第732話早速人の話を聞いていません!
国境を越えた街にも事前に兵士さんに連絡が行っていた様で、特に驚かれはしなかった。
ただ緊張した面持ちだったので、周囲に何かしら事情の有る人間だと悟られていると思う。
「さてさて、お宿を探しま――――」
「リンお姉ちゃん、こっち。予約してるから」
「ええー!? 何で!? 行き当たりばったりが楽しいのに!」
街中に入るとリンさんが楽し気に歩き出そうとしたが、リィスさんが手を取って別方向に誘導。
因みに文句を言っているリンさんだが、事前に予約を取ってるのは予定通りだ。
リンさんもその話の時に居たはずなんだけど、この人ほんと何聞いてたんだ。
・・・あの時は拗ねてたから何も聞いてなかったのかもしれない。
「お忍びとはいえお姉ちゃんの身分と女性率が高い事を考えたら当然でしょう。変なのに絡まれない様に治安の悪い所も避けるからね。荒くれ者の多そうな酒場とか問題外だから」
「ぶーぶー、つーまんーないー。大体あたしがその辺の連中に負ける訳ないじゃない」
いや、誰もそんな事は疑ってません。そういう問題じゃ無いんで。
「だから安全な宿に行くの。お姉ちゃんが暴れたらそれだけで大惨事なんだから」
「いやいや、ちゃんと壊さない様に加減するって」
「・・・王妃様が城で生活する様になってからの修繕費、調度品の被害額を知っていますか?」
「どんな宿かなー! お姉ちゃん楽しみだなー!」
リンさん、手のひら返しが早過ぎる。いやまあ、これはごねられないだろうけど。
しかし修繕費に調度品か。何か考えたくない額面でぶっ壊してそうだな。
そう思っているのが顔に出ていたのか、シガルがこそっと耳打ちをして来た。
「時々セルエスさんと追いかけっこしてて調度品壊したり、訓練場でやり過ぎて城とか備品とか壊したりしてるの。額的にはそこまで酷くは無いんだけど、扱い易いから黙ってるんだって」
「成程・・・」
リンさん良い様にコントロールされてるな。多分セルエスさんは全部計算づくだろう。
ブルベさんがその事を知らないとは思えないし、甘い顔してやっぱ少し怖い所があるなぁ。
まあ王様だし、城の修繕費とか国の金だろうし、その判断も致し方ないだろう。
しかし城の調度品で額が酷くないってちょっと疑問が残るけど。
他国の人を招く事も有る訳だから、そういうのってそれなりの物が要ると思うんだけどな。
俺は城の調度品の類は見てて綺麗だなーっていう、単純な視覚的な物しか解んないけど。
歴史的価値とか偉人の作品とか有名作家の物とか全然解んない。
『私この間大きな壺割ってシガルに怒られたから仲間だな!』
「ハクちゃんも怒られたのかぁ。仲間だね!」
何かそこで駄目同盟組んでるんだが。仲良いなあんた達。
ハクは元々顔見知りってのも有るんだろうけど、相変わらず仲良くなるのが早い。
相手の懐への潜り方に「様子見」っていう物が存在しないからだろうな。
「シガル、ハクが壊した壺って、城で?」
「城でっていうか仕事先でちょっと。叱ったのは壺割ったからじゃないんだけどなぁ」
「まさか他国で暴れたの?」
「ハクが人型だったから、半端に事情を知る貴族の子弟がハクを取り込もうと絡んで、殴り飛ばされた際にぱりーんと。だから怒ってはいないんだけど、注意はしたってだけ」
遺跡破壊で他国に行って、その際に男に絡まれたから殴り飛ばしたと。
何というか想像に難くない話だ。そういう面倒な話はハクは嫌がりそうだし。
いや、でもあいつが殴り飛ばす程って、よっぽどうざい絡み方しないと無いか?
話し合いで済ます相手には何だかんだ穏やかな奴だし。
「その時私に対する暴言を口にしたらしくて、それが原因みたいなんだけどね」
「・・・ほう?」
うちの可愛い嫁さんに暴言吐いただと?
