第744話、騎士の剣を振るう様です!

野盗達の尋問が終わって翌朝、日が少し上り始めた時間帯にそれはやって来た。

多くの兵士を連れ、先頭に三人虎に騎乗し、車も虎に引かせている集団が。

一瞬グレットと同じ虎かと思ったが、どうやら草食獣の方らしい。


人になつき易いとは聞いていたけど、数がそろっているのを見るのは初めてだ。

はぁーと声を漏らしながら接近を眺めていると、リィスさんが「ダバスはあの国に結構多いんですよ。野良も。ただ機嫌悪いのに近づくと草食でも危ないですけど」と教えてくれた。


「先頭の三人は、明らかに貴族でしょうね。少なくとも騎士ではあるでしょう」


リィスさんの言う通りだったのか、兵士達は少し離れた所で止まって三人だけ近寄って来る。

勿論虎に乗ったままではなく降りて近づき、リンさんの前で膝を突いた。


「リファイン王妃様、お会い出来た事を光栄に思います」

「ふふっ、ありがとうございます。皆様はムルリレの騎士、で相違ありませんか?」


彼等の挨拶に対し、リンさんはにっこりと笑って王妃様モードだ。

しかし何度見ても未だに見慣れない。この人が腹芸する日が来るとは本当に思わなかった。


「はっ、我ら三名、共に騎士として名を連ねさせて頂いております」


三人共騎士らしい。因みにムルリレとはこれから向かう予定だった国の事だ。言い難い。

そこから三人の話を聞くと、リィスさんの言っていた通りウムルの使いが向かい、今回の件を報告されて急いでやって来た、という事らしい。


「この様な事態になり、我が国としては面目次第もございません」

「どうかお気になさらず。あなた方が悪いのではなく、私を襲った者達が悪いのですから」


騎士達三人はリンさんの優しい言葉に、あからさまにほっとした顔を見せた。

それは大国の王妃に危険な目に遭わせた、という事を考えれば当然の反応なのかもしれない。

だけど既に野盗達から事情を聴いている以上、それ以外の安堵が有るとしか思えなかった。


「時に、騎士様であれば、多少は国の政に関わっておりますよね?」

「はっ。ですが騎士は政に関わるには低い身分です故、余り詳しい事はお答え出来ませんが」

「いえ、難しい事をお尋ねしたい訳ではありませんので、きっと応えられると思います。騎士であるならば貴族なのでしょう。ならば知らないはずがない、いえ、知らないでは済ませてはいけない事ですから」


ニコニコと話を続けるリンさんに、騎士達の顔が少々怪訝な様子になって行く。

それは若干作った様な顔で、今から言われる事を想定し始めた様に見えた。


「彼らを捕らえ、彼等から色々と情報を引き出させて頂きました。その中に少々気になる事が有ったのです。ムルリレが野盗達から奴隷を買っている、と」

「―――っ、な、なんという事を。連中、そんなデマを!?」


リンさんの言う事に本気で驚いている、っていう演技なんだろう。

向こうはここまで言われる事はどうせ想定済みだと、リィスさんは俺達に伝えている。

だから、この後の行動も、既に予測済みだ。


「お前達、我が国を侮辱した罪は重い。兵達よ、奴らを一人残らず殺せ!」


面倒な証人は殺すに限る。そして兵士達も予定通りに武器を野盗達に向ける。

命令を下す前から動き始め、殺せと言った瞬間には既に武器を振っていた。

これで事前に決めていませんでした、なんて言われたら驚くレベルだ。


「――――な!?」


事前に張っておいた結界で全ての攻撃を防ぎつつ、騎士と兵士達の驚きの声を聴く。

防御と回復は魔術の中では得意技だ。全力で防いでやったぞ、ざまーみろ。


「な、こ、小僧何を――――」

「タロウ、良い仕事です。流石セルエス様の愛弟子です」

「ありがとうございます、王妃様」

「――――タロウ・・・まさか、あの・・・実在したのか・・・!」


何か私、非実在人物と思われていたらしいです。っていうか「あの」が何なのか凄く気になる。

とはいえ今そこで口を挟む空気ではないので、このままリンさんにバトンタッチ。

当然手出しは出来ない様に結界は張ったままだけど。


「さて・・・大事な証人をいきなり斬り殺そうとするとは、どういう事でしょう」

「し、失礼ながら、これは我が国の問題であり、奴らの処刑は我が国としては―――」

「我が国の問題。成程。もしかしたら貴方の住む国と違法取引をしているかもしれない者達が、大国の王妃を襲った事を、私共に一切の関係が無い、と貴方は仰られるのですね?」


ニコニコした様子で騎士達を追い詰めていくリンさん。

因みに台詞に関してはリィスさん仕込みなので、褒めるべきかどうかは悩みどころだ。


「そ、それは連中が勝手に言っている事であり、全くのデマ―――――」

「ふざけるな! 今まで俺達のお陰で稼いだくせに、デマ口にしてんのはどっちだ!」


騎士の言い分に野盗達が切れだし、口々に今までの取引の事を喋りだす。

当然これも仕込みであり、リィスさんに死にたくなければそうしろと言われての事だ。

とはいえ多分、当然の様に切り捨てられた事に対する恨みは事実だろうな。


「あらあら、どちらが真実なのかしら。ねえ、騎士様方。もし野盗の語る事が真実であれば、貴方の国は「ウムルのリファイン王妃」に喧嘩を売った、という事ですよね?」

「ば、馬鹿な!? 野盗ごときが行った事を、国のせいにされては―――」

「ですがウムルは貴方の国に事前に問うたはずです。この様な取引は、そちらの国に存在してはいないかと。何故そんな話をしたかはご存じとは思いますが、まさかご存じありませんか?」


