第737話新しく自分の弱みを自覚します!

領主の屋敷に着いて車を降り、その際にお爺さんがまたリンさんをエスコートしていた。

リンさんも王妃様モードで応えて優雅な雰囲気を見せている。

ほんのついさっきまで車の中でヤダヤダとごねていたのが嘘の様だ。

むしろ詐欺だ。誰だあの淑女。黙っていれば本当に美人なのが狡い。


その後は使用人の方々がお爺さんに声をかけ、屋敷の中に誘導された。

ただ少し様子を見ていると、使用人さんがお爺さんに伝えた事を、そのままお爺さんがリンさんに伝えている様だ。

歓迎しますとかそういう言葉も、お爺さんを介して喋っている。


直接リンさんに喋りかけないのは何でなんだろう。

この国ではそういう礼儀とか決まりとかが有るのかな。

リンさん王妃様だし、下手に話しかけて失礼を、的な話にならない対策かもしれない。


「ようこそいらっしゃいました。歓迎致します、リファイン殿下」


お爺さんにエスコートされた先の部屋では、扉が開くと既に膝を突いている男性が居た。

この人が領主さんなのだろうか。身なり的にそれっぽい感じだ。

年齢は俺と同じか、それより若そうに見える。って事はかなり若いんじゃないかな。

シガルの成長速度が普通と考えると、20もいってないんじゃないだろうか。


「歓迎に感謝致します。ですがどうぞお立ち下さい。今の私は知っての通りお忍びの身。身分は王妃ではなく、語るとしても騎士として旅をしています。どうか気を楽にして下さい」

「お気遣い頂き、誠にありがとうございます」


領主らしき男性はリンさんの言葉で顔を上げ、膝を突いたままリンさんの手を取った。

そしてその手に口づけをしようとして―――――お爺さんに殴り飛ばされた。

え、何で。今何が起きたの。リンさんもちょっと驚いてるけど。


「―――――いっ、たっ、な、何をするんですか、お爺様・・・!」

「馬鹿者、今のは止めておらねばその首が叩き落されているわ。リファイン王妃様、孫はまだ領主として不勉強故、どうか平にご容赦を。もし責を問われるのでしたら、この老体の首でお許し頂きたい」


