第731話国境を出て出発です!

セルエスさんは国境門の手前に俺達を転移させると「じゃ、頑張ってねー」と手を振って消えて行った。

あ、門を越える所まで見送りとかなさらないんですね。何かちょっと寂しい。


「さて、じゃあ行きましょうか」

「はいはい、いこーいこー」


セルエスさんが消えるとリィスさんが率先して動き、リンさんも当たり前の様に付いて行く。

シガルとハクも当然の様に付いて行き、俺だけちょっと出遅れて後ろを付いて行った。

国境門では事前通達が有ったらしく、リンさんの身分証を見せてもみな落ち着いている。

ただ皆緊張感の有る顔をしているので、落ち着いているとは言い難いか。


そうして特に何事も無く国境門を通過し、そこそこ整備された道を道なりに進んでゆく。

こちら側はウムルと友好国なので国境地は有るには有るが、殆ど無い様な物だそうだ。

半日も歩かずに向こうの国に付き、すぐに街に到着するらしい。


なので割かしのんびりとポテポテ道を歩いている。

徒歩で進んでも野営しなくても良いし、街からは乗り物に乗れば良い。

いやまあ、リンさんの事だから道中普通に野営したがりそうだけど。


別に今から行く国が目的地ではなく、まだ暫く幾つかの国を通り過ぎる。

その途中でリンさんが車の類に乗るかどうかが少し怪しい。

徒歩が旅の醍醐味じゃん、とか普通に言いそうなんだよなぁ。


「ん~。良いねぇ、久々にのんびり外を歩くこの感じ。王妃様って疲れるんだよねぇ。このまま目的地までずっと徒歩で行きたいね」


ほら、こういう事言い出す。別に俺としてはそれに付き合っても良いけどさ。

一応リンさんは王妃様で、この旅はリンさんの気晴らしも多少は有るんだろう。

だけどわざと日数かけて行くのは余り良いとは思えない。


「リンお姉ちゃん、今から即座にウムルに帰っても良いんだけど?」

「ちょっ、リィス、城を出たとたん辛辣じゃない!?」

「ええ、それは当然。今の私はリィスであり、王妃の侍女じゃないので。そして貴方は王妃様ではなくリンお姉ちゃん。お忍びなんだから普通に扱うわよ」

「ちぇー、解りましたよーだ。ちゃんと乗り物に乗りますよーだ」

「宜しい」


リンさんは唇を尖らして拗ねながら、リィスさんの言葉に渋々と従った。

どちらが姉なのか解らないな、この二人。

いや、リンさんは樹海でも大体こんな感じだったけど。


良くイナイに怒られてたし、セルエスさんやミルカさんに雑に扱われていた。

そこには当然親しい間柄だからこその物だったし、リィスさんもきっとそうなのだろう。

そんな風に考えながら歩いていたら、急にリンさんが体をこちらに向け、後ろ歩きをしながら口を開いた。


「そういえばタロウ、今はずっと探知魔術使ってるんだよね?」

「え、ええ、そうですね。不意打ち対策にはとても使える技術なので」

「ふーん。偶には探知使わずに訓練してる?」

「あー・・・そういえば最近はしてませんね」


基本的に起きている間はずっと探知を使っているから、訓練中も当然使っている。

だから探知なしでの訓練っていうのは最近全くしていない。


「成程、じゃあ道中の訓練は探知無しでね」

「へ?」

「久々に訓練つけてあげるって言ってるの。探知なんかに頼ってたら大怪我するよ?」

「・・・ういっす」


マジかー、リンさんとやるのか―。ちゃんと手加減してくれる事を祈ろう。

・・・でもちょっと楽しみだったりはする。

何だかんだ久々に師匠に相手して貰えるというのは、ちょっとだけ嬉しい。


とはいえ体にあの一撃が染みついて、恐怖で動けない事が無いと良いけど。

未だにあの時の一撃受け止められる自信が無いんだよなぁ。

今なら一瞬だけなら対応出来るけど、そんな一瞬じゃ何の意味も無い。

リンさんは常にその速度で動き続けられるのだから。


「シガルちゃんも、少しだけやってみる?」

「はい、リファ・・・リンさん。私で宜しければお相手させて頂きます」

「あははっ、駄目駄目、それじゃ堅苦しいかなー。ちゃーんとイナイ達と話す様にしてくれなきゃ困るよ? 何せお忍びなんだから。ほら、お仕事お仕事」

「はっ、じゃ、なくて、うん、解った、リンさん」

