敵を容赦なく斬る人だ、って解ってる時点で普通に怖いと思う。

という気持ちがそのまま口から洩れてしまったせいで、むっとした顔をされてしまった。


「心外ですね。私はウムルの中ではまだ普通の方ではありませんか」


普通。普通って何だっけ。ああ、この思考久々な気がする。

化け物基準にしたら確かに普通なのかもしれないけど、基準にする所がおかしいと思う。

そんな事言いだしたら、リンさん達以外は皆普通、って結論になるじゃないですか。


「・・・物凄く他人事の様な顔をしていますが、一般人から見れば貴方も『ウムルの八英雄』と同じ分類分けをされる人物ですからね」

「え」


まってまって。俺あんな化け物じゃないよ。師匠達の誰にも勝てるが気しないんですが。

唯一本気でやったミルカさんにも、完全に手玉に取られて終わった訳ですし。

二乗強化の三重の全力で挑んだ結果、その動きの更に上を行かれて負けたんですよ。


三乗強化を使えば通じる可能性は在るかもしれないけど、限りなく低い可能性だと思うし。

少なくとも今の精度と反動では、一瞬追いつくだけじゃ躱されて自滅がオチだよなぁ。


「何をとぼけた顔を。当然でしょう。我が国が誇る若手である、バルフ、ゼノセス、ワグナの三人を下した貴方が、どうしてその枠に入らないと思っているんですか。あの方達は英雄方には劣るとはいえ、その実力は確かです。どれだけの人間が、彼らに追いつこうとしているか」


けれど俺のそんな思考は馬鹿げていると言わんばかりに、即座に否定を口にされた。


「え、い、いや、バルフさんには負けてるんですけど、俺」

「ええ、相打ちに近い敗北でしたね。ただしそれは、あの試合では、でしょう」

「あー・・・」


もしかして、回復後の二乗強化を初めて見せた件だろうか。

確かにあれを見せて以降は、まだ一回も彼とやってない。

とはいえまだまだリスクだらけの技術だから、初見じゃない彼なら対応出来る気がする。


四重強化が普通に対応されていた以上、二乗強化は対応されそうなんだよなぁ。

前回と同じく決める為の罠を張るか、ここぞで博打を打つかしないと勝てない気がする。

だってあの人絶対前より強くなってると思うし。それだけは断言できる。


「私にもそれだけの才があれば王妃様の隣に・・・いえ、失礼致しました。今の発言は謝罪致します。貴方の鍛錬は才能だけで出来る物ではない、と知っていますのに。申し訳ありません」

「い、いや、別に謝る必要は無いです、けど」


いやまあ、確かにあの鍛錬を才能だ何だって言われると、余り良い気はしないけどさ。

毎日ぼろ雑巾になっては治療されて、またぼろ雑巾にされる毎日だったし。

けど彼女の語るそれは、俺の努力を軽んじる物とは違う様に感じる。


というか俺がどういう鍛錬をしていたのか、しているのか、よく知ってる口ぶりだ。

もしかしてリンさんから聞いてるのかな。樹海時代の俺の訓練風景。


「・・・タロウさん、防音を張って頂けますか。少々お話したい事がございます」

「え、あ、はい。えっと、これで良いですか?」

「ええ、ありがとうございます」


言われた通り素直に防音を張る。多分野盗達に聞かれたくない内容なんだろう。

もしかすると野盗を脅しに来た件は偶々で、こっちは本命とかだったのかな?


「こうやって二人っきりでゆっくり話すのは、初めてでしょうか」

「あー、野党に襲われて、兵士を呼びにいった時は・・・落ち着いてませんね」

「フフッ、そうですね」」


あの時は二人とも走ってたし、ゆっくり会話するって感じじゃなかったしなぁ。

というか今気が付いたけど、彼女にとって野盗達は『人』カテゴリじゃないんですね。

多分喋る野生動物みたいな感じなんだろうなぁ。下手したら虫レベルかもしれない。


「それで、俺に何か大事な話、でしょうか」

「いえ、それほど大した話をしたい、という訳はありません。野盗達に聞かせる話でもないなと思っただけです。そんなに構えずとも大丈夫ですよ。ただそうですね・・・今ならリンお姉ちゃんに邪魔されないなと、そう思っただけです」


リンさんに邪魔されない様にって、いったい何の話をするつもりなんだろう。

理由がそれの時点で、結構大事な話をしますって言われている様な気がするんだけどな。

そう思いちょっと構えながら、彼女の語りを静かに聞く。


「タロウ様は、ウムルの次代の英雄になる気は無いのですか?」

「・・・?」


話が唐突過ぎてちょと付いて行けない。次代の英雄?

余りにも予測していなさ過ぎるワードに、大量にハテナを浮かべながら首を傾げる。

すると彼女の目が鋭くなり、その威圧感に思わず背筋が伸びた。


「貴方は数少ない、リファイン様に並び立つ可能性の在る方だと存じています。確かに今の貴方は影の仕事をなさる必要が有りますが、貴方はそのまま歴史から消えようと考えている。貴方程の人が。八英雄の愛弟子が。それはウムルにとって大きな損失です」

