第747話、リンさんから見えるリィスさんですか?
領主の館へ着いたら女性の使用人に案内され、あてがわれた部屋へと入る。
室内はそれなりに良い調度品で整えられており、おそらく最上位の客室だろう事が伺えた。
とはいっても、あたし未だに調度品の価値とかあんまり解んないんだけど。
「王妃様をお泊めするには、質素な部屋でございますが」
「いえ、体を休めるには十分です。私は王妃である前に騎士である事を誇りに思っております。騎士として用意された部屋と考えれば、十分以上とも言えるでしょう」
出来るだけ好印象を持たれるように、穏やかで嫋やかな王妃を演じる。
満足だとういう印象を使用人にしっかりと植え付け、そのまま領主に報告させる為に。
とはいえ実際この部屋豪華なんだよね。私この半分以下でも良いかなぁ。
そもそも野宿を許容する人間が、今更部屋の内容でガタガタ言う訳ないし。
「では、ごゆるりとお休みください」
「ああ、申し訳ありません、ハクさんを呼んで来て頂けませんか?」
使用人は表情を変えずに下がるので、これで良いのかと若干不安になってしまう。
その不安を押し殺して笑顔を向けていると、リィスが何故かハクちゃんの呼び出しを願った。
何でこのタイミングで呼ぶんだろう。それなら別に最初から連れてきたら良かったのに。
とは思いつつも笑顔は崩さず、リィスの動向を見守る。ここで崩したら怒られるもん。
「ハク様、で、ございますか?」
「ええ、賊の監視についている女性です。お願い出来ますか?」
「かしこまりました。すぐにお伝えいたします」
使用人は頭を下げると部屋の扉を閉め、それを確認してからリィスは勝手に私の腕輪に触る。
そして防音を展開したのを見て『ああ口を開いて良いのかな』と判断した。
「あ~~~~疲れる~~~~。暫くこれやってないといけないとかやだ~~~~」
「喋っていい許可を出した途端・・・全くもう。シガルさんも苦笑してないで、文句の一つも言って良いんですよ」
「え、いや、その、私は、そんな恐れ多い」
うーん、シガルちゃんがよそよそしい。前に会った頃はそうでもなかったんだけどなぁ。
特にあたしが王妃様やってる時の彼女は、仲間として私を見てくれてない感じがする。
イナイと同じタロウの嫁って時点で、あたしにとっては家族みたいなもんなんだけどな。
「シガルちゃんさ、リィスの王妃様への扱い見てもそれ言えるの凄いね。こんな雑なのに」
「失礼な事をおっしゃりますね。私は何時だってリファイン様に敬意を持っております。ええ当然です。私が敬愛すべきリファイン様に対し、雑な態度を取るなど絶対に有り得ません」
「・・・リィス、本気で言ってる?」
「ええ、何処までも本気ですよ。リンお姉ちゃんには雑に対処しますけど」
「ほらー! そういうとこじゃん! 絶対本気で言ってないでしょ!」
要は『英雄騎士リファイン』か『ウムル王国の王妃リファイン』相手の時だけって事じゃん!
まあ確かに? 英雄様って目を向けていたリィスの目が、段々幻滅してたの知ってるけど?
でもその代わり恥ずかしそうにしながら撫でられてたの覚えてるもんねー。へへーんだ。
「何か腹が立つ目で見られていますね。蹴りましょうか」
「王妃様蹴るとか不敬過ぎない!?」
「大丈夫。今から私が蹴るのは面倒を見てくれたリンお姉ちゃんだもん」
「屁理屈! 酷い屁理屈!! いたっ、ちょ、地味に痛い!!」
幾ら私が頑丈だからって、脛を蹴られて痛みが無いわけじゃ無いんだからね!
っていうか、痣とか残ったらどうすんのさ! 多分残らないけど!