良い度胸してるじゃないですか。どこのどいつだその男は。
ハクに殴られたらしいからただじゃ済んでないだろうけど、どうしてやろう。
仙術で数日全く身動き取れない様にしてやろうか。
「タロウさん、ハクがもう殴ったから止めてね」
「ナンノコトデショウ」
「顔が思いっきり文句を言う気の顏になってるよ」
「・・・はい、すみません」
ジト目でシガルさんに注意をされてしまった。
全力で惚けてみたけど目の圧力に屈して頭を下げる。
うちの奥さん強い。俺が弱いだけとかいう真実は措いておく。
「その時はクロト君も聞いていたらしくて目を見開いて怒ってたし、止めるの大変だったんだからね。ほんとにもう・・・あの二人はああいう時に限って協力するから困るの」
それも何だか容易く想像出来てしまう。
でも賢いクロトが切れて実行に移すって、相当の事言われたんだろうか。
いや、あの子割と簡単にかちんと来る所有るし、そこまでの事でも無かったのかも。
「タロウさんも時々短気だし、似た物親子だよね。ぽやっとしているところ含めて」
「え、まって、俺そんなに短気じゃないし、あそこまでぽやっとしてないと思うんだけど」
「時々って言ったでしょ? タロウさん普段はのほほんとしているのに、何かスイッチが入ったみたいに短気になって動くんだもん。落差を理解するのに少し時間かかったよ、あたし」
「ええー・・・」
事柄によって簡単に切れた覚えが有るからそこは言い訳し様が無いとは思う。
だけどぽやっとしている所まで似ている、って言われるのは何だかとても納得いかない。
むしろ俺とクロトはその点に関しては真逆だと思うんだ。
もし俺があんなに表情変化に乏しければ、ここまで考える事を読まれるはずがない。
「・・・少し納得はいかないけどそれはそれとして、一体何て言われたの?」
「大した事じゃないよ。あたしごときに使われるにはもったいないとか、引き抜きの為にあたしをこき下ろしたらしいよ。だから別に怒ってはいないの」
あー・・・そういう事か。ハクとしては対等の友達を貶されて怒ったと。
んで当然クロトは「シガルを竜より下に見た男」として、かなりキレたんだろう。
そういった事情から怒ってはいないけど、叱らざるを得なかったって所か。
・・・あれ、結局それでも俺も混ざって怒って叱られてそうな気がする。
「事情をしっかり全部知ってる人達が大慌てて謝って来たから、すっごく居心地悪かったなぁ。あたしとイナイお姉ちゃんの関係を知ってる人と知らない人で大分態度が違うから」
俺もシガルも自分自身の評価とは別の「イナイの親縁」っていう物が有るからなぁ。
事情を全て知ってる相手にしたら、そりゃあ大慌てだろう。ご愁傷様です。
「他国だとあたしが実力で今の地位に居る、って思われないからね」
「え、そうなの?」
「そこそこ強いんだろうとは思われてるだろうけど、お姉ちゃんと親縁って知ってたら実力関係無いと思われるし、ハクとの関係も知っていれば尚の事。割と軽く見られてるよ、あたし」
「それは・・・納得いかないなぁ」
シガルさん目茶苦茶強いのに。最近手合わせするのちょっと怖いぐらい。
そういえば暫く本気でやってないけど、今やったらどうなるだろうか。
仙術の対処方法を手に入れてないなら未だ俺の方が有利ではあるけど。
「ま、最初から解ってたから良いけどね。そこはリンさんやお姉ちゃんだって同じ様な物だし。国によっては大多数に信じられてないよ、我らが英雄の力って」
「あー・・・そういえばポヘタでもそうだったなぁ」
何だか懐かしい。全然信じられて無かったし、信じている人もその力量は把握出来てなかった。
ガラバウとか強いのは解ってたけど、どれだけ化け物か理解出来てなかったし。
そういえばあいつ今何してんだろ。まだ女王護衛の仕事してんのかな。
『あ、あれ美味しそう!』
「お、ホントだ良い匂い。リィスリィス、あそこ行こう!」
雑談をしながらリィスさんについて行っていると、ハクとリンさんが屋台を発見。
そのまま誘導を外れようとするが二人ともそれぞれガシッと襟首を掴まれる。
「はいはい、ハク、取り敢えず先に宿に向かおうね」
「リンお姉ちゃん、人の話聞いてる?」
『・・・はい』
「・・・ごめんなさい」
にっこりと笑いながら注意する二人からは、明らかに笑顔と思えない威圧が有った。
駄目コンビは視線を逸らしながら謝り、そのまま引きずられる様に宿に向かう。
「・・・この面子、大丈夫なのかな」
普段は俺も言われる側なんだけど、今回ばかりはちょっと真剣に不安なんだが。
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