第730話出発前に少しだけ挨拶です!
訓練を終えた後、汗は拭くだけのつもりだったんだけど、シガルに誘われてシャワーを浴びた。
魔術師隊の人間用の所らしく、俺が使って良いのかなと思いながら。
皆好意的な感じだったので、多分大丈夫だと思うけど。あ、流石に男女別だった。
「はー、サッパリ。じゃあ食事に向かおうか、タロウさん」
「ん、行こうか」
『行こう!』
ハクはともかくシガルも早く食事に行きたいらしい。
そういえば朝食も食べずに訓練に入っちゃったんだった。
そりゃお腹空いてるよな。
食堂に向かうと、結婚式の時に話しかけてくれた料理人のお兄さんが今日も声をかけてくれた。
ただ今日もまた上司に何か怒られていたけど、あれは何時もの事なのだろう。
城の食事は相変わらず美味しく、だけどハクは以前よりも少な目で終わらせていた。
「ハクにしては少なめだな」
『ここの食事は大概食べたからな。食べるのは好きだけど、変わった味が出ない限り今日はこれぐらいで良いや。甘い物はもう少し食べたいけど』
そういえばハクはシガルと一緒に城勤め状態だったのだし、食堂も良く利用しているのか。
朝夕はともかく昼間はここで食べていてもおかしくは無いな。
その後は食後にお茶も貰ってのんびりとし、一息ついた辺りで騎士さんが声をかけて来た。
因みに女性騎士さんだった。ちょっと珍しい。
魔術師隊とか拳闘士隊は割と男女それなりに居るけど、女性騎士は少ないっぽい。
リンさんの存在を考えるともっと多くても良い気がするけど、やっぱり何かが違うのかな。
なんて事を考えながら付いて行くと、彼女は騎士が守っている領域の向こうに案内した。
ふと思ったけど、ここを入って良い騎士と駄目な騎士も居るのだろうか。
もしかすると騎士の中でも、隊長とそうでない者以外のランクも有るのかもしれない。
あと前にも少し思ったんだけど、騎士の人達のシガルに対する態度が上役相手な雰囲気がする。
シガルは魔術師隊の隊長職だし、もしかすると彼らより立場は上なんだろうか。
まあその辺りは後で聞けば良いかと結論を出し、彼女の素直に後ろを付いて行く。
すると前と同じ様にとある一室に案内され、前と同じ様に部屋に入れられた。
だけど部屋の中は前と少し状況が違っている。
先ずそこに居たのは三人。一人は当然セルエスさん。こちらは特に変化なしの何時も通り。
一人は部屋の奥に背筋良く立っている、初めて見る茶髪の若い女性。
見た目的にはシガルと同じぐらいの年齢に見えるけど、実際はちょっと解らない。
彼女は俺達が入って来くると小さく頭を下げ、その後はまた動かなくなった。
そして最後にリンさん。彼女は何というか、凄く懐かしい状態になっている。
「リンさん、その髪どうしたんですか?」
先日まで長かった髪が、初めて会った時と同じ様な短さになっている。
俺にとっては凄く見慣れたリンさんがそこに座っていた。服装も見慣れたポンチョ姿だ。
「このお馬鹿さんってば、昨日バッサリと髪切っちゃってねー。ほんっっっっとばかじゃないのかしらねぇー。あそこまで伸ばすのに結構時間かかったっていうのに、ねぇー」
あー、セルエスさん、普段通りじゃないわ。めっちゃ機嫌悪いわ。
何時も通りニコニコ笑顔だし声も変化ないけど、あれはかなり怒ってるわ。
成程、この事で説教をしていたと。多分かなり色々言ったんだろうなぁ。
「良いじゃんかー。帰って来たらまた伸ばすって約束したじゃん」
「そういう問題じゃ無い、って何度も言ったわよねぇ~?」
「それは、そうだけど・・・」
口を挟んだが即座に言い返されるリンさん。
あれは多分、本人もやっちゃいけないって解ってた上でやったんだろうなぁ。
ブルベさんが褒めたって何の事かと思ったけど、何となく解ってしまった。
きっと彼はあの髪型のリンさんを褒めたんだろう。
人の事は言えないが、ブルベさんも大概リンさんの事大好きだな。
そういえばイナイはサイドテール以外の髪形はしないのだろうか。
シガルは何時も同じ長さのストレートだし、偶には違う髪型の二人も見てみたい。
二人共どんな髪形でも可愛いと思う。イナイはツインテとかナチュラルに似合うと思うし。
「い、いや、だってさ、暫くウムルに戻れないって事は、長い髪って不便じゃん」
「その為に一人、タロウ君達以外にも人を付けるって、話してたわよねぇ~」
「うう・・・」
リンさんの身の回りの世話をする人を一人付ける。
