第729話自分の目指す物の難しさです!

「タッロウさん! 朝だよー!」


シガルが元気良く俺を起こす声が耳に入り、うっすらを目を開ける。

ただどうにも瞼が重くて開き切らず、それでも何とかのっそりと体を起こした。


「おはよう。今日はお仕事なんだからちゃんと起きて、早く用意してね!」


シガルは物凄く元気だ。昨日夜遅くまで起きていたと思えないぐらいに。

イナイの子供が出来た報告で何かに火がついたらしく、通話を終えた後で物凄く迫られた

おかげで寝不足どころかすさまじく体が重い。腰が怠い。


「シガルが寝かせてくれなかったのに、流石に少し理不尽だと思う・・・」

「タロウさん本気で抵抗しなかったんだから自己責任です」

「それ含めて狡いと思うんだけどなぁ・・・」


最近のシガルは完全に俺より体格が良いし、力は素の状態じゃかなわない。

仙術強化状態で何とか抵抗できる程度なのに、本気での抵抗とかベッドが壊れると思う。

あと単純に、可愛い嫁さんが迫って来たのに抵抗とか無理じゃないですかね。


「それに明日以降は暫く出来ないんだし、ちょっとぐらい良いじゃない。ね?」

「ちょっと、と言うには目茶苦茶絞られたけどね・・・」


リンさんがどれだけ無敵の存在だろうと、一応俺達はリンさんの護衛という名目でついて行く。

なら誰かが常にリンさんの傍に居る必要があるし、シガルは宿で同室に居る必要も有る。

当然俺は別室だろうし、二人の時間なんてウムルに帰って来るまで無い可能性が高いだろう。

夫婦でいちゃついていたから護衛できませんでした、なんて事出来る訳が無い。


そういう理由も有ってシガルは暫く我慢する為でもあったらしいけど、それならお願いだから自分が満足する様にしてくれないかなぁ。

俺とイナイをただただ攻めるだけ、って行為も好きな所あるから勘弁して欲しいです。

・・・それはそれでシガルは満足なのか。でも体力持たないからやっぱ勘弁。


『そういえば、シガルは子供が出来ても構わないんだよね』


あ、ハク起きてる。ハクより遅く起きたのは何か悔しい。


「ん、全然構わないよ。むしろ大歓迎だけど」

『でも子供出来ると大抵の生物はその間弱くなっちゃうけど、それは良いの?』


弱くなる、か。ミルカさんを見た後だと、その言葉の意味はとても重みが在る。

とはいえミルカさんの場合、元々貧弱な体を無理矢理動かし続けていたからでも有るんだけど。


「それはそれ、かな。あたしは我が儘だから、どっちも求めるつもり。流石に妊娠中に無茶はしないけど、強くなる事も子供もどっちも諦める気が無いだけ」

『成程。シガルらしい』


ハクの言う通り、何処までもまっすぐなシガルらしい答えだ。

どちらかを諦めて片方を手にする、なんて考えは彼女には無いらしい。


『タロウと子づくりしてる時のシガルは凄く楽しそうだもんね』


・・・うん、そうか、起きてたんですねハクさん。ていうかがっつり見てたんですね。

まあ、防音はしたけど、仕切りとかしなかったからな。する暇が無かったんだけど。


「だってタロウさん可愛いし♪」


シガルが全然動じてないって事は、見られていたのは承知の上でか。

ハクはぐっすり寝てるし大丈夫大丈夫、とか言ってた気がするんですけど気のせいですかね。

まあそれでもやっちゃった時点で俺も人の事は何にも言えないんですが。


しかしシガル、ドンドンそっち方面オープンになりすぎじゃないかな。

流石に友人に見られていても平気なのはどうかと思う。流石に俺は恥ずかしい。

ていうかどこまで見てたんだろうか。

頼むから俺が過呼吸になる迄攻められていた辺りは見てない事を祈る。


下手に聞くのが怖いので願うだけにしていると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。

すぐに対応しに行くと、ノックの主はセルエスさんだった。

ただ肝心のリンさんが居ない。どうしたんだろうか。


「おはよー、えっとねー、ちょーっと問題が起きて、出発はお昼過ぎに変更になったのー」

「問題ですか?」

「うん、まあ、リンちゃんが馬鹿な事やってくれちゃってねー。しかも兄さんが咎める所か褒めちゃったから、馬鹿夫婦を説教してから出発になるわねー」


セルエスさんの笑顔が怖い。何か圧力を感じる。

リンさん一体何やったんだろう。ていうかブルベさんは何で咎めなかったんだ。


「聞いて大丈夫な事、ですか?」

「大丈夫だけど、どうせ後ですぐ解るから、後でねー。あ、出発までは自由にしてて良いよー。出られるようになったら騎士が呼びに行くからねー」

「は、はあ・・・」


セルエスさんは言いたい事だけ言うと、背を向けて転移で消えて行った。

昼まで自由時間か・・・。


「予定変わっちゃったね。どうする、タロウさん」

「あー・・・じゃあ少し訓練したい事が有って、シガルに協力して欲しいんだけど、良いかな」

「別に構わないけど・・・また危ない技思いついたの?」

「またって酷いな」

「またです。タロウさんの使う技は危ない技だらけです」

「・・・はい」


多少自覚は有るのでこれ以上の反論はよしておこう。墓穴にしかならない気がする。


「でも今回は本当に危険な事じゃないよ。純粋に技術の・・・体術訓練がしたいんだ」

「そっか、りょーかいです。じゃあ訓練所にいこっか。広い所が良い?」

「いや、今回やる物はちょっと毛色の違う事をしたいから、そこまで広さは要らないかな」

「・・・その発言でもう不安になったんだけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」


多分。









「がぁっ! ぐっ・・・つぅ・・・!」


シガルの鋭い剣撃を受けそこねて腕の骨が折れ砕け、不味いと思い即座に距離を取る。

訓練用のただの鉄の棒の様な物じゃなければ、右腕がバッサリと切れてなくなっていただろう。

肘から思いっきり変な方向に向いてる腕を、痛みを堪えつつ全力の二重魔術の治癒で治す。


「う・・・つつっ・・・・あーくっそ、またミスった」


腕を軽く振りながら治り具合を確認して構え直す。

だがシガルは少し困った表情を見せ、剣を構えずに俺を見つめていた。


「シガル、疲れた?」

「あたしは全然疲れてないけど、まだやるの? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。樹海での訓練時代はもっと酷い骨折しょっちゅうしてたから」