「はい宜しい」


シガルは少々言い難そうにしながらも、リンさんに普段通りの言葉遣いで返していた。

お仕事と言われ無理やりにでも言い直している様は、何だかちょっと面白い。

リンさんはニッコリ笑ってご機嫌だ。


『良い陽気だなぁー・・・眠い』


ハクさんは相変わらず自由ですね。頼むから寝るなよ。

寝たら持ち運ばなきゃいけなくなるから俺は嫌だぞ。お前意外に重いんだからな。


「・・・いざとなったらハクちゃんに運んで貰うのも有りか。それなら道中少し位のんびり徒歩でも全然問題無いよね?」

「無しです。問題有りです。許可を取っていません。本当にお姉ちゃんは何を言い出すの」

「ええー、だって空をちょちょーいと飛んで行くだけだよ?」

「以前彼女が飛んでいけたのは、事前に通行許可を頂いていたからで、今回は徒歩での通行許可しか貰ってないの。ただでさえあの飛行技工船の事で皆空を警戒してるのに」

「ちぇー」


確かに以前イナイと国外に行った時は、空の通行許可を貰ってたんだっけか。

飛行機どころか飛行船も基本的に無いこの世界じゃ、そりゃあ気にするよなぁ。

もし攻撃も届かない様な上空から攻められたらひとたまりも無いだろう。

その国にリンさん達みたいな人が居なければ、っていう前提が有ると思うけど。


『私は飛んでっちゃダメなのか?』

「あ、いえ、すみません。違うんですよ。ハクさんが竜として好きに移動する分には、私共には制限はかけられません。ですがウムルの者としての移動には少々問題が有るんです」


ハクの首を傾げながらの疑問には丁寧に答えるリィスさん。

あの喋り方はリンさんにだけか。何だか少し距離感。仕方ないけど。

そういう意味では俺も人のことは言えないか。いつも基本は丁寧語か敬語だし。


『ふーん。面倒臭いな』

「ええ、面倒臭いですけど、仕方ありません。どうかご協力お願いします」

『大丈夫、解ってる。大人しくシガルの横を歩いてるから!』

「はい、お願いしますね」


ハクさんや、良い笑顔で応えてるけど、それ何にも解って無いからな。

シガルの隣を歩くんじゃなくて、一応リンさんとリィスさんの護衛だからな?


「リィスぅ~やっぱり何だかあたしだけ扱いが雑じゃない~?」

「今気が付いたの?」

「酷くない? ねえ酷くない? あたし貴女が憧れるリンお姉ちゃんですよ?」

「私が憧れたのは英雄リファイン様なので、間違ってもリンお姉ちゃんじゃないです」

「同一人物! それあたし!」

「は? 何を訳の解らない事を。私の憧れたあの凛々しいリファイン様とリンお姉ちゃんが同じ人な訳無いじゃない。あのお方の為に私は名を改めたんだから」

「ちょ、待って、ねえ、それ本気で言ってないよね? ねえ、リィスってば!」


リンさんが少し焦っているが、リィスさんは途中でクスクスとおかしそうに笑い始めていた。

多分揶揄っているんだろうけど、リンさんは少し涙目だ。

だけど揶揄っているのと同時に、何となく本音が混じっている気がする。


つまりは英雄リファイン様に憧れたけど、実態を知って想像が崩れたって所だろう。

自分はリンさんが王妃様らしいところは見ても英雄らしい所は余り見ていない。

だから加減はちょっと解らないけど、それでも大分落胆したのは何となく解る。


「ぶーっだ、良いもん良いもん。リィスの事守ってあげないもん」

「ええ構いません。後ろに優秀な護衛方が付いているもの」

「リィス可愛くなーい。昔はもっと可愛かったのにぃー」

「人間だれしも大人になるのが当然だもの。むしろリンお姉ちゃんみたいな人の方が珍しいの」

「・・・あたしだって、それなりにちゃんと王妃様してるもん」


二人の言い合いは喧嘩の様ではあるが、やっぱりそこにとげは余り感じない。

むしろリンさんはすねながらも、どこか楽しそうにしている様に見える。

そんな風にリンさんとリィスさんがギャーギャーと言い合っている内に街に着いた。

近いとは聞いていたけど本当に近いな。昼過ぎに出たのに日が暮れる前に着いたぞ。

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