「・・・わざと受けてるように、見えるけどなぁ」
ポソッとシガルちゃんが呟いたのが耳に入り、同じく聞こえたリィスもコホンと咳払いをする。
実際躱そうと思えば躱せるけど、あえて受けていた。正直に言ってしまうとちょっと楽しいし。
堅苦しく扱われているよりも、こうやって姉妹をやっている時の方が自分らしい。
ただしミルカの攻撃は避ける。だってあの子仙術で殴るもん。痛いもん。
「それにしても、何でハクちゃん呼び出したの? そんな予定無かったよね?」
「ええ、伝えていません。ですが詰めをしておこうかと思いまして」
「詰め?」
「賊の連中はあの魔法を見ても尚、タロウさんの事を甘く見ています。彼の心根の優しさ、甘さと言っても良い部分を。ですがそこに付け込めない事を、はっきり教えてあげようかと」
「あれだけ脅してまだやる気があるとは、良い根性してるねー」
あーでも逃げに徹するなら、甘い人間の隙を伺うのは常套手段か。
タロウは何だかんだ優しい所が有るからねー。あんな賊達に一瞬でも同情するぐらい。
正直、あたしはリィスと余り考えは変わらない。連中は人の命を金に換えて来た悪党だもの。
傭兵の様に自身の命を懸けもせず、ただ弱者の命を奪って生きている。
私はそんな連中に情けをかける気は無い。あれらは同じ人だと思わない方が心に良い連中だ。
「最悪一つ二つ減る事になりますが、宜しいですか?」
ただリィスはそんなあたし以上に冷酷だ。それはきっと、彼女が奪われた側の人間だから。
戦争で孤児となり、あたしに保護されるまでに「それなりの出来事」に遭った少女。
彼女にとっては連中なんて、それこそ家畜以下の存在。砕いて肥料にしても飽き足らない。
私は好んで手を下そうとは思わないけれど、許可が出ればこの子はきっとやる。
それぐらい、この子の闇は深く重い。孤児院に来たばかりのこの子の目には狂気が在った。
だから私はこの子の前では騎士を止め、努めて私で振舞った。まあ素だったのも有るけど。
「・・・抵抗しなかった場合は、見逃してあげなよ」
「解りました」
素直に頷く彼女の心は、ただ自分を救ってくれた英雄の言葉だから、という物なんだと思う。
この距離だけは、縮まった様で全く縮まらない。あたしがどれだけ情けなくとも変わらない。
その事を少しだけ寂しく感じながらリィスの言葉に頷くと、ハクちゃんがやって来た。
『何か呼んだかー、シガルー?』
「えっと、私じゃなくて、リィスさんだね」
『そっか。何か用か?』
「正確にはハクさんに用なのではなく、あの場を離れて頂きたかっただけですね」
『良く解んないけど、私はここに居れば良いのか?』
「ええ、では、行って参ります。リファイン様、上手くやって下さいね」
「うえーい・・・」
ハクちゃんがシガルちゃんの胸に飛び込んでいくのを確認すると、リィスは部屋を出て行く。
おそらくそのままタロウと何か話をするつもりで、暫く戻って来ないんだろう。
上手くやれって、多分そういう事だと思う。辛い。傍にいてくれると思ってたのに。
「シガルちゃーん、私も抱き留めてー」
「え、リ、リンさん!?」
『あ、ここは私のだぞ』
「ちょっとぐらい良いじゃーん」
さっきから頭を撫でられているハクちゃんの横に割り込み、シガルちゃんに抱き着く。
押しのけられるも全力で抵抗し、だけどシガルちゃんには影響が無い様に。
あとここはあえて言うならタロウの場所だと思う。お嫁さんなんだし。
「よく考えたら姉のイナイの旦那の嫁さんだから・・・シガル姉さんだ!」
「え!? ど、どうしてそうなるんですか!?」
「でもそうなるとタロウ兄さん・・・いや何かしっくりこないな。タロウはタロウで良いや」
「リンさん、私の話聞いてます!?」
「聞いてる聞いてる。シガル姉さん、私の頭もハクちゃんと同じように撫でてー」
「ええー・・・」
何となくイナイに甘えた頃の様に抱き付いていると、シガルちゃんが恐る恐る頭を撫でて来た。
うーん優しい。イナイならもっとガシガシやると思う。いや、優しい時はそうでもないか。
取り敢えず今はシガルちゃんに癒されながら、今からの仕事の気分の重さを誤魔化す。
「リファイン王妃様、宜しいですか?」
ノックの音と共に、私を呼ぶ声が耳に入る。ふざける時間はもう終わりらしい。
ゆっくりしていけって言ったんだから、もう少し休憩させてくれてもいいのになぁ・・・。
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