「タロウさんが危ない技平気で使うの、そのせいな気がするなぁ」


まあ、確かにそこは解る。あの痛みを知ってるから色々我慢出来る様になったし。

あれが無かったら多少の痛みを無視して動く、なんて事は出来ているかどうか。


「だとしても、流石に無茶だよ。完全に速度負けしてるんだから素直に強化しようよ」

「んー、それじゃあんまり意味が無いんだよねぇ」


今日の訓練は強化を全く使っていない。仙術も全て。

そして強化を使わない俺の体は、普通の貧弱な人間の体でしかない。

その状態でミルカさんの技を使えないかと試しているのが今の訓練だ。

ミルカさんが何度も見せている異様な見切り。剣撃ですら肌を滑らすあの逸らし技。


一応強化状態なら俺も似た様な事が出来ない訳じゃない。

ただそれは強化によって相手の速度を越えているか、同じぐらいの速度だから出来るだけだ。

純粋な技量差で出来ている訳じゃないし、速度が遅ければ今の様に腕を砕かれる。


というか、今の所首と頭以外は全部砕かれているんだけど。

実戦なら何十回死んでるか解らない。流石に胴に食らうのはかなりきつかった。

無強化状態で食らうなんて久々で、内臓が飛び出るかと思ったよ。いや、冗談じゃなくて。


「もう少し何か見えるまで、お願いして良いかな」

「はぁ・・・仕方ないなぁ」


シガルが溜め息を吐くのも致し方ない。

ミルカさんの躱し方は、躱さないで躱すという矛盾した躱し方。

つまりあからさまに躱さずに受けつつ逸らす。

その真似は今の所どう見ても、自ら攻撃を食らいに行っているのと変わらない。


「無強化で無手のタロウさんに加減せずに振るの、結構怖いんだけどな・・・」


なんて言いつつも、シガルの剣の鋭さは変わらなかった。

本当に良い嫁さんだよな。

そうして続ける事暫く、刃面に手を添えて逸らす、なんて事はやっぱり出来なかった。

ただその代わり―――――。


「タロウさん、じゃ、もう一回行くよ」

「ういさぁ!」


シガルの言葉に気合を入れて応え、振られる剣をぎりぎりで躱しつつ、躱せないタイミングの斬撃は剣の腹に手を添えつつ少しだけ軌道をずらす。

シガルの斬撃は無強化とはいえ鋭く、切り返しが早くて懐には潜り込めない。

だけどそれでも素手で、彼女より速度が負けた状態で、剣撃をいなせるようになって来た。


「ぐがっ!」

「あっ」


と、思ったんだけど、やっぱり完璧には程遠い様だ。思いっきり腕に食らってしまった。

うへぇ、これ本物だったら胴体もぶったぎられてるな。


直撃だったせいでシガルも思わず声を上げているが、若干マヒして来てるのか気の抜けた声だ。

まあ首と頭っていう、ミスったら死ぬ所を狙ってないからだけど。

取り敢えず動きを止めて腕を治し始めると、シガルも構えを解いて剣を下ろした。


「ぐっ・・・うつつ・・・」

「凄いねタロウさん、ドンドン捌けてる」

「んー・・・そうなんだけど、そうじゃないんだよねぇ、実は」

「そうなの?」


確かに暫く続けた事で、無手のまま自分より速い相手の攻撃を捌けている。

でもそれは長時間やった事で癖を読み、あらかじめ軌道予測をある程度しているからだ。

勿論ミルカさんもそれは同じだろうが、速度と対応力は遠く及ばない別物だろう。