そこで騎士は口を噤んでしまった。何せウムルが来た理由はただのお忍び旅行じゃない。

勿論そんな事は誰もが解っているし、当然リンさんが向かう事は伝えてある。


ただこれは「ウムル」が来ようとしたのではなく、周辺国がウムルに依頼した事になっている。

大国ウムルもとうとう被害に遭ったのだろう、手を貸してくれ、と。

つまりこの国の周辺では「野盗が人を襲い国に売る」という事が前々から横行していたんだ。


これを好都合と思ったのはブルベさん、ではなくなんとリンさんだった。

直接喧嘩を売ってきた国の前に、動ける所が有るなら動けば良いと。

周囲の国が賛同してくれているなら、それは味方につけられるじゃないかと。


かくして「か弱いお忍び貴族様」の旅が決まり、各国に連絡を取る事になる。

そして事前に貰っていたこの国からの言葉は「我が国に違法な取引など存在しない」という言葉と「王妃が来て何事も無ければ良いのでしょう?」という返事だった。


後の難しい事は当然ブルベさんや他の人達の仕事で、リィスさんが一緒なのはその為らしい。

という事を、見張りの間に彼女から教えて貰った。出来れば最初に教えて欲しかった。

けど「言うと変に構えるかもしれないから、タロウ君には内緒ね」って言われてたんだってさ!

すみませんね! お気を使わせてしまって! 悔しくなんて無いよ!


「大事な証人を問答無用で殺す。疑われたくない者が良くやる手口ですね」

「そ、それは、で、ですが――――」

「国主からの文書には、国と賊が組んでいる事などありえない。もしそんな事が有るとすれば、国が犯罪を公に認める事になる。国に居る奴隷は皆奴隷になるべくしてなった者達しかいないと、そう報告を頂いています。では何故、私共は奴隷を欲している賊に襲われたのでしょう」


ニコニコと問いかけるリンさんに騎士達は俯いてしまい、その様子に彼女の笑みが消えた。

おそらく彼らは焦りつつ言い訳を頭に巡らせているのだろうが、リンさんはそれを許さない。


「そうそう、言い忘れていました。私がここに来たのは確かに王妃としてです。ですが私は王妃である前に、ウムルの聖騎士。そして国内最高の剣士の名、ウィネスの名を賜った、リファイン・ボウドル・ウィネス・ウムルでもある事を」


そこで彼女は剣を抜くと、その剣を騎士に向けて突き付ける。


「我が領地にて保護した守られるべき子供達の事で、民を守るべく騎士となった我が心は怒りで満ちている。心優しき陛下とて、いや、優しき陛下だからこそお怒りになられている。貴殿ら、我と剣を交える覚悟が有るのか?」


これはウムルに喧嘩を売ってきた国と、貴様らは同じ事をするのかという問いだ。

それも連中とは違い、直接ウムルの王妃を襲った上に、ウムルが嫌う奴隷にしようとして来た。

ただ商人を切り捨てた向こうと違い、こちらは直接手を出してしまっているから大問題だ。


怒りを乗せたリンさんの本気の威圧に、その場にいる全員が震えていた。息が苦しい。

待って欲しい。敵味方関係なしで動けないんですが。思っていた以上に怒ってたんですね。

あ、でもハクは笑顔でリィスさんに至っては震えながら恍惚とした顔してる。何あれ怖い。


「では騎士殿よ、返答を聞こう。民を守るべき立場に在る者として、責任有る言葉を」

「わ、我が身程度に、か、か、軽々しく、く、口に出来る事では、有りませぬ」

「ならば誰に問えば良い。答えよ」

「お、恐れながら、国王陛下以外、と、問いに応えられる方は、お、おりませぬ」

「良いだろう。ならばそれまで、貴様らに剣を振り下ろす事は無い。だが返答次第では―――」


リンさんは誰も居ない方向に一歩踏み込み、そして剣を振り抜く。

踏み込んで剣を振っただけ。ただそれだけで――――大地が揺れた。

彼女の踏み込みに大地は耐えられず崩壊していき、剣圧に土が弾け飛んで行く。


「―――――ウムル最高の剣が、一切の容赦なく振り下ろされると思え」


揺れが収まり土が撒き散らかされ、後に残った大きなクレータに彼等は怯えて頷いた。

むしろ頷くしかなかった、というのが正しい認識だろうな。

若干強引な手で周辺国から苦情も来そうではあるが、これは被害者本人の訴えだ。


たとえウムルが嫌いで、何か文句を付けたい国が居たとしても、今回はつけにくい。

それに何せウムルだけではなく、この周囲の国も協力の下なのだから。

つまりは単純明快に、最初からこの国は嵌められていたんだ。まあ、自業自得だろうけど。


しかし、相変わらずバカみたいな腕力だなぁ。あれでまだ本気でじゃないから困る。

本気の一撃はもっと速かった。多分一応やり過ぎない様に加減したんだろうなぁ。

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