第727話愛してくれた人への心からの感謝です!

あの後セルエスさんとシガル主導でその後の話を詰める事になった。

メインは俺のはずだが、完全にシガルに予定を覚えさせる気満々で俺は放置である。

一応ある程度の内容は俺も把握しているしメモも取ったけど、正直ちょっと自信は無い。


因みにリンさんは「ざっくり予定は話したし、もう解散で良いよね」とか言ったせいでセルエスさんに頭を叩かれて拗ねていた。

流石に死角からの害意の無い攻撃は当たるんだなと、変な風に安心したのは口にしていない。


今はその話も終わって、本当は家に帰りたかったが城に泊まっている。

明日朝一でリンさんと出発するので城での待機を命じられたからだ。

別れる際セルエスさんが「兄さんにいーっぱい可愛がって貰うんだよー。出かけてる間寂しくないようにねー」とリンさんに言ったせいで少し喧嘩になっていた。


照れるリンさんから逃げ回るだけだったので、多分じゃれついているだけだと思う。

後で城のどこかから凄い振動音が何回か響いていたけど、きっと大丈夫だと思う。多分。


「明日出発となりました。ただ今日は城で待機してろって言われたから、家には帰らないから。というか・・・今回の事ってもしかして、イナイも聞いてる?」


取り敢えずイナイにその事を報告しようと、腕輪で通話して伝えておく事にした。

多分知ってる気はするけど、それでも一応連絡はね。

もし聞いてないと問題なので、内容はぼやかして聞いてみた。

因みにハクはベッドを一つ占領して既に丸まって寝ている。


『おう。ただ聞いてると思うが、内容が内容だからな。あたしが喋る訳にはいかねえだろ。喋って良いって許可貰ってる事なら喋ったけどな』


あ、やっぱ知ってるのか。まあ身内だからって喋ったら不味い事べらべら喋らないか。

俺の場合立場が特殊だからなー。扱い面倒そうだなー。


『最近多少は社会人の自覚が出て来たみたいだな、お前も』

「へ、何で?」

『前のお前なら、たとえ通話で誰も聞いてない状態でも詳しく内容言って訊ねただろ』

「あー・・・うー・・・うん、否定は出来ない」


というか、多分やってるわ。

シガルさん、何で若干ニヤニヤしてるんですかね。はっきり言って良いんですよ。


『その調子でもう少しあたしやシガルが心配しないで良い様に成長してくれ。何時までも未熟者じゃ困るんでな』

「ういっす・・・精進します・・・」


まあ何時までも頼りっきりは流石になぁ。

政治に口を出す気も首を突っ込む気も無いけど、そこに関わる事に近い所に居る自覚は有る。

俺に多くを求める事は多分誰も期待してないだろうけど、仕事人としての最低範囲は出来る様になっとかないとな。勿論出来ない部分を無理にやるつもりは無いけど。


「あはは、あたしはそのままのタロウさんでも別にそこまで困らないけどね」

『その代わりお前は適度に尻を蹴り上げるだろう』

「当然。叱るし怒るし呆れるけど、それでも好きだからね。おねーちゃんだってそうでしょ?」

『・・・全否定はしねえ』


あのー、そう正直に呆れるって言われると何とも悲しい物が有るんですが。

まあ否定のしようが無いし、何の文句も言えない訳だけど。

ただそれでも好いてくれているのは本当にありがたい。

今の俺は二人に見捨てられたら完全に無気力になる自信があるぞ!