それに今相手をしているのは元々癖を知っているシガル相手だから出来ているだけだ。

尚且つシガルの本領は双剣だし、一本の時点で加減して貰ってるのと変わらない。

受け損ねたら死にかねない攻撃はしていないし、この状態で全く対応出来ない方が問題有る。


だけどミルカさんは違う。あの人は素手で初めて戦う相手でも同じ事をやって見せる。

初めて見せる技にもほぼ一撃目で対応し、一撃目が駄目でもワン・ツーの二撃目に対応してくる様なレベルだ。


余りにも化け物じみている。多分俺にはミルカさんと同じ事は確実に出来ない。

少なくとも無強化状態では絶対に。それが、確信出来てしまった。


「無駄、なのかな・・・いや」


無駄にはならない。例えあれと同じ事は出来ずとも、近い事が出来たんだ。

もう既に解ってる事だろう。俺がこの世界の人間と同じ事が出来る体じゃない事ぐらい。

それでも近しい事ぐらいは出来るんだ。出来たんだ。

なら後はそれを普段から使いこなす為の方法を考えろ。


「問題は俺の反応速度と判断力。ただこれは反射で動いてどうにかなる物じゃない・・・強化状態でも別に俺の判断力が上がる訳じゃないし、中々難しいな」


強化状態で弾いてる時は半分反射だ。

勿論意識して動いている部分の方が多いけど、それだけじゃ俺の能力では間に合わない。

だけど反射で弾いちゃ意味が無い。これは極限まで無駄と隙を無くす為の技なんだから。

ただ弾くだけなら現状でも出来るし、弾かなかったからこその相手の隙をつかないと。


本能任せだと俺の身体能力じゃ通用しない。頭を使ってたら同じ理由で間に合わない。

強化状態だと認識能力も多少上がるけど、結局その処理をする俺の脳みそが貧弱なんだよな。

全く、無茶な課題だらけだ。だけど諦めるという選択肢は無い。有っちゃいけない。

・・・とはいえ、流石に疲れたな。


「そろそろ休憩にしようか。付き合ってくれてありがとう、シガル」

「ううん、どういたしまして」


この訓練で掴めた事は少ない。だけど少ないのは何時もの事だ。

俺はこの世界で真っ当とは言い難い異常な訓練のおかげでここまでになれている。

身につけられた一つ一つは些細でも、その些細な物を組み合わせてどうにかするだけだ。

俺は単一技術じゃ、どうあがいたって師匠達には届かないのだから。


・・・それに、一つだけ思いついている。ミルカさんのこの見切りを真似する手段を。

出来るかどうかは解らないし、多分使ったらまた怒られるやつだと思うけど。

でも現状、これぐらいしか使える手段思いつかないんだよな。


とはいえこの訓練の続きは帰ってからだな。失敗したら暫く動けない可能性が大きいし。

ただもし上手く行くなら、二乗強化より使い勝手の良い物になるはずだ。

上手く行くなら、だけど。


「取り敢えずハク起こして・・・汗拭いて食事にしようか。まだ呼ばれないみたいだし」

「うん、解った。ハクー、おきてー。食事だよ」

『きゅる~・・・解ったぁ~』


ハクは俺の訓練が地味過ぎて退屈だったらしい。

ま、その程度の技にしか見えなかった、って事だろうな。

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