前の打ち合わせ時にそんな話を少しだけしていた。
当日リンさんと一緒に連れて来るという話で、その場では余り詳しくは聞いていない。
つまり後ろの女性がその人なんだろう。因みに彼女も護衛対象という事になっている。
むしろリンさんの戦闘能力を考えると、彼女こそを護衛するべきなのだろう。
「全く・・・じゃ、取り敢えず挨拶をお願いねー」
セルエスさんは小さく溜め息を吐いてから視線を奥の女性に移し、指示をすると女性はすっと前に出てウムルの綺麗な礼を見せる。
あの片手でスカートを持つカーテシーみたいな奴だ。
「リファイン王妃様の侍女の一人を務めさせて頂いております、リファイス・ドリエネズと申します。此度は王妃様の身の回りのお世話の為に付いて行く事になりますが、戦闘は不得手故お手数をおかけすると思います。どうぞ宜しくお願い致します」
「あれ、ドリエネズって・・・」
「はい、お察しの通り、ドリエネズ孤児院の出で御座います」
やっぱりそうなんだ。しかしリファイスって、リンさんと名前が似てるな。
リンさんを略さずに呼ぶ事って滅多にないけど、呼ぶ時に呼び間違えそう。
「リファイスさん・・・リンさんと名前が似ていますね。もし間違えたら、その、すみません」
「私の名はドリエネズにお世話になる時に改めた物です。救って下さった英雄様に近い名をと。何時か恩返しをさせて頂く為の誓いと。恐れ多くも英雄様と似た名をつけた幼き身の愚行には頭を抱えますが、同時に誇りでも有ります。間違えられようとも怒りなど有る訳が有りません」
あ、この人リンさんの大ファンだ。名前も自分で似た物をつける程かぁ。
何となくリンさんに目を向けると、彼女は少し困った表情をリファイスさんに向けていた。
「リィス、今日から暫くは孤児院に居た頃と同じ様でお願い、って言ったのに」
「勿論今からはそのつもりです。ですが最初の挨拶はしっかりとしておかねばいけません。これは仕事であり、けじめはきっちりとつけるべきです。リンお姉ちゃんは緩過ぎます」
「うへぇー、藪蛇ー」
おろ、てっきり大ファンでリンさんの事全肯定かと思ったら、そうでもないっぽい。
お姉ちゃんって呼んでいるし、孤児院に入った後もそれなりに関係は有ったという事かな。
そういえば結婚式の時もリンさん子供達に大人気だったっけ。
「では、タロウさん、シガルさん、ハクさん、暫くの間宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
「お任せ下さい」
『任せろー!』
俺のこちらこそという言葉と二人の任せろという言葉が重なり、くすっと笑うリファイスさん。
何か俺が間違ったみたいでちょっと恥ずかしい。いや間違ったのかもしれない。
まあ良いや。どっちみちこっちも色々とお世話になるかもしれないし。
「では今後私の事はリィス、とお呼び下さい。流石にリファイン王妃様と名が似ている、などという理由で馬鹿げた勘違いをする者は居ないと思いますが、念の為に」
「あ、はい、解りました。俺達は好きに呼んで下さい。呼び捨てでも構いませんので」
「はい、ありがとうございます」
あれ、そういえばこっちは自己紹介してないけど、彼女は俺達の名前を知ってるんだな。
今回の事で呼び出されている訳だし、リンさんかセルエスさんから聞いているんだろうか。
ハクの正体は知ってんのかな。一応聞いた方が良いだろうか。
「ハクの正体とかは、ご存知ですか?」
「ええ、勿論。というよりも、城の者でハクさんが竜だと知らない者の方が少ないですよ?」
「あ、そうですか・・・」
そういえばこいつ城で大概暴れてるもんな。知らない訳無いか。
この仕事に着いてからは頻繁に顔出していたらしいし。
「じゃ、顔合わせは終わったし、出発しましょうかー。国境傍までは私が送ってあげるわねー」
「え、ちょっ」
俺達が抗議の声を上げる暇もなく、セルエスさんが転移魔術を発動させた。
一応予定通りではあるけどもいきなり過ぎる。
しっかし、相変わらず綺麗な魔力の流れだ。
凄まじく微量の魔力で異常な魔力を引き出してるのに、荒々しさなど一切無い。
精密で美麗。そういう表現がぴったりだ。
・・・ミルカさんの技もだけど、セルエスさんの技も真っ当な手段で届く自信ねえなぁ。
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