第746話領主の行動は都合が良いようです!

リンさんの懇願にリィスさんが折れた後、領主は日が落ちる直前迄やって来なかった。

そろそろ完全に暗くなるという頃合いに急いだ様子で現れ、跪いての謝罪。

額に汗が滴り、いかにも忙しい中頑張って来た、という様子を見せている。


「誠に申し訳ありません。大国の王妃様をこの様な場所に留めるなど・・・!」

「構いません。此度は事件が有った以上、普段通りの対応を彼らが許されない事も事実です」

「おお、寛大なお言葉、まさしく貴女様は大国の王妃に相応しい・・・!」


頭を低く兎に角謝る領主に対し、リンさんは王妃様の笑顔でその謝罪を受け入れた。

事前にリィスさんに説明をされていたとはいえ、俺でも茶番に見えるのはどうなんだろう。

勿論額の汗などただのポーズだ。足止めしている間、確実に危機回避の手段を練っている。


そして本来ならこんな物、どんな理由が在れども不敬として断じる事が出来る事柄。

ただし領主に今咎めた所で門番達の首が転がるだけなので、リンさんは責める事をしない。

今そんな事をすれば余計な手間がかかるし、ウムルの印象悪化の手に使われかねないからだ。

ただリンさん的には少しだけ、この事を許容出来る個人的な理由が在ったりするけど。


リィスさんはあの後、リンさんに今後の行動をレクチャーした。

ただしそれは徹底的にという程ではなく、リンさんが出来るであろう範囲を見極めてとの事。

だがそれでもリンさんにとっては大事だった様で、領主が来る直前までやっていた。


つまりは領主が来るのが遅かったのは、リンさん達にとっても都合が良かったという事だ。

領主が自分の身を守る為に取った行動が、結果としてリンさんの利になったのは皮肉だなぁ。


「丁度良い休憩を頂いたと、そう思っておりますよ」

「成程、ここまでの長旅、さぞお疲れだったでしょう。ぜひ我が領地にてお寛ぎ下さい」

「では、お言葉に甘えたく」

「っ、ならば早速、我が屋敷にご案内させて頂きます」


リンさんが本音を混ぜつつ了承を口にすると、領主は予想通りの足止めを口にした。

ただしおそらく彼は「断られる」事を前提としていたんだろう。

あっさりと言葉に乗ったリンさんに一瞬戸惑い、だけどすぐに立て直して言葉を紡いだ。

ただし表情に変化が無いのは流石だ。俺なら絶対顔に出てる。


この点も結局の所、領主の時間稼ぎは無意味に終わった、という事になるのだろう。

何せリィスさんは最初から『この街を通り過ぎる気は無い』と言ったのだから。


勿論と言うと悲しいのだけど、その理由が解らなかった俺は彼女に訊ねた。

どうやらここを無視して直で王城を目指しても、領主の首が飛ぶだけで終わるから意味が無い。

あくまでの奴隷の市場に関しては「国内」で終わっていれば、それは何の問題も無い事だと。


賊が旅人を襲ったり、別の領地から攫った者を買ったりなどは、領主の勝手な行動。

金に目がくらみ、結果として国益を損なう行動をとった領主を裁き、結局何も変わらない。

このまま国王に訴えた所で結末はそんな所だと、リィスさんは告げた。


『この地の領主を此方につけます。先ずはそこからです』


国王を裏切って寝返る様に、とまでは言わないが、このまま生き残れる術を領主に提供する。

どうにかしてそれを受けさせるのが、まずリンさんの最初の仕事だという事だ。


という訳で当然だけれど、素直に領主の案内するところへ向かう事になる。

そして早ければすぐに終わるが、それなりに日数を滞在する事になるだろう。

決断を余りに迫り過ぎると、下手な行動に出かねない可能性も有ると考えて。


「賊は私どもで預かりま―――――」

「賊はタロウとハクに監視してもらう事にします。あの二人であれば、万が一も有りません」

「で、ですが――――」

「何か、不都合はございましたか?」

「い、いえ、滅相もございません」


ただし押し通す所は押し通す。証拠品である野盗共を殺されては敵わない。

いや、最悪殺されても実は何とかなるらしいが、流石に死体を消されると困るとの事。

それに口約束とはいえ『従えば殺さない』という約束を反故にする訳にはいかないだろう。

因みにリンさんはあくまで優しく、一番良い手段を提示したという態度で口にしている。


そんな訳で相変わらず俺とハクは野盗達を連れ、徒歩で車に付いて行く。