お爺さんはリンさんの前に回って膝を突くと、剣を腰から外してリンさんに差し出した。

領主さんはお爺さんの孫だったのか。

良く解らないけど今のに失礼が有って、自分で勘弁してくれって事なんだろう。多分。

とはいえリンさん今普通に驚いてたから、おそらく問題無いと思う。


「勤勉なのですね。私は貴方の様な方の命を軽んじる事を良しと思いません。我が夫、フォロブルベも同じです。貴方の様な方こそ、後続を育むに相応しい」

「寛大なお言葉、心から感謝致します」


リンさんは相変わらず王妃様モードで応え、お爺さんは深々と頭を垂れた。

領主さんはそれを見て慌てた様にお爺さんの横に並び、同じ様に頭を下げる。

だけどリンさんは膝を突く二人に目線を合わせる様に膝を突くと、領主の手を取ってその甲に優しく触れる様な口づけをした。


「これで宜しいかしら。間違っていたら不勉強でごめんなさい、お若い領主様」


そしてにっこりと笑って語りかけ、領主さんは顔を真っ赤にして見惚れていた。

・・・多分初対面の時こうだったら、俺も同じ様な反応だったんだろうなぁ。

何となく初めて会った時の事を思い出し「詐欺だろこれ」などと思ってしまう。


「こ、光栄です。あのリファイン殿下にこの様な、末代までの誇りとなるでしょう」

「ふふ、大袈裟ですね。さ、お立ち下さい」

「はっ」


領主さんは顔を真っ赤にしながらリンさんの手を取り、お茶を用意していたらしい席に誘導。

丸く収まったみたいだけど、俺としては彼の顔が腫れているのがとても気になる。

治してあげちゃ駄目なのかな。凄く治してあげたい。


「お騒がせして申し訳ない。あれも悪気は本当に無いのです。どうか、ご容赦を」

「へっ、え、あ、はい」


領主さんとリンさんが移動を始めると、お爺さんが俺達にも謝って来た。

驚いて碌に反応出来ないでいると、リィスさんが一歩前に出て口を開く。


「どうかお気になさりませんように。リファイン様が良いと言う以上、私共もそれに従います。それに貴方を見ていれば、お孫さんに悪意が無い事は解るという物です」

「感謝致します」


まさか俺に謝られると思ってなかったので、全然反応出来なかった。

ただリィスさんがにこやかに返してくれたので大丈夫でしょう。きっと。

シガルさん、良いのよ、苦笑い我慢しなくても。解ってるから。


「長旅お疲れでしょう。今夜は我が屋敷にお泊り下さい」

「ええ、ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね」


領主さんは定番通りという感じにリンさんに伝え、リンさんも微笑みながら頷いていた。

・・・駄目なの解ってるけど、あのメッキ剥がしたくなる時が有る。

いかんいかん。アロネスさんと同類になってどうする。それは駄目だ。


そんな感じで最初こそひと悶着あったものの、食事を頂き風呂も用意された。

風呂は当然俺は別だったのだが、何故か俺もVIP待遇だったのが良く解らない。

使用人の女性が入って来て体を洗うとか言い出したので、丁重に出て行って貰った。


そんな事が後でシガルにばれたらどんな目で見られるか解った物ではない。

あの子おおらかな様に見えて、結構嫉妬する子だもん。

その辺りはイナイの方がまだ優しい。

彼女の場合は我慢強いだけだから、逆に怖い時もあるけど。


「そして当然就寝も一人、と・・・それは良いんだけど、落ち着かないなぁ、この部屋」


就寝にと俺にあてがわれた部屋が豪華で広い。

おそらく貴族をもてなす為の客室なんじゃないだろうか。


「・・・もしかしたら、俺の事も知ってるのかな」


俺の事をただの護衛ではなく、イナイの身内と見ているのかもしれない。

その場合は確かにこういう扱いになるのかもしれないな。


「あの若さで、そういう細かい所もちゃんと知って動いてるのか・・・凄いなぁ」


最近本当にちゃんとしなきゃ、と思うせいで回りの凄さが良く解る。

もしかしたらお爺さんに言われてかもしれないけど。

それでも領主なんて仕事を、あの若さでやってのける重みはどれ程の物か。


「はぁ・・・」


頭をぼりぼりとかきながら、何となく剣を手に取る。

どうにも落ち着かない。少し外で訓練でもしてこよう。


何かあれば鳴らしてくれと言われたベルを鳴らし、やって来た使用人さんにその事を告げる。

すると庭に案内しますと言われ、屋敷の庭まで案内して貰った。ここでどうぞという事か。


お礼を言って庭を進み、ある程度の所で剣を抜く。

ちらっと背後を見るが、使用人さんはそこにずっと立って動く様子は無い。

俺が訓練終わるまで動けないのかな、もしかして。


「・・・失敗だったかな」


だからこういう所だよなぁ。本当に駄目だな、俺。

でもこれで気になるからって何もしないのは、逆に失礼な気がする。

取り敢えず、せめて型だけでも通しをやろう。


そう決めて剣を構え、もう数え切れない程繰り返した型を通す

通し終わった所でふぅと息を吐いて剣を下すと、パチパチと拍手の音が耳に入った。

近づいていたのは解っていたけど、背後に騎士のお爺さんが立っている。


「綺麗な動きです。たゆまぬ鍛錬が為せる動き。流石ですな」

「あ、ど、どうも。ありがとうございます」


良い笑顔で褒められて、少し照れ臭く感じながら礼を返す。

するとお爺さんは少しクスリと笑うと、俺の傍に近づいて来た。


「ああ、ここはもう良い。君は戻りなさい。ご苦労さま」

