第738話平坦で平穏で何もない旅の続きです。

領主館では取り敢えず一日素直に歓迎を受けて、翌日普通に出発する事になる。

その際にどうぞもっとお休み下さいと勧められたが、リィスさんが丁寧に断っていた。

因みに馬車も譲ろうと言われたけど、こちらも同様である。

だって貰っても使えないもん。馬が怯えちゃうからハクが乗れない。


「皆さま、お気をつけて」


領主さんは仕事が有るからと、お爺さんが街の出入り口まで送ってくれた。

ただ領主さんは仕事のせいというよりも、良いから家に居ろと押し込まれた感じだったけど。

多分また何か失敗するの恐れたんだろうなぁ・・・。


「残念・・・あのお爺さんと一回ぐらい手合わせしたかったな・・・」

『なー。強そうだったよなー』


街を出るとリンさんとハクが唐突にそんな事を言い出した。

マジかよ。この二人がやりたがる相手なのかあの爺さん。俺には全然解んなかった。

いや、立ち振る舞いから強そうだなー、ぐらいは解ったけど・・・ああそれが擬態って事か。

リンさん達だって普段の姿はそこまで怖くないもんなぁ。


「止めて下さい。国の英雄同士の戦闘など、公式の訪問でやらなければ一体何を言われるか」

「あの、リィスさん、あのお爺さんって、そんなに偉い人なんですか?」

「ええ、過去の亜人戦争時代に活躍した人の一人です。ただあの方は広く守る事を重視し、余り身動きが取れていない様子でした。それはそれで大事な事だと思いますが、ご本人は余り納得されてはいない様です」


マジかよ。て事はそりゃあ一発で俺の実力とか違和感持つ訳だわ。

実際に手合わせしたら普通にボッコボコにされてたのかな。


「あのお爺ちゃんってそんなに偉い人だったんだ。凄く腰低いから良く解んなかった」

「リンお姉ちゃん・・・それは相手が王妃様だからでしょう。ほんとにもう・・・」


あ、リィスさんが頭を抱えた。言う通り騎士と王妃様なら膝を突くのは騎士よね。

でも俺もそんなに凄い人と思ってなかったので、特に何も言えないけど。

正直話していて心地良いお爺ちゃんだなー、ぐらいだったし。


「立場を同じくと言ってたから、お姉ちゃんはちゃんと解ってるんだと思ってたのに・・・本人がその話題には触れないから、態々話題にしない様にしてるだけかと思ってた」

「いやー、だってあのお爺ちゃんの立ち振る舞いから察するに、きっと騎士だなーって思ったし、実際そうだったみたいじゃん。て事は同じ立場だなーって」

「あーもう、友好国の戦時の英雄も覚えてないとか、帰ったら勉強し直しだからね!」

「うええ!? なんでぇ!?」

「何でも何もないでしょ! こういうのは立場的に最低限必要な知識なの!!」

「うえええええええ、王妃の立ち振る舞いちゃんとしたのにいいいい!」


そこからは暫くギャースカと二人の言い合いを聞きながら街道を歩く事になった。

ただし人が近づく気配を感じるとリィスさんは静かになり、離れるとまた喧嘩を始める。

仲良いのか何なのか。まあリンさん個人の事は好きなんだろうけど。


『あの爺さん、常に隙が無かったぞ。絶対楽しかったと思うのに』

「あー、確かに、にこやかに見えて全方面に対応出来る様にしてたね」

「・・・ハクもタロウさんも本当に目が良いよね。あたしは流石にそこまでは解らなかった」


あら、シガルさん気が付けてなかったのね。

でも気にしないで良いよ。俺もリンさんが興味持つ程とは思ってなかったし。

むしろ今聞いて普通に驚いたから、結局シガルと余り変わらない。


「でも一応強そう、って事には気が付いてたんでしょ?」

「それは、まあ、勿論。私だって何だかんだそれなりに鍛えてるもん」


シガルは最近にしては珍しく、少し拗ねた様に唇を尖らせている。

ちょっと、いや、凄く可愛い。最近の大人びた雰囲気からの子供っぽい仕草が可愛い。

態々俺より小さくなる様に少し背を丸めてのぞき込む仕草も含めて。

のろけではない。決してのろけではない。のろけかもしれないけど心の中だけだから。


「タロウさんの実力って、徹底的な実戦によるもの、ってのが良く解るよね、そういう所」

「んー、まあ、何だかんだボッコボコにされて続けて鍛えた技だからねぇ」


最初こそ基礎鍛錬と優しい手合わせだったけど、時間が経つにつれえげつなくなって行った。

毎日骨折は当たり前で、下手すりゃ痙攣して動けなくなるまでボロボロにもなった。

セルエスさんの魔術で何度も治されて、何度もぼこぼこにされまくって・・・。


「おかげで痛いのに耐える事に慣れたのは良いのか悪いのか・・・」

「死の間際になっても抵抗できるって強みだと思うけど。タロウさん体壊しながらも動き止めないし、普通の人にしたら結構怖いと思うよ」

「あー、確かにそう言われると不気味かも」


ただ俺も別に痛くない訳じゃないので、出来れば怪我はしたくないんですけどね。

そんな感じでリンさん姉妹はちょこちょこ喧嘩しつつ、俺達はそれを眺めつつ雑談しながら、和やかな旅道中が続いた。


この国も平和な国な様で、道中で通ったどの街も治安も良く国力も低くない。

そういう国を選んでいる以上当然の話ではあるんだろうけど。

なので徒歩で時間がかかりはしたものの、最初のあれ以降は平和に終わって通り過ぎた。


その調子で次の国も、その次の国も、と、順調に歩いて移動を繰り返す。

一応その間何度か乗り物を試した物の、一度も乗る事は出来なかった。

本気でミミズは運が良かったなぁ・・・。


『むー、偶には根性有るのは居ないのか』


と、不満たらたらなハクさんである。無茶言わないで上げて欲しい。


「・・・これはもう、本格的に帰りはハクさんに頼らないといけませんね・・・連絡を入れておきますか・・・帰りも乗りたかったなぁ」


リィスさん、冷静なようで欲望が漏れてますよ。

俺もちょっと帰り道もミミズバスに乗ってみたい気はするけど。


どうやって連絡を取るんだろうと思って訊ねてみると、諜報員が街に居るとの事。

どの国にも基本居るそうで、そこから連絡を入れるつもりだそうだ。

ただ接触方法は内緒です、と言われたので何か特殊な方法なんだろうな。

その為に次の街で数日滞在になったので、のんびり休む事になった事なども有った。


また出発したらすれ違う人と挨拶をしながら、のんびりとした旅を続ける。

本当にどこまでも平和でのんびりとした、物凄く平坦な感じの旅だった。

街から街へ、国から国への道も、殆ど舗装されていたし。


だから当然なのかもしてないけど、お爺さんに心配された様な事もやっぱりなかった。

そういう事を避けて進んでいたのだし当然と言えば当然なんだろうとは思うんだけどね。

国内も、国境地も、本当に何もなく、幾つかの国を越えていく。


ただ、とある国の国境を出る前に、リィスさんがとんでもない事を言い出した。



「次の国では、襲われる事を前提として向かいます。皆さんに態々言うまでもないとは思いますが、いつでも戦闘に入れる様に構えておいて下さい。国境地でも、国境を越えても、危険が常にあると思って下さいね」



なんて事を、彼女は言い出した。

俺確か、今回は予測外のトラブル以外は平和って聞いた気がするんですが・・・。

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