第733話名物車です!
宿を取った後のリンさんが「せめて美味しい食事を」と騒ぎ、宿の食堂に向かう事にした。
出て来た物は口に合った様で、文句を言わないどころかとても満足そうに食べている。
ハクも納得の味だったらしく二人共食べる勢いが凄い。
あの勢いで食べる人が王妃様とは誰も思わないだろうなぁ。優雅さの欠片も無いもん。
俺的には何時ものリンさんって感じで落ち着くけど、リィスさん的には良いのかな?
チラッと様子を窺うと、彼女は優しい笑みでリンさんを見つめていた。
あら意外。もっとこう、お淑やかにとか言うのかと思ってた。
彼女は俺の視線に気が付くと少し目を逸らし、すました顔で食事を続ける。
見ちゃいけなかったかしら。
「おいしーね!」
『はぐっ、はぐっ、んぐんぐ・・・ちょっと癖のある調理だがこれはこれで良いな』
「あーあ、ハク、口の周りがソースだらけじゃない。ほら、拭いてあげるからこっち向いて」
『ん!』
リンさんの満足気な言葉に応えるハクだが、上から目線な発言なのは何故だろう。
口元ソースだらけで「まあまあ」てきな発言とか、誰も信じないと思う。
シガルに拭いて貰うとまた同じ勢いで食べ始め、余り意味は無かった様だ。
しょうがないかという様子のシガルは友人というより保護者の顏をしている。
「リィス、あたしの口周りは大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
「リィス、リィス、お姉ちゃんの顔見て言って。スープの先に居ないから」
「大丈夫ですよー。これでも見えてるんで。リンお姉ちゃんは何時も綺麗ですよー」
「全く感情籠ってない棒読みだよ!?」
リィスさんは徹底してリンさんを雑に扱うつもりなんだな、これ。
まあ二人とも楽しそうだからいっか。
そんな感じでワイワイと食事を済まし、どうやら風呂もある様なので入らせて貰った。
当然俺は一人である。ちょっと寂しい。
そして就寝となったが、解っていたけどこれも一人である。
女性陣はみんなで一部屋だってさ。楽しそうで良いなー。
羨ましがっても仕方ないので大人しく寝ての翌日、朝食を食べたらすぐに出発。
乗合馬車の類で移動するらしいので待合所へ移動をする。
この際はリンさんもハクも特にフラフラとせずに付いて来て、問題無く待合所に着いた。
簡素な雨除けが有る程度の広場・・・いや、やけに広い気がするな。
「おはようお婆ちゃん。お婆ちゃんも馬車待ってるの?」
「おはようお嬢ちゃん。そうだね、ババァも待ってるんだけど、待ってるのは馬車じゃないね」
「へ、そなの?」
そこで一人待っているお婆さんにリンさんは笑顔で話しかけ、お婆さんも笑顔で返してくれた。
だけどその返答にリンさんは首を傾げ、俺も同じ様に首を傾げてしまう。
「この時間だと馬じゃないからねぇ。ほら、来たよ」
お婆さんが指を差したのでそちらを振り向くと、車を引く生き物の姿が見えて来た。
成程。あれは馬じゃないから馬車じゃないわな。
やって来たのは大きなミミズ。以前見たミミズ車だ。名前なんだったっけ。
「ガニャルだったんだ。成程成程」
リンさんはミミズに特に驚く事も無く、むしろ楽しそうに車が傍に来るのを待っている。
ミミズは遠目だと解り難かったが、近くまで来るとかなりの大きさだった。
長さは10数メートルはありそうで、寝そべっている状態で高さは3メートル近い。
「でっか・・・!」
前に見たミミズも大きかったけど、こんなに大きかったっけ!?