道中目茶苦茶じろじろ見られたけれど、気にしないと自分に言い聞かせながら歩いた。

こいつらを運ぶ物を持ってこなかった辺り、領主も確実に処刑する気だったのだろう。

もしちゃんと生かすつもりが有るのなら、拘束して運ぶ物を持って来るはずだ。


そんな訳で歩く事また長時間、もう日暮れってレベルじゃなく真っ暗な頃に領主館へ。

領主はその事に平謝りしていたけれど、リンさんは優しく返していた。

因みにこれも当然作戦だ。王妃自身は組し易いと思わせる算段も入っている。


騎士達からの報告をどれだけ受けようと、現物のニコニコふわふわ笑顔の彼女を見て、まさか本当にそんな事をする人間とは中々思えないだろう。

ぶっちゃけ詐欺だと思う。何だあの素敵な年上のお姉さんは。本当に酷い詐欺だ。


「賊共は、こちらに空いている倉庫がございますので、そこに――――」

「タロウを監視に付けるのに、倉庫にですか?」

「―――――申し訳ありません。少々お待ちいただけますか」

「ええ、勿論」


倉庫で寝泊まりかぁ・・・と少し諦めていると、リンさんが口を出した。

これは予定にない行動で、思わず俺がびくっと彼女を見てしまう。

するとリンさんはニマッと何時もの笑みを見せ、気を使ってくれたんだと解った。


「・・・狡いなぁ」


普段雑で何にも考えてない人なのに、こういう所で良いとこ見せて来るんだから。

多分ちゃんとした所で俺とハクが過ごせるように、という事なんだと思う。

念の為リィスさんの様子をうかがうと、小さく頷いて返してくれたので大丈夫だろう。


「では、ご案内致します」


という事で使用人の案内により、俺とハク、そして野盗達も屋敷の中へ。

リンさん達は当然別の部屋に案内され、となるとシガルとも別行動である。


『なあタロウ、私あっち行って良いか?』

「今はちょっと待って。後でなら良いから」

『んー・・・解った』


案の定シガルと離れるのを嫌がったハクさんを止め、俺達は大きな部屋に案内された。

家具らしい物は殆ど無い部屋で、客が多かった時の宴会などに使う部屋らしい。

ただ部屋に着いた所でハクが呼ばれていると連絡が入り、俺一人での監視になった。

まあこいつらの力量なら俺一人で行けるか。いざとなったら全員昏倒させよう。


「へっ、捕まって牢屋に入れられる所か、中々の扱いじゃねえか。これで拘束さえ無ければもっといいんだがな。そうは思わねえか、坊や」


使用人たちが去り、野盗達が腰を落ち着けると、頭目らしき男が話しかけて来た。

その声音はどこか気安い物というか、俺を小馬鹿にしている声色だ。


「坊やっていう歳じゃないんだけどな、俺」

「はっ、坊やはみんなそう言うのさ」

「・・・言われてみると確かにそうかも」


いや、言い負かされてどうするよ。というか、急になんで話しかけて来たんだコイツ。


「坊やも大変そうだな。あんな連中についてかなきゃいけないとか。同情するぜ」

「そりゃどうも。同情されるほど大変な事も無いけどな」

「はっ、強がりは良くねぇ。化け物の中に人間が混じるのは精神をすり減らす行為だ。苦労が無いなんてこたぁ有り得ねえだろうよ」

「まあ・・・そりゃ・・・確かに」


色々と規格外の人達に鍛えられるのは、中々に大変だったのは事実だ。

そして今回の旅も色々振り回されているし、大変じゃないとは言い難い。

とはいえ今迄の事を考えると、帰ったら笑い話に出来る程度でしかないけれど。

つーか、本当に何なんだ。さっきまでの大人しい態度は何処へ行った。


「そんな顔すんなよ。どうしたってなにも出来ねえさ。だからせめて話相手にぐら―――」

「止めておきなさい」


頭目が言葉を重ねようとした所で、気配を感じさせない足取りでリィスさんが入って来た。

勿論俺は探知を使っているので気が付いていたけれど、野盗達にしたらいきなり現れた様な物。

斬り殺された男の事も有るからか、ごくりとつばを飲み込んで固まる者も居る。


「こんな事だろうと思ったので様子を見に来ましたが・・・貴方、死にたいのですか?」

「ま、待ってくれ、お、俺は別に、何も・・・!」

「残念ですが、そういう意味では有りませんよ。その方を嵌めようなどという考えは、自らの死を早めるだけだという意味です。その方は国一つを潰した事が有る方だというのに」