「畏まりました」


ただその際お爺さんは使用人さんに声をかけ、使用人さんは屋敷に戻って行った。


「タナカ・タロウ殿、貴方の活躍は聞き及んでいます」

「あ、えっと、はい・・・」


多分遺跡の事か、もしかしたら帝国の事かな。

ブルベさんとイナイも、知る人間は知る事になるって言ってたし。


「話でしか聞いた事が無かったので、最初はただの同姓同名かと思いましたが・・・失礼を承知で口にしますが、とても強そうには見せませんでしたので」

「あ、あはは、良く言われます」


正直初対面で強い相手、っていう認識をされた事無いしな。

俺は割と舐められる自覚は有る。構えたらそうでもない事もあるけど。


「・・・貴方が話に聞いた通りの実力なら、それは擬態をしている、という事で宜しいのかな」

「擬態?」

「ええ、貴方からは余りに強者の気配を感じない。むしろ弱いとすら感じる。その擬態に意味が在るのかもしれませんが、王妃様護衛の間は止めておいた方が宜しいかと」


弱そうに見える、か。言葉から単純に貶してる訳じゃないと思う。

弱者のふりは止めておいた方が良い、というアドバイスにも聞こえたし。

別にふりしてるつもりは無い。だけどお爺さんからしたらそう見えるという事だろう。


もしかしたら、動物に舐められるのもそれが原因なのかな。

この世界の生物特有の怖さ、みたいな物を一切持ってないせいとか。


「多分、そういう体質、なんだと思います」

「思います、という事は、ご自身でも解っておられないという事ですか」

「そう、なりますね。自分はちょっと、他人とは体質が違うみたいなんで」


本当の事は言ってないけど、嘘は言ってないはずだ。

お、今日の俺、少しだけ口が上手いんじゃない?


「そうですか・・・なればその体質は、余計な騒動を生む種にもなりそうですね」

「え、そ、そうですか?」

「そういう可能性が有る、というだけに過ぎませんが。ですが強みでもあるかもしれません。少し、私に向けて剣を構えて下さい。斬りかかるつもりで構いません」

「は、はぁ・・・」


取り敢えず言われた通り、少し距離とをって剣を構える。

斬りかかりはしないけど、何時でも本気で剣を振れるつもりで。


「・・・成程、ありがとうございます。これは・・・中々特殊なのでしょうね」

「あの、どういう事ですか?」


何か納得されてるけど、俺には全然わかんない。


「剣を構えられた時、貴方からは確かな研鑽が見て取れました。ですが、だというのに何も怖くない。その研鑽を体が感じない。目に見えている物と感じる気配に差異がある」

「感じる気配、ですか」

「ええ。端的に言えば、実力とその気配が合っていない、という事ですね」


実力とあっていない気配。

これはやっぱり、俺がこの世界の人間じゃないってのが理由なんだろうか。

そのせいで余計な騒動を起こすってなると、なんとも悲しい物が有る。


「ですがそれは、逆に言えば強みなんでしょう。貴方と戦う相手はおそらくやり難いと感じるはず。普段なら感覚で対処出来る物が対処出来ず、思考は混乱に陥りかねない。これは少し怖い」

「怖い、ですか?」

「ええ。本来なら強者と思って出来るはずの身構えが一切出来ない。何せ体は貴方を脅威を感じていないから。これは相手が強ければ強い程、かなりやり難いでしょうね」


えっと、要は、俺の体質は相手の油断を誘える、って事で良いのかな。


「勿論その事が解った上で対処をされれば、また話は違うでしょうが」

「なる、ほど・・・」


・・・これは使えるのかもしれない。

単純に体質の問題じゃなく、闘い方として。


今迄対処出来ないと判断した時は、強化の段階は必ず上げていた。

でもそうじゃなくて、勝つのが厳しい相手でもわざと上げないで戦う事への利点。

自分を弱く、全力の一撃よりなるべく弱く見せて、一瞬のスキを突く。

切り札に反動が有る自分には、本来そういう戦い方の方が良いのかもしれない。


まあ、それが出来るのは初見の相手だけに限るけど。

ただ、魔人達との戦闘はミスれない。

ギリギリまで実力を見せず、一撃で決めるのがきっとベストだ。

ある意味前の魔人戦はそれが出来ていたのかもしれないな。


「ありがとうございます。少し、良い考えが浮かびました」

「おや、そうですか。ですが礼には及びません。私はただ思った事を伝えただけですから」


リンさんに言われて目の事だけを気にしていたけど、まだまだ他にも気にしなきゃいけない事が有るらしい。


「では、私はそろそろ屋敷に戻ろうと思いますが、タロウ殿はどうされますか?」

「あ、自分も戻ります」

「そうですか、ではお見送りしましょう」

「ありがとうございます」


ニコニコ笑うお爺さんに何となく爺ちゃんを思い出し、礼を口にしてついて行く。

何だか、少しだけ、懐かしい気分だ。


「・・・切り札は、複数作っとかないとな」


緩む気分の中で、だけどさっきの事を思い返す。

そうだ、自分は強くない。お爺さんに言われるまでもなく、実際には弱い体だ。

何か新しい事が出来るとしても、それ一つに固執しちゃいけない。

もう少し視野を広くしないと。ただでさえ俺は色々足りないんだから。


一応、魔人には新しい切り札一個作っちゃいるけど、暫く使う予定は無さそうだしな・・・。

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