あっけにとられながら見ていると、お婆ちゃんがケラケラと笑い出したのが耳に入る。
「何だい、知らないで来たのかい。この国の名物だよ、こいつは。他じゃ中々見られない大きさだろう?」
「な、成程、名物ですか・・・なんか納得です」
よく見るとミミズの大きさに比例するかのように車も大きく、軽くバスぐらいの大きさは有る。
奥に荷物も入っていて。既にそれなりに人も乗っている様だ。
「リィスさんは知ってたんですか?」
「はい、楽しみでした」
何かすっご目がキラキラしてるよ彼女。ミミズ好きなのかな。
シガルも流石に大きさに圧倒されていて、ハクも物珍しそうに見つめている。
『こんなに大きく育つんだな。なのに大人しい』
「凄いねぇ・・・」
お婆さんは俺達を見て楽し気に笑いながら車に乗り、御者さんに問われて俺達も慌てて乗った。
ただ初めて見る人は大体同じ反応らしいので、御者さんも穏やかな様子ではあった。
そうしてミミズバスは出発し、段々と速度を上げて中々の速さで走って行く。
「は、速くないですかこれ、大丈夫なのかな」
車はバスサイズでかなり大きく、この質量がこけたらひとたまりもないだろう。
アクセルやブレーキが車自体に付いている訳じゃないのでかなり怖い。
いや勿論ブレーキは有るけど、この大きさで急ブレーキって絶対危ないと思う。
そもそも曲がれるのだろうかと不安になっていたら、お婆さんがまたケラケラと笑った。
「大丈夫大丈夫」
なんて言ってくるお婆さんもそうだが、他の乗客も慣れているのかのほほんとした様子だ。
因みにリンさんとハクははしゃぎながら外を見ている。
リィスさんもちょっとテンションが上がっていて可愛い。
あ、シガルさん違いますよ。今の可愛いはそういう意味じゃないですからね。
・・・あれ、そういえばハクが怯えられてない。ミミズ凄いな。
なんて皆の様子を確認しているとカーブに差し掛かった。
ミミズはただでさえ大きい体を更に伸ばし、バスを体で支えながらふわりと曲がる。
勿論乗客は慣性で体が傾くが、それでもそのまま引きずって曲がるのとは雲泥の差だ。
「ミミズすげぇ・・・!」
口から思わずそんな言葉が漏れ出たぐらい感動した。
唯一難点をあげるとすると、バス自体の乗り心地が悪い事だろうか。
サスペンションの類が付いていないのか尻が痛い。
クッションの類を用意しておくべきだった。
そんな感じで移動する事半日程、日が暮れたので一旦休憩となった。
ていうか半日近く走りっぱなし出来るのねミミズさん。君本当に凄いね。
客達はバス内で寝泊まりする人や外で休憩する人とそれぞれの動きを見せている。
休憩中のミミズに近づく人等も居るが、ミミズの対応は穏やかな様だ。
『なあなあシガル、私も撫でに行きたい!』
「ん、じゃあ一緒にいこっか。良いですか、リンさん」
「良いよー。じゃあ私達は夕食でも狩りに行こうか。行くよタロウ」
「あ、はい、解りました」
「リンお姉ちゃん、余り遠くに行っちゃ駄目よ。私も撫でに行きます。待って下さいハクさん」
ハクとシガルを追いかけていくリィスさん。あの、リンさん放置して良いの?
あ、リンさんがもう移動を始めてる。待って待って置いてかないで。
慌てて付いて行くとリンさんは探知を切る様に言って来たので、素直に探知を切る。
「樹海程は危険無いんだし、楽勝でしょ?」
「まあ、そこは確かに。でも探しに行くのが面倒くさいんですけどね・・・」
「魔術を使えないあたしからすれば、単に楽してるだけに感じちゃうけどねー」
「探知もそれはそれで気を遣いますからね?」
ほぼ無意識に近いレベルで使ってはいても、それでも使うという意識自体は常にしている。
これはこれで別に楽をしているつもりは無い。
とはいえ確かに頼り過ぎな所は有るので、これ以上の反論は止めておこう。
「足跡みーっけ」
「いや、リンさんが見つけたら俺が探知切った意味無いじゃないですか」
「あ」
俺が見つけるよりも先に獣の足跡を見つけるリンさん。
何の為に俺を連れて来たのか。
「じゃ、じゃあここからは任せるね」
「はい」
まあこんなのは何時もの事だし、気にせず狩りに行くとしよう。
足跡や草木の折れ方から大きさや移動方向を調べつつ、獣の傍まで寄って行く。
「お、居た居た」
「・・・次は突っ込みませんよ」
「・・・ついうっかり」
だから俺が見つける前に見つけたら意味無いでしょうが。
まあ俺も言われる前に気が付いてたから別に良いですけど。
俺とリンさんの視線の先には、バクの様な生き物がこちらを警戒していた。
ただ色は白黒ではなく茶色だけど。
「気が付かれてるねぇ」
「まあこれだけ音出しながら近寄れば当然でしょう」
周囲は草木でいっぱいで、どうしたって音を完全に消す事は出来ない。
元々周囲に音が鳴っていたなら別だけど、近寄る物体は俺とリンさんだけ。
これで気が付かない野生動物は野生では生きて行けないだろう。
そもそもリンさんが世間話しながらだったし。
「お、向かって来そうね」
「その方が楽ですよ。逃げるの追いかけるよりは良い」
バクは俺達を排除しようと突進して来たので、それを躱しざまに首を斬る。
するとそのまま力無く崩れて転がって行き、リンさんは頭を、俺は胴体を拾いに行った。
「ふむ、タロウってば無手ばっかり鍛えてるかと思ったら、剣の方も動きの無駄が前より無くなってるね。綺麗綺麗」
「そ、そうですか? だと良いんですけど」
「だって今の強化使ってないでしょ。今の動きは昔のタロウじゃ出来なかったんじゃない?」
「そうなんですかね・・・」
意識して極力無駄な動きはしない様に斬ったつもりはあった。
以前よりももっと小さく、以前よりももっと効率よくと意識しながら。
だけど改めてそう言われると、何だか少し照れ臭い。
「ミルカには遠く及ばないけど、良い見切りだったんじゃない?」
「ですよねぇー」
リンさん、解ってるけど褒めるんなら褒め切ってくれませんかね。
「取り敢えずとっとと血抜きして持って行きましょう」
「え、何拗ねてるのタロウ」
「拗ねてません」
「声が完全に拗ねてるじゃん!」
拗ねてないです。上げて落とされたのが少しイラっとしただけです。
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