第734話俺の目が見えている物です!

その後のミミズバスの旅は、途中でクッションを購入した事でそれなりに快適に過ごせた。

どうやら同じぐらい大きいミミズが数体居て、交代で国内をぐるぐる回っているらしい。

今回は出発地点と反対側に行く予定なので、そこまでミミズに送って貰う訳だ。


そこからは国境を越える予定の普通の荷車に乗るか、徒歩で向かうかは未定だ。

タイミングよく自分達に都合の良い物が在れば乗る、という感じだろうか。


まあ今の面子なら最悪走って行っても良いと思うけど。

リィスさんはリンさんかシガルかハクが抱えれば良い訳だし。

俺が抱えるのは流石に失礼、だよね? 多分。


道中の休憩では探知を切っての戦闘訓練が続いたが、それも割と体が覚えている物だ。

戦闘で探知を使っているとはいえ、それは隠れられたら解るという物でしかない。

実際の戦闘に入ったら探知は補助にしかならない以上当然ともいえる。


勿論頭で考えて解る速さなら探知で認識は出来る。

だけど考える暇のない速さでの接近には、探知で理解してからじゃ間に合わない。

今までそういう戦闘が無かった訳じゃないので、その辺りも経験値になってはいるのだろう。


「っはー、はぁー・・・!」


だからといって、リンさんの訓練に余裕で応えられるかどうかは別の話なんですけどね!

スタミナ切れで足をもたつかせ、その際に食らった攻撃で地面を転がっております。

というかリンさん暇なのか、ここ数日毎日俺がばてるまで訓練つけて来るんだけど。

体中重い。痛い。ここ数日で何回骨折したか解んない。でもちょっと楽しい。


「おう、兄ちゃん、がんばれー!」

「もうばてたのかー? 相手の姉ちゃんピンピンしてんぞー」

「今日こそは一撃当てる方に賭けてるんだから、もうちょっと気合い入れろー!」


乗客も娯楽が欲しいのか、俺とリンさんの訓練を眺めるようになっていた。

最近は野次まで飛ばされる始末だ。そんな事言うなら自分でやってみてくれ。

この人の体力について行ける訳ねーじゃん。つーか最後の奴賭けてんじゃねえよ!


「うーん、なんか違うなぁ。見えないなぁ。こう、キラッとしたものが」


何が見えないんですか。樹海の頃からそうだけど、リンさんは説明を言語化して欲しい。

大体いっつも「こう、バーンと」とか「ヒュッとやるの」とかばっかりだもん。

そんな事言われても私にはさっぱり解らんとですよ。

だから実践でとにかく繰り返して覚えろ、っていうスタンスとったんだろうけどさ。


「はぁ・・・はぁ・・・キラって・・・何ですか・・・」


何とか喋る事が出来る状態まで呼吸を落ち着かせてから立ち上がる。


「んー、なーんていうかなー。武術も剣技も必死になって覚えたおかげか、タロウは凄く綺麗で良い動きをしてると思う。樹海を出てからも研鑽をちゃんと積んでいたのが見える。それは多分間違いないと思うんだ。だけどタロウの動きからはその先があんまり見えないんだよね」

「その先、ですか?」

「そ。その先。今が限界に近く見える。その先の成長が今殆ど見えない、って感じ?」

「――――っ!」


あの、俺の心にクリティカルヒットしたんですけど。

解っていたけど、そうはっきり言われると辛い物がある。


最近の訓練は魔術を一切使っていない。素の性能での訓練だ。

つまりは素のまま訓練しても、伸びしろは殆どないと言われたって事だ。

勿論全く伸びない訳じゃないだろう。研鑽を積んで行けばきっと伸び自体は有る。

ただそれは元の世界基準。この世界基準じゃ伸びないと言われるレベルだという事だろう。


「ただ、タロウは見えてるんだよなぁ。そこがちぐはぐで良く解んない」

「え、見えてるって?」

「あたしの動き。タロウは眼で追えてるでしょ。体が反応出来ない時でも」

「あー、ああ、まあ、一応」


反応が間に合わない速度で動かれても、大体は眼で追えている。

むしろそうでなかったら、食らう瞬間に身構えて耐えるという事も出来ない。

意識せずに食らうダメージって結構辛いから、最低限それは防ぎたいんすよ。


「・・・もしかしたらタロウは私じゃない別の物を見て判断してるのかもしれないね」

「別の物、ですか?」

「あたしを見てあたしの動きを判断している訳じゃなく、あたし以外の何かを見てあたしの動きを判断している。そう考えるとあたしの動きを目だけは追える理由が解るかな」

「リンさん以外の・・・実際に目で見ている以外の物を、見ている・・・?」


そう、なんだろうか。今までそんな事を意識した事は無い。

もし違う物を見ているという話なら、一体俺は何を見て判断しているんだ。

こう言われても、自分がそんな不思議な物を見ていたのかどうか全く解らない。


「それは、何なんでしょうか・・・!」

「そうだね・・・」


もしそれが解るなら、俺はもう一歩先に進める気がする。

この貧弱な体でも使える物が新しく有ると解ったんなら、それを最大限に使う!