「は・・・?」


リィスさんの言葉に野盗達はポカンとした顔を俺に向ける。

ていうか俺、何か嵌められそうだったのか。流石に今回は全然話聞く気は無かったんだけど。

後潰したって、まさか帝国の事だろうか。あれを俺がやったと言われても困る。

ただニコッと笑うリィスさんが『言い訳を口に出すな』と言っている様に見えた。怖い。


「相手の力量すら解らない貴方達には気が付けない様ですが、彼に下手な手を出せば屍が増えるだけです。止めておきなさい。私では彼を止められませんよ。私の身の為にも止めて頂きたいですね。ああでも別に止めずとも、数人減るぐらいは構いませんか。それで彼の気が済むなら」


リィスさんの物騒な言葉に、困惑した目を俺に向ける野盗達。

確かに野盗達してみれば、俺あんまり何かをした覚え無いもんな。

結界張ったりはしたけども、俺という人間は頼りなさげにでも見えたんだろう。

まあ事実今いる面子の中ではぶっちぎりで頼りないんだけど。


「タロウさん。彼らに少し『現実』を教えてあげて頂けますか?」

「現実、ですか?」

「ええ――――」


リィスさんは頷く動作をした瞬間、そのまま俺に突っ込んで来た。

ぼそっと呟いたのが見えたし魔力を纏っているから、おそらく強化魔術を使っている。

彼女は俺の懐に潜り込むとそのまま拳を放つが、即座に仙術強化を使って飛びのいて躱す。


不意打ちだったし速くはあったけど、打つ動作がまる解りだったから躱すだけなら容易い。

とはいえびっくりはした。いやだって、普通いきなり殴って来るとか予想しないし。


「び、びっくりしたぁ・・・なにするんですか、リィスさん」

「・・・全力の一撃を事も無げに躱されると、解っていても多少落ち込みますね。まあウムルの騎士隊長の剣を躱せる方に当てれるとは思っていませんでしたが。さて、今のを見ても彼を手玉に取れそうだと思いますか? 下手に機嫌を損ねる方が怖いと、私なら思いますが」


彼女の言葉で野盗達に視線を向けると、彼らは目を見開いて俺を見ていた。

ただその中で頭目だけは口惜しそうな顔を見せている。


「くそっ、化け物の護衛は当然化け物か・・・」

「考えが甘かったと、理解出来ましたか?」

「ああ、解ったよ、もう余計な事は何もしねぇ。だから助けてくれ」


多分俺の今までの様子を見て、一番組し易いと思ってたんだろうなぁ。

その判断は正直に言えば正しいのだけど、ここで余計な事を言う気は当然ない。

ただ頭目は納得して諦めを口にするが、何故かここでまた命乞いをして来た。


「命は奪わない、と約束した筈なのですけどね」

「命だけ、だろうが」

「命以外に何か?」

「俺達が居ないと、困るんだろ? もうちょっと条件加えてくれても良いんじゃねえか?」

「なる、ほど・・・」


ああそういう事か。ここまでのやりとりで自分達の立ち位置を見極めていた訳だ。

そして彼女が『どういう形であれ約束は守る』という事だけは信用していると。


「気が付くのが少々遅かった、と返させて頂きましょう。貴方達は生きて此処に来た時点で、仕事はほぼ終わった様な物です。既に貴方達から『証言が有った』という報告を領主にしておりますし、騎士達も周知しております。素直に指示に従い、口論をしてくれて助かりました」

「―――――まさか、あの時の口論は・・・!」

「ええ、勿論、貴方達にこれ以上の条件を付け足させない為でも有ります」

「こ、この下衆女・・・!」


頭目はわなわなと震えながらリィスさんを睨むが、彼女は逆に頭目を睨み返す。

その迫力に呑まれた頭目は、怒りも消えて息を呑んだ。


「下衆だと。どの口で言う。人の命で酒を飲んで来た貴様に言えた事か。良いか、私は貴様らなど全て殺してやりたいとすら思っている。貴様らが彼を怒らせるのは、むしろ私個人としては気分が良い結果だ。だが約束は約束と、貴様らの命を助けに来てやったんだろうが」


ああ、つまりこういう事か。俺を嵌めて怒らせて死なせれば、約束を破った事になると。

だからちゃんと約束は守っていると言うと同時に、大人しくしていろという脅しもかけている。

別に俺は簡単に殺す様な気は無いけれど、それぐらいの脅しが有った方が扱いやすいんだろう。


「この状況でもまだ諦めていなかった気概は評価するが、死にたくなければ大人しくしていろ。いいか、私は出来れば貴様らを殺したい。少しぐらい数が減っても良いとすら思う程度にはな」

「・・・わか・・・った」

「それで良い」


リィスさんの言葉の意味を、悔しそうにしながらも納得して頷く頭目。

なんか、同情する余地は無いはずなのに、何故か少し同情したくなった。

・・・まあこういう風に思う所が、付け込めそうと思われた原因だと思うけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る