「え、えーと・・・」


影の仕事って、多分遺跡関連の事だよね。

んで俺がその仕事をやり終わったとして、表舞台に余り立つ気が無いと言われているのかな。

実際その通りだ。俺は英雄なんて呼ばれる気は無いし、そんな場所に立つ気は無い。


それを国の損失だと言われると、困惑するのが素直な気持ちだ。

俺をそれだけ評価してくれているのはありがたい。ありがたいけど・・・俺には無理だ。


「評価してくれるのは、その、素直に嬉しいです。けど俺は、そういうのは無理ですよ」

「・・・何故ですか?」

「背負えない、からですよ。俺にあんな大きな命は背負えない」


帝国の一件で、俺は幾つのも命を見殺しにした。その自覚がある。

それだけでも俺は自分の心がすり減って行く感覚を覚えていた。


自分が助けるべき命じゃない。助けられた命かも怪しい。

見知らぬ誰かの、背負わなくていい命で、俺はそんな状態だ。

なのに国を背負って、人の命を背負って『英雄』なんて、俺には出来る気がしない。


「英雄を支えろって言うなら喜んでやります。師匠達の役に立てって言われたら、当然全力で応えます。けれど俺に英雄に成れって言うのは・・・多分、無理です」


そんな物をずっと背負える強さは、俺には無い。せいぜい強い人を支えるのが関の山だ。

けれどそう返答した俺に対し、彼女は鋭い目を更に鋭くしてきた。


「貴方には力が有る。振るうべき、振るえるべき力が。その力は人を救える力です。人を守れる力です。あの方達の願いを叶えられる次世代の力です」

「あの方達の願い?」

「国王陛下、そして八英雄の皆様方です。あの方々はずっと欲しておられます。次の世代を任せられる人間を。貴方はその一人です。貴方自身、その自覚は有るのではないですか?」


・・・自覚が全く無い、って言ったら嘘になる。

自意識過剰って言われるかもしれないが、薄々そういう気配は感じている。

特にブルベさんの発言には、そういう気配があった。多分わざとだろうけど。


「貴方のその行動はただの逃げです。期待に応えたい? ならば期待に応えて英雄になるべきです。貴方にはそれだけの力が有る。覚悟が無いと逃げたのでは何時までも応えられない」

「――――――っ」


痛い所をつかれたと、そう思った。確かに俺の言葉通りなら、そういう事になる。

師匠達に応えたいと言うなら、師匠達の望む位置に立つべきなんだろう。

それは、きっとそうだ。そう思ってしまい、何も返せずに俯いてしまった。


「・・・申し訳ありません。言い過ぎました」

「え、あ、え、えっと・・・いや、言われた事は、多分、間違ってないと、思います」

「だとしてもです。私は今、貴方に対し嫉妬心で語りました。私にはどうやっても叶わない事を可能とする貴方に、私の望みを貴方に叶えて欲しい。そういう子供じみた我儘です」

「叶えて、欲しい?」

「私はリファイン様を崇拝しております。あの方の為ならばこの命も惜しくない。その方が一番に望んでいるのが、国を・・・いいえ、子供達を守る力」


国ではなく子供達をか。確かにそれは、リンさんらしいと言えばリンさんらしい気もする。

けれどそれは、俺一人の力でどうにかなる物でもないと思う。

国の平和を保つ事で子供達が平穏に過ごせるように。きっとそういう考えなんだろう。


ただそれは国全体にそういう意思が無ければ、きっと叶わない事だと思う。

英雄一人が居る事でどうにかなる事じゃない。そう、思うんだけどな。

それに彼女はリンさんを傍で支えている。その時点でリンさんの願いを叶えているのでは。

そう思っていると、彼女はふっと表情を崩した。


「・・・いいえ、すみません。これも結局都合の良い事を言っているだけでしょうね。ふふっ、お姉ちゃんに邪魔されないと解っているだけで、ここまで言いたい放題など・・・私は性格の悪い人間です。貴方が優しくて、ちゃんと聞いてくれると解って言っているんですから」

「え、いや、えっと」

「ですが忘れてください、とは言いません。八英雄の後を追う多くの者達が、望んでも得られない所に立つ資格が貴方にはある。その事実を、知っておいてほしかったのです」


望んでも得られない立場。けど俺は望まない立場。

きっとそれは彼女も同じで、だからこそ俺の在り方が気に食わなかったんだ。

力を持つなら振るえと、その力を持つだけの仕事をしろと、そう言われている。

その感情の吐露に、どれだけの想いがあったのか。そう考えるとどうとも返せない。


「ふふっ。全く、本当にお優しい方ですね。言ったではありませんか。これは私の嫉妬で我儘だと。貴方の生き方を決めるのは貴方自身です。私はそこに余計な口出しをしているだけ。少なくともリファイン様も、イナイ様も、貴方にそうある事を強要はしませんよ」

「そう、なんです、かね」

「ええ。だから最初に言ったじゃありませんか。今ならリンお姉ちゃんに邪魔されない、と」


困惑しながら彼女に応えると、一層クスクスと笑われてしまった。

これは揶揄われた、って事なんだろうか・・・いや、違うだろうな。

言われた事自体は本音だ。だからと言ってその通りにやる必要は無いという意味だろう。

そこに俺の意志が介在しないなら、何の意味も無い事だと。


「あ、そういえば、そのリンさんは、放置してて大丈夫なんですか?」

「ええ。今頃領主に呼ばれている頃でしょうが、何とかするでしょう。シガル様も居りますし」


・・・本当に大丈夫かなぁ。そこはかとない不安しかないんだけど。


「では、言いたい事も言いましたし、私はこれで。あ、そうそう、今夜はおそらく襲撃があると思いますよ」


それ「あ、そうそう」で言い出す事じゃないと思うんですよ。

むしろそっち先に言いましょうよ。どう考えても大事だと思うんですが。

いや、もしかしたら気を使ってもらってるのかな。俺の気を紛らわせようとか。


「領主の手の者ですか?」

「いいえ、別の所の者達でしょうね。たとえ領主の命令だと口走ったとしても」

「・・・領主の指示だと嘘をつく、って事ですか」

「ご名答です。では、よろしくお願い致しますね」


彼女はチラッと冷たい目を野盗達に向け、部屋を去って行った。

多分こいつらも標的の一つ、って事なんだろう。

さて、ならどうするか。先に結界張っておくほうが安全かな?

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