答えを溜めるリンさんに、期待の目を向けて待つ。


「わかんない! あはっ、ごめん!」


そして俺の期待は、凄く元気に笑う言葉に吹き飛ばされた。

あれ、何これ、師匠に新しい何かを見つけて貰う展開じゃないんですか。


「・・・今日はリンさん食事抜きです」

「え、待って待って、揶揄ったんじゃないから! ホント良く解んないだけなんだって!」

「それはリンさんの性格上解ってますけど、腹が立つので抜きです」

「ごめん、ごめんってぇ! タロウの料理美味しいんだから許してよぉ!」


だからの場所が色々間違っている気がする。

とはいえ本気で食事抜きにするつもりは無いけど。

だからガクンガクン揺らすのやめて下さい。吐きます。


「はぁ・・・まあ良いです。んじゃその良く解らない物を意識する為に、もう少し訓練お願いします。俺も言われても全然解らないので」

「良し良し任せて。それなら幾らでも付き合ってあげるよ!」


食事抜きが無くなりそうな気配に、リンさんは元気よく応えて木剣を構える。

俺も構えて訓練を再開し、ギャラリーに野次を飛ばされながら動けなくなるまで続けた。

結局一本も取る事は出来ず、そして目で見ている物も解らなかったが。


その後は治癒魔術をシガルにかけて貰って食事にした。

材料はハクが狩って来た肉と、乗客たち提供による野菜の鍋だ。

俺が調味料を大量に持ち歩いている事が知られた為、ほぼ毎日炊き出し状態になっている。

まあ、材料提供して貰えてるから良いかな。


「しっかし・・・見ている物、ねぇ・・・何だろ、何見てるんだろう」


確かに言われてみれば、強化を使ってない状態でリンさんの動きが見えているのはおかしい。

反応できない速度で動かれた際も、目だけは確かに追えている。

勿論完全にはっきりと見えている訳じゃないけれど、それでも何となく解るのは事実だ。


「正直全く解らん・・・これが解れば何かもう一つ新しい事出来そうなのに」


鍋を食いながらずっと悩んでいるけど全然答えが出て来ない。

だけどあのリンさんが気が付いた事だ。感覚で生きている人が感覚的に発した事だ。

きっと何かが有る。と思いたい。希望的観測かもしれないけど、何かが有ると。


「兄ちゃん、毎日悪いな。美味かったぜ」

「ぼうや、ありがとうね」

「あ、はい、お粗末様です」


ただ所々こうやって思考を中断されるので、余計に考えが先に進まない気がする。

お礼を言われるのも美味いと言われるのも嬉しいので迷惑とは言えない訳だけど。


今は考えるの止めて素直に食べるか。んぐんぐ。美味い。自画自賛乙。

後最近のシガルさん、仕事だからか余り隣に居てくれないの寂しい。

せめて食事時ぐらい隣でも良いと思うんだ。


「おにいちゃん、おいしかったです。ありがとう」

「あ、はい、どういたしまして」


今日は小さなお子様も乗っていたらしい。

にこーっと人懐っこい笑みを向けられ、思わず頭を撫でながら返す。

子供かぁ・・・イナイ大丈夫かなぁ。体調崩してないと良いけど。


「あのあかいひと、いつかやっつけるの、がんばってね。おうえんしてるから!」

「あー、はい、ありがとう」

「うん! じゃーねー!」


赤い人やっつけるのかぁ。あの子にはそういう風に見えるのかぁ。

その赤い人隣で気持ち良さそうに寝てるんですけどね。

運動してお腹が膨れたらお眠らしいです。子供か。


「・・・まっ、今日は感謝します。いや、今日も、かな」


今の俺が有るのは師匠達のおかげだ。

そしてその師匠達に並ぼうと決めた以上、何時だって師匠達は感謝の対象だ。


とはいえ腹が立つ事が無い訳じゃないですけどね。

主にアロネスさんとか。アロネスさんとか。アロネスさんとか!


「・・・しかしそろそろミミズくんともお別れか。最初は驚いたけど、見慣れると名残惜しい」


次の街でミミズバスを降りて別の方法で移動だ。

降りる時はお礼をちゃんと言おう。


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ちょこっと宣伝。

また新しいの書いてんのかって言われそうだけど。


引き籠り錬金術師は引き籠れない―何だか街が発展してるみたいだけど私はただ人に会いたくないだけです―

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888263710


すれ違い、勘違い系作品です。ご興味が有ればどうぞ。

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