『そうだシガル、結局グレットは置いて行くのか?』

「うん、お姉ちゃんの移動の時、クロト君が一緒でしょ。ならグレットの方が良いと思うし、今ならあの子もお姉ちゃんに懐いてるから大丈夫だし」

『気を遣わせて悪いな。助かる』

「あたりまえでしょー、それぐらい。大体気を遣わせてって話をし出したら、あたしとタロウさんはお姉ちゃんに頭が上がらないどころか地に埋まっちゃうよ?」

『くっくっく、タロウはともかくシガルはんな事ねーと思うがな』


どうやら私は地面に頭を埋めなければいけない様です。

ナチュラルに俺だけ責めるの辛いんですけど。いや、自業自得だけどさ。

それでもこの会話を聞いていて、居心地が悪いとはならないのが良いな。

二人が仲良く話しているのが、本当に心地良い。


『クロトはタロウ達に何か言っとく事無いのか。多分これ以降しばらく通話できねえぞ?』


あー、そうか、お忍びで行く訳だからそうなるか。

何処で何を聞かれているか解らないもんな。


クロトには少し申し訳ないな。

前回も置いて行って、今回も置いて行く訳だし。

一応イナイが傍に居るから多分大丈夫だと思うけど。


『・・・お留守番、頑張るから、ちゃんと帰って来てね、お父さん』

「――――うん、ちゃんと帰って来るよ」


きっとクロトは色々と言いたい事が有ったんじゃないかなと思う。

クロトは俺の体の状態を知っている。

再会した時あれだけ我を忘れていたんだ、心配してない訳が無い。


それでもただ、無事に帰って来てほしいと、それだけしか口にしない。

本当にこの子は、良い子過ぎる。


「クロト君、おかーさんはー?」

『・・・シ、シガルお母さんの事、忘れてた、わけじゃ、ない、よ・・・ほんとだよ』


珍しい、クロトが目茶苦茶焦ってる。声は静かだけど喋り方がおかしい。

それだけシガルを気にしてるって事なんだろう。

まあ普段からお母さんお母さんって懐いてるし、言葉に嘘は無いと思う。


「あはは、大丈夫大丈夫。解ってるよ。お父さんの事が心配なんだよね?」

『・・・うん。お母さんも、ちゃんと帰って来てね』

「勿論。元気に帰って来るよ。お父さんと一緒に」


そういえば今更な話だけど、通話は出来るんだなと、ふと思った。

前に翻訳がクロトには通じてないけどこっちは解ったみたいに、音声は別なんだろうな。

まあ気が付いた所で何という訳でもないんだけど。


『あー・・・それと、だな・・・んー・・・』

「ん、何、イナイ、どうしたの?」


クロトの事で考えに耽っていると、何か歯切れの悪い様子の声を響かせるイナイ。

どうかしたのか問いかけるが、それでも明確な返事が返ってこない。


「お姉ちゃん、何か心配事? 言えないけど気をつけろって系統?」

『ああいや、そういうんじゃないんだ。ごく個人的な、うん、国とは関係ない、あたしら身内だけで済む話だ。出先での警戒は、純粋に入っている情報内で問題ない』

「ならどうしたの?」

『あー、いや、本当は出発前に言おうかどうしようか悩んで、結局言いそびれた事が有って、このまま黙ってようかとも思ったんだけど、暫く話せないぞってクロトに言ったら、何となく自分もちょっと思う所が有ったというか』


何だろう。イナイにしては凄く回りくどいしはっきりとしない言い方だ。

基本的に彼女は黙っておかなければいけない事以外は、スパッと言ってしまうタイプなのに。


「言い難い事、なのかな。イナイが個人的に心配な事とか?」

『まあ、その、そうなんだが・・・なんというか、まだ確定してないから言い難いというか、期待させるだけさせて駄目だった場合どうしようかとか、そういうの考えて』

「期待?」


本格的に何が言いたいのか良く解らず、首を傾げながらシガルと顔を見合わせる。

しどろもどろとした言い方に、よっぽど言い難いのだろうという事だけは解るけど。


『その、もしかしたら、出来たかも、しんねえって、言おうかどうしようか、悩んでた』

「・・・出来た?」

「――――お姉ちゃん、ほんと?」


イナイの言葉に首を傾げる俺だったが、シガルはハッとした顔で腕輪にかぶりつく。


『心配かけない様に黙ってたんだが、帝国から帰る前ぐらいから、ちょっと調子が悪くて、その、こっち帰って来てからアロネスとかに相談したんだけど、話しているうちに、もしかして子供出来たんじゃねえかって言われて、言われてみれば、来るものも来てねえし・・・だから』


―――――子供。イナイに、子供が?


『しょ、正直まだわかんねえんだ。だから中途半端なままで言うのはどうかと思ったんだけど、可能性は有ると思うんだ・・・す、すまん、出発前にこんな事話して』

「何言ってるのお姉ちゃん! むしろ黙ってる方があたしは怒るよ! 良かったじゃない!」

『う、うん、ありがとう、シガル』


イナイは何故かとても申し訳なさそうで、だけどシガルが嬉しそうに叱りつけた。

そんなに申し訳なさそうに言う必要は無いと。それでも彼女は少し不安そうだ。

いや、当たり前だろう。いま彼女を不安にさせているのは、きっと俺だ。

だから、ちゃんと、言わないと


「イナイ」

『な、何だ、タロウ』

「ありがとう」

『・・・へ?』


声が震える。しっかりと喋りたいのに、上手く言葉が出ない。

そんな調子の声が聞こえたせいか、イナイは気の抜けた声を漏らしている。

まだだ、ちゃんと喋れ馬鹿野郎。泣くのは後にしろ。


「子供、嬉しい、よ・・・ありがとう・・・本当に、ありがとう」

『・・・うん』


俺が、親になるかもしれない。それは怖くて、不安で堪らない。

ちゃんと親をやれるのか。子供の事を見てやれるのかの自信なんか全く無い。

だけど、彼女との子供が出来た。出来ないかもしれないと思っていた子供が。

それが嬉しくないなんて有るはずがない。


『はは、まさか良くやったと言われても、感謝されるとは思わなかったな』


腕輪から帰ってくる声には、もう不安の気配は無かった。

その代わりとても嬉しそうにしている事が良く解る。


嬉しいのは俺の方だ。彼女が諦めないでくれたからだ。

彼女のお腹に子供が出来た事に、俺が感謝するのは当たり前だ。

それだけじゃない。彼女には感謝をする事だらけ過ぎる。

喉の奥が詰まる様な感覚を覚えながらも、無理矢理抑えて口を開く。


「ありがとう。俺を愛してくれて、俺に居場所をくれて、夫にしてくれて・・・親にまでしてくれる・・・君が居てくれたから、きっと俺はこの世界でちゃんと生きてる」

『大げさだな。きっとお前は大丈夫だったよ。あたしがいなくたってさ』


そんな訳が無い。君のおかげで俺は心が救われた。君だったからシガルと一緒になれた。

君が全てを認めて結婚してくれたから、シガルとも結婚出来てあんなに素敵な親が出来た。

子供だって、君が、俺を、何にも持ってない小僧を愛してくれたからだ。



イナイが居たから、俺は沢山の物を手に入れた。感謝なんて、幾らしたって足りやしない。



「―――――愛しています、心から」


だから、とにかく、それだけを伝えた。

感謝を長々と伝えるよりも、素直な彼女への想いを。


『・・・ありがとう。あたしも愛してる。言って、良かった』


イナイの嬉しそうな、だけど少し涙声になっているのが耳に届き、それが余計に胸に来た。

ああくそ、涙が溢れ始めて来た。嗚咽が我慢出来ない。

俺に釣られてしまったのか、腕輪の向こうからも嗚咽が聞こえる。




その後俺達は暫く会話出来る状態に戻れず、シガルが嬉しそうに一方的に話しかけていた。

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